赤坂樹里亜 "Le monde brillant dans Olivier Messianiste" - Le BLOG de Julia Akassaka-

"Le monde brillant dans Olivier Messianiste(オリヴィエ・メシアニストに於ける華麗な世界)"
est le site de"Julia Akassaka".

カテゴリ: Les notes des recherches de la musique-音楽研究ノート-

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 過日依頼したメシアンに関する文献のコピー3件が、国立国会図書館より届きました。
その資料により、5月に感じていた「或る仮説」が、
実際にその通りであった事(l'evidence)を掴み、一気に気分は高揚しました。
 更にその他の資料からも、今書いている私の論文の方向性は間違ってはいなかった事を
確証する事が出来ました。
 従って、自分の思っていた通りであった《三つの小典礼》(1943-44)の成り立ちについて
「先達の論じられた事柄」を裏付けてゆけるように、自分の論文内で
過不足なく論述してゆけるよう、方向性が固まってきた様に思います。

 ここに至るまでに、一見偶然の事象に思えるような、様々な出逢いと
気付きがありました。
お恵みに深謝致します。

赤坂樹里亜
Le 11 aout 2014 19h23



 夏風邪のようです。喉の症状は無いものの、微熱と倦怠感、悪寒がします。
どうしても、あらゆる作業に集中できません。
そんな時には、Allegri(1582-1652)の《Miserere》を聴く事にしています。
こうしたPolyphonique作品が耳から入ってくると、無意識に頭は
各声部を追いかけ始めます。
そうする事によって、乱れかけている思考も、知らず知らずのうちに整理されてきて、
精神統一が成されます。良い事です。

 この作品は、以下のエピソードでも有名な作品でしょう。
「当時、この楽譜をヴァチカンは門外不出としていたが、ミサに与った
少年時代のモーツァルトが感銘を受け、全て採譜して譜面に書き起こしてしまった。」
こうした話は、皆様どこかで耳にしたことがあるのではないでしょうか。
このモーツァルトが書き取った作品こそ、この《Miserere》です。

 テクストは『旧約聖書:詩編の第51章』であり、ラテン語によるものです。
「神よ、わたしを憐れんでください
 御慈しみをもって。」
(『聖書 旧約聖書続編つき』P884-P885 新共同訳 日本聖書協会による日本語訳)
この唄い出しからも、惹き込まれるものがあります。

 暫し《Miserere》の世界に浸っていたい心持ちです。

赤坂樹里亜
Le 4 aout 19h57 2014


【O.Messiaen 《Meditations sur le mystere de la Sainte-Trinite: No.2 Dieu est saint》(1969)
 オリヴィエ・メシアン《聖三位一体の神秘の瞑想 第二番 神は神聖》】


 6月15日(日)はカトリック典礼暦では「三位一体の主日」との事です。
そこでやはり思い出しますのは、メシアンの《聖三位一体の瞑想》(1969)です。
これはオルガンの為の組曲であり、全9曲から成ります。
初めてこの作品と対峙した時は、かなり難解な印象を持ったものですが、
自分自身もカトリック教会に通うようになってからこの作品を改めて聴くと、
かなり違った表情を感じる昨今です。

 この動画は、《第二番 神は神聖》です。
未だ着手していませんが、アナリーゼしてゆけば基調となる調は
A durで受け取れそうに思います。(これは《神の顕在の三つの小典礼》(1943-44)とも
同一の調性となりますね。)
この作品の書かれた時期はメシアン61歳の頃で、作曲技法もより複雑化している
後期作品ですが、神を讃える「Les œuvres Saintes(神聖な作品)」という点では、
音の重なりがいくら煩雑になっても、雑多な音の羅列には聴こえません。
因みに「Les œuvres」という仏単語は、「作品」という意味のほか、
「慈善行為」という意味をも持つのですね。
まさしく、メシアンが作品を創作する事の本質は、後世の人々に対しての「慈善行為」の
ように思えます。
 メシアンのカトリック作品は、自分の中では、
「音楽でありながらも、音楽を超越した神聖なもの」という位置づけにあります。


赤坂樹里亜
Le 18 Juin 2014 13h44


《L’Ascention –キリストの昇天- (1932) Version pour orchestre
Quatre meditations symphoniques pour orchestre
-オーケストラの為の4つの交響曲的瞑想-》

 Majeste du Christ demandant sa gloire a son Pere
   -自らの栄光を父なる神に求めるキリストの威厳-
 Alleluias sereins d'une ame qui desire le ciel
   -天国を希求する魂の清らかなアレルヤ-
掘 Alleluia sur la trompette, Alleluia sur la cymbal
   -トランペットによるアレルヤ、シンバルによるアレルヤ
検 Priere du Christ montant vers son Pere
   -父のみもとへ昇天するキリストの祈り-

(邦訳:わたくしだわ〜〜♪♪)

 復活祭(イースター)も過ぎ、2014年6月1日(日)はカトリック歴では
「主の昇天」との事。
そこで真っ先に頭に浮かぶのは、勿論メシアンの上記作品です。
この作品は、翌年にはオルガン曲として編曲されていますが、ただし
第3番だけは「トランペットとシンバル」の為の作品である事から、
オルガン仕様に編曲する事はせず、全く別の作品を新たに書いて、
オルガンの技巧曲を挿入したようです。

