赤坂樹里亜 "Le monde brillant dans Olivier Messianiste" - Le BLOG de Julia Akassaka-

"Le monde brillant dans Olivier Messianiste(オリヴィエ・メシアニストに於ける華麗な世界)"
est le site de"Julia Akassaka".

カテゴリ: Les notes des recherches de la musique-音楽研究ノート-

2016_8_7_我が音楽語法

 東南アジア、インドネシア バリ島に渡航した事をきっかけに、O.Messiaen『わが音楽語法』「第二章 ラガヴァルダーナ、印度のリズム」の章の研究を始動する。
本年は、O.Messiaenの創作の4大要素の一つである「リズム論」に着手する事を決断。


 去る7月25日の記事にて「Bali島からの帰国の御挨拶」として、以下の文章を
掲載いたしました。
「インドの民族音楽デシ=ターラの研究資料が上手く見つからず、ペンディング状態と
なっておりましたが、今般インドネシアに赴き現地のガムランを多々聴けた事により、
ここへのアプローチへの軌道も、掴みかけているところです。」

 この点に関して、O.Messiaen著の理論書、言わずと知れた『わが音楽語法』を
紐解くアプローチを再度改めて行っておりました。
この著作の章立てを視ましても、比較的早い段階で「第二章」として、「ラガヴァルダーナ、
印度のリズム」という項目があります。
この点に於いて、初めて御覧になる方は「カトリック信徒のメシアンが、
何故ヒンズー寄りの民族音楽を持ち出すのか?」という疑問は尽きないかと思います。

 そこでクロード・サミュエル著の『オリヴィエ・メシアン その音楽的宇宙』(1993)
の「東洋の体験」という章を引用してみたいと思います。

クロード・サミュエル「−「東洋」−このことばに幾世代ものあいだヨーロッパ人は夢を
抱いてきました。しかし、実際にそこへ行って自分の目で
確かめてきた者は少なかったのです。
あなたは何度も東洋への大旅行をなさってきましたが、
その前からまずそういう夢をおもちだったのでしょうか?
O.メシアン     「奇妙なことですが、私はずっとインドへ行きたいと思って
いたのに、インドへは結局行かずじまいになってしまいました。
デシ=ターラのことを研究するだけで済ましてしまったわけです。
これは古代インドを、その最も深いものの顕現の形で
知ったことになるわけで、現場へ行ったら失望したかも
知れないですから、それはそれで良かったかも知れないと
思っています。
しかし、東洋には、私が良く知っている国、最初の滞在の
ときからまったく夢中になり、同感するに至った国が一つ
あります。それは日本です。」 (同書P128 L1-9)

 ここでインドのデシ=ターラの研究を通して、「古代インドを、その最も深いものの顕現の形で知ったことになる。」と氏は述べています。
奇しくもここからインタビューは、日本滞在の出来事に移ってゆきますが、今般は割愛いたします。

 ここで『わが音楽語法』の記述へ戻ります。
「第二章 2)ラガヴァルダーナ」においては、下記の記述が見られます。
「十三世紀の印度理論家サルンガードヴァは、120の”Decitalas”すなわち印度リズムの
一覧表を書き残した。この表の中に、ラガヴァルダーナのリズムを見出す。」 (邦訳版 P2)

 この「ラガヴァルダーナ」との関連として、Messiaenは「イーゴル・ストラヴィンスキーの(創作)から引き起こし、基本の法則をインドのリズムから引き出そう。」(邦訳版 P2)
として、論を進めています。
 この章を起点として、「ラガヴァルダーナ」における付加リズムの解釈から、更には
私が2011年に発表しようとした「移調の限られた旋法」の論述へと繋がってゆきます。
 氏は更にこれらを「不可能性の魅力」と名付け、おのおのの類似性と、補完性について論じています。
即ち1.)不可逆リズム(同じ順序の音符音価となるがゆえに)
  2.)移調の限られた旋法(再び同じ音に帰着するがゆえに)
上記二点について、下記の様に論述しています。
「人は直ちにこの二つの不可能世の相似と、その各々の相補う点に気付くであろう。
 旋法が垂直に実現する移調、リズムが水平に実現する逆行。この最初の関連のほかに、
リズムにおける付加価値と和音における添加音の相似性がある。」 (P2)

 その事によって下記の音楽を創作する事を希求している事をうかがい知る事が出来ます。
「不可能性の魅力。私の求めるのは彩光を放つ音楽であり、聴覚に対して官能的に繊細な
快感を与えるものである。同時にこの音楽は高貴な感情を表現できなければならない。
なかんずくすべての中で最も高貴なもの、カトリック的信仰の真理と神学とによって高揚される宗教的感情表現できなければならない。官能的であると同時に瞑想的なこの魅力は、
旋法やリズムの領域におけるある種の不可逆行性の中に潜んでいる。」

 こうしたコンセプトを今一度踏まえ、再度租借し、新たな気持ちで「東南アジア的リズム論」と、2011年に行っていた「移調の限られた旋法(M.T.L旋法」の融合点を探究してゆこうと思います。
これは、私自身もインドネシアという「東南アジア」に赴き、実際に現地の民族音楽に触れる事が出来た賜物と思っております。
Julia.T.A
Le 7 aout 2016 12h17

(無断リンク、シェアお断りで…(^^;))

  数日前からしきりに気になっていたリヒャルト・シュトラウスのドイツ・リートの
お話しを、やや進めたいと思います。
 以下は、「プライヴェート・モード」にて綴ります。
Julia.T.A
Le 26 juin 2016 19h28

続きを読む

 O.Messiaenは、「移調の限られた旋法第2旋法」(以下、「M.T.L第2旋法と略記」)に
ついて、自身の著作『わが音楽語法』(1944年)の中で、以下のように語っています。

