HIMAJINN日記

問わず語り。 思い出、日常、その他もろもろ…

カテゴリ: 大相撲

また始まった

 何かあると集中攻撃。
 見ているほうは「また始まった」と思うだけ。
 大体、年間6場所、90日の本気相撲を求められる力士はたまらない。
 その間に巡業。ほんと休む暇も無いくらい。
 だから体のケアなどできるはずも無く、怪我すれば怪我をしたまま土俵の上がる。
 ボクシングなど、そんなやたらに試合をするわけではなく、一定期間休養し、調整してリングに上がる。
 毎日巡業しているみたいなプロレス。あれは鍛え上げた体を見せるだけ。八百長ともいわないショー。
 金を稼ぐために日程を切り詰めるのならある程度の八百長は承知の上。
 それでなきゃやる方がもたない。



いっそ公益法人はやめて

 祭礼があると境内で行われる地方巡業。
 それも大相撲全てが参加するわけではなく、一門と呼ばれる数部屋の力士の興業。
 稽古がわりに取り組みを見せ金を稼ぐ。
 数日興行してまた次ぎの祭礼会場まで移動。
 江戸時代の相撲興行などこんなもの。
 だから祭礼の場所割りを担当する地元やくざとは腐れ縁。
 客を呼ぶに必要な大相撲、場所を借りるのに必要なやくざ者との付き合い。
 相撲を呼ぶ興業主にしたところで、地方で顔を利かす清濁併せ呑む地元の大物。
 もともと旅から旅へのやくざ稼業、公益法人などという大仰なものから離れて、元の姿に近づくのもいいんじゃないか、無責任な感想ながらそんなことをふと思った。



年間二場所

 春と秋。
 本気場所はその二回。
 東京と大阪。
 その他の期間は一問ごとに巡業して歩く。
 だから外国人力士の多い一門の興業は海外。
 モンゴル巡業など一部一門だけなら比較的簡単に出かけられるし、ついでに中国巡業だってやろうと思えば可能になる。
 ヨーロッパを巡業、アメリカ各地を巡業。世界の相撲というならほんとに世界の相撲になればいい。
 元力士が理事長。当然頭は固い。
 そんな大相撲そのものを大変革させる脳は当然無い。
 なんだかずいぶん態度の悪い外部委員に牛耳られ、トサツ寸前の牛みたいな情けない姿になっているが、いっそ幅広い層から意見を求め、ほんとの体質改善しませんか。



東京の雪

 去年も今頃雪が降った。
 年に一度の東京の降雪。
 恒例の年中行事にもいろいろあるが、これはあんまりありがたくは無い。
 一年たつと日本中が大きく変化 
 とりあえず人間のほうがなんとも殺伐とした気分になってきている。
 不景気、政治の行き詰まり、大相撲の問題の発覚、全部ぶち壊せ!、そういわれているような重苦しい気分。

角番横綱

 昔小兵の横綱がいた。
 横綱に上るまでは破竹の勢い。
 大型力士を投げ飛ばす。
 体調は無論絶好調。
 長くは無い、誰にもそれはわかったけれど、小兵横綱誕生をみんな大歓迎した。
 日本人は本来小柄。
 その小柄な人が図体のでかい者を投げ飛ばす、そうあってこその国技。
 ところが横綱に上った途端体調を崩し、千秋楽角番の連続。
 七勝七敗で千秋楽。それ自体みっともないには違いないが、まさか横綱が負け越し。
 こりゃもっとみっともない。
 二人しかいない横綱。その一人は優勝でもう一人は負け越し。
 これだけは絶対避けたい相撲界。
 相手の横綱だってそれはわかる。
 もう優勝を決めた横綱。
 立ち上がった途端なぜかもろ差しを許し、投げ技に体をゆすられ、土俵を割る。
 万雷の拍手……といいたいところ、失笑と拍手。
 いいぞ!、よく負けた!。これがファンの正直な気持ち。
 せめて自分で引退を言い出すまで花を添える、いわば武士の情け。
 力士の名前は書かない。
 でも私も見ていた(テレビで)八百長相撲。
 目のあるファンなら誰だって何が起きたか承知していた。
 当然のことだが、日をおかず引退発表。
 親方となって相撲界の裏方へ消えていった。



攻めるだけの人々

 大相撲問題にまた蓮舫大臣登場。
 許せない!、そりゃわからないわけじゃないが。
 野党の時の民主党は威勢がよかった。
 攻める側。言いたい放題。
 政権をとった途端防戦一方。
 何しろ守る戦を知らない人々。
 攻めるのは強いが守りは弱い。
 事業仕分け。
 蓮舫さんは大活躍。
 でもこれも攻撃パターン。
 行政の無駄を攻める野党スタイル。
 選挙公約で言っちゃったマニフェスト。
 実現の可能性は薄い。
 そこを攻められ続ける政府。
 大相撲を批判する攻め口は鋭いが、なぜかむなしく聞こえる。
 蓮舫さんに武士の情けなんてわかるわけ無いか。
 これ、私の独り言。