 去る6月1日(日)の「主の昇天」を想いながら、改めてオケ版とオルガン版を
じっくりと聴いてみる週としたいと思います。

赤坂樹里亜
3e juin 2014 13h14

追伸:オルガン版は、以下の動画です。


 オリヴィエ・メシアンのカトリック作品研究を専門にすると決めてから、
徐々に、と或る幼少期の記憶が想起されてきました。
それは11歳の事です。

 当時、芥川也寸志先生が御存命で、解説をなさっていた頃の
「N響アワー」で或る日、ロッシーニ作曲《スタバト・マーテル》(1832)が放送されました。
当時それを聴いた11歳の私は、衝撃的な感銘を受け、その日以来
録音したカセットテープを擦り切れるほど、何度も何度も聴いていました。
あの頃はラテン語のテクストは、全文は解りませんでしたが、
芥川先生の解説によって、「Stabat mater dolorosa」という一文だけ
意味を知ることになりました。
「Stabat=(英)Stand」、「Mater=(英)Mother」、「dolorosa=(伊)Dolente」
即ち、「聖母はたたずみ、嘆き悲しむ」を意味し、「磔刑となったキリストの十字架の下で、
聖母マリアはたたずんで、その死を嘆き悲しむ」という事だと知りました。
音楽的にもモティーフの扱われ方や機能和声の事などは、未だ11歳の頃には
未習得でしたが、今思えばこうした四声体での対位法的作品を
繰り返し繰り返し聴いていた事が、14歳の頃から始まる和声実習の勉強の土台として、
知らず知らずのうちに核となっていたのではないかと思います。
更にオーケストラ・パートも繰り返し聴いた事は、管弦楽法の実習の会得にも
大いに功を奏したのではないかと回想しています。
(この作品の編成は、四声ソリスト、四声体コーラス、そしてオケ伴奏によるものですので。)

 カトリック教会に通うようになって半年を過ぎた昨今、
この作品を再度聴きたい想いが強く溢れてくるようになり、ここ数日、
繰り返し全10曲を聴いています。
そして11歳の頃には解らなかった様々な事柄が、手に取るように視える事を実感しました。

 5月は「聖母月」です。
この時期にこの《スタバト・マーテル》(ロッシーニ)の記憶が想起されてきましたのも、
何かしらの恩恵でしょう。
しばし、調性音楽にも耳を傾けてみると、小学生時代には解らなかった発見が
多々あります。
奇しくも「聖母月」には、この《スタバト・マーテル》を、「大人になった私」が
「11歳の頃の私」の様に、何度も何度も繰り返し聴く事になりそうです。

赤坂樹里亜
Le 27 mai 2014 18h55

 現代作曲家アルバン・ベルク(1885-1935)のみならず、
広く20−21世紀に於ける現代音楽研究を旨とする会合の趣旨を
知人の方より御紹介頂き、本年度より入会させて頂きました。
(わたくしの専門は、オリヴィエ・メシアン研究です。)

赤坂樹里亜


 常日頃から考えていたことが在ります。
それはわたくしにとり、オリヴィエ・メシアン作品の中核を成す物は、
やはりカトリック信仰から紡ぎだされる豊かな楽想である事。
元々は旋法研究から入った氏の音楽性に内包されるそれらへの想いの高まりは
自分の中で日に日に強まり、数年がかりで熟考した結果、自分の専門領域を
「オリヴィエ・メシアンに於けるキリスト教作品内のM.T.L旋法」として
研究を絞ってゆこうと考えています。

 そこで、メシアンが1977年にノートルダム大聖堂にて宗教音楽の講義を
行なった際、大聖堂の首席司祭兼祭式者であらせられた
ジャン・ルヴェール司祭のメシアンに対しての紹介文を引用しようと思います。

「(中略)メシアンの才能と、とくに彼の深い信仰、これらすべての源泉に感謝せよ。
その源泉はまたとないオリヴィエ・メシアン特有のものであり、帰する所、
汎神論的(註)な印象を超えるものではないが、正真正銘それはキリスト教の祝典、
托身の祝典、もっとも豊かな秘跡の表現、聖餐式の中に収集され組み込まれたものである。
この神秘は彼の最初のオルガン作品《天上の宴》(1928)の対象であり、それから56年後の
《聖体秘跡の曲集》(1984)において提示された神学的かつ音楽的な総和の中で完成をみる。(中略)」

 さて、上記のノートルダム大聖堂の首席司祭様の紹介文にある《天上の宴》(1928)とは、
メシアン19歳にて、パリ音楽院在学中に創作された初期のオルガン作品です。
同年書かれた《ピアノのための前奏曲集》(1928-29)よりも、
恐らく先に書かれたものではないかと推察します。
《ピアノのための前奏曲集》(以下、プレリュード集)への作曲者自身の記述が
在ったことは、二年前の研究発表で述べましたが、再掲しますと以下です。

「私は既に音色(おんしょく)の音楽家だった。「或る回数だけ唯一移調できる響きの旋法」(M.T.L旋法)を用い、
独特なそれらの色合いのお陰で、「色彩の円」の対極に達し、虹を交錯させ、音楽の中に“補色”を見出した。」

 この頃から既に氏は「M.T.L旋法(移調の限られた旋法)」を用いた創作を
確実に意識していました。
その軌跡を追いつつ、この作品も初期のメシアン作品の重要な位置づけとして
認識しています。

• 註 汎神論:
すべてのものに神が宿っているとしたり,一切万有の全体がすなわち神であるとしたり,
総じて神と世界との本質的同一性を主張する立場。
(大辞林 第三版より)

赤坂樹里亜
Le 20 janvier 2014 16h27


 はじめてこの作品と対峙した時の印象といいましたら、
メシアン作品の中で数少ないラテン語タイトルという事で、
兎角近寄りがたいものであった記憶があります。
その点、ようやくラテン語文法の概念が、うっすらと見えかけてきた昨今、
この作品と自分との距離感が、少しだけ縮まったように感じられます。
 音楽的な器楽編成は、いわゆる吹奏楽作品です。
弦の響きが大好きなわたくしにとり、管はオーケストレーション中においては、
未だ未だ不勉強な点がありましたが、この作品と再び対峙している今、
管の魅力を理屈抜きで感じているところです。
 また、このタイトルの示す「死者の復活を待ち望む」という意味論的なものも、
カトリック教会に通うようになってから、教義上の概念の理解にも
繋がってゆくようになりました。
(「輪廻転生」でなく、「終末の死者の復活」を待ち望むカトリシズムにおいて、
至極「カトリック思想的」タイトルである事を、改めて感じました。)
 尚この作品は、仏政府がアンドレ・マルローによって「第二次世界大戦における
戦没者の追悼」の為にメシアンに委嘱したものです。
詳細データは以下です。
(* 出典元の仏文データを、自ら翻訳しておりますので、誤訳が見つかった場合には、
速やかに修正したいと思います。そして、タイトル文だけはラテン語翻訳となりますので、
誤訳がありましたら、ご指摘下さい。)