“我々は既にその軌跡をリムスキー・コルサコフの《サドコ》の中に見つけ、
スクリャービンはそれを更に自覚的に使い、ラヴェルやストラヴィンスキーは一時的に
用いたが、それは控えめな下書きの状態に留まり、旋法的な効果は、
分類された音色(註:既存の機能和声の事か?)によって、更に若しくは減じてられて
抑えられている。“
(わたくしの2011年に行った稚訳の中から、引用して参りました…。)

 即ち、〈リムスキー・コルサコフやスクリャービンらが一時的、あるいは偶発的に用いた
「M.T.L旋法」だが、メシアンはこうした音楽語法を初めて体系化した〉、というところは、
2011年の研究発表に向けて、私自身調査や翻訳が進んでいました。
にも拘らず様々妨害在り、満足な形での発表が行えなかったという事は、既述の通りです。

 しかしながら2011年当時はここまでの理解でしたが、今般思うところは、
リムスキー・コルサコフやスクリャービン、ラヴェル、ストラヴィンスキーらのほかに
「リヒャルト・シュトラウスの或るリート」に「M.T.L旋法的響き」を感知できるのでは
ないかという事象に着目したところです。

 今日は時間がもうありませんので、おいおい続きを書こうと思います。

Juia.T.A
Le 24 juin 2016 14h23


追伸: 5年前には、《Poemes pour mi》(1936)を視ていましたが、
今般、リヒャルト・シュトラウスの「或るリート」
(詳細は追って書きますが))と、この《Poemes pour mi》の
関連性について考えています。

Julia.T.A
Le 26 juin 2016 11h08

 4年前の今日は、《Prelude》pour Orgue (1928-29)を追っていました。
《Huit Preludes》 pour Pf.(1928-29)と上記作品《Prelude》 pour Orgue(1928-29)、
そして《Trois Petites Liturgies...》(1943-44)と《Vingt Regards...》(1943)と、
対応する作品を対比させながら視てゆくのも、何かの発見に繋がるかも知れません。

Julia.T.A
Le 19 Juin 20h52

////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
 『オルガンの為のプレリュード』、輸入楽譜サイトでお取り扱いが在るようです。
この作品は遺作ですが、楽譜も出版されているようで、しかも輸入楽譜でありながら、
下記のサイトで購入すればかなり安価です。
そして注目すべきは、作曲年が(1928-1929)となっていることから、
やはり『ピアノの為の8つのプレリュード』と同時進行で書かれたのでしょう。
(遺作という事もあり、こちらの方の作品は、試作品だった可能性もありますね。)

 未だ楽譜を手にしていませんので、耳から聴いた捉え方ですが、
作品は概ね「A+B+A´(+Coda)というような」3部形式でしょう。

 E durの中に、まさしく「M.T.L旋法」を散りばめたような
ステンドグラスのきらめきを想わせる魅惑の響きの「形式A」、
そして、やや動きとうねりが生ずる「形式B」、
更に「形式A」の再現「形式A´」では、「形式A」の華奢な響きと
打って変わり、音を重厚に重ねた荘厳な響きで堂々たる再現を迎えるようです。
「Coda」はやはり「形式A」同様、静寂に戻ってゆくようにひっそりと
曲を閉じます。

 『Diptyque-二枚折絵-』のような素材のモティーフ操作は、余り見られず、純粋な前奏曲という事なのでしょうか。

 というのがこの作品のおおよその捉え方ですが、もっとじっくりと聞いてみたり、楽譜を携えましたら、やや修正する箇所は出てくるかも知れませんので、取り敢えずの覚え書き程度とお受け取り下さいませ。

Julia.A
le 19 juin 2012

 3年前の今日は、《Un sourir-微笑み-》(1989)を視ていたようです。
再度、この作品もRevisionしておこうと思います。

Julia.T.A
le 19 juin 2016 20h43

/////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
【Olivier Messiaen: Un Sourire -微笑み-(1989)】

 穏やかな楽想を持つこの作品も、とても好きな管弦楽作品のうちの一つです。
管弦楽作品と言いましても、編成からCb.のみ除かれており、
下から湧き上がってくる低音の響きよりは、中音域以高の色彩感溢れる
「Messiaen Harmonie」を十全に体感する事の出来る作品のように思います。
所々に特徴的なrythmeが散見され、更に時折挟まれる「打楽器群」の
巧みな扱い方には、やはりMessiaen的な作風を強く感じます。
こうしたオーケストレーションは、何かしら弟子のBoulezにも
受け継がれているように思え、興味深い所です。

 1989年と言えば、Messiaenの亡くなる3年前です。
この頃には人生の終焉に向けて、こうした穏やかな心境で
何かを悟り切っていたのかも知れません。

Julia.A
le 19 juin 2013

2016_6_2

 去る5月22日付の過去記事にて、「O.Messiaenに関する「と或るテーマ」について、
アプローチを開始しようと試みている。」旨、書かせて頂きました。
 その計画を大まかに開示しますと、上記の《Vingt Regard sur...》についての精査を
開始する決心が固まってきたという事になります。
この作品は、言わずと知れたMessiaenの最も著名な作品の一つでもあり、
且つPf.の技巧作品でもあり、この作品と対峙するのは、今迄はとても敷居が高く
「未だその時ではなかろう。」と感じていたものでした。

 しかし、カトリック文化の背景を学びつつある昨今、更にはカトリック洗礼を
授かり、且つ新たなPf.を探す事を試みている「この時期」に、この作品と
「面と向かって対峙する事を開始するのは今である。」との感覚は、
恐らく妥当であると判断するに至りました。

 譜は、第1曲目冒頭から三段譜で始まり、重厚に音を重ねてありますが、
素地は最初期の《Huit Prelides》(1928-29)を彷彿とさせるものの様に感じられます。
この辺りは、5年前に上記《Huit Preludes》研究の口頭発表をさせて頂きました際の
知識が大きく役立つ様に感じられます。
実際、《Huit Preludes》の中核を成す《No.6 Les cloches d’angoisse...》には、
《Vingt Regards...》の前身作品であるかのような軌跡を伺えます。

