March 18, 2010
和声研究とレッスン計画表とPf指導者協会への書類作成

完全Offの今日、大変様々な事が捗りました。
先月の体調不良は、完全に払拭出来たようで、
すこぶる快調に機能しています。
昨年の今頃は、仏検2級対策に、毎日大学図書館に
通い詰めた日々でした。
思い起こせば、たった一年前と言えども懐かしいものです。
この時期、毎年本当に様々な事に意欲がみなぎります。
今日は例によって和声研究が快調に捗りましたし、
ピアノ指導者協会に教室業務についての新たな報告も出来ましたし、
レッスン計画の作成も捗りました。
後は、もう一つの目論見に対してのアプローチを試みる事が
今日の最後の計画です。
ですが、昼からノンストップで仕事をし続け、
少々疲労感もありますので、暖かい紅茶を入れに
リビングへ行ってみます。
皆様も、良い一日をお過ごし下さい。
Bonne soiree.
Julia.A
le_monde_brillant at 20:03|Permalink│Comments(0)│TrackBack(0)│
│Mon recherche de la musique-我が音楽研究- | PIANO-ピアノ-
March 15, 2010
Voila, c'est tout!
春風が柔和に頬を撫でてゆきます。
春は直ぐ傍までやってきているのでしょうか。
雪が降る白銀の街で、かつての友人と逢ったのは
一週間前でした。
季節は、場面に残像を残しながら
足早に次の色をキャンパスに描いているかのようです。
雑多な話ですが、2月は無念ながら体調を崩し、
計画を大きく押してしまっていたため、
ゆとりなく臨んだ確定申告でしたが、無事終了しました。
回復運転を心掛け、そこそこ計画を巻きかえして
準備時間の帳尻を合わせられましたし、
概ね良しとしたいと思います。
2月は、前述の如く少々の体調不良の為、
停滞を余儀なくされた部分もありましたが、3月は或る計画に向けて
着々と準備が整いつつあります。
平成22年年度頭の計画は、大まかに2点。
更に、4月は改訂初演の演奏も控えています。
良い仕事が出来ますよう、日々創意工夫を凝らしてゆこうと
思います。
Julia.A
March 10, 2010
March 09, 2010
2010年3月7日《Maurice Ravel生誕135年》

2年前より、Chopin生誕200年の今年は、
世のクラシックファンが賑わうだろうと考えていましたが、
私にとって、非常に重要な日が6日後に在りました。
Maurice Ravel(モーリス・ラヴェル)の
生誕135年です。
1875年3月7日にフランスのバスク地方に生まれたRavelは、
今年で生誕135年目を迎えます。
私が音楽高校在籍中などは、実はまだ
Durand社の版権が残っていたとみえて、
Ravelの楽譜を手に入れるには、フランスからの
高価な輸入楽譜を買うしかなく、
お金のない私には、入手が困難でした。
そうした時期を経て、著作権が消滅した今日(こんにち)では、
全音楽譜出版社より
三善晃先生監修の「ラヴェル・ピアノ曲集 全3巻」が出版されるに至り、
Ravel自身の残した譜と三善先生の解説と、一度に御二人の業績を
拝見する事が出来るようになり、大変嬉しく思っております。
半年ほど前までは、私もi phoneでなく
携帯電話を持っていましたが、
着信音は、組曲「鏡」の一曲目、「蛾」にしていましたし、
Mail着信は同じく「鏡」の3曲目、「海原の小舟」が
涼しげに鳴っていました。
本当にこの組曲は、最も頻繁に聴き込んだ作品でした。
今年も、3月は非常にメモリアルな年となりそうです。
皆様も、出逢いと別れの交差する嬉々交々の時間の中、
どうか麗しい日々をお送り下さい。
Julia.A
le_monde_brillant at 00:10|Permalink│Comments(0)│TrackBack(0)│
│Mon recherche de la musique-我が音楽研究- | 三善晃先生-M. Akira MIYOSHI-
March 01, 2010
Felicitations!-Chopin(ショパン)生誕200年-

おめでとうございます!
