万緑の中はじめての喪服着る   皆吉 司
 「祖父の死」とある。祖父とは皆吉爽雨のこと。「万緑の中や吾子の歯生えそむる 草田男」にどこか通じる気分がある。草田男の「吾子」が成長して、今は「喪服着る」若者となった、という感じである。喜びと悲しみの違いがあるが、「万緑」がもつ生命力の象徴性は同じ力で繋がっている。
(『死 秀句350選』倉田紘文著より)

e1934s これは万緑そのものというよりは色調の一定しない緑の照りかえしがつくる像の他愛なさ、移ろいやすさが詠まれているのではないだろうか。しかも祖父の死という生と死を目の当たりにした日。斯くも弱々しい万緑の一面であって「生命力の象徴性」とは大分ちがうように思うのだが。「はじめての喪服」にも気鬱が感じられる。無論解釈はさまざま。
 万緑の光に包まれたときエメラルドの中にいるような錯覚を覚えたことが誰しも一度くらいはあるのではないだろうか。それは生でもく死でもなく、言いようのないゆる〜い感覚。