 楽譜を読み、ほんの少しの手ごたえを感じております。
このままつつがなく調査が進みます様に。

Julia.T.A
2eme juin 2016 15h25

2015_11_10_鳥類学概論(和音と色彩)

2015_11_10_鳥類学概論(聖書と神学大全)


 オリヴィエ・メシアンの自身の創作に関する解説的な著作は『我が音楽語法』(1944)が最も著名ですが、その続編として『リズム・色彩・そして鳥類学概論』(全7巻)が、死後に刊行されています事は、何度かお話しした通りです。
 これは、パリ音楽院で教鞭をとったメシアン氏のレジュメの蓄積を、ピエール・ブーレーズらが編集して出版したものでしょう。
 そこにはやはり聖書の御言葉、そしてトマス・アクィナス『神学大全』の語句の引用などが見られ、(写真2)更にはM.T.L旋法による和音群をタイプ分けし、色彩と関連付けているグループ分けが見られます。(写真1)

 私の目論見である「1. 色彩との旋法の関連」、「2. キリスト教哲学と旋法の関連」の探究には、この著作を読み進めてゆく事は収穫の一つといえると思います。
 この仏語原語の著書は、未だ日本語訳を含む外国語訳が存在しませんので、こうした氏の創作技法を、私自身咀嚼してゆき、更に皆様方にお届けできたら、どんなにか素晴らしい事でしょう。

 「与えるのは最高のコミュニケーション」。タイのCMを彷彿とさせます。
来たるべき時が整い、皆様方にご紹介できる日が来ましたら、どなたかの心に
神の愛とメシアン氏の博愛が届きます様に。

Julia.A
Le 10 novembre 2015 14h18

2015_10_21_mon_わが音楽語法

 「聖書研究」と「M.T.L旋法研究」の接点を求めた時、‐或いはここらで
この二つの要素を包括した学際的研究を試みようとした時‐
先述の《Les corps glorieux-栄光の御体-》の存在に着目し、この作品から
切り口を見つけてゆくのが適切ではないかと感じたため、調査に入ったところです。
譜から、旋法の種別を探ってゆく作業です。
実は2011年の《Huit prelides -8つの前奏曲集-》(1928-29)を研究した頃
以来の安定した調子を取り戻せました。
(《Huit Preludes》の際は、「1. 色彩への言及」と「2. 旋法研究」を
包括し研究を行なおうと試み、惜しくも邪魔だてされて不本意な形で
幕引きとなったものです。)

 確か《Les corps glorieux》は、メシアン著の『我が音楽語法』(1944)にも
幾らかの解説が成されていた記憶があり、再度『我が音楽語法』を開いて
みたところ、やはりこの7曲の内の数曲を著書内に見つけました。
この著作をもって氏の創作技法を弟子たちに伝授する意図で書かれたもので
あるため、《Les corps...》の旋法解釈は、比較的重要度が高いと判断されます。
更には聖書の基礎知識との相乗効果によって、《Les corps...》の作品構造が
解釈できそうに感じています。
またこの作品を識れば、《Trois petites liturgies de la presence divine
-神の現存の小典礼曲-》(1943-44)の理解に繋がります。

Julia.A
le 21 octobre 2015 20h00

2015_9_28_messiah_top
2015_9_28_trois_liturgies_top

 シルバー・ウィークには、Handel 《Messiah》を俯瞰しながら、
少しペースを落として、緩やかに楽しむことにしました。
「全曲の緩やかな俯瞰」というのがコンセプトでしたが、とりわけ
《no.18 Rejoice Greatly,O daughter of Zion》(大いに喜べ、シオンの娘よ)は、
アナリーゼを行ないました。
「Rejoice greatly (大いに喜べ)」の字の如く、とても楽しく高揚する
シルバー・ウィークとなりました。

 そして本来のOlivier Messiaen研究へと戻っている訳です。
随分とこの息抜きによって、気力が戻ってきました。
O.Messiaen《Trois petites liturgies de la presence Divine》(神の現存の三つの小典礼曲)(1943-44)の世界に、「喜びと共に」戻ってこられた感があります。

 半年近く経過して、完全に両親の死は吹っ切れたと感じられます。
Olivier Messiaenと共に生きられる事を、「大いに喜び (Rejoice Greatly)」たいと思います。

Julia.A
Le 28 septembre 2015 12h32


 いよいよHandel 《Messiah》にお熱がやって参りましたゾ〜〜♪♪
といいますか、こうした時代の作曲家の大作は、先行研究バッチリで、
日本語資料も充実しており、かなり肩の力を抜いて視ることができます。^^
O.Messiaenは、活字資料はほぼ仏語のみですので、原書を読むのにあたり、誤訳したら大変です。
無論、翻訳は大好き♪♪なのですが、学術書はボリュームがあります。
従って元気が枯渇している時には、なかなか身体がついてこなかったりします。

 それでHandel 《Messiah》を肩の荷を下ろして、ゆる〜〜く♪俯瞰しつつ、
徐々に元気を取り戻してゆくワタクシなのでした。(^-^)

Julia.A
Le 22 septembre 2015 15h17


 Messiaenにとり、恐らくHandel作品はそれほど迄には意中になかった
ようにも感じられます。
しかし、Messiaenに於ける幾つかの宗教作品とHandel《Messiah》を
比較すると、相違点、類似点などが、当然の事ながら視えてくるでしょう。
始めはJ.S Bach(1685-1750)《マタイ受難曲》(1722-23)とのちょっとした
比較をおこなおうかとも考えましたが、以下の理由で《Messiah》を今一度
全曲さらってみようか?との気持ちに少々(笑)なっております。
それはテクストの創られ方に着眼した事に寄りました。
《マタイ受難曲》はマタイ福音書をテクストとしているのに対して、
Handel《Messiah》の台本は、旧約聖書の預言書などから引用されており、
三部構成は以下の組み立てです。
第一部 「イエス・キリストの降誕と預言のその成就」
第二部 「キリストの受難と贖罪」
第三部 「復活と永遠の生命」

