リー湘南クリニックからのお知らせ

院長ブログ−異端医師の独り言

ご挨拶

亡き父にたくさんの暖かなコメントをいただき本当にありがとうございます。とても励まされました。
また、父がブログ上攻撃的な発言をしてしまいご迷惑をおかけした方々には心からおわび申し上げます。

皆様ペットたちのことを気にかけて下さっている様なのでここにご報告させていただきます。犬のコボは私がアメリカの家で飼う事になりました。鳥のピー介は茅ヶ崎の鳥好きの方に飼って頂ける事になりました。ご心配していただきありがとうございます。

最後に、このブログはこのままにしておくつもりです。今まで読んでいただいて本当にありがとうございました。

娘より


■ 閉院のお知らせ ■

■院長 李 漢栄は8月16日永眠致しました
謹んで皆様にお知らせ申し上げます

誠に勝手ながら、リー湘南クリニックは
平成25年8月16日を持ちまして閉院することになりました
患者様にはご迷惑をおかけし、大変申し訳ございません
長きにわたり患者様のご厚情、誠にありがとうございました

このブログ   一冊の本を意識し、適宜編集しています  記事があまり多くならないように、時事ネタは消去し、古い記事は統合したり、消去したり、前送りしています  客観系お勧めには ☆〜☆☆☆、主観系お勧めには ★〜★ を冠しました
■著書
早死にするデブ しないデブ
癌患者を救いたい PSA検診のウソ正誤表
リー湘南クリニック leeshonan@gmail.com  

★ 23年二昔

PICT0004PICT0040お写真はロチェスター大学医学部・付属病院(Strong Memorial Hospital)と病院へ続く幹線道路。右のお写真(クリックで拡大)、右端のサイン「H」は、Hospitalの意味。

 1984頃から、手術に伴う抗生物質適正使用の無作為化試験の結果が報告されだした。在米時 1985年、朝の勉強会で数人のレジデントが Cockett(主任教授)に噛みついた。「抗生物質をなぜ術前に投与しないのか」「なぜ術後 3日も投与するのか」。Cockettは明らかに不機嫌になり「今までこれでやってきて、問題ない」と一蹴した。
 Cockettは 1990年、アメリカ泌尿器科学会(AUA)の会長となった。AUAの公式誌J. of Urology、その 2008年 4月号に「泌尿器科手術における予防的抗生物質の最適な使い方」という論文*が掲載された。さまざまな泌尿器科手術(消化管を使う手術や人工物移植術も含め)に際し、いずれも手術前 1時間以内(薬によっては 2時間以内)に一回投与、術後は最長 24時間まで。
 あなたは、何日間投与されていますか。

*Best Practice Policy Statement on Urologic Surgery Antimicrobial Prophylaxis: J. Urology 179:1379, Apr. 2008.
リー湘南クリニック leeshonan@gmail.com (2008年4月の記事、校正) 2011年の記事

★ リーちゃん呼んで〜

北里研究所病院(港区)後期時代(1990〜96年)、婦人科の小林英郎部長(当時)は嫌われもので、三拍子そろって最悪だった。まず、汚い、身なりから考え方まで。どけち。エチケットを知らず、人の迷惑など顧みないチェーンスモーカー、ヤニだらけの歯。毎週、昼食をとりながらの医局会があるのだが、発言するとき、彼は口に物をいれながら、相手を箸で指していた。
 その小林部長の下に M先生が赴任した。小林部長は、かかる人物なので、次々に部下がやめる。だから、慶應の教授が満を持して、M先生を送り込んだ。M先生は温厚で、どちらかというと証明医療派、分からないことがあると臆せず僕に相談にきた。
 僕は受け持ち患者が少なく、暇を持て余していたので、いつの間にか婦人科や外科の手術を手伝うようになった。初めて、婦人科の「ラジカール」という子宮頚癌で、子宮と卵巣を摘出する手術を手伝ったとき、解剖学的構造物を露出せず、盲目的にクランプ(肉を挟む道具)をかけ結索する、「集束結索」を見て驚いた。手術が終わってビールを飲んでいた時、M先生が笑いながら「リーちゃん、驚いた」と言った。
 そんな手術だから合併症が多い。ある日、小林部長のラジカールで尿管が見つからなかったとき、断固として「尿管は切断していない」と主張したそうだ。そこで、温厚な M先生が小声で「リー先生を呼んだら」と助言した。私が探したら、見事に尿管は寸断されていた。で、つなぎ合わせて差し上げた。そのうち、ずうずうしく、尿管が見つからないと、すぐに「リーちゃん呼んで〜」と、手術室看護師にのたまうようになった。一体何本、尿管をつなぎ合わせたか。確認はしていないが、小林先生の手術記録には「尿管切断」も僕の名も記されていないだろう。また、一度もねぎらいの言葉を頂いたことがない。

M先生のその後
 小林先生は M先生に、自分が定年後は 部長に推すことをさんざん臭わせていた。「M君も、いい患者をたくさんもって、部長だな」と猫なで声で言うそうだ。「いい患者」とは、毎回キャッシュを包んでくれる方。
 M先生のもう一つの悩みは、彼の直近の部下、僕の同級生 S女医。デブで、食べることと自分の娘の自慢話しか能がない。全く勉強していないが、女医ゆえ患者に人気があり、受け持ち患者が多いのが自慢の種。そのような環境下、M先生は辛抱を重ねましたが、堪忍袋の緒が切れ、3年ほどで開業の道を選ばれました。
 開業後、時々遊びに行きましたが「漢方」や「アロマ・テラピ―」を軒に並べ、会食の度に薬屋をはべらす、金万オヤジと化してしまいました。てなわけで、もうお付き合いはございません。
リー湘南クリニック leeshonan@gmail.com (2007年6月の記事、校正)

★ 手術

今、手術が終わりました。
1.転移性食道癌 皮下組織転移  2.手術時間 42分  3.術者:LEE 助手:なし

☆☆☆  The (Political) Science of Salt  食塩の(政治的な)科学 

 優れた論文なので、2週間ほど掲示します。

減塩の効用に関する30年に及ぶ論争は、良質の科学は公衆衛生政策の圧力の前に頓挫することを示す
GARY TAUBES Science 281:898-907, 1998

Science…warns me to be careful how I adopt a view which jumps with my preconceptions, and to require stronger evidence for such belief than for one to which I was previously hostile. My business is to teach my aspirations to conform themselves to fact, not to try and make facts harmonize with my aspirations.”
 「科学は…私に、先入観に合う考え方に適応する際は慎重たれ、そして予想に反する考え方に適応するときよりも説得力のある証拠を要求せよと警告する。私の仕事は、情熱を真実に従わせることを教えることで、情熱に調和する事実を作るのことではない。」  −Thomas Huxley, 1860