結局春場所中止の方向で

 どうも中止になるらしい。
 結論は常に排除。
 やった本人が見つからない、疑わしきは罰せず、ではなくて、連帯責任。
 結論は常に日本風。
 でも一番の被害者は春場所開催を楽しみにしていたファン。
 一人だけまじめに勤めても……、白鳳のコメントが全てを語っている。
 賜杯を手にできなかった優勝、今度は場所そのものが中止。
 一人横綱のがんばりに対し、なぜ日本人力士は育たないのかという世間の声。
 
 継続しながら改善を続ける、当たり前の結論がなぜか導き出せ無い日本。
 舌鋒鋭く責任追及はできても、何も産み出すことはできない、残念だがこれが今の日本の姿。
 



本気の勝負なら怪我は増える

 以前から問題になっていた力士の怪我。
 年間六場所。その間に巡業がある。
 巡業をサボれがそれはそれでまた問題視。
 一年中土俵へあがることを求められる力士達。
 怪我をすれば治療する暇さえ無い。
 対戦相手にわからないように、ひそかに通う病院。
 直らないまま勤める土俵。
 互助会が出来上がる素地はそんな過密な日程にもある。
 昔のように年四場所。賃金システムの改正。
 根本から治さないと本気勝負の相撲は戻らない、そう思う。
 生活困窮の相手に情けをかける片八百長も武士の情けも、相撲界全体の体裁のための手抜き相撲も、金をかけたいんちき相撲もみんなごっちゃで議論していては見えるものも見えてこない。
 

NHKの決断

 大相撲の処分はすんだ、そう理解して中継再開。
 NHKの英断、大歓迎。
 問題が発覚すればマスコミが叩きに叩いて大反省大会。
 そして責任者の追放。
 なんだかそれが当たり前の風潮になってしまった。
 問題解決と言うのは問題発生の原因をなくすこと。
 暴力団対策なんていったって、人間関係で成り立っている相撲社会。
 また発生する恐れは十分ある。
 でも、中継を待っているファンは今では世界にいる。
 その期待を裏切り続けるのは反省とはいえない。
  
 ともかく、問題力士は十両へ降格、がらりと入れ替わったメンバーを見るのも楽しみ。
 真剣な取り組みを心待ちにしております。


アンケートは反対!

 大相撲中継再開に反対ですか賛成ですか、問いかけた応えは反対が多数。
 いつも見もしない人たちが中継反対を投票。
 これは大きなお世話。
 相撲界の収入だけではない、視聴者の楽しみもある。
 ぎすぎすして生きずらい世の中、せめて楽しみな番組を。
 求める人がいることを忘れないでほしい。

引責辞任

 トップと言うのはとかくこんな選択をするもの、また求められるもの。
 引責辞任。たしかに誰かが責任を取らなければならないとすればやはり理事長。
 だからといってすべて解決するとはとても思えないが。

 江戸時代。
 神社仏閣の祭礼にあわせ興行される大相撲の巡業。
 同じような場所と理由で開かれる賭場。
 あがりの一部は上納する、それが条件で場所を借りるところもそっくり。
 大相撲は各地を巡回。賭場はいつしか常設になりやくざの稼ぎ場になる。
 発祥はどちらも似かよっていたやくざ商売と大相撲、だからいつだって何がしかのつながりは切れない。巡業先を仕切っているのはやくざ。

 古き良き日本の風習と称されるものの中には、曖昧なお中元歳暮がある。
 見方を変えれば賄賂とも見えるこんな風習、お世話になったのとお世話になりたいのとどこが違うのか説明のしようも無い。
 大相撲のごっちゃん体質、俺の顔を立てて座敷に顔を出してくれ、そう懇願するタニマチがいる以上、付き合いで行きたくも無い座敷に顔を出し、タニマチの顔を立てて小遣いをもらうのは感覚とすれば当たり前。無論相撲取りのほうからの見方ではあるが。


八百長騒動

 しばらく前には八百長問題というのがあった。
 これも、興行と考えれば当然の行為。
 ご当地力士がいきなりばたばた倒れ、優勝戦線から去ってしまえば盛り上がりに欠ける。だから馴れ合い相撲で快進撃。いつもと違ってひょっとしたらの期待を持たせ、最後は残念で千秋楽。これで興行さえ成功なら大相撲巡業は大成功。
 こんな仕掛けくらいならどんなスポーツにもありそうな話で国技だからと大相撲だけ問題視されるのは迷惑だろう。
 昔、国体の開催県が優勝するシステムがあった。
 ジプシーのように出場県を移動する選手。
 優勝しそうな選手を登録するのが開催県なら開催県が優勝するのは当たり前。
 スポーツ振興のために開催する国体、こんな手段もスポーツ振興と言う美名があれば許される。
 長く幕内を務めれば積み重なってゆく手当て。
 若くして優勝するより怪我無く長く勤めたい土俵。
 そうなれば当然馴れ合いも出てくる。
 