私自身、聖書の知識が無かった頃には、殆どテクストの内容を考えず、
音楽のスタイルしか考えていませんでしたが、この度、
聖書の学びを授かる機会に恵まれ、そしてカトリック教会での「入門式」に与り、
この手の作品のテクスト的背景がようやく分かってきかけたところでしょうか。

 またHandel《Messiah》は、台本は別人が書いたものですが、Messiaenの
歌曲やオペラは、テクスト創作もその殆どがMessiaen自身行っている
ものですので、氏自身、聖書やキリスト教哲学書など相当数を読みこなし、
神学的知識に富んでいた事も周知の通りです。
こうした事もMessiaenの大きな特徴の一つであるのもまた、言わずと知れた
事柄です。(ほかにも特徴を書き出せば、枚挙にいとまがございませんが。(笑))

 少し気分転換を兼ねて、ゆるやかにHandel《Messiah》をさらって
みようかと感じているところです。

【追伸】
 動画は森麻季さんSop.による《Messiah: Rejoice greatly, O daughter of Zion》です。
 森さんはどの作品も割と早いテンポを出されますね。(^-^)

Julia.A
Le 20 septembre 2015 14h12続きを読む


 目覚めて窓を開け放つと、涼気に包まれます。
秋の気配の香る朝、ひときわこの作品を聴きたくなります。

 この作品を始めて聴いたのは、Sop.キャスリン・バトル女史(1948-)による
LPレコードで、確かわたくしは未だ年端のゆかない11歳頃の事だったように
記憶しています。
11歳の頃には、この作品の印象は、「旋律美」だけだったのかも
知れませんが、この年になりますと、他の側面も耳に入ってきます。
 一つは、やはり経過的転調も計画的に書かれている事、
そしてオーケストレーションも立体的に組まれている事、こうした事柄を
考えますと、他の13曲とどの様な関連性を持って書かれているのかと
気にもなりますが、しかしそれをやっているとメシアン研究から
脇道にそれそうですので、このくらいにしておこうと思います。

 秋の朝に、美しく気高く《ヴォカリーズ》は響き渡ります。


Julia.A
Le 25 Aout 2015 11h22

2014_9_8_2

 すっかりご無沙汰しております。
今日(9月8日)は、カトリック暦では「聖マリアの誕生」の記念日なのですね。
 わたくしは、と或る所用から、Saint-Saens (仏1835-1921)の
《Ave Maria (A dur)》(1860)と御縁あり、今日はこの作品をアナリーゼ
してみる事にしました。
機能関係を識別する事により、「演奏中に今自分が何処に居るのかの指標」を
得る事が出来ます。
それはまるで、「カーナビゲーションのついている車とそうでない車」とで
走行するのと同様に、現在位置関係の把握に差異が出るように感じます。

赤坂樹里亜
Le 8 septembre 2014 14h16



 夏風邪のようです。喉の症状は無いものの、微熱と倦怠感、悪寒がします。
どうしても、あらゆる作業に集中できません。
そんな時には、Allegri(1582-1652)の《Miserere》を聴く事にしています。
こうしたPolyphonique作品が耳から入ってくると、無意識に頭は
各声部を追いかけ始めます。
そうする事によって、乱れかけている思考も、知らず知らずのうちに整理されてきて、
精神統一が成されます。良い事です。

 この作品は、以下のエピソードでも有名な作品でしょう。
「当時、この楽譜をヴァチカンは門外不出としていたが、ミサに与った
少年時代のモーツァルトが感銘を受け、全て採譜して譜面に書き起こしてしまった。」
こうした話は、皆様どこかで耳にしたことがあるのではないでしょうか。
このモーツァルトが書き取った作品こそ、この《Miserere》です。

 テクストは『旧約聖書:詩編の第51章』であり、ラテン語によるものです。
「神よ、わたしを憐れんでください
 御慈しみをもって。」
(『聖書 旧約聖書続編つき』P884-P885 新共同訳 日本聖書協会による日本語訳)
この唄い出しからも、惹き込まれるものがあります。

 暫し《Miserere》の世界に浸っていたい心持ちです。

赤坂樹里亜
Le 4 aout 19h57 2014


《L’Ascention –キリストの昇天- (1932) Version pour orchestre
Quatre meditations symphoniques pour orchestre
-オーケストラの為の4つの交響曲的瞑想-》

 Majeste du Christ demandant sa gloire a son Pere
   -自らの栄光を父なる神に求めるキリストの威厳-
 Alleluias sereins d'une ame qui desire le ciel
   -天国を希求する魂の清らかなアレルヤ-
掘 Alleluia sur la trompette, Alleluia sur la cymbal
   -トランペットによるアレルヤ、シンバルによるアレルヤ
検 Priere du Christ montant vers son Pere
   -父のみもとへ昇天するキリストの祈り-

(邦訳:わたくしだわ〜〜♪♪)

 復活祭(イースター)も過ぎ、2014年6月1日(日)はカトリック歴では
「主の昇天」との事。
そこで真っ先に頭に浮かぶのは、勿論メシアンの上記作品です。
この作品は、翌年にはオルガン曲として編曲されていますが、ただし
第3番だけは「トランペットとシンバル」の為の作品である事から、
オルガン仕様に編曲する事はせず、全く別の作品を新たに書いて、
オルガンの技巧曲を挿入したようです。

