イイタイコト!

冬はほとんどスキーの話題。そのほかはなんてことない日常のざれごと。

冬の記憶

 年寄りが、いつも同じことばかりを言うというけれど、昔からそのけがあった私も、本格的に老化が始まって、ますます同じことばかり言ってるんじゃないかと思う今日この頃。救い?は、同じ事ばかり言っているという認識があること。これが、本人にはまったくそのつもりがなくて、同じことを言い出したらけっこうやばいかもしれないので、こどもに、ちょっとおかしいと思ったら言ってね、と言っているくせに、とんちんかんなことを言われると、ばかやろう〜と怒り出す、そんな自分。ふっ。
 寒くなって、毎日鍋ばかり。毎日食べる鍋は、イベント的な鍋ではないので、材料も至ってシンプル。簡素。質素。白菜、エノキ、もやし、ほうれん草とか小松菜とか色の濃いヤツ。このあたりをどばどば放り込み、豆腐いれて、最後に豚肉。しゃぶしゃぶ風。この豚肉と野菜が本当に、おいしくて。毎日食べても飽きない。毎年冬場はそんな感じになる。そうすると、思い出すんですよね。こどもの頃の一場面。
 練馬のおんぼろアパートに、小学校の2年生まで住んでいた。どれくらいおんぼろかと言うと、6畳ひと間。小さい台所がついていて、トイレは共用のぼっとんトイレだった。アパートと言っても、今一般的なアパートとはかなり様子が違う。たぶん、昭和の東京にはよくあったスタイルだと認識している。玄関?が1階で靴を脱いで急な階段を上がると、ふたつの部屋と共用トイレ。そう、玄関も共用なのだ。だから、部屋のドア?の鍵は、数字あわせる南京錠?みたいなやつ。となりの部屋には、忘れもしない「おばらさん」という独身男性が住んでいて、母親がしょっちゅう、「またおばらがうんこをつけっぱなしにした(怒)」と言いながらトイレを掃除していた。そうそう、当然お風呂なんてないから銭湯ね。で、そんな当時はカセットコンロなんてものは存在せず、鍋をするときは、部屋の元栓のようなところから、ガスのホースをつないでコンロに火をつける感じだった。なんで、その時の記憶がそんなに鮮明なのかわからないけれど、本当に鮮明な一場面。コンロにホースをつないで、鍋の用意をする母親。父親はどかっと座っていたような気がする。鍋に、野菜やらなにやらを入れながら、牡蠣を入れようとして、母親の手がはたと止まる。「牡蠣いれて平気かな。」父親が、「平気だよ!」と言い、母親は鍋に牡蠣を入れた。この場面オンリー。その味がどうだったとか食べた記憶はまったくなし。
 たぶん、鍋の用意がめずらしかったんじゃないかな。そんなの見たことなかったから、すごく興味しんしんに見ていたから、その時の会話と場面が鮮明に切り取られたのだと考察。年齢は、たぶん小さい。間違いなく小学校にはあがっていない。母親が「牡蠣」をたべさせるかどうか気にしたあたりにも、その小ささが伺える。なんの根拠もないけれど、3〜4歳ではなかったかと思う。
 同じような頃の記憶だと思うが、どこからか毛蟹をもらったことがあった。ビニールに入った毛蟹がそりゃあ、めずらしくてそおっと触って見た。そしたら、まわりにちくちくしたやつが指に刺さって「痛い!」と思って、泣いてしまった。泣きながら、「これさわったら、ちくっとした」と、言うようなことを母親に訴えたと思う。そうしたら、母親が、「お〜、痛かったのぉ。よしよし、かわいそうにねえ」と、なんだか顔やらなにやらをなでくりまわされた。なんていうか、自分は本当に痛くて訴えたのに、たぶんその痛さなんてあんまり考えてもらえなくて、「お〜よちよち、かわいちょねぇ〜〜」みたいな対応に不思議な感覚を覚えたのだと考察。ただ、それは別に嫌な感じではない。まあ、毛蟹さわって、ちっくんしたくらいはたいしたことないけど、小さなこが、泣きながら何かを訴えてくることが、かわいくてかわいくて、しかたがないといった様子の母親の母親の感じが、なんとも言えない記憶になっている。
 小さな頃の記憶は、季節に連動したものが多くて、毎年毎年、そのような季節、空気感になると、ふっと思い出すことが多いのだ。しかもくり返しくり返し。