 行政官からトレーナー、世話好きの親戚、そしてレジに居合わせた人まで、あらゆる人々が食事の助言をする時代、「食塩を控えれば血圧が下がり、健康で長生きする」というメッセージは 30年間にわたり絶対真理であった。このメッセージは、国立心肺研究所(NHLBI)と国立高血圧教育プログラム(NHBPEP:36の医療機関と 6つの連邦機関から成る)により提唱された。食塩を控えれば、何百万人の高血圧患者ばかりでなく、すべての人の心臓病と脳卒中のリスクが低下する。推奨される食塩量は、一日 6g、現在の平均摂取量より 4g少ない。NHBPEP所長の Ed Roccellaは「この中程度の減塩で動脈圧が下がり、卒中を予防する。実行したいことは、人命を救うことだ。」と言う。
 では何が問題か?一つは、食塩は脂肪と並び味を決定する要素で、消費される食塩の 80%はすでに食品に含まれている。そのため減塩は必ずしも容易でない。さらに、思いもかけぬ問題がある。それは食塩は健康を損ねるとされているが、それを証明する十分な科学的証拠が存在しないことである、減塩にいくらかでも効用があるとしても、効用に関する論争は医学論争の中で最も長期にわたる、最も辛辣で、そして超現実主義的なものである。
 食塩を有害と説く学者たちは、先の Roccellaや NHLBI所長 Claude Lenfantらで、食塩が高血圧の原因であるのは反論の余地のない自明の理であると主張する。科学的確証を得るために更なる研究を待てば、その間にも多くの人が死んでいくので、引き続き減塩政策を進める義務があるという。一方、減塩は無意味と説く学者は、アメリカ心臓病学会、アメリカ高血圧学会、そしてヨーロッパ国際高血圧学会・元会長を含む疫学に関心のある内科医たちで、減塩プログラムが有用であることを示す、信じるに足るデータは今だかつて一度も示されず、そればかりか、減塩により予期せぬ副作用が生じかねないと言う。例えば、次は昨年5月号のアメリカ医学会誌(JAMA)に掲載された総説意見である。コペンハーゲン大学の研究者達は、減塩に関する 114の無作為化試験を分析し、「減塩により高血圧症患者が得られるメリットは、降圧剤に比べはるかに小さく、正常血圧者では極端な減塩を実行しても検知し得るメリットは無い」と結論した。JAMA編集者でカリフォルニア大学の生理学者 Drummond Rennieは「NHLBIは、科学的事実を無視した減塩教育を提唱している」と断言する。
 減塩論争の核心は、公衆衛生政策の必要性と良質な科学こそ必要とする哲学的衝突であり、行動を起こす必要性と信頼たる知識の積み重ねこそが必要とする慣行的懐疑主義の衝突である。これこそが、現在多くの公衆衛生論争に油を注ぐ:NIH疾病予防室・室長の Bill Harlanは「我々は Yesか No、曖昧でない簡潔な答えを求める大衆の圧力にさらされている」「それも 5年後にではなく、今すぐ答えを求められている。それゆえ、我々は、科学的見地からは正当化されない、必ずしも望んでいない立場に追いやられる。」と解説する
 減塩論争のいくつかの基本的な見地には、際立った特徴がある。最も顕著なのは、減塩論者たちは、論争など存在しないと公然と主張し、それは単に食塩業者のロビー活動で、雇われ科学者の仕業と主張する。例えば、20年にわたる減塩論者、ノーススウェスタン医科大学・循環器科 Jeremiah Stamlerは「食塩の有害性に対する反論は、科学的再現性がない」と主張する。「反論は食品製造業界の組織的抵抗によるもので、丁度タバコ論争の際、タバコ業界のように事実を隠蔽する。私の豊富な経験に照らし、反対者のどこにも真実を伝える科学的動機を見出せない」と言う。
 Stamlerの見解は極端かもしれないが、この国の研究予算を配分する NHBPEPと NHLBIも同じ見解に立つ。NIHの臨床応用部・部長で10年以上減塩を提唱者しているJeff Cutlerは、小誌にこの総説が掲載されると、論争の存在を世に知らしめ、食塩ロビーストを利すると述べた。「減塩論争が続いていることがメディアに流れると、彼らが勝つ」と Culterは言う。Roccellaも論争を公にすると公衆衛生政策の妨げになると言う。
 しかしながら、世界中 80名近くの研究者、臨床家、そして行政官のインタビューを終え、科学的データの解釈に関して論争が存在するとして、本総説で決着したと確実に言える。Sanford Millerは食塩論争を「公共政策の前で、科学はなぜ脆弱になるかを示した最も顕著な例である」と評す。Millerは現在、テキサス大学・ヘルスサイエンスセンター部長だが、20年前 FDA食品安全センター部長として減塩政策の立案に参画した。データは芳しくなかったが、皆減塩の効用を信じた。今や、データも科学も遥かに改善され、もはや減塩の効果を支持する根拠はない。
 減塩論争の 2つ目の特徴は、数十年にわたる研究の末、減塩の効用は減少するのみである。このことは、減塩の効用は非常に小さいか存在しないことを示唆し、研究者は他の要因のため減塩の効用を検出できないと考えている。(他の要因とは、遺伝的ばらつき;社会経済状態;肥満;運動の多寡;アルコール、果物と野菜、あるいは酪農製品の摂取;あるいは多くの他の要因。)
 論争そのそのものがまだ影響力をもつ、なぜなら個々の患者に対しては無意味なほどの効果でも、公衆衛生上は意味をなすことがある。これが公衆衛生の基本的教義である:小さな効果でも人口全体には重要な結果をもたらすことがある。オックスフォード大学の疫学者、Richard Petoは、減塩により人類の平均血圧を 1mmHg低下させれば、年間何十万人もの死を予防できる:「その数は乳癌を根絶した場合よりも多い。」。しかし、それには減塩により血圧が 1mmHg低下することが前提である。英国・国立衛生センター・前所長、John Swalesは「1ないし 2mmHgの降圧は可能と確信しなければならない」と言う。「また、減塩による有害な副作用はないと信ずるべきだ。」
 疫学的研究では、わずかな効用あり、効用なし、そしてわずかに有害を区別できないので、明確な結論を得られないまま数十年が過ぎた。その間、非常に多くの相矛盾する論文が報告されたため、都合の良い論文をそろえるのは容易で、Stamlerは「データの全体性(totality of data)」と呼んだ、それはある信念を絶対的に支持しているようにみえるが、それには、その信念を支持しないデータの全体性を無視しなければならない。
 何年もの間、減塩論者たちは「データの全体性」を振りかざしては、その英知にそぐわない発見を拒絶した。例えば、1984年オレゴン・ヘルスサイエンス大学の David McCarronらは、国立健康と栄養データベースを分析し、食塩は無害であることを示唆する論文をScience誌に公表したところ、Sanford Miller、NHLBI所長の Claude Lenfant、国立健康統計センター長の Manning Feinleibに論文を非難された。彼らの批判の一部は「食塩は高血圧の原因であることを示す示す豊富な疫学的そして実験的データが存在するのに、結論をそれに適合させようと試みなかった」というものだった。しかしながら、その頃 Lenfant率いる NHLBIは、食塩が本当に高血圧の原因かを検証するため、インターソルトという、かつてない大規模プロジェクトに研究予算を配分するところだった。Stamlerでさえ、当時の食塩と高血圧に関する論文は「一貫性がなく矛盾したもの」で、予算獲得が動機だったと表現した。
 一方的なデータの解釈も減塩論争の特徴であった。例えば、ニュージーランドのオンタゴ医科大学 Olaf Simpsonは、早くも1979年に「食塩と高血圧の因果を示唆するものなら、どんなに小さな証拠でも因果を補強するものとして歓迎し、そうでない場合、それが意味することは別と説明した」と表現した。グラスゴー大学の Graham Wattは、それを「ビン・クリスビー的理由付け、言い換えると正のデータを強調し、負のデータは葬る手法」と呼んだ。この手法を操れば、矛盾するデータから都合の良いデータを集めることができるが、真実を追究する役には立たない。
 この二極化した状況下では、ある特定の研究結果が信頼に足るのか判断不能になり状況は悪化した。その代わり、期待する結果が示されれば、それを信用するようになる。例えば 1991年、英国医学会誌(BMJ)に Malcom Lawらによる 14ページにわたる 3部から成る「メタ解析」が掲載された:彼らは、食塩と高血圧の関係は以前に考えられていたより「相対的に大きい」と結論した。同年、Swalesはそのメタ解析を分析し、「重大な欠陥」をヨーロッパ高血圧学会で発表した。前・国際そしてヨーロッパ高血圧学会・会長・Uppsala大学の Lennart Hanssonは「発表の後、BMJに掲載された Lawらの論文に価値があると考える聴衆は一人もいなかった」と述べる。Swalesの発表は、その後J. of Hypertensionに掲載された。
 しかしながら、丁度 2年後 NHBPEPは、高血圧予防の礎となる指標を発表し、政府が初めて公式に減塩を推奨した。先の酷評された Lawらのメタ解析が「減塩の効果を示すゆるぎない証拠」として繰り返し引用された。この春も研究者から、Lawらの論文に対する意見を散見する:「まるでニューヨーク流の悪いジョーク」「これまで印刷されたメタ解析の中で最悪の例」から「満足行くようになされ、よく分析され解釈された」まで。

論争の具現化(Crystallizing a debate)
 食塩の有害性については生理学的にもっともらしい説明からはじまる。食塩を多く摂ると血液中の Na濃度を一定に保つため、より多くの水分が保持される。ハーバード大学医学部・腎内科・Frank Epsteinは「食塩を多く摂ると腎臓が余分な塩分を排泄するまで、それに見合う水分が保持される。体液が非常に増加するとたいていのヒトで、僅かな血圧の上昇が観察されるが反応は人様々である」と言う。
 生体は恒常性を保つためロシア小説に匹敵するほど複雑な機構を備える。登場人物は、約 50の栄養素、種々の成長因子とホルモンである。例えば、Naは血液量を維持するのに重要である;Kは血管の緊張と弛緩;Caは血管平滑筋の緊張に関与する。摂取カロリーが増えると交感神経が緊張し血管が収縮し、血圧が高くなる。摂取カロリーが減ると血圧は低下する。ことを複雑にするのは、年齢、性、人種で異なるこれら変数の相互作用である。多くの研究者は食塩感受性で、なぜ食塩を多く摂ると特定の人で血圧が高くなり、他の人では高くならないかを説明できると信じているが、Harlanはそれにすら論争があるという。食塩感受性を診断するには、被験者に食塩を与え続け観察するしかないが、この方法では、食塩感受性が一生のものか一過性のものか判断できない。このような複雑な背景にもかかわらず、多くの研究者は今だ、食塩摂取量の多い集団は少ない集団より高血圧者が多く、減塩により高血圧が改善されるのは生理学的に理にかなっていると信じている。
 1970年代、政府が高血圧を 140/90mmHg以上と定義し減塩を推奨し始めたとき、生理学的にもっともらしい説明は、種々雑多な決定的とはいえない研究や臨床知識でまかなわれた。例えば 1940年代、デューク大学の内科医・Wllace Kempnerは、高血圧症患者を低塩、米と桃ダイエットで治療し、血圧が低下することを示した。その後、何年もの間 Kempnerの食事療法は重症高血圧症に対して唯一内科療法だったので、当時の医師たちは減塩の効用を脳裏に刻み込んだ。ブッルクヘブン国立研究所の内科医、1975年に没するまで史上最強の減塩論者と呼ばれた Lewis Dahlは、1972年の萌芽的論文で、高血圧症に対して減塩の有効性は証明されたと断じ、減塩食で血圧が下がらないのは、患者が何と言おうが減塩を守らなかった証左に他ならない記した。しかしながら、降圧効果が減塩に帰するか依然論争がある。Kempnerの食事療法は、極端に低カロリー・低脂肪でカリウムに富む、現在では、これらの要素そのものが血圧を低下させることが知られている。
 Dahlは食塩感受性ラットを継代し、食塩-高血圧の関係を更に強固にした。その研究は、ヒト高血圧症における食塩の役割を示す揺るぎない証拠として現在でも引用される。しかし、1979年に Simpsonが指摘したように、Dahlのモデルはヒトに換算して一日に食塩 500g以上も与え続けないと高血圧を発症しない、Simpsonは「関連うんぬんの範疇外である」と注釈を加えた。最近、1995年の高食塩食を与えたチンパンジーの研究が引用される。しかしながら、Harlanは現存のどの動物モデルもヒト高血圧症と関連がないと言及する。
 初期の論争では、食塩の有害性を示す殆どの証拠は「生態調査」として知られる疫学調査によりもたらされた。それは先住民族、例えばブラジルのヤモマモ族の食塩摂取量と血圧を調査し、工業圏のそれと比べる。先住民の食塩摂取量は 1g以下で、高血圧や心臓病は殆どない。一方、工業圏、例えば北部日本の住民は一日に 20〜30g、世界で最も多量の食塩を摂り、脳卒中の発症率は世界一である。このような発見は移住調査で補強された、すなわち、工業圏に移住した先住民族を追跡すると、食塩摂取量が多くなり高血圧症が増えた。
 これらの発見から直感的ダーウィ型進化論が提唱された:人類は食塩が少ない環境下で進化してきたので食塩を保持できる固体が生き延び、この形質は食塩が豊富な現在まで受け継がれた。この論法に立つと、最適な食塩摂取量は数g、原始社会のそれで、工業圏の住民は食塩を過剰に摂取するため心臓病と卒中が多いことになる。
 このデータと仮説の積み重ねの落穴は、データ全体の半分しか含めていないことである。他の半分、特に集団内調査(intrapopulation studies)と呼ばれる調査は食塩-高血圧説を支持しない。集団内調査では、ある集団、例えばシカゴに住む男性の食塩摂取量と血圧を比較した、そして食塩摂取量と血圧は全く相関がなかった。1980年、国立統計センターが 20,000人を対象とした集団内調査でも関連を認めなかった。
 しかしながら、いずれの調査法をもっても決定的な答えを得られなかった。生態調査は、科学的な研究法とは言えず、現在はあまり用いられない。この調査法の致命的欠点は、結果に影響を与える変数の数が集団により異なるのに、結果を一つの変数で説明することである。例えば、食塩摂取量の少ない集団は、摂取カロリーも少なく;果物、野菜、そして乳製品の摂取量が多く;より痩せていて、活動的で;アルコール摂取量は少なく;そして工業化されていない。これら一つ、あるいは幾つかの組み合わせが血圧を低下させる。先住民族は感染症や外傷で若くして死ぬ傾向があるが、工業圏の住民は心臓病にかかるほど長生きすると Epsteinは言及する。
 生態調査でも集団内調査でも、日々大きく変動する血圧の平均値、そして生涯の食塩摂取量を正確に評価するのは非常に難かしい。初期の殆どの生態調査では、食塩摂取量を実測せず推定していた。例えば、現在でも食塩と高血圧関連を示す萌芽的研究と評されるミシガン大学 Lillian Gleibermannの 1973年の論文で、彼女が結論を導くため基本とした 27の生態調査のうち、11だけが食塩摂取量を実測しようと試みた。摂取した食塩は速やかに尿中に排泄されるので、24時間蓄尿が最も優れていると考えられる。しかし、それは 1ヶ月、年間、あるいは生涯の食塩摂取量を表すものではない。オランダ国立公衆衛生環境局の Daan Kromhoutは「個人の食塩摂取特性を知るには、少なくとも 5〜10回の蓄尿が必要である」と言う。「疫学調査の現場では、非常に難しい」。
 食塩と高血圧仮説を信じる研究者達は、集団内調査で食塩と高血圧の関連が検出されないのは、きわめて単純に測定法の誤差に起因すると考える。さらに、測定誤差を統計学的に補うべく、大規模研究は膨大な予算を必要とするため、実現不可能だと言う。
 1980年代初頭、ロンドン熱帯医学衛生大学 Geoffrey Roseは、公衆衛生に重要な減塩の効用がなぜ集団内調査で検出されないのか、他の理由を示唆した。Roseは、もし工業圏の住人が生態調査で示されたように、すでに食塩を過剰に摂取しているなら、食塩と高血圧の因果関係がどんなに強くても、疫学的にはそれを証明できないとした。想像してみよう、もしすべての住民が毎日一箱のタバコを吸うなら;集団内調査は「肺癌は遺伝的疾患と結論されるだろう…なぜなら、すべての人がすでに原因物質に暴露しているので、疾患の分布は個々の感受性により決定されるからである。それゆえ問題を解く鍵は、集団間の違い、あるいは集団内の長期にわたる変化に求められると論じた。同じ論法で、食塩摂取量を少し減らしても個人レベルでほとんど変化が生じないのは、喫煙を 20本から 19本に減らしても変わらないのと同様である、しかし集団全体の死亡率には大きな影響を与えると主張した。
 Roseの主張は直感的な意味があったが、減塩により血圧が下がるという未証明の推測の上に立てられ、その推測はそれを否定する発見に異常に抵抗し始めた。例えば、1979年 Stamlerらはシカゴの学童を対象に集団内調査を行った。72人を対象に血圧測定と食塩摂取量を推定するには信頼たる 7日間連続蓄尿を行った。彼らは食塩摂取量と血圧に「クリアカットな」関係を認めたと報告した、しかし再現性を確かめるべく二回の追試では再現されなかった。
 Stamlerらは「この現象の解釈に多くの説明を提示しえる」と記した、それらの一つは明らかに:「食塩と血圧に存在しない…」。そして、彼らは関係を見出せなかった理由を 5つ挙げた−例えば、鋭敏でない測定法あるいは遺伝的多様性が食塩の役割を曖昧にした、あるいは「子供では真の関係がまだ明白でない」。3回のうち最初の研究では相関を認めたので「完全にネガティブではない」そして「弱く、そして一貫性のない関係を示唆する」と結論した。
 この論法は Simpsonの言う「食塩−高血圧仮説は弾力的で不滅である。都合の悪いデータは、いつもうまく言いぬけられる」証拠である。