------------------------------------------------------------------------------------------------------------
 《そして我らは死者の復活を待ち望む》(1964)
木管、金管、そしてメタリック・パーカッションのオーケストラのために

. 深淵の深部、私は貴方に叫ぶ、主へ:主よ、我が声を聞きたまえ!
. 死から蘇ったキリスト、もう死せず;死は彼の帝国にはもはや無い
. 死者は神の御子の声を聞く時が来る
. 彼らは蘇るであろう、栄光、新たな名と共に − 星々の戯れのコンサート、
そして天の御子らの喝采の中に
. そして私は大群衆の声を聞いた

[作曲]日時:プティシェ(イゼール県)にて、1964年。アンドレ・マルローにより、国家を経ての依頼。
出版社:アルフォース・ルデュック、パリ、1967年2月。(A.L. 23681)
初演:1965年5月7日、サント・シャペル、指揮セルジュ・ボードー、
1965年6月20日、シャルトル大聖堂、指揮セルジュ・ボードー、
1966年1月12日、パリ、オデオン(フランスの劇場)、指揮ピエール・ブーレーズ。
演奏時間:30分

【出典元】
『Olivier Messiaen』Fayard出版 Peter Hill, Nigel Simeone著 (2009年4月)
P563
【邦訳】
赤坂樹里亜

------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 上記、全5曲から成る吹奏楽組曲となります。

追伸 : チョン・ミュンフン指揮の、フィルハーモニック・ドゥ・ラジオ・フランスによる
オケの音源を、youtubeに見つけました。

赤坂樹里亜
Le 16 Decembre 2013 16h12

2013_4_27_Mesisaen2

 メシアン氏の生誕日が、今年もやって参りました。
1908年12月10日に、フランスのアビニョンにて、
文学者一家(シェークスピア研究者であるピエール・メシアンと、
女流詩人セシル・ソヴァージュの間)に第一子として生まれた
メシアン氏は、もしご存命ならば105歳ですね。
(1992年4月27日パリ郊外クリシーにあるポージョン病院にて逝去。)

 わたくしは個人的には喪中ですので、氏の生誕日に対して
祝辞を述べるのは、今年だけは御遠慮させて頂きたく存じますが、
2014年は更なるメシアン研究が発展しますよう、精進致します。

Julia.A
Le 10 Decembre 2013 13h54


 御無沙汰しております。
こちらは日本的に言いますと、いわゆる「忌明け」をした処で、
復帰に向けて着々と動いております。
その合間に心の安息の為には、ストーブの前に椅子を置き、
じっと聖書を通読したりしていました。
その折、旧約から始めて「出エジプト記」に入った処で、
意外な発見に繋がりました。

 − あの「時」は、数年前にさかのぼります。
初めて下記の作品と向き逢った時、
そのタイトルを大変不思議に感じた事をよく覚えています。
《Meditations sur le mystere de la Sainte Trinite
(聖三位一体の神秘についての瞑想)
 No.9 Je suis celui qui suis》(1969) 》
全9曲のオルガンのための組曲的作品です。
組曲としてのタイトルは理解できても、最終曲No.9のサブ・タイトルは、
何とも哲学的な言い回しです。
(英語ですと"I am that who am."でしょうか??)
一体どう訳すのかしら??と、不思議なそのフレーズの力に
圧倒された記憶があります。
それが意外にも、今般聖書を読んでいて判明したのでした。

 『旧約聖書 出エジプト記 第3章14節』の引用
 ”神はモーセに[こう言われた。]、「わたしはある。わたしはあるという者だ」と
言われ、また、「イスラエルの人々にはこう言うがよい。
『わたしはある』という方が、わたしをあなたたちに遣わせたのだと。[言いなさい。]”

 上記は初めて人間(モーセ)に、神がご自分の事を名乗った場面だと
思われるのですが、『わたしはある』という邦訳の言い回しが、何とも気になり、
(恐らくは、邦訳にしがたい構文なのだろうと。)
仏語聖書で同一箇所を引証してみました。
その結果、数年前から気になっていた疑問が氷解しました。
この訳こそ"Je suis celui qui suis"だったのですね。

 ユダヤ教の神は、ご自分を『わたしはある』と名乗った。
それがヘブライ語の『ヤハウェイ=わたしはある』として、
固有名詞となっていったのですね。
即ち、この組曲の最終を飾る作品は、
メシアンが「神御自身」の事を謳ったのだと判明しました。

 聖書は、旧約・旧約続編・新約含めて、
約2000ページ近くありますが、僅かでも
こうした発見に繋がると、嬉しく思います。

 そして《神の顕在の三つの小典礼曲》(1943-44)のテクストの事は
色々と見えてきましたので、
これから、ちょっとしたリズム論の研究に入ってゆかなくてはと
思っています。

赤坂樹里亜
1er Decembre 2013 17h20

2013_11_11_大作曲家の信仰と音楽

 以前からこの著書は知っていましたが、メシアンについての記述は
10ページ弱しかなく、且つ内容は「信仰者の視点から見た作曲家のうちの一人」として
列挙されているくらいの扱われ方です。
従って、氏の創作活動全てをダイジェストし切れていないように思い、
普段はほぼノーマークで来た文献でした。
 しかし、カテキズムの勉強を始めた今、自分自身も信仰者の
準備段階に入ったのを機に、何気なく書店で再度、手に取ったのを切掛けに、
この10ページを精査しよう、との思いに向かいました。

 精読し始めますと、記述内容にやや事実と異なると思われる個所も
やはりながらあります。
《Poemes pour mi -ミの為の歌-》(1936)創作は、先妻クレール・デルヴォスに
励まされて、「結婚の霊的な意義を『褒め称えている』。」(P237 L17-18)と在りますが、
わたくしの考えは、やや異なります。
この6月くらいに、わたくし、この《poemes pour mi》の全9曲のテクストを
訳してみた事は、先日書き記した通りです。
邦訳資料では多くがこの連作歌曲を「新婚当時の幸せな生活を詠ったもの」
とありますが、どうもメシアン創作のテクストからは、
そうは思えない個所が散見されました事も、先般書かせて頂きました通りです。