興奮さめやらぬ…

 ブルーインパルスが頭を離れません。基本的に動画(というか、スライドショー)は自己満足。ああ…なんてすばらしかったのだろう、と無駄に何度も見返してはため息をつく。
 写真を撮ると、だいたい姑息に修正するのですが、今回の写真は全く修正入らずの撮って出し。トリミングをしたのが数枚ある程度。写真を撮る上で、いかに光が重要なのかを思い知った1日。朝の基地方面は逆光で、午後になると太陽は真上からちょっとずれた位置。光の入り方によって、こうまで写真が変わるのか、と。で、まあ。撮って出しでも自分にとっては十二分の写真なのですが、やはりスケベ心がわいてくるのも仕方がないもの。私はLightroom5を使っていたのだけれど、以前カードが新しくなった時に、支払いができず、丁度その時あまり使っていなかったのでそのまま失効していた。マックの「写真」の修正でもまあ、別にいいんだけどやっぱりもうちょっといじりたい、と欲がでてきてアドビのサイトに行ったら、なんだかLightroomも新しくなっていたので、あまり深く考えずにポチッとなした。うふふ♪ と思いながらダウンロードを押すと、なんと「あんたのパソコンは、これには対応してないんだよ」的なポップアップが出てきてしまい、がちょーん。詳しくはここを見ろ、と指示されたところを面倒臭いけどみてみたら、条件のところにインテルマルチコアと書いてあった。自分のパソコンを見ると、インテルコア。ちょっとこのあたりは苦手なんだけど、きっとこれだよね。以前のものがふつうに使えたから、条件が合わないなんて考えもしなかったけど、考えたらこのパソコンも買って6年くらいたつからねぇ…。で、アドビはやっぱりでかいところだけあって、解約の方法もしっかり書いてあったので、その通りにぽちぽちしたら、すんなり解約できました。で、だったら今このデスクトップに転がっている、Lightroom5が動けばいいだけなんだけど…と、いろいろ検索してたんだけど、また間違えて解約するのもなんだし、ともかく疲れてしまって断念。もー集中力切れたわ。しかたがない。しかたないからスマホでコリコリ色を変えたりしてみたけれど、途中でもとの画像をみると、うん、やっぱり今回のは修正しないほうがいいかな、なんて思ったり。ああだこうだいじって、また疲れた。だめだこりゃw 寝るわ。

入間基地航空祭2017に行ってきた!

そう!ブルーインパルスですよ。ど〜〜〜〜〜ん!


って、えらそうに言っていますが、知識ゼロ。そういうものがあるっていうことは知っている。時々航空祭と言われる祭りで空にいろんな模様を描いている。東京オリンピックで五輪を描いたエピソードがテレビでやっていた。とりあえず、ものすごい人混みになる。…まあ、それくらいなもんです。最もね、詳しくはないものの、鉄道とか飛行機とかね、好きなんですよ。これもなんとなく。去年は福生の祭りに行ったけど、あれは展示してある飛行機。今回は飛行展示。これ、大きな違い。あ…またえらそうに言ってしまった。元来めんどうくさがり、人混み大嫌いなので。福生の祭りも誘われたやつ。航空祭も毎年20万人以上の大混雑なんて聞くと、あぁ〜、誰が好きこのんで…とそんな感じだったのです。
ただ、ワタクシ西武池袋線沿線に住んでいるもので、やたらと駅に航空祭のポスターが貼られていたんですよ。当日の臨時列車とか、最寄り駅は稲荷山公園とか。だから、11月3日に、これが行われることはなんとなく頭にあったんです。で…うちの娘の職場、稲荷山公園。基地のすぐそばなんですね。で、日頃あまり予定のない私らおやこは、どちらかの休日には何もなければ相手を送迎するという暗黙の約束ができあがっていて…。「そうか、11月3日は嫌でも基地の側に行くのか。しかも、どうせ車は職場の駐車場に止められるじゃないか」と。だったら、娘を送って車をそこに置いて(車通勤だからちゃんと駐車場あるのです)私は、その航空祭というやつを見てみようではないか、と。思いついたのは11月2日の夜中でした。相変わらず計画性皆無。とりあえず、カメラの充電をチェックして、SDカードを初期化。
最近またさっぱりいじっていなかった一眼を、不慣れな手つきで動かし始める。よくわからんけど、飛行機といったら、そりゃあもう望遠でしょう。鳥用に買ったシグマちゃん、超望遠をガッチャンコ。(飛んでる鳥はほとんど撮れず、止まってるやつだけ。戦闘機撮れるのかって不安な気持ちとともに)いざ、行くぜよ。
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とりあえず、ネットでスケジュールをチェック。いわゆるブルーインパルスは午後1時5分となっている。でも、その前もあれやこれやと「展示飛行」というものがある。とりあえず、なんてもいいから飛んでるもん撮って練習、本番は午後1時5分じゃ。と、鼻息粗くカメラを握りしめました。
まず、最初にお目見えしたのは CH-47Jという輸送ヘリコプター。何かぶら下げているけど、私のところからは何をしているのかよくわからなかった。そして、ヘリコプターは、ホバリングしてくれるので、撮影は比較的楽ちん。だって、止まってんだもんね。でも、大きな問題、それは逆光。この日はどぴ〜かん。う〜ん、まいったなぁ…。