Frederic Francois Chopinがこの世に生誕した3月1日。
殊に、2010年は生誕200年という大変メモリアルな年となります。
1810年3月1日、ポーランドの農村、《ジェラゾーバ・ボーラ》にて
フランス人の父とポーランド人の母との間に
フレデリックは生まれます。
彼は、希有なピアノの名手でもあり、
鍵盤上に即興的な想いを語ることに於いて、
最も秀でた作曲家として、今日(こんにち)迄
語り継がれてきたのです。
そうした歳月の積み重ねが、積もり積もって200年。
非常に感慨深い今日の一日です。
そんな日に、私の来歴を回想しています。
小学生時代、ショパン・ファンだった私は、
しょっちゅう、五線紙にChopin作品の写譜をしたり、
習作を書いてみたりと、
日々Chopin漬けの毎日を送っていました。
この時期の11歳頃から、自分の進路を作曲専攻に進みたいという意志が、
ほぼ固まりつつありました。
何時の間にやら、周囲から「ショパンちゃん♪」という
あだ名(?)まで付いていましたから、
たいそう変わった小学生でした。(笑)
やがて、それをも凌駕するほどの、
強い影響を私に与えて下さった恩師が登場します。
中学時代に出逢った我が作曲の師匠、
橋本正昭先生です。
当時、名状し難いほどのインパクトを私に与え、
何時しか強固に近代フランス音楽の虜になっていました。
Chopinのピアノ曲は自身で楽譜伝いに研究したものであるのに対し、
近代フランス音楽は、10代後半という最も物を覚える時期に
師匠から直接習い伝わったという《生身の人間伝い》に習得した分、
余計に堅固に自分の中にこびりついたのかも知れません。
中でも、Ravelの「ピアノ・トリオ」の変拍子、
近代和声のドミナント、MessiaenのM,T,L第2旋法、
そしてそれを巧みに咀嚼された
三善晃先生の合唱作品、どれをとっても今の私を形成した
絶大な構成要件でした。
尚且つ、師匠の和声学の実技は、日本でも屈指のような気がします。
師に和声を添削して頂けるのが嬉しくて楽しみで、
辛い学校生活を乗り切れたと言っても、過言でないでしょう。
こうして、私はピアノ上の即興表現から少しずつ離れてゆき、
自分なりの音楽語法の核を身に着けてゆきました。
和声学に寄るロマン派的和声進行、
それらを応用した近代フランスのドミナント進行、
対位法的音の編み込み。etc,
今思えば、小学生時代好きだったChopinの作曲技法から
知らず知らずに決別していき、卒業していったのでした。
そうして月日は流れ、私は30代半ばに差し掛かりました。
今日、ほんの少しの軌道修正として、
肩書きを「近代フランス音楽研究及び作編曲家」から、
「近代フランス音楽研究及び音楽理論研究者」と改めました。
私は理論研究や史学研究に、自然と心が赴きます。
大抵の人は、「傑作を書きたいと!」と意気込んで
作曲専攻に入学するのでしょうが、
私は島岡先生学派の和声の研究に力を入れたいというのが、
高校時代の最も強い意思でした。
その想いを携えて、今日の私がここに居ります。
私の通過点、そして分岐点を、今こうして回想してみると
何とも感慨深い一日、それが今日でした。
《生誕200年》の今日が、次世代にも受け継がれてゆきますように。
Felititations!