 「もう一つ指摘すべきは、曖昧な仮説はそれが誤っていると証明できない…、また証明過程が科学的でないなら、少しの技量で、どんな研究結果も期待される結果に仕立てられる」  −Richrd Feynman, 1964

1980年代前半、減塩の効用が注目を集めたので、その効用に科学的疑問があることは伏せられた。NHBPEPが 1972年に食塩は必要ない悪と宣言して以来、国立科学アカデミーと軍医総監は言うに及ばず、支持医療機関はこの結論を支持した。1987年には、消費団体”公益と科学センター”は食塩を「死を招く白い粉」と表現し、食塩含有量の多い食品には含有量を表示するようロビー活動を行った。1981年には、FDAは全国的減塩推進のため、一連の「食塩の手引き」を発表した。
 これらのキャンペーンが順調に展開されてから、根本的な論争に終止符を打つべく大規模な研究が準備された。最初の研究は、スコットランド・ナインウェル病院、Hugh Tunstall-Pedoeらによる、1984年に始まったスコットランド心臓病研究(Scottish Heart Health Study)である。スコットランド人 7,300人を対象に、問診表、理学検査、そして 24時間蓄尿を施行した。この研究は、これまでの 24時間蓄尿を用いた集団内調査で最大規模で、症例数が一桁多かった。1988年、BMJに結果が報告された:果物と野菜に含まれる K が血圧に好影響を与えたようで、Naは影響を及ぼさなかった。
 スコットランド・グループの研究結果は、論争の舞台から姿を消した。減塩論者たちは、この研究は大規模だが集団内調査に内在する測定誤差の問題を凌駕するほど症例数が多くないので、ネガティブな結果は驚くにあたらないと論じた。NHBPEPの世界規模での減塩を提唱した 1993年の歴史的報告書は、減塩を支持する 327編の論文を引用した。スコットランドの研究は含まれなかった。(Tunstall-Pedoeらは、その後 10年間追跡調査を行い、1998年に結果を報告した:食塩摂取量と心臓病あるいは死亡との間に何の相関も見られなかった。)
 2つ目の大規模研究は、Roseと Stamler率いるインターソルト(Intersalt)である。無情にも無視されたスコットランド心臓病研究と異なり、インターソルトは食塩論争の中で最も影響力のある、そして論議をかもす報告となった。世界中で最も食塩を多く摂る集団から極端に摂取量の少ない集団まで、52集団について血圧と食塩摂取量(24時間蓄尿による)を比較した。各集団から 200人(男女半々、20から 60歳まで各世代 50人)が無作為に選ばれた。要するに、52の小さな集団内調査だが、組み合わせると巨大な生態調査となる。
 150人近い研究者による数年にわたる研究結果は、1988年、スコットランド心臓病研究と同じ号のBMJに掲載された。食塩摂取量と血圧との間には、直線的な相関があるとした基本的な仮説は証明されなかった。52集団のうち4集団は血圧が低く、一日食塩摂取量が 3.5g以下、ヤモマモ族のような原始社会集団である。これら 4集団と工業圏に住む血圧が高い 48集団とは、あらゆる点で異なる。48集団についてみると、食塩摂取量と血圧に相関はみられなかった。例えば、食塩摂取量が最も多かった中国の天津で、一日摂取量 14g、血圧中央値119/70(mmHg)、最も摂取量の少なかったシカゴのアフリカ系アメリカ人で、一日摂取量 6g、血圧中央値119/76であった。この種の比較では、体脂肪そしてアルコール摂取量と血圧との間に相関がみられた。
 インターソルトの研究者達は、食塩と血圧の間に2つの正の関係を導いた。一つは、52集団を 10,000余名のからなる一つの集団とみなしたところ、弱い相関が見られた。それは、食塩一日摂取量を 10gから 4gに減らすと、血圧が 2.2/0.1mmHg低下することを意味した。もう少し明らかな相関は、食塩摂取量と加齢に伴う血圧の上昇に見られた:食塩摂取量の少ない集団の方が、多い集団より加齢に伴う血圧の上昇が小さかった。もしこれに因果関係があるなら、食塩摂取量を 6g減らすと、25才と55才の平均血圧差が 9/4.5mmHg縮まると推計した。
 このように矛盾した解釈を自在に作り出す能力において、インターソルトはロールシャッハ・テストのようであった。John Swalesは、次号のBJM編集者欄に減塩の効用がもし実在しても、とても小さく他の栄養素のために検出できないだろうと記した。今日、Science誌のインタヴューに答えた殆どの研究者、インターソルトのメンバー、Dann Kromhoutや Lennart Hansonを含め、インターソルトはネガティブ・スタディーとみる。Hassonは「大量の食塩を摂っても血圧は上昇しない」と言う。
 しかし、Stamlerと他のインターソルトの指導者たちは猛烈に反論する。Stamlerは食塩−高血圧因果を示す「豊富で貴重な的確な証拠である」と表現した。そして、これらを根拠に万人に「一日食塩摂取量6g」を推奨した。この観点からすると、ポジティブなデータは、食塩摂取量と加齢に伴う血圧の上昇である。インターソルトのメンバーでベルギー・カソリック大学の Hugo Kestelootは、その発見を「最も興味深い発見で確証的である」と表現した。無論、NHLBIと NHBPEPはこの結果を支持した。1993年、NHBPEPは高血圧一次予防報告の中でインターソルトを引用し、Dahlが 1972年に報告した食塩摂取と血圧の「非常に強い関係」が確認されたと記した。NHLBIの Cutlerは、今もこの結果を「圧倒的にポジティブ」と表現する。
 しかしながら、批判者たちは、Stamlerらが言うところの食塩摂取量と加齢伴う血圧上昇の関係は、証明すべき仮説とその研究方法を記したインターソルトの研究計画書に、含まれていないことに気付いた。そのため「データ・ドレッジング」という破廉恥な事後分析が行われた疑いがもたれた。その様な状況下、研究者達は必要とする科学的手法で仮説を検証するのではなく、すでに蓄積されたデータに合う仮説を探すようになる。このことは、新しい仮説正しくないことを意味するわけではないが、正しく検証されなかったことを意味する。
 NIHの Bill Harlanは、インターソルトは食塩と加齢に伴う血圧上昇を検証しようとデザインされたのではないので、後になって報告された関係は推測の域を出ない:「もしそれを特別な仮説として証明したいなら、異なる研究法をとらなくてはならない」、例えば、より幅広い年齢層と各年齢層のより多くのサンプルを含めるとか、と説明する。UCバークレー校の Freedmanはさらに手厳しく、食塩と加齢に伴う血圧上昇という結論は「第一次分析でよい結果を得られなかったので、何かを掘り出した」ようなものだと言う。
インターソルトのメンバーは、研究計画に食塩摂取量と加齢伴う血圧上昇は含まれていないことは認めたが、計画の一部だったと主張する。ロンドン王立医科大学、インターソルトの Paul Elliotは「うっかり、省略したため」と言う。ノースウェスタン大学、共同研究者の Alan Dyerは「研究計画に書き漏らした物の一つに過ぎない」と言う。Stamlerは議事録と初期の出版物に記されていた、そして「後ろ向きデータ浚渫」という批判は「事実誤認」で訂正すべきだ主張する。
 食塩について最後の言葉を実現するのとは程遠く、インターソルトは曖昧なデータと矛盾するデータの解釈に没頭して行った。そして、それは第一ラウンドに過ぎなかった。
(ここまで半分。続く