しかし、参っている場合ではなく、スケジュールはさくさくと進行。しかし、ヘリコプターから飛行機に変わると、私は大きな壁にぶち当たりました。それは…撮りたいものがファインダーに入らない。私のレンズは150-500なんだけど、いきなり500なんかにした日には、目でみてファインダー覗いても、見えるのは空ばかり。音をたよりにこっちか?なんてやってると音のほうが遅いってw もう撮りたい飛行機は明後日の方向へ。や…やばい、このままじゃ何も撮れないかも…。やだよぉ〜1枚くらいは記念になんか撮りたい撮りたい撮りたい、じたばたじたばた。そうだ…昔どっかの記事で読んだことがある。ファインダーを右目で覗いて左目で直接視野を確認するんだ。(それまでは、がっつり左目でファインダーを覗いていて、その記事を読んでちょっとやってみようかと思ったけど、なんだか見づらいのですぐやめた経緯あり。)やりづらかったけど、こんな状況ではそれをやらねば、ファインダーに飛行機が捉えられない!とんでもないっ。(飛行機だけど)
何枚も失敗していると、なんとかフレームインする確立も上がってきた。

どうよw。お魚みたいでかわいいっ。しかし、この手の飛行機ってアップで見ると、戦隊モノのおもちゃみたい。
そして、大きいやつも。大きいやつは撮りやすい。お隣の、高そうな望遠持ったおじちゃんがいろいろ教えてくれました。私が全くの初心者だと言うと、大丈夫、撮れる撮れる! あとは、普段旅客機で練習するといいよ。あれは撮りやすいから、と。
そうこうしていると、飛行機からばらばらと

パラシュート部隊だぁ〜!(嬉)ちょっと遠かったけど、人がばらばらと飛行機から落ちていく様はすごいものがあります。あれ、基地でみている人達は近くに下りてくるんでしょうかね。

こんなの撮ったり、あんなの撮ったり…

そうこうしているうちに、午後になりました。13時5分予定のブルーインパルスはなかなか発進せず。基地から少し離れたところでみている私たちは、ただ基地の方向を見て待つのみ。13時半を回ったころでしょうか、基地の方向から白い煙がまるで火事のようにぶわあああああっと立ち上りました。
となりのおっちゃんが、「来るぞ!」。みんな一斉に望遠構え〜〜〜〜〜。出てきた!ばぴゅーん。

こちら側は逆光なので、少々色合いが地味ですが、拡大してみるとこれもなかなか味わい深い。
あれよあれよと戦闘機は加速しても〜、ファインダーに全然入らねぇ!え!どっち?こっち?そっち?
あ゛〜〜〜〜〜行っちゃったよぉ〜〜〜〜〜!と、大騒ぎの大爆笑。となりのおっちゃんは、そんな私に「どお?」と笑っている。無理〜〜〜〜〜〜、と言ってる間にも次の編隊が!「きたぞ」「がんばろう!」と再び望遠を構える。ファインダーに捉えたら即、連写開始!パタパタパタパタパタ……「!」
連写止まるwwwwwまじか。だめなんかぁ、X4じゃ、だめなんかぁ?おおおおい、がんばれX4。あたしも頑張る。あんたも頑張れ!
今回1番の謎だったのがフォーカス。これってどうなんですかね。そもそもこんなに動くものを撮ったことがないので、自分のカメラのフォーカスがどれくらい動くものに追従するのかよくわかってないんです。とりあえず、モードは追っかけてくれるやつには変えたけど本当に、合わせてくれるのか。せっかくフレームインしてシャッター押せても、ピンぼけだったら最悪じゃないの。しかもね、最初のほうでも書いたけれど、最初から望遠レンズ伸ばしたままだと、とにかく被写体をフレームインできない。なので、最初はレンズ引っ込めたまんまでフレームイン→飛行機を追っかけながらレンズを伸ばす→自動の追従フォーカスが信用ならないので、飛行機おっかけながら親指フォーカス押しまくりっていう、おそらく、効率の悪そうな方法で撮りまくりました。フォーカスは信じてもよかったのかなぁ…で、おっかけてるときに、フォーカス押すと、ぶわぁっと曇るんですよ、視界が。「勘弁!」って涙目で追っかけつづけていると、レンズの中にぼわぁぁぁぁんと、飛行機が浮き出てくる。いまじゃぁぁぁぁと、連写ボタンオン!時々止まるけど、押しまくりでGO! ま、そんな感じでした。
でも、本当に楽しかった。こんな楽しいの久し振りってくらい楽しかった。本当に天気がよくて、真っ青な空に、白煙が帯をなす様は本当に素晴らしくて、素晴らしくて。突然行ったもんだから、顔あらいっぱなしで、日焼け止めすら塗ってなかったので、顔が真っ赤になってたけど、そんなことも気にならないほど楽しかった。また来年も見たいです。間違いない!