全面見直し

 大相撲を見直すならもはや全面見直し。
 だから理事長交代はやむを得ないとしても、今までの決まりごともすべて見直す必要はある。
 長く勤めるより強くなるのがベスト、そんな土俵にしなければ強い日本人力士など育つはずも無く、タニマチに頼った経営ではいつまで経ってもやくざとのつながりは完全に切ることは出来ない。タニマチは田舎の成功者。田舎の成功者は大物。大物は清濁併せ呑む器量の持ち主。濁というのはにごり、つまりは社会悪。
 人気の無い時代はお茶屋さん任せで売りさばく入場券、チケット売り場で売るようになれば人気そのものが入場料収入が即結びつく。テレビ放映も民放へ開放すれば視聴率が悪くなった途端に契約解除。無愛想な力士達も、ファン獲得に気を使わなければ不人気力士と人気力士の収入差は大きくなる一方。
 普通の興業なら当然考えられるそんな当たり前のことが、すべて曖昧にされてきた相撲界。NHK放映権料を含めた巨額の収入をどう扱うか、もう経営陣は相撲馬鹿に任せてはおけない。


一転、続投宣言

 体調を崩していた理事長。直ったら続投宣言。なにがなんだかさっぱりわからない。一説では「いっそ貴乃花に任せてしまえば」などという話まで。マスコミ対応はお手の物の貴乃花親方、マスコミは大歓迎だろうが…。
 文部省は辞めさせたいらしいからこの話この先どう転ぶかまだわからない。
 相撲関係者外から理事長を決められたくない相撲界。
 よほどうまみがあるんでしょうが。

NHKの決断

 結局中継しないことにしたNHK。
 名古屋場所だけはダイジェスト版で見る他無い。
 娯楽番組としての放送をしないほうがいいという意見が多かったらしいが、放映料を減額するとか無償にするとか、何か他にも方法はあったような気がする。
 ともかく、朝青龍に厳罰を加えてしまった結果、日本人力士に甘い裁定も出来ないという事情もある。罰金刑程度のはずの賭博、業界追放にされた力士は気の毒の一語。それが追放処分になるのは「ドルジの呪い」。当分重過ぎる罰則の呪いは解けそうも無い。
 朝青龍の事件自体、いったいどんな人物と喧嘩になったのかいまだに中身ははっきりせず、暴力団関係者だったらしい程度の情報のままになっている。やたら責任追及する癖がつきすぎた日本のマスコミ、賭けマージャン程度のことなら記者自身がやっているはずなのにそっちの方は口をふさいだまま。
 官房機密費をひそかにもらっていた評論家の話題は、もはや誰も語ろうともしない。
 紀伊国屋文左衛門の時代から、大金持ちになったら人におごってやって自分の座敷を華やかに見せ、「お大臣」ともてはやされるのが成功者の楽しみだった。そのために花魁を呼び、二回座敷から小判を振りまき、大盤振る舞いするのが日本の伝統文化(かどうかは多少疑問だけど)。
 今NHKで人気の「竜馬伝」。出てくる岩崎弥太郎なんてのは会社を興し、役人接待で大成した男。お座敷遊びこそ日本の文化。どうも最近は日本中貧乏くさい話ばかりでまったくつまらない。
 伝統的な男の遊び、力士のごっちゃん体質が問題などといってみても、元をただせばそれが本来の姿。おごってもらうのが問題だといっても何も始まらない。「俺の顔を立って顔を出してくれ」。タニマチにそういわれる地位に立つのが力士の目標、周囲が驚く大物力士を座敷に呼べるのが男の誉れ。若手を引き連れ、座敷で「ごっちゃん」になり、お土産にご祝儀に余禄を受ける。そんな程度の出費に目くじら立てない大物こそ男としての目標。けちなサラリーマン記者には理解できない一レベルも二レベルも上の世界の大人の遊び。
 あれも問題これも問題と大騒ぎした挙句、テレビ中継を楽しみにしていたお年寄りの楽しみを奪っておしまいじゃ、なんとも味気ない話。
 一番おとなしい人に罰を加えておしまいって言うのはどうなんでしょうね?。

 大体NHKの中継なんて、国民投票で決まっているわけではない。
 教育放送で放映しているスポーツ、超マイナーばかり。
 誰もやり手が無いから放送しているものが多い。
 いつも見てもいない人までアンケートに応募。「中継はしないほうがいい」などというのまで民主主義というのかどうか。
 ともあれ「民意」に押されたNHKの決断。「民意」で決定することがいいのかどうかまで考えさせられる。

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