leeshounann at 15:26|PermalinkComments(18)一流論文の全訳 

☆☆☆ 食塩2

インターソルト再度試みる
 1993年、NHBPEPが世界規模の減塩政策を支持する根拠としてインターソルトを引用してから、食塩生産者協会(ワシントンD.C.)はインターソルトの生データを入手しようと一連の努力を始めた。協会の重役Richard Hannemanは、報告された食塩と加齢に伴う血圧上昇の関係を確認したかったと言う。協会が年俸3,000ドルで契約した数人の研究者たち(MaCarron、アラバマ大学のSuzanne Oparil、トロント大学のAlexander Logan、そしてUCデービス校のJudy Stern)は、データの矛盾に困惑した。彼らは、もし、食塩摂取量がより多いと、集団が歳をとるにつれ血圧がより高くなると推論し、食塩摂取量の多い集団の中心点は、血圧中央値がより高くなくてはならないが、そうではなかった。若い集団では食塩摂取量が多く、血圧が低いと仮定したときのみ、インターソルトの報告と近似した。これは、反直感的だが、インターソルトは20から29才の血圧を公表していないので、別個に検証される仮説となる。
 Hannemanはインターソルトの生データを入手できなかったが、十分な二次的データを手に入れ、BMJのインターソルト特集の論点、1996年5月号に発表した。Hannemanは、インターソルトが中心化する食塩摂取量の多い最も若いコホートでは、拡張期血圧が低いことが確認されたと結論した。付随する、減塩論者により書かれた編集者コメントは、痛烈に分析を批判した。例えば、Malcolm Lawは「Hannemanのアイデアを奇怪な仮説」と切り捨て、そして「食品業界に不利になることが明らかになるとき、市場を守るための時間稼ぎ」の例であると片付けた。しかし、これら論評者の誰一人も、インターソルトの明らかな矛盾には言及しなかった。論文を読んだほかの研究者、例えばインターソルト共同研究者、ベルリン・フンベルト大学のFriedrich LuftやFreedmanは、Hannemanの分析の欠陥に気付いたが、インターソルトの結果も不可解であるとした。
 しかしながら、同月号に掲載されたもう一つ論文により論争に火がつけられた:インターソルト自身によるデータの再分析。インターソルト改訂というタイトルでStamlerらはオリジナル論文の問題は:真の食塩と血圧の関係を過小評価しているのに違いないと記した。
 この再分析は、疫学上最も論争のある分野の一つ、回帰希釈バイアスに足を踏み入れた。その概念は、食塩と血圧のような二つの変数の関係が真なら、変数を測定するさいの誤差は因果関係を「希釈」するように作用する。この場合、24時間蓄尿も血圧測定も長期間の平均値からずれているらしいので、食塩が血圧に及ぼす影響を過小評価しているという考えである。Elliotは「もし食塩と血圧の因果関係が真なら、ゼロ方向にバイアスが働くので、実際の因果関係は観察されたものより大きいという事実を認めなければならない」と言う。そこで、データを上方修正するため統計学的手法が用いられた。無論、落とし穴は、因果関係が存在しなくても、因果関係を大きくすることである。
 Stamlerらは、1988年のオリジナルの推計値を回帰希釈バイアスにより修正した。1988年には曖昧だった減塩の効用が、1996年には「強く、ポジティブ」に、明らかな効用が謳われた。一日6gm減塩することにより血圧が4.3/1.8mmHg下がり、当初の推定より3倍効果があると結論した。「今や、状況は明白になった。すべてインターソルトの分析は、食塩は高血圧の重要な決定因子であることを確認する。」とLawは記した。
 しかし、状況は明白でない。BMJ編集委員は当初、2人の疫学者(ブリストル大学のGeorge Davyと王立フリー医科大学の SmithAndrew Phillips)によるインターソルト再分析に対する論評を併せて掲載する予定だった。しかしながら、論評が非常に辛辣だったため、それを著者らに提示した。編集者Richard Smithによると、Stamlerらは論評に非常に強く反対したため、BMJは論評を6週間遅らせ、別号に掲載することにした。
Davy Smithによると、その論評はインターソルト再分析の「初歩的な数学的誤り」から、データの裏付けのない仮定を基にした推計学的修正という基本的な誤りまで、累々と欠陥を明らかにした。例えば、回帰希釈バイアス修正のため、Stamlerらは食塩摂取量と血圧の変化は数週以上にわたり、お互いに独立していると仮定した。しかし、もし食塩と血圧が伴に変動するなら、修正は「不適切に因果関係を大きくする」ことに気づいた。食塩摂取量と血圧は短期間内では相関しているという結論に言及し「検証されるべき、食塩摂取量と血圧が相関しているという極端な仮説が、すでに相関の存在を予見する」と指摘した。
 同じ号に掲載された反論で、Stamlerらは「証拠の全体性、この問題を判定する基礎と考えられる、は因果関係は存在するという結論を支持するので」データの修正は正当であると主張した。彼らは、食塩の過剰摂取は高血圧の原因であると結論した国内外の「独立した専門家グループ」を列挙したが、これらグループの結論は、すべて1988年のインターソルトの報告に基づいていることには触れなかった。インターソルトはまた、元の論文では、なぜ減塩の効用が「恐らく過小評価されたのか」7つの理由を挙げたが、なぜ過大評価されたかを検討するつもりはないようであった。ハーバード公衆衛生大学のJain Robinは、インターソルトの反論を「読むのがためらわれる」「不可解で、奇怪で、特殊な弁解」と語った。
 翌8月号のBMJには、そのコメントと反論に対する多くの投書が掲載された。Davy SmithとPhillipsは、英国医学研究会議のNick Dayをはじめ6人の研究者たちから支持された。Dayは「元の結果に大きな修正を加えれば、すぐに疑いを招く」「人々は懐疑的になり始めた」と言う。Dayは、インターソルト再分析の問題を一つの「GIGO(garbage in, garbage out):信頼できないデータからの結果は信頼できないという原則)」と表現し、Stamlerらはデータが内在する曖昧性を統計学的に修正できると考えたが、その意味合いは食塩論争と程遠いと確信した。彼は「それはうまく行かない」と言う。「研究結果には常に不確実性が伴い、研究結果と粗な観察結果と大きく異なるなら、すべてを疑わなくてはならない。もし、基礎に不確実性があるなら、それこそ“garbage in”で、いくら磨いても輝く金にはならない。」
 Stamlerをはじめインターソルト再分析の共同著者らは、この評価を拒絶したが、全員ではなかった。例えば、ロンドン医科大学のMichael Marmotは、振り返ってみると再分析は褒められるものではなかったと述べた。「外部から再分析を見れば、修正した理由はたった一つ、因果関係を大きくするためとみなされる。彼らは、論文を読んだだけで、そのような観点をもつほど熱心ではなかった。

試練と苦難
 食塩論争の壮大な計画の中で、インターソルトのような研究は再分析されようがされまいが、不適切とみなされるべきだった。最終的に双方の研究者たちは、インターソルトはよくてもせいぜい食塩と高血圧の非常に弱い相関を示唆した観察的研究であったこと、そして因果関係を証明するには、ゴールドスタンダード、無作為化対照試験が必要なことに同意した。必要なことは、被験者を2群に分け、片方には減塩食を、もう一方には通常食を与え、経過を観察することだ。(下線by LEE)
 しかし、この試験の結果もほかの研究と同じくらい曖昧だった。無作為化対照試験を正確に行うのは非常に困難であることが判明した。例えば、減塩食にすると必然的にカリウム、繊維、そしてカロリーなど他の栄養素も変化する。また、プラセボ効果と医療介在効果を注意深く除外しなくてはならない。Graham Wattは、1980年代、初めて減塩食の 3つの無作為化二重盲検プラシボ対照試験を行った経験から「被験者を10週間観察すると、何もしなくても何らかの変化がおこる」と言う。
 このような状況下、新しいルートを切り開く手段として、メタ解析が登場した。その概念は、無作為化対照試験で曖昧な結果しか得られない場合、推計学的パワーを大きくするため、類似した臨床試験の結果をプールし、真の効果を推定するというものである。しかし、メタ解析そのものの信憑性についても議論がある。食塩論争の理想的解決法と目されたメタ解析が、そのもの自体の疑問ある本質を露呈することになった。ハーバード公衆衛生大学のCharles Hennekensは「すべてがとても恣意的で、無作為に恣意的と信じたいが、研究者が望む方向に恣意的ある」と表現する。
 1991年、CutlerとElliotらは初めて、無作為化対照試験のメタ解析を行った。それまで21の無作為化対照試験が報告されていたが、うち6つだけがプラセボ対照で、6つは正常血圧者を対象とした。プラセボ対照試験のうちWattだけが二重盲検下に試験を行い、減塩は全く血圧に影響を与えなかった。しかしながら、これら試験をプールすると一日3~6gの減塩により高血圧者で5/3mmHg、正常血圧者で2/1mmHg血圧が下がるという推計が導かれた。Cutlerらは「この関係は因果的である」なぜなら「多くの疫学調査、臨床研究、そして動物実験の結果と一致する」からであると結論した。無論、これこそが議論されるべき点である。
 Malcom Lawらの3部からなる非常に奇妙な論文が1991年4月にBMJに掲載されたため、Cutlerらのメタ解析はその陰に隠れてしまった。彼らの結論は前代未聞だった:彼らは、減塩の効果はCutlerとElliotの発見の2倍近いと推論した。Lawらは、「中程度の」世界規模での減塩、毎日の塩分摂取量を3g減らすだけで、降圧薬より効果があり、6gの減塩で英国だけで年間75,000人の死亡を予防すると予想した。
 彼らは、この結論を3段階で導いた。まず、食塩が血圧に及ぼす平均的な明らかな効果を推定するために、生態調査を分析した。次に、この推定値と回帰希釈バイアスで適正に上方修正した集団内調査のデータを「定量的に調和」した。生態調査と集団内調査の結果は矛盾しないことを示せたので、この20年間信じられてきたように、定量的に調和した推定値が関連する臨床試験の結果と一致するのか解析した。Lawは、これらは完璧なことが判明した、だから、すべての研究は減塩の少なからぬ効用について一致することを示すと言う。
 このLawが言う「定量的再調査」の支持者はいるが、少数である。小誌の求めに応じ、この論文を読んだ、疫学者や統計学者たちは、この研究は欠陥が多すぎ、何の意味もなさないと主張する。研究の取捨選択が行われている:生態調査の分析では、Lawらは1960年から1984年までの23論文を選び、そして中国の1937年の論文を選んだ。次に、生態内調査の母体であるインターソルトを除外した、なぜならインターソルトの良く調整され標準化された血圧値は、調整されていない、標準化されていない研究に比べ15mmHg低くかったためである。批判者たちはこの決定を、赤ん坊を放り投げ、風呂桶に水を貯める(大事なものを捨て、くだらないものをため込む)と形容した。Lawは小誌に、インターソルト元々の結果は「不適切で、低すぎる」ので除外したが「インターソルト再分析」はこの限りでないので含めたと語った。
 Swalesは、Lawらは 78の臨床試験を合成したが、たった10だけが無作為化試験だったことに気づいた。一つは、近代臨床研究時代以前に書かれたものだった。Swalesは、Lawらが主張する減塩による降圧効果は「お粗末な対照の影響」にあると述べた。BMJの編集者で共同著者の Richard Smithでさえ、「最良のものではなかった」と語った。
 しかしながら Lawは、この研究は正当に評価され、インターソルト再分析の発見を支持すると述べる。数々の批判にもかかわらず、Lawのメタ解析は食塩論争の中で最も頻繁に引用される論文の一つになり、Lawが不適切とみなしたインターソルトとともに、1993年 NHBPEP一次予防報告の基幹論文となった。
 