ま、写真はもう400枚を越えてそれでも減らして減らして190枚くらいまで絞ったけど、あまりにも演技が素晴らしすぎてもう減らせません。そうそう、プログラムの最後に「帰投」ってあったんです。みんなブルーインパルスが終わったら帰っていったけど、最後のそれが何か、おっちゃんに尋ねてみた。「すみません、このキトウってなんですか」って。wwwwwwwwwwwww
声に出してから、心の中で「あ…」って思ったわ。でもね、「帰投」だから。おっちゃんが教えてくれたわ。戦闘機がそれぞれの基地に帰って行くんだって。あっちから飛び立って、たぶんこの辺一周してくれるんじゃないかなって。おっちゃんありがとう。だから、待ってました。

そして、おっちゃんの言った通り、轟音とともに大きく旋回して、空の彼方に消えて行きました。
どうもありがとう!!!!!!またね、ばいばい! ふと見渡すと、何人もの大人が飛行機に手を振っていました。ああ、すばらしき1日。

機会があるなら、是非一度みたほうがよい、と今回つくづく思いました。来年も絶対見たいよ!
とりあえず、まとめで作ったスライドショーは、こちら。
https://youtu.be/nmBlOK2gZB8

幸せのオーラ

すげーインチキ臭いタイトルw
まあ、それはともかくとして。看護学校の同級生のこの結婚式にお呼ばれしてきました。私は、なんせ、40過ぎてから看護学校へ入ったので、その時の同級生とは、当時つい先日まで高校生だったこたち。そのこたちが、なんとまあ何時の間にやら26歳くらいになっておりまして。いわゆる結婚ラッシュですね。これが第一陣のラッシュかな。私は学校からエスカレーター?で付属の病院に入りまして。そんな学校からの就職でも、けっこうな人がやめて行く中、うちの学年?はなかなかやめなくて、すごいすごいと思っていたのも4年まで。就職して5年目になったとたんに辞める辞める。いっきに半分以下になってしまいました。考えたら、私が初めて就職した会社をやめたのも5年目だった。結婚して、こどもができて、当時は育児休暇とかあったのかな?なんせ、こども生まれて働いている人がいなかったからよくわからないなぁ。で、とにかく、妊娠8ヶ月まで働いて退職。それがちょうど5年目だった。だから、今同期(同級生)が少なくなるのも、自然の流れなのかなと思いつつ。そんな人数の少なくなった同級生のひとりが結婚して、うれしいことに結婚式に呼んでくれました。
 かわいかったですねぇ。今まで見た中で1番かわいかった。本当に感慨深い。前から、結婚式に呼ばれるたびに思っていましたが、あの花嫁さんたちの尋常ではない綺麗さというのはいったいなんなんでしょうね。やっぱり、幸せのオーラ以外のなにものでもありませんよね?
 たとえば、生まれたての赤ちゃんもみんなかわいい。あの小さい中にぎっしりつまった生命力。そう、花嫁さんが幸せのオーラなら、生まれたての赤ちゃんは生命力のオーラ。そりゃあ、生まれたことは幸せなんだろうけど、赤ん坊が自分でそれを認識はしていないよね、一般的には。それを言うなら、こどもが生まれた夫婦のほうが、よほど幸せいっぱいなんだと思う。何が言いたいかっていうと…。文字にしてしまうと、ちょっとあれなんだけど。大人でも赤ん坊でも、顔の造作ってあるじゃないですか。モデルとか女優とか。あかちゃんは、あかちゃんとして、どのこもかわいいと思うけど、そういう造作ってけっこう冷静に見えてしまう。よく、「かわいいと思うのはてめーの子だけ」と言いますが、まあそんな感じ。私は、赤ん坊が好きです。ちょっと大きくなってくると、もういいや…と思ってしまいますが、1歳半くらいまでのこどもは、心底かわいいと思います。それって、大きさによるものが大きいような気がします。ただでさえ(大きさだけで)かわいいのに、そこにプラス要素で容姿が整っていたりすると、赤ちゃんモデルまっしぐら?などと思ってしまいます。
 もとにもどって花嫁さん。それこそ、成人した大人であり、その大きさだけでのかわいさってあまりないですよね。単純にね。親だって、よく「あぁ〜、ちっちゃいときは可愛かったのに」とか言うじゃないですか。まあ、それは容姿だけじゃなくて、言うこときかなくなってとか、生意気になってって意味あいが大きいのかもしれないけど。たいして言葉もしゃべれず、ママママと、寄って来るかわいさは、成長するとなくなりますよね。(あったら、それはそれで別の意味で問題かw)
 ぐだぐだ言って、言いたいことがぼやけてきたけど、ようするに花嫁さんって、本当にみんなかわいい、美しい!たとえば、知り合いの男のこの結婚式に呼ばれたとしても、目が行くのは花嫁さん。結婚式場に行くと、それこそたくさんの花嫁さんを見ることもあるけれど、やっぱり目につくのは花嫁さん。他人でも、み〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んな綺麗。しあわせのオーラってすごい。45歳くらいの花嫁さんを見た時も、やっぱり綺麗だったから驚いた。(普段と全然ちがう!) おそろしや、しあわせのオーラ。しあわせオーラのサプリとかあればいいのに。そんなの飲んだら、少々くたびれてきた外見も少しは復活するか。あ、でもひとつ思うこと。しあわせのオーラは、誰彼かまわず平等に与えられるので、やっぱり造作の良い人、若い人は、よりいっそう綺麗なことは間違いないような気がする。造作はそうそう変えられないけど、若さは平等。地味婚が一般的になって久しいけど、若くして、籍を入れただけという友人には、おせっかいながら「写真だけはとっておきなよ」と必ず言ってしまう。あの最強オーラを身にまとえる時期は、本当に一瞬だと思う。せっかくだから、そのへんの写真やさんでいいから、どうか1枚、記念写真を撮っておいでよと言わずにはおられない。しあわせのオーラは本当に貴重だと思う。あんな最強の美のオーラはそうそう出そうと思っても出せるもんじゃない。