 去る6月1日(日)の「主の昇天」を想いながら、改めてオケ版とオルガン版を
じっくりと聴いてみる週としたいと思います。

赤坂樹里亜
3e juin 2014 13h14

追伸:オルガン版は、以下の動画です。


 オリヴィエ・メシアンのカトリック作品研究を専門にすると決めてから、
徐々に、と或る幼少期の記憶が想起されてきました。
それは11歳の事です。

 当時、芥川也寸志先生が御存命で、解説をなさっていた頃の
「N響アワー」で或る日、ロッシーニ作曲《スタバト・マーテル》(1832)が放送されました。
当時それを聴いた11歳の私は、衝撃的な感銘を受け、その日以来
録音したカセットテープを擦り切れるほど、何度も何度も聴いていました。
あの頃はラテン語のテクストは、全文は解りませんでしたが、
芥川先生の解説によって、「Stabat mater dolorosa」という一文だけ
意味を知ることになりました。
「Stabat=(英)Stand」、「Mater=(英)Mother」、「dolorosa=(伊)Dolente」
即ち、「聖母はたたずみ、嘆き悲しむ」を意味し、「磔刑となったキリストの十字架の下で、
聖母マリアはたたずんで、その死を嘆き悲しむ」という事だと知りました。
音楽的にもモティーフの扱われ方や機能和声の事などは、未だ11歳の頃には
未習得でしたが、今思えばこうした四声体での対位法的作品を
繰り返し繰り返し聴いていた事が、14歳の頃から始まる和声実習の勉強の土台として、
知らず知らずのうちに核となっていたのではないかと思います。
更にオーケストラ・パートも繰り返し聴いた事は、管弦楽法の実習の会得にも
大いに功を奏したのではないかと回想しています。
(この作品の編成は、四声ソリスト、四声体コーラス、そしてオケ伴奏によるものですので。)

 カトリック教会に通うようになって半年を過ぎた昨今、
この作品を再度聴きたい想いが強く溢れてくるようになり、ここ数日、
繰り返し全10曲を聴いています。
そして11歳の頃には解らなかった様々な事柄が、手に取るように視える事を実感しました。

 5月は「聖母月」です。
この時期にこの《スタバト・マーテル》(ロッシーニ)の記憶が想起されてきましたのも、
何かしらの恩恵でしょう。
しばし、調性音楽にも耳を傾けてみると、小学生時代には解らなかった発見が
多々あります。
奇しくも「聖母月」には、この《スタバト・マーテル》を、「大人になった私」が
「11歳の頃の私」の様に、何度も何度も繰り返し聴く事になりそうです。

赤坂樹里亜
Le 27 mai 2014 18h55

 現代作曲家アルバン・ベルク(1885-1935)のみならず、
広く20−21世紀に於ける現代音楽研究を旨とする会合の趣旨を
知人の方より御紹介頂き、本年度より入会させて頂きました。
(わたくしの専門は、オリヴィエ・メシアン研究です。)

赤坂樹里亜


 常日頃から考えていたことが在ります。
それはわたくしにとり、オリヴィエ・メシアン作品の中核を成す物は、
やはりカトリック信仰から紡ぎだされる豊かな楽想である事。
元々は旋法研究から入った氏の音楽性に内包されるそれらへの想いの高まりは
自分の中で日に日に強まり、数年がかりで熟考した結果、自分の専門領域を
「オリヴィエ・メシアンに於けるキリスト教作品内のM.T.L旋法」として
研究を絞ってゆこうと考えています。

 そこで、メシアンが1977年にノートルダム大聖堂にて宗教音楽の講義を
行なった際、大聖堂の首席司祭兼祭式者であらせられた
ジャン・ルヴェール司祭のメシアンに対しての紹介文を引用しようと思います。

「(中略)メシアンの才能と、とくに彼の深い信仰、これらすべての源泉に感謝せよ。
その源泉はまたとないオリヴィエ・メシアン特有のものであり、帰する所、
汎神論的(註)な印象を超えるものではないが、正真正銘それはキリスト教の祝典、
托身の祝典、もっとも豊かな秘跡の表現、聖餐式の中に収集され組み込まれたものである。
この神秘は彼の最初のオルガン作品《天上の宴》(1928)の対象であり、それから56年後の
《聖体秘跡の曲集》(1984)において提示された神学的かつ音楽的な総和の中で完成をみる。(中略)」

 さて、上記のノートルダム大聖堂の首席司祭様の紹介文にある《天上の宴》(1928)とは、
メシアン19歳にて、パリ音楽院在学中に創作された初期のオルガン作品です。
同年書かれた《ピアノのための前奏曲集》(1928-29)よりも、
恐らく先に書かれたものではないかと推察します。
《ピアノのための前奏曲集》(以下、プレリュード集)への作曲者自身の記述が
在ったことは、二年前の研究発表で述べましたが、再掲しますと以下です。

「私は既に音色(おんしょく)の音楽家だった。「或る回数だけ唯一移調できる響きの旋法」(M.T.L旋法)を用い、
独特なそれらの色合いのお陰で、「色彩の円」の対極に達し、虹を交錯させ、音楽の中に“補色”を見出した。」

 この頃から既に氏は「M.T.L旋法(移調の限られた旋法)」を用いた創作を
確実に意識していました。
その軌跡を追いつつ、この作品も初期のメシアン作品の重要な位置づけとして
認識しています。

• 註 汎神論:
すべてのものに神が宿っているとしたり,一切万有の全体がすなわち神であるとしたり,
総じて神と世界との本質的同一性を主張する立場。
(大辞林 第三版より)

赤坂樹里亜
Le 20 janvier 2014 16h27

2013_4_27_Mesisaen2

 メシアン氏の生誕日が、今年もやって参りました。
1908年12月10日に、フランスのアビニョンにて、
文学者一家(シェークスピア研究者であるピエール・メシアンと、
女流詩人セシル・ソヴァージュの間)に第一子として生まれた
メシアン氏は、もしご存命ならば105歳ですね。
(1992年4月27日パリ郊外クリシーにあるポージョン病院にて逝去。)

 わたくしは個人的には喪中ですので、氏の生誕日に対して
祝辞を述べるのは、今年だけは御遠慮させて頂きたく存じますが、
2014年は更なるメシアン研究が発展しますよう、精進致します。