二極化(Poles apart)
 ここ 5年、食塩論争には2つの際立った特徴がある:一つは、データはますます一貫して、減塩による効用が存在するとしてもわずかであることを示唆する、もう一つは、データの解釈に関してこの分野は依然二極化している。このことは、もう2つの食塩‐血圧メタ解析で如実に示された。1993年、NHBPEP一次予防報告が発表されると、キャンベルスープ株式会社は、トロント大学の Loganに協力を求めた。Loganは 1980年代初頭、減塩を研究し、「効果がない」ことを発見した。キャンベル社の資金で正常血圧者を対象とした 28の、高血圧者を対象とした28の無作為化対照試験をメタ解析した。CutlerもLoganの新しい解析法を知り、自分の論文を更新し対抗した。
 Cutlerは、32の新しい論文をメタ解析し、研究結果は実質的に同一、あるいは「異なるというより、非常に似ている」と言う。Cutlerは約6gの減塩で、高血圧者で5.8/2.5mgHg、正常血圧者で2.0/1.4mmHg降圧効果があると主張した。Loganは、高血圧者で3.7/0.9mmHg、正常血圧者で1.0/0.1mmHg降圧作用を報告した。Robinsは、誤差を考慮すると「これらは同じデータである。残りは、煙と鏡(smoke and mirrors)である」と言う。
 ところが、Loganと Cutlerは正反対にデータを解釈した。Loganらは、推定値が負の出版バイアス(そのような研究では、効果なしは出版されない)とプラセボ効果により恐らく上方に偏向していると考えた。減塩は有害であると示唆するいくつかの証拠があると述べ、「高齢で高血圧者に減塩は考慮されて、正常血圧者に世界的減塩を推奨する根拠はない。」と結論した。Cutlerらは、推定値はプラシボ効果や負の出版バイアスで上方に偏向していないと主張した。減塩の有害性を示唆する証拠はないと述べ、正常血圧者と高血圧者に減塩が推奨されると結論した。
 Loganの論文は常識を覆すことと、Cutlerの論文(American J. of Clinical Nutrition)より一年早く、1996年に一流誌(JAMA)に掲載されたので、マスコミの注目を集めた。しかし、大衆誌、減塩食そして無塩食の著者、聖ジョージ病院・医学部のGraham MacGregorは、Loganのメタ解析はキャンベル社の資金によるものだから信用できないとコメントした。Loganのメタ解析が掲載されたJAMAの論評で、Claude Lenfantは「圧倒的証拠は一貫して、中程度の減塩は…公衆衛生に寄与する」という定説の前でこの研究は無視されるべきと示唆した。
 Lenfantの酷評にもかかわらず、最近の研究結果は、Loganの解釈に示唆されるように、減塩の効用が存在するとしても無視できるほど小さいことで一致している。この見解は、1997年 5月号のJAMAに掲載されたコペンハーゲン大学メタ解析、および同年3月号のJAMAに掲載された、NHLBI援助による高血圧予防・第Ⅲ相試験(TOHPⅢ)の結論である。TOPⅢは、ハーバード医科大学のHennekensの協力を得て、2,400人の「高正常」血圧者を対象とした3年にわたる研究で、4gの減塩で6ヶ月目に血圧が 2.9/1.6mmHg低下した。しかしながら、36カ月目には降圧効果は殆ど消失し、Hennekensは、降圧効果は医療介在効果に帰するとした。
 最終的に減塩論争の行方を決める可能性がある一編の論文は、食塩に関するものではなかった。DASH(高血圧阻止の食事療法)と呼ばれる研究結果が 1997年、New Eng J Medicineに掲載された。論文は、食事内容は血圧に大きな影響を与えるが、食塩は関与しないことを示唆した。研究では、被験者に果物と野菜に富む低脂肪乳製品を与えた。3週間のうちに、中程度高血圧者で 5.5/3.0mmHg、高血圧者で 11.4/5.5mmHgも血圧が下がり、その効果は降圧剤をしのいだ。期間中、食塩量は一定に保たれていたので、食塩は血圧に関与しないことを意味する。
 Dayは、DASHの結果が正しいなら、古い生態調査で食塩に求めた高血圧の真の原因は、果物と野菜に求められると言う。食塩摂取量の多い集団は、単に年間を通じて果物と野菜を手に入れにくいため、塩漬けされた保存食を消費する傾向がある。現在、DASH研究者達は、減塩とDASH食の効果を区別するため追跡調査を始めた。400人を対象に、対照群、そして一日食塩 3g、6g、そして9g群に無作為に振り分け、2年間観察する予定である。

戦いを見分ける(Picking your battles)
 1976年、食塩論争が目新しかった時、タフツ大学・学長の Jean Mayerは、食塩を「最も危険な食品添加物」と呼んだ。今日では、実行不可能なほど極端な減塩をして、はたして 1~2mmHgでも血圧が下がるのか、もし下がるとして、それを実行できる人がいるのかという方に争点が移ってきた。正常血圧者にとり 1~2mmHg程度の降圧は全く意味がない;高血圧者にとり、降圧剤は一日数セントのコストではるかに効果がある。しかし、個人への効果と公衆衛生への効果は、今もって別物である。例えば、StamlerやCutlerにとり、集団が減塩すれば心臓病と卒中が減るというのは疑問の余地がない。そして彼らは、減塩は禁煙や運動不足解消に比べはるかに実行しやすい、なぜなら企業を説得し、加工食品の塩分を減らせば済むと論じる。
 はたして、それが価値に値するかが問題点である。政府機関が大衆に減塩を提唱する以上、食塩が各個人の健康に有害である根拠を示すべきだが、少なくとも正常血圧者には何のメリットもない。これは、NHLBIと NHBPEPから発せられる扇動的メッセージの一意専心さを説明するが、政府機関を不誠実にみせる。さらに、公衆衛生の専門家たちは、大衆は多くの健康に関する勧告を押し売りされたと堅く信じている。トロント大学のDavid Naylorは、「国のモラルの比重をどの程度この問題に置くのか?」と言う。「闘いを選ばないといけない。この闘いは、争うに値するのか?」。Naylor、Hennekensらは、減塩の効用を無理に強調すると、体重減少、いわゆる健康食、そして他の明らかに効果がある手段の啓蒙を犠牲にしかけないと言う。
 減塩は痛みを伴わない降圧法であるという主張は、この種の社会工学にマイナス面がないという仮定する。NIHのHarlanが特に言及するように、社会への介在は意図しない成り行きをとることがある、例えば、低脂肪の推奨である。「脂肪摂取量は減少しているが、体重が増加しているのは驚きである。以前に考えられていたほど、ことは簡単ではない」と言う。
 この5年、減塩は死亡率を高めることを示唆した 2つの研究、一つは 1985年 5月号のthe Lancet誌に掲載された。2つともアルバート・アインシュタイン医科大学の高血圧専門医でアメリカ高血圧学会会長でもあるMichael Aldermanによる研究である。疫学者そして Alderman自身も、この結果にあまり神経質にならないように警告する。Swalesは「関連性を検討する研究が必要である。」と言う。「インターソルトに浴びせた如何なる侮辱もこの研究に浴びせえる」。しかし。Aldermanはまた、食塩摂取量と死亡率を比べた研究は,ほんの一握りだが、絶対に相関がないとしたものはないことに、特に言及する。「大衆は、減塩は実際に害を及ぼさないという声明を信頼したばかり」とSwalesは言う。「それは、事実かもしれないし、そうではないかもしれない。個人に有害な効果は、有用な効果ほど小さいのかもしれず、臨床試験でやはり検知できないかもしれない。」
 Aldermanは、2つ目の研究が掲載されたのち、高血圧学会とアメリカ心臓病学会を召集し、NHLBIの Lenfantに次のような手紙を送った。「利用しえる全てのデータに照らし、現行の減塩勧告を再調査するため、医学と公衆衛生の専門家からなる独立した委員会の召集が急務である」。4月に Lenfantは小誌に、再調査を進めることに同意すると語った。もし、そのような委員会を招集するなら、Hennekensには、心に留める価値のある言葉がある:「この分野の問題は、研究者はつくべき側を選んでいた、」「すべきは、科学を操り問題を解決することで、科学の威を借り意見を述べることではない。」

(転載のさいは、出典を明記ください) リー湘南クリニック leeshonan@gmail.com  
拙著 ・癌患者を救いたい PSA検診のウソ正誤表) ・早死にするデブ しないデブ