孤独のグルメ見る日々

 以前も見ていたものの、最近の食欲のなさに再び。良いですね、孤独のグルメ。何を食べてもおいしそう。でも、一度ドラマに出ていた池袋の汁なし担々麺食べに行ったけど… 当時でもお腹いっぱいになりすぎちゃって、きつかった。やっぱりいろいろ食べるなら人数必要。なかなか五郎さんのようには食べられない。どころで、この漫画を描かれていた方、わりと最近亡くなられてますね。私はドラマのほうしか知らないので、ドラマの最後の「ぶらっと久住」に出てくる原作者の久住さんしか存じ上げないのですが。良い原作と良い漫画家がタッグを組んで素晴らしい作品を世に送り出すというのは昔も今もよくある話で、やはりそのどちらが欠けても淋しいものがあります。でも、素晴らしい漫画は素晴らしいドラマになって、五郎さんは生き生きと今日も美味しいものを食べています。
 ところで、さっき見た千葉県大原のいすみ豚とやらは、本当においしそうだった。分厚くてコッテリしてるのに、軽くていくらでも入るんだって。おばあちゃんでもとんかつぺろりなんだってw いやはや。基本的にとんかつは美味しいのに、それがさらにおいしいって…。たまりませんね。大原、地図で見たけどなかなか下のほうでした。もうちょっと、上のほうなら近いんだけど、千葉はなかなか広いから。ちなみに、湯沢の(石打になるのかな?)釜飯屋さんこめ太郎の越後のもち豚を使ったとんかつも絶品です。当然釜飯もおいしいんだけど、とにかくこのとんかつ定食もすごくおいしくて、毎回どちらを食べるか悶絶します。ちなみに、そこでは鮎の塩焼き(or岩魚)も絶対に頼みます。ほんと、まじうま。あぁ〜とりあえず鮎の塩焼きが食べたい。炭火で焼いたやつ。ひぇ〜。
 なんだ、食欲あるじゃないのw