 そういった著書の中でも、一つ眼に留まった事柄があります。
現在わたくしが行っております《神の顕在の三つの小典礼》(1943-44)に関して、
初演当時に猛批判が上がったという、いわゆる「典礼論争」事件の記載です。
《三つの小典礼》のスコアの冒頭に、メシアン自身によって書かれた解説があり、
その部分を訳しても、やはりこうした「典礼論争」が在った事は間違いありません。
しかし、事の起こった経緯についての出典元を血眼になって探しておりますが、
邦訳資料にはどうも確固たるものを上手く見つける事ができません。
この著書でもその「出典元」となるに足るだけの記述はありませんが、
興味をひかれるのが、以下の記述です。

 「彼の音楽は生涯で何度も、信者、未信者の双方から肘鉄を食らわされてきた。
前者は現代音楽の挑戦に対して不慣れであり、後者は彼が伝えようとする
聖なる真理になじめないためだ。」(P237 L7-9)

 「信仰に満ち溢れたテクストは世俗の批評家にまったく顧みられず、
一方聴衆の中の信者は不協和音だらけの音楽に不快感を抱いた。」(P238 L17-18))


 これは、全てで無いにしろ、概ねうなずけます。
細かい事を云えば、上記二つの相反する双方の意見は、
或る意味で合っていて、或る意味では違うのだけれども、
大筋で言えば、こう言う事でしょう。

 1. カトリック信者の側はバッハやメンデルスゾーンなどの典礼作品に
耳が慣れているのならば、メシアンの作風は奇異で聴き慣れない音と感じたとしても、
可笑しくはないでしょう。

 2. 一方で、わたくしなどはこちら側の人間ですが、現代音楽から入った切掛けで
カトリック信仰と対峙する事となった人にとり、ミサに求められている典礼音楽とは、
如何なるものなのか、またキリスト教が布教しようとしている教理とは、
如何なるものなのか、理解が追い付かない。

 カトリシズムについては、わたくし自身、未だ雲を掴むような感覚の中、
手探りで模索している最中であります。

 ここで上記の引用の中で「不協和音だらけの音楽」と言わしめた
作品についての補足を、若干させて頂きましょう。
「不協和音だらけ」と書かれながらも、実はこの3曲共に「A dur」の枠組みの中で
受け取れます。
そこに「M.T.L旋法」が随所に内包され、その響きが非常に「ステンドグラス的」
色彩感をもたらし、わたくしには得も言われぬ「カトリック的典礼音楽」に
聴こえます。
その事も魅力の一つですし、メシアン自身の創作であるテクストも、非常に稀有な
世界観を醸し出しています。

 − 一人、神に祈るメシアン。
    その祈りに答える神の調べが彼の内面で拡がってゆき、
    彼は神と一体となる夢想を抱く。

 そうした夢想的な内容を持つ第一曲目も、大変美しい幻想に溢れていますが、
しかしそれ以上に心を動かされたのが、第三曲目です。
「神はここにいる、全てのものの内に存在している」、との趣旨が、
三部形式冒頭では旋律を持たないリズムのみで朗唱され、
次のパーテーションでは、色彩の話を伴いながら高らかに歌い上げられている。
 また、素材展開も3曲中、最も巧みになされている。
この作品について、是非とも論文に論述したく思っております。

 話がそれましたが、この『大作曲家の信仰と音楽』(P.カヴァノー著)に、
また一つ触発されてきました。
だんだんと、素材が整いつつあり、良い手応えが感じられ、嬉しく思います。
論文執筆に、意外ながらも良い参考資料として付け加えられそうです。

Julia.A

Le 11 Novembre 2013 14h08

2013_10_15_elgreco_pentecote

 オリヴィエ・メシアン作品の全容を概観した時、初期の作品の幾つかに
「死」をテーマとしたものが散見されるものの、
死者を弔う目的の、いわゆる「レクイエム」と銘打ったものは皆無です。
そこで、副次的に眼に留まるのは、この《Messe de la Pentecote》(1951)でした。
「Pentecote -ペンテコステ- (聖霊降臨祭)」とは、イエスの死後、
3日後に地上に現れた事を祝する「復活祭」(イースター)から数えて、
50日後を祝う祝日だと云います。
メシアンは、この「ペンテコステ」に因んで、以下の5曲から成る
オルガンの為の組曲を残しています。
------------------------------------------------------------------------------------------------------------
Masse de la Pentecote –聖霊降臨際のミサ- pour orgue

機Entree -入口- (Les langues de feu –炎の言葉たち-)
供Offertoire -奉献文- (Les choses visibles et invisibles –目に見えるものと
目に見えないもの-)
掘Consecration -聖別- (Le don de Sagesse -智慧の恵み-)
検Communion –聖体拝領- (Les oiseaux et les sources –鳥たちと源泉-)
后Sortie -出口- (Le vent de l’Esprit –聖霊の風-)

作曲日時 1951 1月21日 パリにて書き上げる
       メシアンはしばしばサント=トリニテ教会での即興演奏の集大成による作品を
       語った。
       (1950年に書かれた作品。しかし、ずっと以前にオルガンで即興演奏されたもの。)
出版社 Alphonse Leduc (1951年12月 パリ)
初演日時 兇鉢垢蓮幣なくとも)1951年5月13日
     「聖霊降臨祭」の期間に パリ サント=トリニテ教会
 オリヴィエ・メシアンによる
演奏時間 30分

-------------------------------------------------------------------------------------------------------------
 メシアンのカトリック信仰に於ける位置づけとして、この作品はどの様にして
メシアン作品の中に「在る」のか、
「作品の意義」を知りたく思いました。

