Julia Akassaka 《Le monde brillant》 Le BLOG de Julia.A

作曲・和声・対位法を野田輝行氏、橋本正昭氏、山本康雄氏に、仏文和訳を仏和翻訳家・通訳のCedryc Jordens氏に師事。  現在は、近現代フランス音楽研究(O.メシアン研究)を軸に、 その傍らで、視覚から入る色彩と、聴覚によって認識される音楽芸術の関連性を研究中。

J'ai acquis la partition de 《Diptyque》 par O.Messiaen

2012_2_8

 御無沙汰しております。
年明けの1月もまた多忙にしており、
なかなか記事を書けずじまいでした。
毎年1月〜2月は、乾燥により体調を崩す事が
多かった私ですが、昨年11月に気管支炎をやり
高熱を出して以来、その後大きな変調もなく
お陰様でこうして久々にPCに向かっています。
陰で支えていて下さる方々に感謝しております。

 さて、熱望していたMessiaenの初期のオルガン作品の
楽譜を入手致しました。
タイトルは《Diptyque》。邦訳では「二枚折絵」と呼ばれています。
この作品には、また興味深いサブタイトルが付されています。
《essai sur la vie terrestre et l'eternite bienheureuse》
−現世論、そして至福の永遠−
(注記: 上記は私の訳です。)

 つまり、
《1.)地上に生まれし者たちの現世での試練》=「人の世の営為」と、
《2.)至福に包まれし天上界での悠久の時への内在》=「天界に昇った死者の永遠の至福の時」とを
二枚折絵として表現した作品なのでしょう。

"essai"という単語も、非常に多義的な訳が導き出せそうなところでして、
「試論」ですとか「エッセー」とそのまま訳している邦題も在ります。
ですので、「地上の生の試論」、或いは「地上の生の試練」という訳も可能でしょう。
しかしMessiaenは、《現世の在りようそのもの》を描き出す試みを行ったのではないかと
私は考えております。(=ゆえに「現世論」と訳しました。)
《Diptyque》という作品タイトル自体も、本来的直訳には『二部作』という訳が一般的ですが、
敢えて邦訳は『二枚折絵』と、相反する絵画を並べて『二部作』としたような
ニュアンスを持たせているのも、上記の並列を為すものなのでしょう。

 オルガン楽譜の3段譜をじっくりとアナリーゼするのは、
自身初の試みであり、非常に興味深く思っております。
オルガン作品を知ることによって、鍵盤楽器作品の
『ピアノのための前奏曲集』の更なる理解に繋がるのではないかと
思いを馳せています。

 《現世の試練》は私にまだまだ沢山課せられておりますが、
Messiaen作品から生きる為の智慧を、様々授かれる事を願っております。


Julia.A

Ma quotidienne est revenue dans l'anne de 2012

2011_7_26

 正月休みも過ぎ去り、そろそろ本当に「真面目に書きたい」と思っています。
自分の真の目的は、論文を中心とした「文筆の修練」であり、
仏語の更なる熟達に向けての勉学であり、
譜をアナリーゼする事であり、時に自己の考えを五線に綴る事です。
決してその部分に於いて、「他者から身勝手に自身の方向性を歪められて広報される事」を
黙認している必要性も、耐え忍んでいる必然性もないでしょう。

 論文の修練に当たり、思う処はただ一つ。
それは専ら、「文章を書き記す事に熟達している学者様に就いてゆきたい」と
いう事です。
それには演奏出の人でなく、真に論文執筆経験の豊富な学者様から
学ばせて頂きたいのです。
それを考えますと、現在佐賀大学に赴任され15年の我が師匠の存在に、
何時も想いを馳せている昨今です。

 師と言えば、国立時代の副科Vc.の師匠であった
宮澤等先生の演奏会には、在学中は何度も勉強に行かせて
頂いたものでした。
その演奏会のプログラム・ノーツは、たいてい何時も
宮澤先生の執筆であり、その芳醇な文章には、
演奏共々、毎回うっとりとしたものです。
そして無論、仏文学者でもあった
三善晃先生の著作は、様々読ませて頂きました。
文学者と作曲家の視点から語られた独自の世界観には、
10代の頃から大きく影響を受けたものです。

 そう考えますと、私は恐らく《文章を芳醇に綴っていらっしゃる音楽家》に
影響されながら育った環境に在ったため、そうでない人に殆ど興味を引かれないのでしょう。
それは自分の動かし難い在りようであって、
上記の事から、演奏という行為よりも、文筆に志しを持っています。
誰が何と言おうとも、自身の核の部分は不動に内在しています。