あまりおいしさを感じない

 少し困っている。食欲不振が続いているのは書いた通り。休日だと丸1日何も食べないこともざら。ただ、考えたら昔もそんなことはよくあった。20代のころは毎日空港(職場)で食べるご飯1食とかだった。だけど、あの頃とは違うんだよね。若い体力があって、疲れて寝るだけで、ぎりぎりでまで寝ていて起きて、職場行って「ああ、お腹すいた♪」とみんなでご飯を食べる。なんていうか、食べなくても覇気?があるって感じ。今の食べないのは、なんだか本当に不健康丸出し。食べたくないのと、いろいろと面倒臭いのとが合体して、ひどい。無気力のかたまりか。1日食べないと、なんとなくフラフラしてくる。でも、「お腹すいた!なんか食べたい♪」という気持ちがわかない。ちょっと前まで、パスタが大好きでパスタなら毎日食べてもよかった。うどんも好き。いわゆるデブ食が大好きで、カツ丼、唐揚げなど揚げ物全般大好き。家で作るの面倒臭かったら、駅前のサイゼリア寄って、サラダとパスタ頼んだり、ピザ頼んだりで、おいしいおいしいやってたのに、今はそういうものも食べたいと思わない。ジャンクも大好きで、カップラーメンやらマックのハンバーガーやポテトも大好き。毎日ジャンク食でもしばらくは大丈夫、なくらいジャンク品も好きなはずなのに、カップラーメンが途中で気持ち悪くなる。マックの前を通ってもも、写真みただけでお腹いっぱいな気持ちになってしまって、いいや、と思ってしまう。何がおいしいんだか、自分が何が食べたいのか、よくわからない。意味不明。
 ただ、仕事に行く時は「それじゃまずい」という心のスイッチが入るので、行きのコンビニで、野菜ジュースとサンドイッチを買って食べていたんだけど、最近それも入らなくなってきて野菜ジュースで終了という日も多い。いや、やっぱりそれだけじゃまずいだろうと、ヴィダーインゼリーのエネルギーを飲む日も多い。最近はサンドイッチよりそちらの方が多い始末。
 アホみたいにバカスカ食べていた自分が嘘のよう。本当にここ数年太っていたから、体重が減ることは単純にうれしいんだけど、絶対にこれはよろしくない痩せ方。若ければそれでもいいかもしれないけど、今の私にはたぶん、そうとうよろしくない。でも改善策が見つからない。私がおいしいと感じるものはどこにあるんだろう。つわりの時もこんなだった。なんにも食べられなくて、げっそり、ぐったりしながら働いていた。当時は浦安に住んでいたけど、おせっかいな母親がすぐにやってきて、お弁当を買ってきてくれたり、ちょちょっと、台所で何か作ってくれたりした。そういうものは、なんでもおいしかったような気がする。
 こんな状態は、絶対によくないとは思うんだけど、どうにもこうにも立ち直れまへんがな。どうしたらよかっぺかな。

食欲不振

 昨日ブログを書いて、8月の記録を読んで食欲不振がすでに2ヶ月近くになっていることを知る。ただ、最初のひと月でいっきに落ちた体重は、そこからはさほど減っていることはないから、やっぱり減ったぶんは、ステロイドでいっきに増えたぶんだけ…だと思うけど…ちょっと体重はかってこよう。
 大丈夫大丈夫、最大から−7kg。でも太るっておそろしい。この体重だって以前にしてみれば「こんなに太っちゃってどうしよう」という体重なのに、63kgを経験したあとだと、ものすごく痩せて見える。昨日の受診で、体重はどうですかと医師に聞かれて「痩せました!7kg痩せました!」と言ったらすかさず「元の体重より痩せてないですね」と、かぶせてきた。そのかぶせ具合に、急激に体重が落ちることの恐怖を垣間見た次第。そうか、急に痩せるって…そうだよな…。でも、忘れちゃいけない、私の場合、急激に太ってからの…だから。
 昨日ランチョンミーティングでお弁当が出たんだけど、なかなかのがっつり弁当。以前の私なら内心ニヤニヤしながら完食したはずなのに、なんと残した。そう、最近残すのです。残したくはないんだけど、あるところまで行くともう食べ物が全然入らなくなってしまう。ちょっと食べるとすぐにお腹いっぱいになってしまう。
 もっとも、残している女子は多いので、ここ最近の食欲不振状態でようやく人並みの量になったという。うちの馬鹿娘もぜんぜん食べなくて、いっしょに食べると、あんたそれっぽっちしか食べないの?とぎゃんぎゃん言っていたけれど、もはやふたりで少食ww
 血圧もぐんぐん下がってきたし、やたら多かった点状出血みたいなのも減ってきた。ここまで食べずにこの体重だから、また食欲が戻ったらもう少し増えるんだろうなと思うと、せっかくだからもうちょっと痩せててもいいかしらん…と思ってしまう今日この頃。  

再燃

おめでとうございます

と、自分に嫌みのひとつも言いたくなるね。
ステロイドをまったく飲まなくなって2ヶ月。今度こそは今度こそはとは思っていたけれど。とりあえず、毎日鏡で目のチェックは欠かさない。かすみ目とか、目が痛いとか、そういうことはなかったのだが、鏡にうつる目がそこはかとなく怪しい。とどめに、2日前、ぴーーーーーーーーっと、かなり大きな耳鳴りがあった。そして目の前のテーブルが横にぐぐぐ〜っと動いた(ように見えた)。動くわけはないので、おかしいなと思い、一旦目をそらし、もう一度テーブルをみた。するとまた、ぐぐぐ〜っと横に動いていく。3度目に見たら止まっていた。いったいどういう現象なのかわからないけれど、なんとなく目眩の一種のような気がしなくもない。以前、鼓膜やぶれたとき、天井がぐるんぐるんと回る目眩を経験したけど、それと種類が似ているような気がする。で、この病気の発症時によく起こるのは、耳鳴りと目眩。なんとなく、その時点でやっぱり再燃なのかなという気がしていた。今日が定期受診だったので、当然それを言うと、ものすごく念入りに目に光をあてて見られました。ものすごくまぶしくて、気持ち悪くなりそうなくらい。「うーん」と言いながらカルテにパチパチ打ち込む先生に、「再燃の徴候ですかね」と聞いたらきっぱりと、「再燃ですね。両方」。やっぱりね…そんな気がしてたんだ…。そして、前回も書いたけれど、ステロイド性の白内障が進んでいる。1年以上ステロイドを使って結局もとの病気は治らず、副作用だけをもらってしまった。残念なことです。でも、これは誰のせいでもない。しかたがない。本当にしかたがないのだ。私はもう再燃の達人?と化しているので、比較的小さな変化も見逃さないせいか、今回も再燃はしているものの、大事には至っていない。とりあえず、1週間目薬点眼攻撃がはじまった。そして、1週間後再度受診して、もうしばらく目薬を続けるか。もし、症状が進んでしまっていた場合は、もうステロイドは使わずに、免疫抑制剤を使うらしい。
 お高いんだってさ〜〜〜〜〜。