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なぜか犬や猫に嫌われる人の共通点

R25.jp
2013年05月10日17時00分

 なぜか犬や猫に嫌われる…そんな人はいないだろうか。動物に嫌われる=悪い人、みたいなイメージを与えかねないので、できればなついてもらいたいところ。さもないと「うちのワンちゃんがなつかない男性とは付き合えない」なんて最悪の事態が起こりかねない。
【画像や図表を見る】
とはいえ、嫌われている側には、なにが原因なのかさっぱり…。白金高輪動物病院の佐藤貴紀院長に詳しい話を聞いた。
 「もしかすると、犬や猫が嫌がる行動を取っているのかもしれません。例えば、大きな声で話しかける、動作が急だったり乱暴だったりするといった、動物にとって予想外の動きをする人には、怯えたり敵と見なしたりして寄っていかないことがあります」他にも、目を合わせすぎたり、上から覆うように手をかざしたりすると、攻撃されていると感じて嫌がる犬や猫も多いのだとか。
 「犬に関していえば、香りが原因の可能性も。ご存じの通り犬は嗅覚が鋭く、においで敵味方を判断することもあります。香水などをつけすぎていると、避けられることがあるでしょう。特に、柑橘系の香りなどは苦手のようです。その他、においに近いかもしれませんが、フェロモンの好き嫌いもあるようです。例えば、飼い主が女性の場合は、男性を苦手とする犬は少なくありません」では逆に、野良犬や野良猫がなついてくるなどの「なぜか動物に好かれる」というパターンにも理由があるのだろうか? 「なにも理由がなく動物に好かれるというのは、ちょっと考えづらいですね。考えられるとすると、1つ目は地域の人などに餌付けをされていて、人間=餌をくれる存在と思って近づいてくるケース。2つ目は、赤ちゃんのときから人に飼われていることで、警戒心が薄れて人懐っこくなっているケース。3つ目は飼い主と似たにおいがするケースです。さらに、犬の場合は犬を飼っている人にはなつきやすいというケースも。一昔前は、他の犬のにおいを嫌う犬が多かったのですが、赤ちゃんのときにペットショップなどで多頭暮らしの経験がある最近の犬は、他の犬のにおいに安心するところがあるようです」そもそも、犬や猫が人間に対してどのように反応するかは、幼少期にどのような環境に育ったかが大きく、個体差があるとのこと。なぜか犬や猫に好まれるたり嫌われたりするのは、そのあたりに何かしらの理由がある事の方が多いようだ。あとは、動物に嫌がられない触り方をしてあげることも重要だとか。「まずはしゃがんで目線を同じ位置にすること。目を見つめすぎず、最初は手のにおいを嗅がせるくらいでいいでしょう。においを嗅いでも逃げないようなら、あごの下をなでてあげ、気持ちよさそうにしているならそのまま背中などをさすってあげます。頭や足は嫌がるので、最初のうちは触らない方がいいですね」肉球プニプニを味わいたくて足を触ろうとするアナタ、もしかすると、それが嫌われる原因かも…。動物に好かれないまでも、せめて嫌われないよう気をつけましょうね。
(コージー林田)
(R25編集部)
※コラムの内容は、フリーマガジンR25およびweb R25から一部抜粋したものです
※一部のコラムを除き、web R25では図・表・写真付きのコラムを掲載しております

leeshounann at 08:10|Permalink

☆☆★★ 動物の深い悲しみの謎

2003年4月号の TIME誌*に掲載された記事です。非常に長いのでそのごく一部を紹介します。われわれ人類は、近親者を亡くすと深い悲しみにくれますが、その起源は動物にあるという、言われてみれば当たり前のお話。近親者を亡くされたとき、この記事を思い出してください。
 科学者は、動物は死に対して敬意をはらい、悼み、そして通夜すらする新しい証拠を発見しつつある。それは、動物について、そしてわれわれに何を明らかにするのか。
 カラスの魂には、何か深いものがある。容易に死を負わせる動物は、仲間が死んだ時、深く感傷にふけるように見える。野外に横たわるカラスの死骸には、すぐに 2ないし 3羽のカラスが集まる。カラスは、何百羽もの仲間を呼び寄せる特別な泣き声を発しながら、急降下と上昇を繰り返す(dive and swoop and scold ≪=ヒッチコック風の表現らしい≫)。まるで儀式的な協調で、しばしば全くの沈黙の中、舞い降り死骸を取り囲む。あるカラスは、草木のスティクや枝木を運び、死骸の横や上に置く。そして、敬意を表し飛び去る。
 子供の死後数日から数週たち、腐敗が始まっても死を認めず、死体をかかえ続ける母猿の例がある。血縁者の死後長い間、確かめ、触れるながら死体に寄り添う。象は見つけた骨に立ち止まり、骨を確かめる。遊び仲間が死んだとき、元気が無くなり食事をしなくなる犬と猫、猫の中には悲しみを恐ろしいほど泣き叫び表現する。ボノボスは消え行く灯火に荒れ狂い、しばしば死骸に石を投げつけ、自分の胸を叩く前に死骸の胸を叩く。死に伴う明らかな悲しみは、農園ではヤギ、羊、豚、カモ、アヒルに観察されてきた、そして海では、母イルカは霊長類の母のように死骸を前に押し出す。
 動物は、われわれと同様社会的生き物である。動物は、われわれと全く同じように関係を築き、それはある時点でそれらの終わりを経験しなくてはならないことを意味する。「彼らは、われわれと同じように繋がっている」と William and Mary大学の人類学教授で 「How Animals Grieve(いかに動物は悲しむか)」の著者でもある Kingは言う。「われわれは皆、社会的に順応しいて、われわれの脳は同じように配線されている。なぜ動物は死者を哀悼しない?」。
 もし彼らが実際に哀悼するなら、その機序はわれわれの哀悼過程の進化的前身に違いない。「これらの行為がいかに進化してきたのかを理解するのは容易い」とコロラド大学の進化生物学教授、Bekoffは言う。「それは通夜である。深く悲しむヒトの家族が自ら言い聞かせるのと丁度同じように、動物は、自然の摂理であると感情を押し殺す」。
 BekofとKingは、動物は喪に服するかという発展する研究分野でリーダー的存在である。それらの知見は、野外観察的研究よりよりも動物園の飼育員やペットの飼い主からもたらされる。われわれが苦しむと同じように、動物達も苦しむようだ。
喪の方法   英国の動物学者 Douglas-Hamiltonは、ケニアの国立公園における Eleanorとして知られる 2003年のアフリカ象の死に心を打たれた。Eleanorは、彼女の群れの女家長で 6ヶ月早く生まれた。病を患い、彼女は他のメス象の前で倒れた。Graceと呼ばれる象は、らっぱのような声をあげ、Eleanorを押しそして牙で彼女を起こそうとした。翌朝 Eleanorが死ぬと丸一週間、彼女の子供と群れのメスは死骸を訪れた。死骸を密猟者から守るために移動しても彼女らは訪れ、腐食動物が死骸を食べ出しても訪れた。その子供は、母の身体に鼻をすりつけ、乳をせがんた。しかし、乳は出ず、母は決して動かなかった、そして子供もすぐに死んだ。「Eleanorの死の感情的影響を明確に見た」と Kingは言う。「Eleanorに近づくすべての象が哀悼のためではないと思う、中には単に好奇心のためと思う。しかし、Douglas-Hamiltonは、種を超えた極度の悲痛について描写してくれる。」
 霊長類は異なるアプローチをする。一つの理由は恐らく、彼らのより優れた脳が他の動物がしないほう方法で、死を永久的で避けがたいものと捉えるからである。Emory大学の霊長類学者 de Waalは、ピグミーチンパンジー(ボノボー)の群れが Gaboon viperとして知られる毒蛇に遭遇した時の様子を指摘する。ボノボーは、一匹のメスが蛇を掴めるぎりぎりまで棒で蛇をつっつき、メスは蛇を地面に叩きつけ殺した。瞬時に恐れていたボノボーは平静になり、若いサルは毒牙を調べたり蛇を花輪のようにまとった。「蛇が生き返るのを経験したサルはいなかった」と de Waalは言う。「死は死」であることを理解する。
 その認識、それはヒトで何ヶ月もの間、実存する不変で恐ろしい狭間で深い悲しみに行き当たり、サルが試練に向き合うのと同じである。オランダの Burger動物園で Oortjeと呼ばれるチンパンジーが難治性の感染症に罹った。ある午後、サル達は室内にいて、他のメスが弱った Oortje彼女に近づき、彼女の目を凝視し、そして自分の胸を叩きだした。Oortjeは答えようとしたが、倒れそして死んだ。他のチンパンジーから泣き声が発せられ、そして室内のサル達は完全に沈黙した。Oortjeに最も近いチンプは、死が近いことを知っていたと、科学的に確信的に言えるが、それは直感的観察である。「Oortjeと蛇の死は、他の者の死は霊長類の心にあり彼らに深い影響を与えることを示唆する」と Waalは言う。「証拠は、動物がある期間動かなくなったら、回復は見込み薄であることを彼らは知っていることを示唆する。」
Noと言うだけ(Just Say No)  希望が薄いことは、希望が無いと同じではない、そしてヒトは、いつも死に対して否認を示す。救命救急室で家族は、事故の犠牲者の生命機能が停止し長く経っても、医師に電気ショックと心マッサージの継続を懇願する。医師とウィージャー(=心霊術で用いるアルファベットなどが記された板)製作者は、われわれの「死は死(dead-is-dead)」という格言を頑なに拒否する。宗教もその反映である。単なる永遠の生命の願望より神格と信者の深い信仰に関し数多くの研究多がある。
 動物では、この行動は死骸運搬の奇妙な行動によく表現される。チンパンジー、ボノボ、そしてヒヒは、腐臭が出だした後でさえ死んだ子供を運び、死骸は手の中で白骨化していった。捕食者が文字通り数ポンドの重荷を待ち伏せするジャングルの中ををてくてく歩くのは、不適応的だが母はリスクを負い、どうでもよいカロリーを消費する。ギニアの一例では、母は赤ん坊を 68日間も運んだ。
 「良くそれを見る」と、コンゴ共和国の 75エーカーのボノボ保護区で働く、研究科学者で「ボノボの握手」の著者でもある Woodsは言う。「母親達は子供の死骸を運ぶだけではなく、それらにとても慎重である。授乳を早期に中止したヒトの母親は、うつ病のリスクが高く、だから子供が死んだときボノボにも何か同様なことがおきている可能性がある。」
 Kingの本は同様に、動物王国を通して深い悲しみと否定の物語を語る。:シャム猫の Willaは巣穴の中で部屋から部屋へ歩き回り、死んだ妹を何度も再訪した。日本の伝統的な秋田犬、ハチコーの深い悲しみは種を超えるようにみえる。ハチコーは毎朝、飼い主を見送りに駅まで行き、夕方に出迎えに行った。ハチコーは飼い主が死んだ後、毎日毎日 10年間通い続けた。仲間が死んだ後、鬱に陥る馬がいる、そしてウサギでさえ、飼い主によると檻の中の仲間が死んだ後、「仲間を探して、約一週間、悲劇的掃除をした。」
 ある程度まで、このような状況で動物の脳に何が起こっているのか科学的に調べるのか可能で、予備的証拠は、悲しみ反応であることを示唆する。死に続くストレスは、動物そしてヒトの脳でコーチゾールの遊離を促す;コーチゾールは、しばしば「抱擁物質(cuddle chemical)」と呼ばれる、オキシトシンの遊離の引き金となる。オキシトシンこそが、赤ちゃんが生まれた後両親の血中に激増し、社会的関係や交友関係を求めるように仕向ける。霊長類研究家 Enghはボツワナで、動物社会が経験する最も悲惨な出来事の一つである、仲間が捕食者に殺された時、同反応するを調べるため、ヒヒの群れを追った。捕食者からの攻撃の後、群れの糞を集め、上昇したグルコ・コルチコイド(GC)ストレスマーカーのサインを調べた。最長一ヶ月に及び、殺害を目撃したすべての個体の GCは上昇し、犠牲者の血縁者や社会的関係のある 22個体の GCはより高かった。もしこれがオキシトシン遊離を促したなら、われわれと同じように、動物は死者の前での治癒的集いに加わったに違いない。これは、目的をもったストレスそして深い悲しみで、いかに正確にシステムが作動するかである。「彼らが反応に気づかなかったとしても、反応は適応性がある」とペンシル大学の生物学者で、「ヒヒの形而上学」の共同著者、そして Enghの仕事を監督した一人である Cheneyは言う。「ヒトと同じように、動物の強固な社会支援ネットワークは、ストレスに対して緩衝となる」
 脳研究は、動物が悲しむ説を補強する。ヒトでは、悲嘆は感情を処理する前頭葉、側坐核、そして扁桃核により媒介される。われわれは、多くの他の動物と基本的解剖を共有するが、ある種では構造物があまり発達していない。鳥の脳は、われわれとあまり似ていないが扁桃核を持ち、特にカラスは大きな前頭と良く発達した海馬をもつ。
 Marzluffは、マスクをつけた研究者に捕らえられたカラスを異なるマスクをつけた研究者が給餌し世話をするという研究を行った。鳥は放射活性色素を注射され、そしてストレスのかかる捕獲時のマスク、給餌マスク、あるいは全く異なるマスクを見せられた。そして、鳥に麻酔をかけ PET scanを行った。恐ろしいマスクを見たカラスは、一貫して高い海馬活動を示した。死んだように見えるカラスの剝製を見せられたカラスは、活動は海馬に起こり、カラスは、そこは危ないから避けろという位置記憶を形成していることを示唆する。「カラスは生涯、20年間つがいとなる」と彼は言う。「片方が死んだ時、残りはただ立ち、見つめる」「ストレスがかかれば、カラスはわれわれと同じような経験しているのか分かる」と言う。
反論の余地は?(Is It the Real Deal?)  実験や野外観察の結果は、動物―悲嘆説の主唱でさえ、結論を急ぐことに慎重である。Kingは、GC追跡調査が示唆しているにもかかわらず、サル達は本当に悲しむのかを問う。そう、メスのヒヒは死んだ子を長い期間運ぶが交渉をもつことがあり、深い悲しみと一貫性に欠ける。「これは、彼女の立場に影響を与えるから公に悲しまないようにさせる自然淘汰か、あるいは彼女は全く何も感じていないのか?」Kingは問う。「わからない」。ヒヒの赤ちゃんの行動をみていても明らかでない。死んだ母親の前に立ち揺すりそして泣く、これらは確かに悲しみに見えるが単なる飢えなのかもしれない。母親が死ぬとミルクが絶たれ、食物の途絶は飢えばかりでなく寒さももたらし、それが揺らしにつながるのかもしれない ≪赤ちゃんと成人を同列に論じるには無理がある。ヒトでは、乳幼児期に母親が死んでも何も感じない≫。  
*Jeffrey Kluger TIME p.32 APRIL 15, 2013