追伸 :写真はエル・グレコの『聖霊降臨』(1605-1610)の絵画。

赤坂樹里亜
Le 15 Octobre 2013 16h54


 多忙につき、自宅を離れる日々が続いております。
大多数の資料を自宅に置いてある為、なかなかやりたい調査が
捗らずにおります。
滞在先の手元にあるのは、僅かなスコアと仏文テクストのみです。
それに加え、疲労で仏文を読んでも、どうも上手く頭に入りません。
こういう時は、あまり深く考えずに既知の音源をゆっくりと聴こうと思います。

 この作品《La Nativite du Seigneur -キリストの生誕-》は、
「Neuf Meditations -九つの瞑想-」とのサブタイトルを持ち、
作曲年は1935-1936年となります。(Messiaen氏27歳の作品です。)
このOrgueスコアさえも現在手元になく、深い考察を書けませんが、
取り敢えず、いつもとは違ったスタンスで「九つの瞑想」に誘われてゆこうと思います。
皆様におかれましても、三連休の終盤に差し掛かりましたが、
更なる御多幸をお祈りしております。

赤坂樹里亜
Le 16 Septembre 2013 16h17


 《Harawi》(1945)が「愛と死の歌」とのサブタイトルを持つのに対し、
比較的初期(1928-1930代)の作品にも、「死」を扱った作品が散見されます。
それは恐らく、Messiaen氏19歳の頃にお母様を亡くした事の影響が
大きいのではないかと憶測しております。
 この初期の歌曲《La mort du nombre》(1930)も然りでしょう。
氏は22歳の頃の作品です。
同年作曲の《Trois melodies (三つの歌)- Pour Sop. et Pf.-》(1930)
(* 記録には年月日まで入っておりませんが、恐らくこちらの方が
先の作曲日時だと思われます。)同様に、初期作品は
何処となくDebussyの影響を感じさせながらも、死の痛みを伴う様にも思われます。

 そしてこのタイトルの《La mort du nombre》ですが、
邦訳の幾つかは《数の死》と在りますが、《多くの死》とするのが
間尺に合うのではないかと考えています。
テクスト創作も、やはりMessiaen自身によるものです。

 こちらの作品も、時間が在れば精査してみたく思うのですが、
なかなか今はスケジュールが取れません。
今年中の課題としたいと思います。

追伸: 《Harawi》(1945)は先妻Claire Delbosの死を予感した際の
作品と思われるものに対し、初期の1928-1930年代における「死を扱った」作品は、
氏のお母様の詩人であるCecile Sauvage(1883-1927)の死の影響なのでしょう。

赤坂樹里亜
Le 31 Aout 2013 15h09

2013_8_31_kojima

 入荷の遅れていたCDが、昨日ようやく届きました。
三善晃先生のPf.曲、4作品が収録された
小島由記子女史演奏のCDです。

1. 《Sonate pour piano》(1958)
2. 《Chaines: Preludes pour piano》(1973)
3. 《En Vers》(1980)
4. 《Pour le piano -Mouvement circulaire et Croise》(1995-1998)

 わたくしの学生時代、《Sonate pour Piano》に関しては、
小賀野久美女史の盤を頻繁に聴いたのですが、
小島女史の演奏も、また違った味わいがありそうです。
じっくりと拝聴しようと思います。

http://www.hmv.co.jp/artist_%E4%B8%89%E5%96%84%E6%99%83%EF%BC%881933-%EF%BC%89_000000000019260/item_Piano-Sonata-Chaines-Pour-Le-Piano-Etc-%E5%B0%8F%E5%B3%B6%E7%94%B1%E8%A8%98%E5%AD%90_5494051

赤坂樹里亜
Le 30 Aout 2013 13h39


 【O.Messiaen『Harawi』(1945) Chant d'Amour et de la Mort pour chant et piano
 オリヴィエ・メシアン『ハラウィ』(1945)愛と死の歌 -歌とピアノの為に-】


 帰宅してから、毎朝『Harawi』を聴く事が、知らず知らずの間に日課となっております。
この作品は、いわゆる「トリスタン三部作」の第一作目に当たりますが、
『トゥーランガリア交響曲』(全10曲) (1946-48)は割と気軽に聴けるような
作品であるのに対し、この『Harawi』はサブタイトルの「愛と死の歌」との文言が
語るように、大変重いテーマを持つ作品です。

 やはり手持ちの音源は3通りありますが、Yvonne LoriodのPf.の盤は
端的に申し上げて、非常に壮絶です。
Yvonneは現代曲の、殊にメシアン作品初演に於いて、他の追従を許さない
卓越した技能と感覚を持って作品の世界観を創り上げていますが、
それだけにこの作品に於いては「壮絶」の一言しか言葉が見当たりません。

 この作品『Harawi』は、先妻Claire Delbosの病の悪化が見られた頃に
書かれたものです。
数ヶ月前にわたくしの翻訳した『Poeme pour miミの為の歌』(1936)は、
MessiaenとClaireの新婚当初の作品でありますが、
この頃からMessiaenは妻の精神の病に苦悩していたであろう事が読み取れました事は、
先述の通りです。
そして「連作歌曲三部作」の後続で、最終曲にも当たるこの『Harawi』は、
まるでWagnerの『トリスタンとイゾルデ』的気迫の上にSop.の熱唱が行われます。

 テクスト創作もやはりMessiaen自身によるものです。
古代インカ帝国の娘ピルーチャが若者と恋に落ち、やがて命を落とすが、
他の惑星に生まれ変わるというスト―リーを持つ壮大な連作歌曲です。
この主人公ピルーチャこそ、Messiaenにとり、先妻Claireの姿そのもの
だったのではないかと憶測しております。