不健康に痩せた

 ステロイドに翻弄された1年。
 発症して、最初の入院が去年の4月。パルス療法と内服で、そっこうムーンフェイスになった。退院して内服になって、そのときはスムーズに減量…と思いきや再発して8月に入院になった。ふたたび追いパルスで入院。さらに内服。秋頃?またまた再発しかけたけれど、発見がはやくパルスではなく注射。それ以降、注射と内服の組み合わせで今まで来た。7月でようやく内服が終了した。去年、内服がなくなって1週間で再発したので、びくびくしていたけれど先週受診にいって一安心。ひと月ごとに打っている注射も(これもステロイドなので、実際は完全にきれたわけではない)、もうひと月のばしてみようか、となった。でも、新たに目の症状が出始めた。なんと、白内障。老人がなるやつですが、私のは「ステロイド性の白内障」。副作用です。先生に、ステロイドの感受性が強いですね、と言われたけれど、もう本当にその通りだと思う。ステロイド使ったって、そこまで副作用でない人もけっこういるのに、私はちょっと使っただけで出まくり。自分的には糖尿病も疑っていたけれど、この間の血液検査では大丈夫だったんで、本当によかった。白内障は手術で治るとはいうけれど…気が重い。
 とにもかくにも内服がいっさい無くなって、薬を飲まなくていいってなんて楽ちんなんだと思っていた。そうしたら、おそろしく食欲がなくなった。もともと私はよく食べるほうで、まあ今までが食べ過ぎといえばそれまでだけど、あきらかな食欲減退っぷりに娘もびっくり。あれよあれよというまに、なんとなく顔がげっそりしてきて、久し振りに体重計に乗ったら、なんと6kgも痩せていた!でも、この6kgって、去年の8月の入院のあと、いっきにもりもり増えた6kgなんだよね。臨月の時が過去最高の60kgだったのに、それを越えて63kgになったのが冬。それでプールに行き始めたような気がするから。でも結局体重はいっこうに減らず、結局体重をはかるのもやめてしまった。で、この間の57kg!半年かけて増えた6kgが、ひと月で減った感じ。ろくに食べてない減り方だから、なんとなく不健康にやつれた感があるけど、とりあえず薬でむくむく太ったぶんが減ったということでよしとしようと思う。さらに、最近鬱みたいな症状がでていて、これもステロイドなくなると時々あるらしく、本当にステロイドにやられまくり。まあ、何にせよ今のところ口から飲むことはなくなったので、こういった症状も徐々におさまってくるとは思うけど…白内障はもとにはもどりませんね。がっくし。中年太りもしていたから、食欲はもう回復しなくてもいいかな、とは思うけどあんまり不健康なのもどうかね、と毎朝コンビニで野菜ジュースを買って飲んでいるけどw まあ、飲まないよりはマシでしょう。
 内服すれば治る(かも)というメリットと、副作用のデメリット。その差が小さい薬を続けなければいけないというのは、なかなか大変なことだと身をもって知ったこの1年。だけどあれね、こういう体験のひとつひとつが、私の職業にはプラスになる。いいんだかわるいんだかw