Julia.A
le_monde_brillant at 20:32|Permalink│Comments(0)│TrackBack(0)│
│LA MUSIQUE-音楽一般- | Mon recherche de la musique-我が音楽研究-
February 28, 2010
春の兆し
熱が下がり、回復したところ、
急に身体が軽くなり、頭の回転が良くなったように思います。
(「良くなった」訳でなく、元通りに戻っただけであって、
「進歩した」訳じゃないですが。(笑))
この時期は、冬の眠りから徐々に覚めつつある植物たちが
新芽を息吹かせる準備を秘かに始めている、
そんな気配をひしひしと第六感が感じ取る事が出来ます。
人も植物も、新たな物事への希求心に富んだ
希望ある季節への序章が幕開けしつつあります。
私は、回復と共に様々な準備に動いています。
《重たい憂慮の鎧》を脱いできましたから、
自分の意志と周囲の方々との連携によって、
スムーズに事を運んでゆけるかと思います。
個人事業主というものは、常に《自主と責任》に寄って
動いていかねばならないものです。
自由気ままそうに見えるかもしれませんが、
実は其処には常に自己責任が伴います。
自分の望む方向性と、それに伴う責任の
両輪のバランスがとれてのみ、事は上手く運びます。
その事は、常に肝に銘じておいている部分です。
《ドッペルゲンガー》を見た《憔悴しきった自分》は、
今はもう此処には居ません。
身も心も、健やかに来るべく季節に向け、
快調に機能している自分が居るものと確信しています。
そして、明日は、或る自分にとって非常にメモリアルな日です。
御存知ですか?
或る音楽史上、とても偉大な人の生誕200年に当たる日です。
こう申せば、もうお分かりですよね♪
《ピアノの詩人》、彼の人です。
小学生時代から、コアな○○○○ファンだった私は、
この時期が近付くと、嬉しくて嬉しくて、ルンルンしていた変な子でした。(笑)
ですが、高校に上がってからは、すっかりフランス音楽に
傾倒してゆきました。
元来フランス語が好きだった私にとり、
近代フランス音楽の研究者でもあった我が作曲の師匠との出逢いは、
大きく自分の道筋に影響を与え、その後の人生を
決定付けたといっても過言でないでしょう。
佐賀に赴任されて、早10年。
我が恩師は、御元気にされているでしょうか。
とても逢いたいです。
Julia.A
February 24, 2010
Une experience enigmatique--謎の体験-
熱による病臥中、普段睡眠中に余り夢を見なくなった
今日この頃ですが、この時期にだけは、
沢山の夢を就寝中に観ることになりました。
身体は休息していながらも、
脳は必至で記憶を整理していたのでしょうか。
昔の重要な恩師と対談している夢、
大きな歌劇場にて、コンサート鑑賞をしている夢、
自分にとり、重要な局面がダイジェストしていたようです。
中でも、少し恐ろしくも謎めいたものがありました。
《ドッペルゲンガー》というのでしょうか。
室内の廊下を歩いてくる女性がいました。
紛れもなく《私》でした。
《私》を外側からの《私》が見ているのです。
顔色も優れず、病弱に憔悴しきっている《私》とすれ違いました。
この夢を見た時、そろそろ自分、寿命かと思いました。(笑)
お迎えが来ているのかと。(笑)
夢の中に病中の自分を見る。
初めての体験です。
この危険信号を受信したら、
雑多な揉め事に疲れ切った自分に
方向転換を示唆してくれたものと捉え、
速やかに、軌道修正を図るのが宜しいでしょう。
様々な人々の助言を、自己の内面にて
トータルに分析しつつ、面舵を切りにかかります。
日々、より良い環境造りを目指し、
精進してゆきますので、どうぞ今後とも
宜しくお願い致します。
Julia.A
病床からの帰還
実に、10日近く37,7℃の熱が引かず、
起きていても、現実が夢の中のように
朦朧(もうろう)としていました。
38℃までいかずとも、こんなに長く
高めの熱が引かなかったのは、
中学以来のような気がします。
御迷惑をおかけした全ての方々に、