 Youtubeを検索したところ、珍しくこの歌曲にバレエの振り付けが成されたものを
見つけました。
抜粋ではありますが、興味深く拝見しました。

赤坂樹里亜
Le 14 Aout 2013 17h32

2013_7_28_messiaen_et_ondes
 昨日、メシアンがしばしば作品中で使用する電子楽器オンド・マルトノとの
因果関係は、もしや切掛けはピアニストのイヴォンヌ・ロリオの妹の
ジャンヌ・ロリオの影響かしら、という仮説を立ててみましたが、
更にもしかすると、この楽器の発明者モーリス・マルトノ自身との
交流が在った為かも知れません。
モーリス・マルトノは1947年にパリ音楽院で教鞭を取ったとの記録が在りますし、
それ以前のメシアン作品で言えば、1937年に『Fete des belles eaux -美しき水の祝祭-』という
オンド・マルトノ独奏曲(全8曲)があり、
同年1937年にモーリス・マルトノは、「芸術と技術の国際展示」に於いて、
初のグランプリを受賞したとの記録もあります。
このオケを率いたのは『三つの小典礼』(1943-1944)初演時にオンド奏者を務めた
ジネット・マルトノ(モーリス・マルトノの姉妹)だったといいます。

 こうした記録を更に探っていって、メシアンのオンド・マルトノへの
愛着を探ってゆきたいと考えています。
また、わたくし自身もオンドについての楽器法を学んでゆきたく思います。

赤坂樹里亜
Le 28 Juillet 2013 12h24

2013_7_27_Ondes_martenot_2
 『神の顕在の三つの小典礼』(1943-1944)の、
こちらは電子楽器オンド・マルトノ・パート譜です。
この作品の初演時の記録を見ますと、1945年にオンド奏者はGinette Martenotが
務めたとあります。
Ginetteは、この楽器の発明者Maurice Martenotの姉妹であるようです。

 従って、初演時はYvonne Loriodの妹Jeanne Loriodはオンドを
担当していた訳ではないようです。

http://www.di-arezzo.jp/sheet+music/classical+score/sheet+music-for-choral+music-for-orchestra-for-piano-for-percussion/DURAN03906.html?fb_action_ids=477903255629861&fb_action_types=og.likes&fb_source=aggregation&fb_aggregation_id=288381481237582
赤坂樹里亜
Le 28 Juillet 2013 11h42

2013_7_28_Yvonne
 『神の顕在の三つの小典礼』(1943-1944)のPf.パート譜です。
メシアンはこのPf.パートを書く上でも、パリ音楽院時代に
メシアン作の課題曲『Rondeau』(1943)を弾き主席を二人で分け合った内の一人、
イヴォンヌ・ロリオ(*1961にメシアンの後妻となる)の持つPf.の技巧を、
『アーメンの幻影』同様に、あまねく想定していた事でしょう。

http://www.di-arezzo.jp/sheet+music/classical+score/sheet+music-for-choral+music-for-orchestra-for-piano-for-percussion/DURAN03904.html?fb_action_ids=477891582297695&fb_action_types=og.likes&fb_source=aggregation&fb_aggregation_id=288381481237582
赤坂樹里亜
Le 28 Juillet 2013 11h34

2013_7_28_messiaen_edition
 【メシアン・ファミリーについて: ジャンヌ・ロリオ(1928-2001)
   −イヴォンヌ・ロリオ(1924-2010)の妹−】


 先週は暑さに堪えながらも、音源の聴き比べを中心にやっておりました。
わたくしの持っている『神の顕在の三つの小典礼 第3曲』(1943-1944)の音源は、
3種類です。(記事を改めて詳細情報を列挙します。)

 これらを聴き比べていって、やはり何度聞いても軍配が上がるのが、
マルセル・クーロー(1912-1986)指揮の盤です。
Pf.は云わずと知れた、のちにメシアンの後妻となるイヴォンヌ・ロリオ(1924-2010)です。
『小典礼第3番』の約20分間に渡る演奏に於いても、やはり最も安定した形で作品を
巧みにまとめている感があります。
当初、やはりイヴォンヌの功績は最も大きなものだと感じておりました。

 しかし最近、更に気づいた事があります。それは、電子楽器のオンド・マルトノに
関しても、他の盤と比較しても、やはりこの盤が最も安定した演奏のように思える事です。
オンド奏者は、イヴォンヌの妹であるジャンヌ・ロリオ(1928-2001)です。

 オンド・マルトノという電子楽器は、個体数自体少ないでしょうし、奏者もまた
限られているのかも知れません。
憶測するに、メシアンはイヴォンヌ・ロリオとの初演活動の交流に於いて、
もしかしたら妹ジャンヌのオンド演奏にも影響を受け、オケの編入楽器として、
またはソロ楽器として、自身の作品中にしばしば用いたのではないでしょうか。
(*仮説の段階です。)

 ジャンヌ・ロリオに関しましても、「先妻クレールの事」同様に、
記録が未だ上手く見つからずにおりますので、メシアンがジャンヌと
どのような交流を深めていったのか、それが氏の創作とどの様な因果関係を持ったのか、
未だ調査中の段階であります。

 音源の聴き比べから、また新たな事柄にトンネルは繋がってゆきました。

Julia.A

Le 27 Juillet 2013 13h45

2013_7_13_fantasie_pour_vn_et_pf
 暑い日が続いておりますね。わたくしは相変わらず『三つの小典礼 第3曲』の
アナリーゼ小論を書き進める事ばかりに熱中しております。
これは「1. 楽曲のアナリーゼ(分析)」と「2. 作曲者自身によるテクスト創作の考察」と、
二本の柱を置いているため、資料の収集も膨張しそうです。

 「楽曲アナリーゼ」は、スコア(総譜)がおよそ100ページありますので、
時間はかかるでしょうけれど、或る程度の傾向が掴めましたので、
後は軌道に乗りそうです。
 「テクスト考察」の部分には、勿論仏文の邦訳を書き出しましたが、
その背景としての『トマス・アクィナス:神学大全』についての
知識がもっと欲しいところですし、また、1944年に起こった「パリ開放」に関しても
学びたいと考えており、長大な「小論」になりそうな予感です。(きゃ〜〜♪♪)

 それともまた別に今朝考えましたのは、もしかしたら下記の方が
やや手頃に書けるかも、というプランです。
仮タイトルは以下です。

【O.メシアン作曲『ヴァイオリンとピアノの為の幻想曲』(1933)にみられる
『キリストの昇天 第二番 天国を望む魂の穏やかなハレルヤ』(1922)のモチーフによる
素材展開を中心としたソナタ的プロセスに於けるアナリーゼ】