ジムタン

 毎年お馴染み事務担当者連絡会議(?)に行ってきた。毎年お馴染みとは言うものの、確か一昨年は仕事で行くことができず、去年はまさかの再発、入院。2年まるまる行ってなくて、久し振りのジムタンだったのだが、いろいろと驚いた。まず、空席が目立つこと。いつも、開演ぎりぎりだったり、10分くらい遅れていったりの私ですが。後ろのほうの半端な席に、「あいてますか、すみません」と入るか、もしくは全く入れず、外の椅子でモニターで様子をみたりすることが常だった。今回は、開演より多少前には着いたけれど、なんか渡す資料がなくなったとかで「少々お待ち下さい」と言われ、待ってる間に会議(とはいっても、最初の挨拶のようなもの)が始まってしまった。そうそう、この受付の時にアルマナックとか来シーズンの資料をもらうんだけど、いつも郵送用の茶封筒の大きいやつに、クラブ番号が書いてあって、クラブ番号言うと、その封筒ごと渡されていたんだけど、今回はその封筒がなくて、ばらばらに渡された。封筒をもってかえる予定が、ばらばらだったので100円ショップで袋かって入れて持って帰ったという。これも最初の小さな驚き。「経費削減?」。そうそう、資料と言えば、いつも申込用紙の束をいっしょに渡されていた。出たい行事があるときは、その束の中から、必要な申込用紙をコピーして使うというシステム。世の中がだんだんネット対応になり、「こんな紙の束を毎回配るのは経費の無駄遣いじゃないか、なんとかしろ!」と、何年も言われており、数年前からネットからの申し込みが始まり、少しずつ紙の量は減っていたけど、2年ぶりに行ったら、用紙の束はまったく無くなっていて、申し込みは全てネットからになっていた。
 そっとホールの扉を開けると、まず目に入った空席の数。「えー、うっそ−」というわけで、「あいてますか、すみません」のいつものフレーズで、前から2列目に座った。そんな場所に座ったことはいまだかつてない。そして、役員のメンツがみたこともない人達になっていた。ずっと、「ああ、この時期にいつも見る人達ね〜」って感じだったのに、がらっと変わっている。
 最初に教育本部からの説明があって、お楽しみの質疑応答。これが毎年面白いw 挙手があがるあがる。日頃の鬱憤かなにかしらないけど、本部役員たじたじとなり、最後は時間切れになり、「後日、お答えします」だかなんだか、そんな感じで終わる。ジムタンはたいして面白くないけど、質疑応答の各クラブのおじさんたちが(?)ここぞとばかりに質問をくりひろげる、あの時間だけが面白かった。
 なのに!質疑応答の時間となり、「質問はありますか」「無いようなので、教育本部からの説明はこれで終わります」と、さらっと終わってしまい、資料に目を落としていた私はびっくりして、顔をあげて後ろをみてしまった。まじ!?
 そういえば、最初の話の時に、「私達都連は」うんたらかんたら「登録者では、北海道より少ないものの、潜在的な」うんたらかんたら…。登録者だか潜在的人数だかよくわからないけど、とにかく都連は人数が多いことが売り?だった。私が準指を受ける時など、たしか受験者が800人くらいいたと記憶しているが、その後どんどん減って、今やどれくらい?最後に聞いたのは200人くらいって聞いて驚いた覚えがあるけれど。そうか…今や登録者でも他県に負けてしまったのか。いや、勝ち負けの話ではないが、なにかすごく時の流れを感じてしまった。もっとも、人ごとではない。あんなにしゃかりきになっていた私ですら、もはや更新が必要な講習しかいかないというていたらく。
 ジムタンはいつも中野のゼロホール。私の職場も中野。土曜出勤の人とやらなければいけないことがあったので、ジムタン終わって病院へ。ひとしきり、やることをやって病院を出たのは20時過ぎ。一杯ひっかけて帰りますか、と焼鳥屋さんへ。「休みなのにすみませんね」と言われ、いやいや、「中野ゼロでやぼ用があったのでお気になさらず」と資料をちらみせ。「それはなに?」と聞かれ、さらっとスキーをしていたことを言うとすごいすごいと言われる。よくある話。スキー界から見れば底辺のイントラでも、教えているというだけで、レジャースキーしかしない人にとっては、単純に「すごい」と言われる。まあ、それだけ他のことなげすてて没頭したアホさ加減は、ある意味すごいといわれるに値するかもしれないけど…。まあいいや。その人は、「40からの手習い」でスキーをはじめて、毎年家族でスキーに行っているという。その言葉を借りるなら、私は「40からの手習い」で看護師になった。看護師になろうと思った時、私がめざすものは、ゲレンデにいるシニアスキーヤーだった。毎日毎日、まるでスポーツクラブのようにゲレンデに通うシニア層。それはそれは、楽しそうに毎日滑っている。私も、ちゃんと月給をもらえるようになって、趣味として、楽しく長くスキーを続けられるようになろう、そう思ったんだけれど。いっしょに飲んでいたその人に言った。「忙しくて、スキーにいく心の余裕なんてもはやありません」「正直、もう指導員の資格も返してしまおうかと思っています」と。いっしょに飲んでいたその人は、私より4〜5つ年上の生粋のナースですが、その人が言いました。「それは返さないほうがいい!」と。「だって、もう教えることもないし。棺桶に持って入れないじゃないですか」と言ったら、「持って入ればいいじゃない」と。
 というわけで、もう少し登録料払うかな…という気になりました。
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