Julia.A
Le 10 Decembre 2013 13h54


 御無沙汰しております。
こちらは日本的に言いますと、いわゆる「忌明け」をした処で、
復帰に向けて着々と動いております。
その合間に心の安息の為には、ストーブの前に椅子を置き、
じっと聖書を通読したりしていました。
その折、旧約から始めて「出エジプト記」に入った処で、
意外な発見に繋がりました。

 − あの「時」は、数年前にさかのぼります。
初めて下記の作品と向き逢った時、
そのタイトルを大変不思議に感じた事をよく覚えています。
《Meditations sur le mystere de la Sainte Trinite
(聖三位一体の神秘についての瞑想)
 No.9 Je suis celui qui suis》(1969) 》
全9曲のオルガンのための組曲的作品です。
組曲としてのタイトルは理解できても、最終曲No.9のサブ・タイトルは、
何とも哲学的な言い回しです。
(英語ですと"I am that who am."でしょうか??)
一体どう訳すのかしら??と、不思議なそのフレーズの力に
圧倒された記憶があります。
それが意外にも、今般聖書を読んでいて判明したのでした。

 『旧約聖書 出エジプト記 第3章14節』の引用
 ”神はモーセに[こう言われた。]、「わたしはある。わたしはあるという者だ」と
言われ、また、「イスラエルの人々にはこう言うがよい。
『わたしはある』という方が、わたしをあなたたちに遣わせたのだと。[言いなさい。]”

 上記は初めて人間(モーセ)に、神がご自分の事を名乗った場面だと
思われるのですが、『わたしはある』という邦訳の言い回しが、何とも気になり、
(恐らくは、邦訳にしがたい構文なのだろうと。)
仏語聖書で同一箇所を引証してみました。
その結果、数年前から気になっていた疑問が氷解しました。
この訳こそ"Je suis celui qui suis"だったのですね。

 ユダヤ教の神は、ご自分を『わたしはある』と名乗った。
それがヘブライ語の『ヤハウェイ=わたしはある』として、
固有名詞となっていったのですね。
即ち、この組曲の最終を飾る作品は、
メシアンが「神御自身」の事を謳ったのだと判明しました。

 聖書は、旧約・旧約続編・新約含めて、
約2000ページ近くありますが、僅かでも
こうした発見に繋がると、嬉しく思います。

 そして《神の顕在の三つの小典礼曲》(1943-44)のテクストの事は
色々と見えてきましたので、
これから、ちょっとしたリズム論の研究に入ってゆかなくてはと
思っています。

赤坂樹里亜
1er Decembre 2013 17h20

2013_11_11_大作曲家の信仰と音楽

 以前からこの著書は知っていましたが、メシアンについての記述は
10ページ弱しかなく、且つ内容は「信仰者の視点から見た作曲家のうちの一人」として
列挙されているくらいの扱われ方です。
従って、氏の創作活動全てをダイジェストし切れていないように思い、
普段はほぼノーマークで来た文献でした。
 しかし、カテキズムの勉強を始めた今、自分自身も信仰者の
準備段階に入ったのを機に、何気なく書店で再度、手に取ったのを切掛けに、
この10ページを精査しよう、との思いに向かいました。

 精読し始めますと、記述内容にやや事実と異なると思われる個所も
やはりながらあります。
《Poemes pour mi -ミの為の歌-》(1936)創作は、先妻クレール・デルヴォスに
励まされて、「結婚の霊的な意義を『褒め称えている』。」(P237 L17-18)と在りますが、
わたくしの考えは、やや異なります。
この6月くらいに、わたくし、この《poemes pour mi》の全9曲のテクストを
訳してみた事は、先日書き記した通りです。
邦訳資料では多くがこの連作歌曲を「新婚当時の幸せな生活を詠ったもの」
とありますが、どうもメシアン創作のテクストからは、
そうは思えない個所が散見されました事も、先般書かせて頂きました通りです。

 そういった著書の中でも、一つ眼に留まった事柄があります。
現在わたくしが行っております《神の顕在の三つの小典礼》(1943-44)に関して、
初演当時に猛批判が上がったという、いわゆる「典礼論争」事件の記載です。
《三つの小典礼》のスコアの冒頭に、メシアン自身によって書かれた解説があり、
その部分を訳しても、やはりこうした「典礼論争」が在った事は間違いありません。
しかし、事の起こった経緯についての出典元を血眼になって探しておりますが、
邦訳資料にはどうも確固たるものを上手く見つける事ができません。
この著書でもその「出典元」となるに足るだけの記述はありませんが、
興味をひかれるのが、以下の記述です。

 「彼の音楽は生涯で何度も、信者、未信者の双方から肘鉄を食らわされてきた。
前者は現代音楽の挑戦に対して不慣れであり、後者は彼が伝えようとする
聖なる真理になじめないためだ。」(P237 L7-9)

 「信仰に満ち溢れたテクストは世俗の批評家にまったく顧みられず、
一方聴衆の中の信者は不協和音だらけの音楽に不快感を抱いた。」(P238 L17-18))


 これは、全てで無いにしろ、概ねうなずけます。
細かい事を云えば、上記二つの相反する双方の意見は、
或る意味で合っていて、或る意味では違うのだけれども、
大筋で言えば、こう言う事でしょう。

 1. カトリック信者の側はバッハやメンデルスゾーンなどの典礼作品に
耳が慣れているのならば、メシアンの作風は奇異で聴き慣れない音と感じたとしても、
可笑しくはないでしょう。

 2. 一方で、わたくしなどはこちら側の人間ですが、現代音楽から入った切掛けで
カトリック信仰と対峙する事となった人にとり、ミサに求められている典礼音楽とは、
如何なるものなのか、またキリスト教が布教しようとしている教理とは、
如何なるものなのか、理解が追い付かない。