 こちらでしたら「楽曲アナリーゼ」のみですので、それほど膨らまないかも知れません。

 しかしながら、『三つの小典礼』に関しては、既に進行形ですので、
中断するのも難ですし、やはり当初の予定通りで行くかなぁ。

 あれこれ一日中考えているのも、愉しい時間です。

赤坂樹里亜
Le 22 Juillet 2013 21h51


 わたくしの国立音大付属高校から芸大在学時代を回想しますと、
三善晃先生の作品は、テープが擦り切れるほど聴いたものでした。
1980年代の三善先生の合唱曲作品は、メシアンの作風を想わせるものがありましたし、
(*ご本人はメシアンへの私淑は否定なさっているのだと、何処かでお聞きしましたけれど…。)
氏がパリ音楽院への留学を決めた作品『ヴァイオリン・ソナタ』(1954)に至っては、
国立音大付属高校作曲科時代に、わたくしはこの第一楽章のテーマの断片を用いて、
自作の『ヴァイオリン・ソナタ』(1993-1994)の終楽章を習作的に書いた事がありました。

 そしてこの『ピアノ・ソナタ』(1958)は、同じく国立音大付属高校作曲科時代に
師匠から倣い、小賀野久美女史のPf.音源を、擦り切れるほど聴いたものでした。
(しかしながら、このCDはもう絶版の様です…。)
こちらの作品は、確か氏がパリ音楽院留学中に書かれたものだったと記憶しております。
やはり氏の仰るところの「Henri Dutilleux(仏:1916-2013)に私淑していた」という
お言葉の如く、Dutilleux寄りの作風なのかも知れません。

 その『ピアノ・ソナタ』が、ピアニスト:小島由記子女史の演奏にて
再びCD化されたようです。
2013年7月30日に、海外からの逆輸入盤として、日本でも発売されるとの事です。
(「HMV」サイトの情報に寄る)

 わたくしの10代後半から20代前半に掛けて、伴走して頂いたような作品と、
姿(奏者)を変えて再会させて頂けますのは、何とも感慨深く思います。

 CD発売日の7月30日を、心待ちに致します。


赤坂樹里亜


 【追記:三善晃先生『Sonate pour piano ピアノ・ソナタ』 (1958)
1er Mouvement 第一楽章】 音源

 youtubeでの「第一楽章」の音源です。
ピアニストはどなたか判りませんが、
小賀野久美女史の気迫みなぎる演奏ともまた違った、
やや甘美な表現の様に感じました。

Julia.A
Le 19 Juillet 2013 12h01


 1933年に創作されつつも、メシアンの死後15年後の2007年にDurand社から
出版された作品です。
その前年に、ヴァイオリニストである妻、クレール・デルヴォスに献呈された
『主題と変奏』(1932年)(Vn.とPf.の為の)の後続作品と思われます。

 作品の概観は、「ソナタ的プロセス」を持った楽曲構造であり、
冒頭のPf.で奏でられるテーマは、『L'Ascension -キリストの昇天-』(1932年)
第2曲目の「天国を望む魂の穏やかなハレルヤ」冒頭の素材が再利用されています。

 『L'Ascension -キリストの昇天-』(1932年)(全4曲)自体も、
始めはオーケストラ編成で書かれますが、翌年(1933-1934)に掛けて
オルガン曲として編曲されています事は、昨年くらいに書かせて頂きました通りです。
(しかし第3曲目だけは、原曲と異なるオルガンの技巧作品へと差し替えられています。)

 こうして視てみますと、この『L'Ascension -キリストの昇天- 第2曲』の素材は、
少なくとも3度は異なった編成にて奏されている事になります。
メシアンにとり、深い思い入れのある主題なのでしょうか。
(余談ですが、わたくしのホームページの表紙に加工して使用しております楽譜は、
この『キリストの昇天 No2.(オーケストラ版)』冒頭です。
http://julie.rose.ne.jp/

 尚、わたくしにとりましては「トリスタンとイズー伝説」を読み解いてゆく事は
やや敷居が高いですが、(* わたくし鈍感で、男女の心の機微が解らないもので…)
この『ヴァイオリンとピアノの為の幻想曲』(1933)の
ソナタ形式的プロセスにおけるアナリーゼをしてゆく事は
自分の専門であり、こちらは非常に肩の力を抜いて行えるかと思います。

 「トリスタン伝説」作品から更に派生し、クレールへの献呈作品を追ったところ、
意外にもオルガン作品(『キリストの昇天』)へと繋がりました。
オルガン作品概観研究は、幸いにも昨年2012年の研究課題でしたので、
昨年の蓄積を生かす事ができますし、その上、
得意分野のソナタ形式アナリーゼにも繋がってきました。

 トンネルは、更にどんどん掘り進められていくようです。


赤坂樹里亜

2013年7月13日 22h22

2013_7_13_messiaen_et_claire
 「オリヴィエ・メシアンの妻」といえば、後妻のイヴォンヌ・ロリオの事ならば
わが国でもそれなりに知れ渡っているものと思われますが、
先妻のクレール・デルヴォスについては、余り御存じない方が多いのではないかと推察します。
 そもそもメシアンが初来日したのは1962年、氏が54歳の年です。
この初来日が、事実上の後妻イヴォンヌとの新婚旅行だったといいますので、
日本にとり、先妻の存在よりも、このイヴォンヌが「メシアン夫人」という印象が
色濃いのでしょう。
更に第二次世界大戦勃発前の記録ですので、日本ではどうも芳しい和書における記載を見かけません。
邦訳資料を当たりますと、殆どクレールに関する記録が無いのですね。
(それゆえ、わたくしは殆どParisから取り寄せた「2008年出版のバイオグラフィー原書」を
出典元として使う事が多いのです。)
 『ミの為の詩』(1936)全9曲の仏文翻訳を終えてからの事です。
国内の某ウェブ上の「クレール・デルヴォス」に関する記載を視た処、
どうも腑に落ちない点があり、時代考証について考えあぐねております。