★ 転移性食道癌になって良かったこと

皆さんのご厚情を知ったこと。酒代が減ったこと、罹る前は一日ビール 4Lは飲んでいましたが、今では 1Lも飲めません。そして、食道癌にまた罹らない科学的根拠を知ったこと。

leeshounann at 12:29|Permalink【日 記】 

☆☆☆★★ ダイエット・カウンセリング

ダイエットのカウンセリング(カウンセリング料 15,000円)を始めて久しい。食欲抑制剤(サノレックス)を 5日間用い集学的なダイエット法を伝授している。楽に痩せられ、リバウンドはなく、これまで、一例だけ不成功例(糖尿病を有する中年女性)を経験したが、成功率はほぼ 100%である。ダイエットに成功した症例を紹介します。
糖尿病が完治した症例】渋谷武敏 49歳・男性、身長 170cm。糖尿病にて2年来、経口糖尿病薬(ベイスン0.3 q.i.d.、オイグルコン2.5 b.i.d.)を内服。初診時(22年1月21日):体重88kg(BMI=30.4 ≪肥満度の指標、BMI = 体重Kg÷身長cm÷身長cm≫)、HbA1c=8.9 ≪過去1〜2ヶ月の血糖値をあらわす指標で、正常値は 4.3〜5.8%: 6.5以上だと、失明や腎障害など糖尿病による合併症が増える≫。  2月2日にカウンセリング(0日目)。
8日目(2月10日);体重 81Kg(BMI=30.4)、HbA1c=7.3。 1ヶ月目(3月9日);体重 76.5Kg(BMI=26.4)、HbA1c=6.1経口糖尿病薬を中止。 2ヵ月後(4月5日);体重 72Kg(BMI=24.9)、HbA1c=5.1。 5ヵ月後(7月12日);体重 61Kg(BMI=21.1)。 9ヵ月後(9月11日);体重 61Kg(BMI=21.1)。 そして 3年 3ヶ月後現在(25年5月7日);体重 65KgHbA1c=4.6
通風(高尿酸血症)、高脂血症、そして高血症が完治した症例】小笠原滋 62歳・男性  長年、通風と高血圧症を患い内服(ニューロタン50 b.1.d、アムロジン5 o.d、べサテートSR200 b.i.d、ザイロリック100 b.i.d)。 ダイエット・カウンセリング前:身長173cm、体重72Kg(BMI正常)、血圧 170/110前後中性脂肪 822mg/dL尿酸 9.0mg/dL。 21年9月16日にカウンセリング(0日目)。
3日目(10月29日): 血圧 150/80前後体重 69Kg。 1ヶ月目(10月29日):血圧150/85前後中性脂肪 424尿酸 5.3すべての内服薬を中止。 3ヶ月目(12月3日):体重 68Kg血圧 145/80前後4ヶ月目(22年1月30日):体重 67Kg血圧 150/95前後尿酸 6.8中性脂肪 72。 8ヶ月目(22年4月29日):体重 67Kg尿酸 6.8中性脂肪 72
 況薪尿病の方は、肥っていなくてもダイエットにより内服が必要なくなる。かように、高血圧症、高脂(中性脂肪)血症、高尿酸血症(教科書に記されていないが)も内服が必要なくなる。高コレステロール血症については、投薬が必要なほど重症例(300mg/dl以上)を経験したことがない。これらが流布したら、わが業界上がったりだね。詳細の一部は、拙著「早死にするデブ しないデブ」に記しました。
リー湘南クリニック leeshonan@gmail.com  拙著 癌患者を救いたい PSA検診のウソ正誤表早死にするデブ しないデブ
 

★★ 快気祝い

快気祝い 001001昨晩のメンバーです。行きつけの飲み屋さん「かわむら」のママ・河村さんと常連さんたち、そしてヴァイオリニストの穴澤さんです。入院中は、大変にご心配頂き、お世話になりました。
快気祝いまでに「常食」の予定でしたが、固形物はまだ飲み込めません。
思えば、発症(嚥下障害を自覚)から 6ヶ月、しぶとい病ですわ。



これまでの経緯
事の顛末  去年の11月中旬、突然に肉を飲み込めなくなりましたが、しばらく時間をおくと飲み込めたりの繰り返しでした。食道に強い酸がみられなかったので「アカラシア」と診断し、経過をみていましたが、本年 2月初めからは、固形物を受け付けなくなりました。で、ビールを主食に頑張っていたのですが、次第に体調が悪くなっていきました。

入院当日  午前の診療終了後、異様な倦怠感のため帰宅できず、ソファーに横たわっていました。目を開けると、友人らが取り囲みしきりに入院を勧めます(後日、知ったがスタッフが知人らを集めた)。 入院だけはしたくないと抵抗しましたが、観念し急遽入院することになりました。咳きや痰が出ないので看過していましたが、肺炎が体調不良の原因でした。
 救命救急外来で、家族への「病状、処置説明書」。
#1 食道癌疑い
#2 リンパ節転移疑い(頚部中心、腹部リンパ節も一部腫大)
#3 誤嚥性肺炎(#1、2によると思われる)
#4 血小板減少症
 まず、#3から加療して行き、症状改善したら#1、2の診断を行っていく方針。
#4など(=播種性血管内凝固症候群の予兆)全身状態が不安定になる要素あり、急変の可能性ある。⇒急変時は機械的延命(心マッサージ、人工呼吸器)はしないことで家族は了解された。

3月7日、放射線医(非常勤)による病状処置説明  「初め、予防的照射を含め、広範囲に 40 Gy(グレー;放射線量の単位)を照射し、残り 20 Gyを原発巣を中心に照射します。肺炎を併発することがありますがステロイドで治ります」。はて、一臓器 40Gyが原則で(原発巣を中心に 60Gyの方が有効という説もある)、予防的照射の意味が分からないので、原発巣へのみの照射を希望した。一般の方は知る由もないが、無駄な広範囲・高用量照射を受ければ合併症が増えるだけ。退院後「放射性肺炎」で、仕事を休んで再入院、たまったものではない。(3月23日の日記)

化学・放射線療法  ここでいう(抗がん剤)化学療法は、殺細胞効果を期待したものではなく、放射線療法の効果増強(増感作用)を目的に用いられる。
 3月11日から、FP-Radiを受けることになった。Fは 5-FUのことで、その誘導体を含め古くから、消化器がん治療の要であったが、今だかつて有効性(腫瘍縮小効果はあるものの延命効果)は一度も示されていない。5-FUは 5日間持続点滴で、少量なので副作用は考えられない。
 Pはシスプラチンで、比較的高用量(体表面積あたり 70mg)を 2時間で投与する。制吐剤なしにこの量を投与すると、すざましい悪心・嘔吐をひきおこす。シスプラチンは、他の殺細胞性抗がん剤と異なり、骨髄への毒性が低く、腎毒性が主な用量制限因子である。腎毒性は、尿細管内の Clイオン濃度が高く保たれていれば予防できるので、シスプラチン投与前後の輸液が重要となる。さて、市民病院のプロトコールに目を通すと、投与前日の意味不明の点滴(時間指定なしに 1000mlを 4時間で点滴)、そしてシスプラチン投与前の補液量が少なく放射線照射と同期していない(同期させたほうが効果が高まる)。早速これらは、改めていただいた。
 いざ、シスプラチン投与を受けてみると、全く嘔吐はなく、悪心すら感じなかった。制吐剤の進歩のおかげである。(3月24日の日記)