 カトリシズムについては、わたくし自身、未だ雲を掴むような感覚の中、
手探りで模索している最中であります。

 ここで上記の引用の中で「不協和音だらけの音楽」と言わしめた
作品についての補足を、若干させて頂きましょう。
「不協和音だらけ」と書かれながらも、実はこの3曲共に「A dur」の枠組みの中で
受け取れます。
そこに「M.T.L旋法」が随所に内包され、その響きが非常に「ステンドグラス的」
色彩感をもたらし、わたくしには得も言われぬ「カトリック的典礼音楽」に
聴こえます。
その事も魅力の一つですし、メシアン自身の創作であるテクストも、非常に稀有な
世界観を醸し出しています。

 − 一人、神に祈るメシアン。
    その祈りに答える神の調べが彼の内面で拡がってゆき、
    彼は神と一体となる夢想を抱く。

 そうした夢想的な内容を持つ第一曲目も、大変美しい幻想に溢れていますが、
しかしそれ以上に心を動かされたのが、第三曲目です。
「神はここにいる、全てのものの内に存在している」、との趣旨が、
三部形式冒頭では旋律を持たないリズムのみで朗唱され、
次のパーテーションでは、色彩の話を伴いながら高らかに歌い上げられている。
 また、素材展開も3曲中、最も巧みになされている。
この作品について、是非とも論文に論述したく思っております。

 話がそれましたが、この『大作曲家の信仰と音楽』(P.カヴァノー著)に、
また一つ触発されてきました。
だんだんと、素材が整いつつあり、良い手応えが感じられ、嬉しく思います。
論文執筆に、意外ながらも良い参考資料として付け加えられそうです。

Julia.A

Le 11 Novembre 2013 14h08

2013_10_15_elgreco_pentecote

 オリヴィエ・メシアン作品の全容を概観した時、初期の作品の幾つかに
「死」をテーマとしたものが散見されるものの、
死者を弔う目的の、いわゆる「レクイエム」と銘打ったものは皆無です。
そこで、副次的に眼に留まるのは、この《Messe de la Pentecote》(1951)でした。
「Pentecote -ペンテコステ- (聖霊降臨祭)」とは、イエスの死後、
3日後に地上に現れた事を祝する「復活祭」(イースター)から数えて、
50日後を祝う祝日だと云います。
メシアンは、この「ペンテコステ」に因んで、以下の5曲から成る
オルガンの為の組曲を残しています。
------------------------------------------------------------------------------------------------------------
Masse de la Pentecote –聖霊降臨際のミサ- pour orgue

機Entree -入口- (Les langues de feu –炎の言葉たち-)
供Offertoire -奉献文- (Les choses visibles et invisibles –目に見えるものと
目に見えないもの-)
掘Consecration -聖別- (Le don de Sagesse -智慧の恵み-)
検Communion –聖体拝領- (Les oiseaux et les sources –鳥たちと源泉-)
后Sortie -出口- (Le vent de l’Esprit –聖霊の風-)

作曲日時 1951 1月21日 パリにて書き上げる
       メシアンはしばしばサント=トリニテ教会での即興演奏の集大成による作品を
       語った。
       (1950年に書かれた作品。しかし、ずっと以前にオルガンで即興演奏されたもの。)
出版社 Alphonse Leduc (1951年12月 パリ)
初演日時 兇鉢垢蓮幣なくとも)1951年5月13日
     「聖霊降臨祭」の期間に パリ サント=トリニテ教会
 オリヴィエ・メシアンによる
演奏時間 30分

-------------------------------------------------------------------------------------------------------------
 メシアンのカトリック信仰に於ける位置づけとして、この作品はどの様にして
メシアン作品の中に「在る」のか、
「作品の意義」を知りたく思いました。

追伸 :写真はエル・グレコの『聖霊降臨』(1605-1610)の絵画。

赤坂樹里亜
Le 15 Octobre 2013 16h54


 多忙につき、自宅を離れる日々が続いております。
大多数の資料を自宅に置いてある為、なかなかやりたい調査が
捗らずにおります。
滞在先の手元にあるのは、僅かなスコアと仏文テクストのみです。
それに加え、疲労で仏文を読んでも、どうも上手く頭に入りません。
こういう時は、あまり深く考えずに既知の音源をゆっくりと聴こうと思います。

 この作品《La Nativite du Seigneur -キリストの生誕-》は、
「Neuf Meditations -九つの瞑想-」とのサブタイトルを持ち、
作曲年は1935-1936年となります。(Messiaen氏27歳の作品です。)
このOrgueスコアさえも現在手元になく、深い考察を書けませんが、
取り敢えず、いつもとは違ったスタンスで「九つの瞑想」に誘われてゆこうと思います。
皆様におかれましても、三連休の終盤に差し掛かりましたが、
更なる御多幸をお祈りしております。

赤坂樹里亜
Le 16 Septembre 2013 16h17


 《Harawi》(1945)が「愛と死の歌」とのサブタイトルを持つのに対し、
比較的初期(1928-1930代)の作品にも、「死」を扱った作品が散見されます。
それは恐らく、Messiaen氏19歳の頃にお母様を亡くした事の影響が
大きいのではないかと憶測しております。
 この初期の歌曲《La mort du nombre》(1930)も然りでしょう。
氏は22歳の頃の作品です。
同年作曲の《Trois melodies (三つの歌)- Pour Sop. et Pf.-》(1930)
(* 記録には年月日まで入っておりませんが、恐らくこちらの方が
先の作曲日時だと思われます。)同様に、初期作品は
何処となくDebussyの影響を感じさせながらも、死の痛みを伴う様にも思われます。

 そしてこのタイトルの《La mort du nombre》ですが、
邦訳の幾つかは《数の死》と在りますが、《多くの死》とするのが
間尺に合うのではないかと考えています。
テクスト創作も、やはりMessiaen自身によるものです。