 わたくしの過去記事で前述の通り、『ミの為の詩』(1936)は、
新婚当時に妻に献呈した作品でしょう。
しかし国内の上記某記録では「当初、円満な家庭生活だった」とありますが、
全9曲の仏語テクストを訳してみて、余りにも大きなギャップを感じ、
正直なところ驚きました。
この頃から精神の病にむしばまれていたであろう事が読み取れる内容は、
「息子パスカル出産後に妻の容態が傾いてきた。」という記録と照らし合わせてみても
どうもそれ以前から妻の様子に対して、氏は苦悩している様子が伺えますし。
即ち息子の誕生前(1935年前後?)から、1959年(メシアン51歳)の
クレール死去に至るまで、氏は非常に長い時間この事と
葛藤していたのではないかと推察します。

 殊に「トリスタン三部作」が書かれた時代を視ても、1940年代後半に集中しています。
(『ハラウィ』(1945)、『トゥーランガリア交響曲』(1946-48)、
『五つのルシャン』(1948)といった作曲年です。)
妻を想う気持ちは、「悲恋に焦がれるも命を落とすピルーチャ
(歌曲『ハラウィ』の主人公女性』)と重なり合うものがあったのでしょう。

 更には1933年には下記のような作品も書かれています。
『Fantasie : pour Violon et Piano』(ヴァイオリンとピアノの為の幻想曲』(1933)、
内容的にヴァイオリニストであったクレールの為に書かれた作品だと思われますが、
当時出版されておらず、メシアンの死後に恐らくイヴォンヌが改訂を行って
Durand社から出版されたものと思われます。
仏語原書内のデータを見ますと、作曲年は1933年ですが、
確かに出版年は2007年と在ります。(メシアン没後15年経過した年。)
そのあたりの子細が、手持ちの仏語原書中に記述されているようです。

 この三連休(2013/07/13−7/15)にこの個所の原文を読んで行けると良いです。
時間を見つけてやって見ようと思います。


赤坂樹里亜

2013年7月12日〜13日 11h00

(* 写真は、オリヴィエ・メシアンと先妻クレール・デルヴォス。
   1936年、イゼール県プティシェにて。)


 こちらが先ほどの『Poemes pour mi』の原曲、
Sop.とPf.による音源です。(1936年作曲)
 しかし、こちらは9曲全曲でなく、抜粋の6曲だけのようです。

第一冊
No.1 『神への感謝 −空、そして水―』
No.3 『家 −この家、私たちはここを去るだろう―』
No.4 『恐怖 −嗚呼…―』
第二冊
No.5 『妻 −精神は君を連れて何処へ行くのか―』
No.8 『首飾り −連なった春―』
No.9 『叶えられた祈り −孤独を揺り動かしたまえ―』

赤坂樹里亜


 1932年、24歳の年にメシアンは最初の結婚をします。
先妻の名はクレール・デルヴォス。ヴァイオリニストです。
彼女の愛称は「ミ」。『ミの為の詩』とは、音階の「ミ」でなく、
愛妻に献呈した歌曲です。
 始めにメシアンはSop.とPf.の為にこの9曲を書き、(1936)
その翌年(1937)には、この歌曲の伴奏を、
オーケストラ版として編曲を行っています。
このyoutube音源は、1937年の「オケ伴奏編曲版」の方ですが、
Pf.伴奏で聴くのとは、全く異なった奥行きや表情を見せてくれる様に思います。

 更に個人的に注目すべき点は、この歌曲も「テクストをメシアン自身が」
書いており、この点でも今行っています『三つの小典礼』研究
(作曲者自身によるテクスト創作の観点)とも少し関連して視てゆけたら
良い収穫になるのかも知れません。

 作品は二分冊されており、以下の様に並んでいます。

第一冊 
No.1 『神への感謝 −空、そして水―』
No2. 『風景 −大きな碧い宝石のような湖‐』
No3. 『家 −この家、私たちはここを去るだろう―』
No4. 『恐怖 −嗚呼…―』

第二冊
No.5 『妻 −精神は君を連れて何処へ行くのか―』
No.6 『君の声 −午後で満ちた窓―』
No.7 『二人の戦士 −私たち二人は、ここで一つ―』
No.8 『首飾り −連なった春―』
No.9 『叶えられた祈り −孤独を揺り動かしたまえ―』

 愛妻「ミ」とプティシェ(* 下記の地図上「A」地点。フランス・イゼール県内)に
別荘を建てて自然の中で暮らし、
そこで得たインスピレーションは、かくの如き作品となり、妻に献呈された様です。

赤坂樹里亜
petichet


 【Olivier Messiaen: Un Sourire -微笑み-(1989)】

 穏やかな楽想を持つこの作品も、とても好きな管弦楽作品のうちの一つです。
管弦楽作品と言いましても、編成からCb.のみ除かれており、
下から湧き上がってくる低音の響きよりは、中音域以高の色彩感溢れる
「Messiaen Harmonie」を十全に体感する事の出来る作品のように思います。
所々に特徴的なrythmeが散見され、更に時折挟まれる「打楽器群」の
巧みな扱い方には、やはりMessiaen的な作風を強く感じます。
こうしたオーケストレーションは、何かしら弟子のBoulezにも
受け継がれているように思え、興味深い所です。

 1989年と言えば、Messiaenの亡くなる3年前です。
この頃には人生の終焉に向けて、こうした穏やかな心境で
何かを悟り切っていたのかも知れません。

赤坂樹里亜


 先述の追伸です。
この四重奏曲のオープニングを飾る第1番は、
上記の動画になります。
「No.1 Liturgie de cristal -第1番 水晶の典礼-」
Cl.とVn.とで、鳥のさえずりが表現されています。

赤坂樹里亜

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 第2次世界大戦時のドイツ軍の捕虜収容所内で作曲・初演された
メシアンの代表作『時の終わりの為の四重奏曲』。
その初演時に於ける聴衆の写真です。
オーディエンス一人一人の表情は、あまねく初演の成功を
物語っているかのようです。

赤坂樹里亜

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