 2月中旬には、或る人から或る約束も頂きました。
それを念頭に、「立て直した自己目標」に向かって、
少し意欲がみなぎってきた昨今です。

 この冬一番の冷え込みとなった今朝、結露に曇る窓辺の様相と裏腹に、
自己の形骸に魂を再確認した一日の始まりでした。


Julia.A

2012年-抱負-

2012_1_9

 新年も早いもので、10日近く経とうとしています。
暮れから思っている事はただ一つです。

 改めて、この場で抱負として表明したいと思います。
今年最も細心の注意を払いたい事柄は、
「出処の疑わしき話(若しくは人)には、絶対に乗らない、近寄らない。」
と言う事です。
こういった迷惑人物の傍若無人な行いによって、
その周囲に居るだけで、自分の名誉を棄損されたり、
我慢出来得る範ちゅうを越えた迷惑を被ったりする事は、
何としてでも避けなければならない事であります。
リスクマネジメントの観点から、これは是非とも励行し、
死守したい処です。

 また、こうした人は巧妙に詭計を働く事だけは人より何十倍も長けており、
初動で人を欺く事に良心の呵責を感じないようです。
途中で話が可笑しい事に薄々気づいたら、いち早くこういった
契約は解除すべきです。
でないと、自分の名誉にも汚点がつき、尚且つ私周りの人にまで
迷惑が波及します。

 今は未だ、どうやって立て直すのか、検討の最中であり、
最終結論は出せませんが、自分の方向性は自分の責任で
立て直すしかありません。
苦難の時も、この状況を客観的に視て、妥当な判断が出来ますよう、
努めます。


Julia.A

Je vous souhaite bonne annee de 2012

2012_1_1

 新年明けましておめでとうございます。
昨年は、災害に見舞われながらも、
様々な方々に助けて頂きながら、
お陰様で新年を迎える事が出来ました。

 2012年の皆さま方の益々のご健勝を
お祈りしております。
本年も、どうぞ宜しくお願い申し上げます。


2012年元旦 赤坂樹里亜 拝

暮れに -2011年の回想-

2011_12_29

 2011年もあと幾ばくかですね。
今年一年を振り返って、様々な反省点や
今後への課題を整理整頓しているところです。

 先ず2011年春は、どなたにとっても非常時を体験した
年だったように思います。
我が家は3.11にはタンスが倒れ、一部物が散乱し、
一定期間、電気の供給がストップし、近所の食料品店の棚からは
品物が消えてしまった。
その時は必至でやっていましたので、疲れを感じませんでしたが、
或る程度、事態が正常化したのち、色々と健康問題に悩まされた
年でもありました。

 それでも、そうした非常時にこそ人を慮り、
原子炉の爆発から想定される降雨時の被ばくを避けるよう
注意を喚起し続けて下さった方、
そうした方々から学んだ事は掛け替えなく、
それによって助けられた事柄は計り知れませんでした。
また、街頭に立ち、被災地に向けての募金を呼び掛けていらっしゃる方々、
そうした人々の勇気と博愛に、本当に胸を打たれました。


 2000年当初から、日本の雇用形態は変わりつつあったように思います。
経費節減のため、派遣社員の雇用を推奨し、
社員教育を行う事なく即戦力を求め、結果が出なければ切り捨てるという土壌で、
徐々に人と人とが信頼関係を培う感覚が薄れてゆき、
その結果、「うつ病」罹患者が加速度的に蔓延したり、
人件費節減の結果、仕事に従事することへの責任感が薄れていったりしながら、
だんだんと、生き続ける活力そのものが、減退しつつある国に
変貌していく中途ではなかったかと考えています。

 これを機に、「利益第一主義」の価値観が蔓延している事について、
今一度再考する事が不可欠のように考えています。

 私自身は「或る人」が育てて下さったお陰で、今の自分が在り、
その事は、決してお金で買う事によって、短期間で成し遂げられる事では
ありませんでした。
私の音楽家としての育ての親同然の師匠に、
年末に深く感謝を捧げていると同時に、
自分にとっては、他の何びととも代替性のない存在であることを
再確認しています。