この場を借りて深くお詫び申し上げます。
今朝起きたら、ようやく体温計は36,9℃。
やっと37℃代を割りました。
急に身体が軽く感じます。
半月近くの戦線離脱の間、世の中は確実に移り変わっています。
何時の間にやらオリンピックは半分位終わってる。(笑)
季節も、何時の間にやら春が近づいてきている模様。
自分をとり残して季節が移行している。
ひどく焦燥感も募ります。
ここからの回復運転は、腕の見せ所でしょう。
病後、体力は消耗しきっており、
足腰は熱による節々の痛みの後で
がくがくとした状態、体中は寝ていた事に寄り、
確実に筋力が衰えている。
でも、やらなくてはならない懸案が山積している。
ですが、この熱により《良いみそぎ》が出来たと
考えるようにようにしています。
危うく出所の不透明な誘いに乗りかけていたところを、
軌道修正できたし、厄を熱によって祓えたと考え、
次のステップに前向きに取り組みます。
病中も良いアドヴァイスを下さった友人知人の皆さま方に、
感謝しております。
今後とも、どうぞ宜しくお願い致します。
Julia.A
February 19, 2010
臥薪嘗胆
ご無沙汰しております。
今となっては後の祭りですが、
先週、スーパーアリーナ(約一万人の動員があったとの事です。)に
コンサートを観に行った際に、マスクの着用を怠っていた事を
後悔しています。
鑑賞3日後より、37,7℃の発熱を伴い、
大変苦境に立たされている一週間を余儀なくされています。
マックスでも37,9℃で済んでいますので、
恐らくインフルエンザではないと思いますが…。
毎年2月は、体調を大きく崩す時期であるので、
手洗いうがいなどには気を付けていたつもりでしたのに、
大人数の集合する場所でのマスクの着用を忘れていた事に、
自己防衛策の落ち度を感じ、
反省点として、ピックアップしています。
1月までは、概ね計画通りに事が運んでいただけに、
2月は《臥薪嘗胆》の月となりつつあります。
余り右往左往せずに、じっと忍耐の月として
不運をやり過ごせれば幸いです。
きっと、このような時期でしか学べない《何か》が
あるはずですから。
昨日内科の先生に処方して頂いた薬によって
今だけは一時的に概ね元気になり、PCの前にも
座っていられますが、水分補給と休息しか
たちの悪い風邪を治す方法はないのでしょう。
また、有用な抗生剤も処方して頂いたので、
そちらの効果に大きな期待を持ちつつ、
休養と両輪となって回復できる事を願っています。
ですが、授業の教材作りも欠かせませんので、
薬を飲みつつ、だましだまし一時的に元気になりながら、
譜面に向ってみます。
追伸: サポートしてくれた関係者各位に
深く感謝を捧げます。
Julia.A
February 12, 2010
番外編−連休を用いて異文化コンサートへ−
2月11日の祝日をまたいで、私は連休を過ごしています。
毎日ほぼ同じサイクルで動いている私が、
自宅を離れ、泊りがけで小バカンスを楽しんでいます。
休息とリフレッシュのためには、
良い時間となっています。
祝日には、或るコンサートを鑑賞してきました。
普段、ヨーロッパの音楽を主流に聴いている私にとり、
ゴスペル調のアメリカ由来の音楽は、
本当に《異文化交流》といった感じです。
恐らく、ブルー・ノート的なペンタトニック(五音音階)を
基調とした旋律に、フレーズの終わりを大胆に且つ細かく
フェイクしているのだと思いますが、
全く音程のぶれない確かな歌唱力に、
本物の歌い手の風格が漂っていました。
ゴスペルもまた、アメリカで発達した
教会音楽の一つと言えるのでしょう。
その音楽語法は、ヨーロッパのルネッサンス時代の
グレゴリア聖歌などとも、全く異なったものですが、
教会で神を賛美する為に用いられた音楽であるという事で、
広義の宗教音楽という事でしょうか。
その土地の文化に土着した宗教観と音楽語法という点で、
比較文化論的に考察してゆくと、興味深い事が在りそうですね。
ですが、今日はまだ休暇です。
暫し、休息したのちにまた従来の島岡先生学派の和声研究に戻る事でしょう。
Julia.A