 こちらの作品も、時間が在れば精査してみたく思うのですが、
なかなか今はスケジュールが取れません。
今年中の課題としたいと思います。

追伸: 《Harawi》(1945)は先妻Claire Delbosの死を予感した際の
作品と思われるものに対し、初期の1928-1930年代における「死を扱った」作品は、
氏のお母様の詩人であるCecile Sauvage(1883-1927)の死の影響なのでしょう。

赤坂樹里亜
Le 31 Aout 2013 15h09

2013_8_31_kojima

 入荷の遅れていたCDが、昨日ようやく届きました。
三善晃先生のPf.曲、4作品が収録された
小島由記子女史演奏のCDです。

1. 《Sonate pour piano》(1958)
2. 《Chaines: Preludes pour piano》(1973)
3. 《En Vers》(1980)
4. 《Pour le piano -Mouvement circulaire et Croise》(1995-1998)

 わたくしの学生時代、《Sonate pour Piano》に関しては、
小賀野久美女史の盤を頻繁に聴いたのですが、
小島女史の演奏も、また違った味わいがありそうです。
じっくりと拝聴しようと思います。

http://www.hmv.co.jp/artist_%E4%B8%89%E5%96%84%E6%99%83%EF%BC%881933-%EF%BC%89_000000000019260/item_Piano-Sonata-Chaines-Pour-Le-Piano-Etc-%E5%B0%8F%E5%B3%B6%E7%94%B1%E8%A8%98%E5%AD%90_5494051

赤坂樹里亜
Le 30 Aout 2013 13h39


 【O.Messiaen『Harawi』(1945) Chant d'Amour et de la Mort pour chant et piano
 オリヴィエ・メシアン『ハラウィ』(1945)愛と死の歌 -歌とピアノの為に-】


 帰宅してから、毎朝『Harawi』を聴く事が、知らず知らずの間に日課となっております。
この作品は、いわゆる「トリスタン三部作」の第一作目に当たりますが、
『トゥーランガリア交響曲』(全10曲) (1946-48)は割と気軽に聴けるような
作品であるのに対し、この『Harawi』はサブタイトルの「愛と死の歌」との文言が
語るように、大変重いテーマを持つ作品です。

 やはり手持ちの音源は3通りありますが、Yvonne LoriodのPf.の盤は
端的に申し上げて、非常に壮絶です。
Yvonneは現代曲の、殊にメシアン作品初演に於いて、他の追従を許さない
卓越した技能と感覚を持って作品の世界観を創り上げていますが、
それだけにこの作品に於いては「壮絶」の一言しか言葉が見当たりません。

 この作品『Harawi』は、先妻Claire Delbosの病の悪化が見られた頃に
書かれたものです。
数ヶ月前にわたくしの翻訳した『Poeme pour miミの為の歌』(1936)は、
MessiaenとClaireの新婚当初の作品でありますが、
この頃からMessiaenは妻の精神の病に苦悩していたであろう事が読み取れました事は、
先述の通りです。
そして「連作歌曲三部作」の後続で、最終曲にも当たるこの『Harawi』は、
まるでWagnerの『トリスタンとイゾルデ』的気迫の上にSop.の熱唱が行われます。

 テクスト創作もやはりMessiaen自身によるものです。
古代インカ帝国の娘ピルーチャが若者と恋に落ち、やがて命を落とすが、
他の惑星に生まれ変わるというスト―リーを持つ壮大な連作歌曲です。
この主人公ピルーチャこそ、Messiaenにとり、先妻Claireの姿そのもの
だったのではないかと憶測しております。

 Youtubeを検索したところ、珍しくこの歌曲にバレエの振り付けが成されたものを
見つけました。
抜粋ではありますが、興味深く拝見しました。

赤坂樹里亜
Le 14 Aout 2013 17h32

2013_7_28_messiaen_et_ondes
 昨日、メシアンがしばしば作品中で使用する電子楽器オンド・マルトノとの
因果関係は、もしや切掛けはピアニストのイヴォンヌ・ロリオの妹の
ジャンヌ・ロリオの影響かしら、という仮説を立ててみましたが、
更にもしかすると、この楽器の発明者モーリス・マルトノ自身との
交流が在った為かも知れません。
モーリス・マルトノは1947年にパリ音楽院で教鞭を取ったとの記録が在りますし、
それ以前のメシアン作品で言えば、1937年に『Fete des belles eaux -美しき水の祝祭-』という
オンド・マルトノ独奏曲(全8曲)があり、
同年1937年にモーリス・マルトノは、「芸術と技術の国際展示」に於いて、
初のグランプリを受賞したとの記録もあります。
このオケを率いたのは『三つの小典礼』(1943-1944)初演時にオンド奏者を務めた
ジネット・マルトノ(モーリス・マルトノの姉妹)だったといいます。

 こうした記録を更に探っていって、メシアンのオンド・マルトノへの
愛着を探ってゆきたいと考えています。
また、わたくし自身もオンドについての楽器法を学んでゆきたく思います。

赤坂樹里亜
Le 28 Juillet 2013 12h24

2013_7_27_Ondes_martenot_2
 『神の顕在の三つの小典礼』(1943-1944)の、
こちらは電子楽器オンド・マルトノ・パート譜です。
この作品の初演時の記録を見ますと、1945年にオンド奏者はGinette Martenotが
務めたとあります。
Ginetteは、この楽器の発明者Maurice Martenotの姉妹であるようです。

 従って、初演時はYvonne Loriodの妹Jeanne Loriodはオンドを
担当していた訳ではないようです。

http://www.di-arezzo.jp/sheet+music/classical+score/sheet+music-for-choral+music-for-orchestra-for-piano-for-percussion/DURAN03906.html?fb_action_ids=477903255629861&fb_action_types=og.likes&fb_source=aggregation&fb_aggregation_id=288381481237582
赤坂樹里亜
Le 28 Juillet 2013 11h42
  • ライブドアブログ

このページのトップヘ