2010年12月28日

目新しさ

人は、目新しいものを好む。
いつもと同じじゃ面白くない。
何か変わったことはないだろうか。
 
若い人がよく、出会うと呟くこと。
「なんか、おもしろいこと、ない?」
 
毎日が、マンネリ。
同じことしか、ない。
刺激が、ほしい。
 
これが年齢を増すと、
毎日同じが平和でいい、とも思うようになることがある。
それぞれ、自分の求める願いがあるということか。
 
だが、何か現状に不満を持ち始めると、
取り替えたくなる気持ちも、やはり、ある。
政治においても、
新しいことをばんばんやって成功させてもらいたい。
期待しては、期待通りにならないと、
すぐにダメだと烙印を押す。
 
目先がぱらぱらかわっていく、
雑誌がよいらしい。
一つのことを追究する書物など、
「カタイ」し、「ムズカシイ」。
そもそも、それだけ一つのことを
じっくり考えようなどとも思わない。
 
そう。
政治でもそうだが、「劇場」が望ましい。
 
それでいて、時に
一つのことを貫いた人が話題になると、
「一つのことを夢をもって続けるのがいいんだ」
などという標語が世の中に広まるが、
結局間もなくその人のことも忘れられる。
そういう成功者もまた、
目新しく次々と現れるということを、人は望んでいる。
 
パウロがアテネでキリストを伝えようとしたとき、
哲学や議論の好きなギリシア人たちは、
物珍しさから、
何を話すかと期待して聞いていたという。
しかし、それが荒唐無稽であると判断して、
またこの次聞こう、などと、
つまり、もう結構だよ、と拒否を突きつけたという。
 
キリスト教会に、何か救いを求めて来た人も、
少し落ち着いてくると、
教会に来なくなることがある。
そのことをそのことの故に責めるようなことを
私はするつもりはないが、
中には、ちょっと物珍しさの気持ちだけで
通過していくという場合があるかもしれない。
もしそうだとすると、哀しい。


lc1baku at 00:10│Comments(0)TrackBack(0)精神 | 聖書

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