 そして、被災地の方々へ。
どうか寒さの中、避難所で生活されている方々も元気づけられ、
一日も早く日常を取り戻せます様、遠い空の下からお祈りしております。

 愛を込めて。


 赤坂樹里亜 拝

《Diptyque》 O.Messiaen

2011_12_26

 Messiaen初期のデビュー作である『Prelude pour piano』のアナリーゼ発表が
過ぎ去ってゆきました。
この作品群(全8曲)を引き続きアナリーゼしてゆき、
論文の内容をより深めてゆく作業を行うのと同時に、
或るMessiaen作品に数ヶ月前から心奪われています。
Messiaenといえば、「Sainte Trinite教会」で約60年間
オルガニストを務めた、カトリック神学と密接なオルガン作品を
多々残した作曲家でもあります。
やはりMessiaenを探る上で、オルガン作品は欠かせないものだと
確信しています。

 そうした上で、私が心奪われてやまない作品は
《Diptique-二枚折絵-》です。
初期のオルガン作品で、大まかな構造の区分は、
2部に分かれています。
サブタイトルは、「地上の生と至福の永遠性についてのエッセー 」。
ここから憶測するに、
2区分の前半部分では、「地上に生まれし人の世の苦悩」について
音を何重にも編み上げ、
後半部分では、「天上の至福と永遠の安らぎ」をパイプオルガンという
重厚な響きの中に投影したのではないでしょうか。

 国内の楽譜店では、どうもこの作品の楽譜は
お取り扱いがないようです。
取り寄せに数ヶ月かかるといいます。
海外から直接取り寄せたいですが、その方法を考えています。

 個人的には、「地上に生まれし人の世の苦悩」の方の音の編み込みに
Magnetiqueに引き込まれ、常にこの音群が頭の中で響いています。
「天上の至福」の方は、音の動きがかなり緩除になり、
アナリーゼを試みるとしたら、「苦悩」の冒頭のテーマが
拡大形で出てくるのでしょう。
(未だ楽譜を手にしていませんので、詳細な仕掛けまでは掴めていないですが。)

 一つ終わったら、次のテーマに向けて、
早速準備を開始させたいです。
来年も良い研究が出来ますように。


注: 写真はパイプオルガンではありません。


Julia.A

12月10日《O.Messiaen生誕103年》

2011_12_22

 研究発表準備の喧騒の中、書きたい書きたいと思いながらも
書きそびれてしまった事があります。

 それは、去る12月10日はMessiaen生誕103年に当たる日だという事です。
音楽高校時代に作曲の師より倣い伝わった
Messiaenの「M.T.L旋法」に、興味を持った処から始まり、
あれから約20年後には、Messiaen研究の或る程度の成果を
研究発表できる機会を与えて頂けたのですから、
それは幸せな事だと思う事にしましょう。
色々と不本意な事は在っても、初回は勉強だと思い、
次へのステップとしたいと思います。

 Messiaen氏の誕生月に想いを馳せています。


Julia.A

2011年末に想う

2011_12_22_1
 事後報告となりましたが、去る12月18日に
「日本音楽理論研究会第9回例会」において、
《メシアン:『ピアノのための前奏曲集』アナリーゼ発表》を
終えました。
必ずしも全てが全て自身の本意ではないまま、合意なしに
情報だけが勝手に独り歩きした部分があり、
複雑な心境ではありますが、協力して下さいました方々、
そして会場に足を運んで下さった方々に
感謝している事は、間違いありません。
殊に、西山タカスケ画伯のお骨折りには、深く深く感謝に絶えません。
ご協力くださった方々、温かいメッセージを下さった方々に、
残りの2011年も、更に新年も良い事が多々訪れますよう、
祈念しております。

 年内の主だったスケジュールは、これで全て終了致しました。
来年に向けて、来るべく年の方向性を改めて検討し固めてゆき、
今年の教訓を活かして、良い方向に向かって進んでゆけるよう、
精進したく思っております。


Julia.A

気管支炎通院、そろそろ卒業?

2011_12_6

 約ひと月前から患っていた気管支炎のため
通院生活が続いていましたが、そろそろ完治の
兆しが見えています。
今日の体温は37,2℃ですが、夜間に咳き込む事もなくなり、
良く眠れます。
今日頂いたおクスリで、快気する事を期待している次第です。

 やっと咳に煩わされる事無く、書き物に集中でき、
本来の調子が戻ってきています。
本当に咳き込むというのは、体力や思考力を奪いますね。
喘息を患っている方の気持ちが、ひしひしと解りました。

 自分が病の時や危機的な時に、手を差し伸べて下さった方々の
事を想うと、自分も復調した際に、誰かのお役に立てれば幸いです。

 昨晩からMessiaen PreludeのAnalyseも捗り始めました。
思考が咳で邪魔される事もなくなりましたので、
ここぞ!とばかりに書き物に没頭しています。

 皆さまも美しい夜をご堪能されていらっしゃいますように。
Je vous souhaite votre sante!


Julia.A

Mes someils de 《REM》?

2011_11_29
 寝ていて、やにわに「ゴホっ!」という音声に、しばしば起こされます。
不思議なもので、自分は眠っている筈なのに、
咳を催す脳は覚醒しているのでしょうか?

 調べたところによりますと、これがいわゆる「レム睡眠」
というものなのでしょうか。
 以下、wikiより転記。

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 レム睡眠(レムすいみん、英: Rapid eye movement sleep, REM sleep)は、
急速眼球運動(英: Rapid Eye Movement, REM)を伴う睡眠である。REM睡眠とも表記される。

概要 [編集]

睡眠中の状態のひとつで、身体が眠っているのに、脳が活動している状態である。
身体的には骨格筋が弛緩状態にあり、急速眼球運動のほかは身体はほとんど動かないが、
脳波はシータ波が優勢で覚醒時と同様の振幅を示す。外見的には寝ているのに、
脳は覚醒状態にあるため、逆説睡眠(ぎゃくせつすいみん)とも呼ばれる。

レム睡眠に対して、急速眼球運動を伴わない睡眠のことをノンレム睡眠または
徐波睡眠(じょはすいみん)という。入眠時にはまずノンレム睡眠が現れ、
続いて約1時間から2時間ほどでレム睡眠に移る。以後、ノンレム睡眠とレム睡眠が交互に現れ、
レム睡眠はほぼ90分おきに20 - 30分続く。一晩の睡眠では4 - 5回のレム睡眠が現れる。

夢を見るのはレム睡眠中であることが多く、この期間に覚醒した場合、夢の内容を覚えていることが多い。

レム睡眠の存在は、シカゴ大学のナサニエル・クライトマンとユージン・アゼリンスキーの研究によって、
1953年に明らかになった。

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 この説に寄れば、「ノンレム睡眠」時には、身体は咳をする事無しに、
休息しているのでしょうか。

 何れにしましても、この気管支炎は長引き過ぎています。
身体の緊張を全て解き放ち、まっさらな状態に移行させて、
義務感や抵抗感から一切離れて、一度思い切ってギアを「ニュートラル」に
入れてみる事が必要なように感じています。
無論、この体調不良はウイルス感染によるものだと思われますので、
感染源を撲滅しなければ始まりませんし、
「気持ちの持ちよう」だなどど、精神論には寄っておりませんが、
(現に血液検査の結果、白血球が増殖していますから。)
回復には休養が不可欠だという事は、明白です。

 それからで良いのです。その後、思いっきり好きな事に没頭しましょう。
後少し元気になり、雑事が片付きましたら、
元通りに仏単語帳をめくれる生活に戻れるでしょうから。

 今日こそ、中途覚醒しない質の良い睡眠を得られますように。


Julia.A
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Julia Akassaka
近現代フランス音楽研究家

PHOTO: NAOYA YAMAGUCHI  (STUDIO☆DI:VA)
HAIR&MAKE: YUKIKO YOKOMIZO (STUDIO☆DI:VA)

 国立音楽大学付属高等学校音楽科作曲専攻を経て、
東京芸術大学別科作曲専修修了。
(東京芸術大学卒業式に於いて卒業証書授与の総代を勤める。)

 作曲・和声・対位法を、
野田輝行氏、橋本正昭氏、
山本康雄氏に、
仏文和訳を、仏和翻訳家・通訳の
Cedryc Jordens氏に師事。

 大学卒業時には、近代フランスの作風による、
モネの絵画を模した描写音楽
組曲「モネの絵画」を発表。

 現在は、近現代フランス音楽研究(O.メシアン研究)を軸に
その傍らで、視覚から入る色彩における写真芸術と、
聴覚によって認識される音楽芸術の関連性を研究中。


公式サイト
《Le monde brillant》 Le site officiel





芸名の由来
 恩師、赤坂先生のご芳名を
襲名させて頂いております。
歓楽街の地名等とは全く無関係です。
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