藤沢市民病院  意識朦朧の中、藤沢市民病院救命救急部に搬送されたが、ラッキーだったのは、当日の担当医が優秀で(岩瀬Dr)、適切な処置と検査をスムースにやっていただいたことである。どこかで聞いた名前と思ったのですが、この先生、尿路結石患者をなぜか、市民病院の泌尿器科ではなく、リー湘南クリニックへ紹介いただくのですよ。
 病院は古いせいか、内装は汚らしく、トイレはまめに清掃しているのだが、運が悪いと足を踏み入れられない。
 訳のわからないのは「除菌」と称し、午前と午後にベッドの手すりやらを拭きに来る。全く無駄な行為、人件費の無駄である。
 看護師は、驚くほど基礎的医学知識にうとく、例外なく、これでいいのかと呆れる毎日です。
 医師は、ごく一部しか知らないが、横文字を読んでいないので知識が薄っぺら。波風立てないように、この場合こうしたほうが良いですよとアドバイスしている。
仔細なことだが、検査技師が採決するさい「チクッ」としますよと言う。穿刺時そこに神経が集中するので痛みを感じる。アメリカ時代に習った小技だが、穿刺時に息を強く吐かせると痛みを感じない。以前に記したが、消毒と称し酒精綿で無駄な消毒(?)をしている。

2013-3-20昨日は、穴澤さんが慰問に来てくれました。病室でヴァイオリンを聴く機会はそうないでしょう。(3月 21日の日記)





最近の日課  4時頃、自然に起床。6時頃から、胃漏から栄養液を注入。8時半にタクシーで職場へ、9時から12時半まで診療し、帰院(診療がない日は、鵠沼海岸あたりで時間をつぶす)。
 1時頃から栄養液を注入、そして 7時頃に夕ご飯(栄養液を注入)。暇な時間は、DVD鑑賞、読書三昧、テレビ、そして時に瞑想。(3月23日の日記)
 4月 2日に仮退院するまで、これまでに劇場を含め 3回以上鑑賞した映画を 100本近く DVDで再鑑賞した。その中で、ベスト 7は 1.アマデウス、2.ゴッド・ファーザー、3.ダンスウィズウルウス、4. English Patients、5.恋愛小説家、6.グラディエーター、7.アメリカンギャングスターなどであった。
 英語を忘れない目的もあり、映画を DVDで再鑑賞するが、3回以上鑑賞に堪える映画はそう多くない。例えば、Star Warsは 2回までしか鑑賞できなかった。(4月7日)

アルコール性肝障害や血圧  ここ二十数年、毎日仕事が終わるとすぐに欠かさず飲んできた、特に休みの日は、朝から飲むのが楽しみであった。そんな飲べいが緊急入院。入院時の GOT、GPTそして LDHは正常(肝機能正常)。γGTPはやや上昇していたが、断酒後も数値は変わらず。いつか記したが、γGTPが上昇していると必ず「アルコール性肝障害とか脂肪肝」とか烙印を押される。一つ前の内科書(Harrison's)には「γGTPの意味は不明」と記されていたが、最新版には γGTPの索引すらない。根拠のない「休肝日」やら「アルコール性肝障害とか脂肪肝」とほざく医師はよっぽどの勉強不足、避けたほうが無難。
 普段の血圧は 160/100前後ときわめて健康的であった。入院中は、朝晩血圧を測定するのだが、低いときは 106/80、高いときは 130/100くらい。毎日一定の摂取内容(胃漏からの注入)、運動量、環境にもかかわらず血圧はこれほど変動する。一体どれが僕の血圧を表わすのか。降圧薬の宣伝をみると、血圧が 2mmHg低下などと謳っているが、そこには「血圧村」のにおいがする。(3月25日)

腎前性腎不全  腎不全の原因は、腎前性、腎性、そして腎後性に分けられる。腎前性は脱水症によるもの、腎後性は両側尿管の通過障害とほぼ同義。腎性と違い、早めに診断すれば、適切な処置により予防あるいは治癒する。
 3月 17日未明から下痢が始まり止らない。翌日には、激しい口渇(symtom=自覚症状)、そして乏尿と頻脈(sighn=他覚的症状)があらわれ、明らかに脱水症である。放置すると、腎血流が遮断し急性腎不全に陥る。どのくらい放置すると腎不全になるのかは定かではないが、嘔吐後に 2日間昏睡に陥り、3日目受診時には透析が必要な腎不全になっていた症例(若い男性)をだいぶ前に経験した。診断には、尿比重が役に立つ。
 たまたま、担当医は手を離せないので代理の医師に、脱水症であることを伝え、すぐにスポーツ飲料あるいはソリタ T3号(500ml)(維持輸液の定番、何とか 3号を冠したジェネリックが多くある)の胃瘻からの注入をお願いしたが埒があかない。スポーツ飲料は鼻から論外のようで、ようやく、ソリタの原末ならあるというので注入をお願いしたら、何と 100ccの水に溶くという、これでは脱水を助長する(高張液なので)。看護師に 600ccの水に溶いてもらって事なきをえた。代理の女医は捕液のイロハを知らないことを知った。
 脱水症が治ってから、異様な倦怠感にみまわれた。これは、脱水というストレスで Vit B1と B12が消耗され、その欠乏による症状である。担当医に B1とB12の欠乏症なので注入をお願いしたが、注入液中に十分に含まれているので…とのこと。婉曲的に内科書(Harrison's)に記されていることを伝えると注入の指示をいただいた。無論、倦怠感はすぐに消失し、元気満々になった。
 仔細なことだが、看護師は胃瘻からの注入量が多いと下痢を助長すると信じていた(注入量が少ないと、医原性急性腎不全になる)。担当医は、胃瘻が確保されているのにもかかわらず、しきりに点滴をすすめた。(3月27日)

グレリン攻撃  グレリンは、胃が空虚な状態が続くと、胃から分泌されるホルモンでダイエットを行う上で大敵である。史上最強のホルモンと称され、息を止めて自殺できないと同様に、このホルモンが分泌されると摂食せずにいられなくなる。ダイエットが順調にすすみ、摂食量が減少すると、突然猛烈な食欲に襲われることがある。対策は、胃を膨らませるもの、例えば豆腐やこんにゃくを食べ 5分間ほど我慢すること。すると、あれだけあった食欲がウソのように消退する。
 さて、2月 24日に緊急入院してから 1週間ほどは末梢からの点滴(500Kcal前後/2,400ml前後/日)のみ、その後は、経管(胃瘻)栄養(1,200Kcal/日、水分は 1,400〜1,800ml/日)、低カロリーで、胃はしぼんだ状態。グレリン攻撃にさい悩まされるかと思いきや、全く食思が沸かない。遺伝子は変わらず、その機能が変化(Epigenetics*)したのかもしれない。
*What Is Epigenetics Science 330: 611-632 OCTOBER 2010  (4月9日)

放射線照射追加  食道癌原発巣への放射線照射は、20回(40Gy)での終了を希望したが、担当医は熱心に 30回(60Gy)照射を勧めるので間をとって、計 28回(56Gy)照射することになった。20回(4月 9日)まで、前後 2門照射であったが、放射性脊髄炎の可能性を考慮し、21回目から左右斜めから照射している。担当医が強く勧める 30回(60Gy)照射の根拠を問うてみると、「これが、日本の標準ですので…、アメリカでは 51Gyが標準ですが」と煮えきらない。照射後に化学療法を勧めてきたが、担当医には申し訳ないが、これには爆笑してしまった。
 昨日から、唾液を飲み込めるようになったが、誤嚥性肺炎が怖くて、飲食は自重している。もっとも、ビールを飲んでみたが、食道にしみて美味しくない。照射野から、反回神経がはずれたせいか、声がでるようになってきた。あと 10日間くらいの辛抱と踏んでいる。(4月15日)

胃瘻を抜去しました  緊急入院から約 2ヶ月、体重は 10Kg強減り、54Kg台(170cm)、Gパンがゆるゆるです。嚥下痛は強いものの、何とか飲み込めるようになったので、先ほど、一月半お世話になった胃瘻を抜去しました(自分で抜去できる)。入院中は期せずして、多くの方のお見舞いや激励の文を賜り、感謝に耐えません。
沖縄1 001沖縄1 002左のお写真は、神戸の横幕さんからお送り頂いた「昨年の沖縄ダイビング合宿」のエッセンスです。癒されました。
その右は、その横幕さんが来月 5月 16日(木)に神戸でが主催されるライブのポスターです。出演は、穴澤さん(ヴァイオリン)と野田さん(ピアノ)、今から楽しみです。(4月17日)








退院後の日記
4月4日  3月下旬、北海道の後藤さんが来訪されたとのこと。美味しそうなおみやげは、もったいないことをしました。
4月20日  昨日、19日で放射線照射が終了した、この 20数年の中で最も嬉しい!
 4月17日に胃瘻を抜去したものの、固形物はほとんど飲み込めず、水分も突然に飲み込めなくなることがあり、干からびてしまうのではと一瞬不安がよぎる。ここ 4日間の摂取カロリーは一日せいぜい 500Kcal、水分量は多くて 1L。しかし、口渇はあるものの、空腹感はなく体調も良い。
4月21日  昨日の午後から喉がスカスカ通るようになった。喉の渇きが癒えるまで、冷水を 1.5Lついでに美味しくはないもののビールを 500ml飲んだ。昨日までの心配がウソのようで、身体の隅々までが潤おった。固形物も桜餅を一個食せた。さて、今日は何を食らうか、焼きソバか、レトルトカレーwithフランスパンか、ねぎ・チャーシュー・メンマ入りインスタントラーメンか、嬉しい悩みである。二ヵ月半ぶりの食事となる。
4月23日  一昨日、カレーうどんをこさえた。一口すすってみると、放射線で炎症(=発赤、疼痛、浮腫)状態にある食道粘膜を刺激したため、丸半日水分も飲みこめんなくなってしまった。
4月25日  毎晩、ビール、正確には発泡酒にチャレンジするのだが美味しくないので残してしまう。気の抜けたビールが 1.5Lになったので、21〜22日にかけて豚三枚肉のビール煮をこさえた。香辛料を加えていくうちに、ポトフとボルシチの中間みたいな料理に仕上がった、味は上々である。ただ、半端ではない量になってしまったので、4人前ほどスタッフにおすそ分けした。
 昨晩、食してみたが、まだ固形物は喉を通らない、あと数日だろう。嚥下痛は軽くなり、声も出るようになった。入院中、3月25日に原因不明の痙攣に見舞われ、以来、体動動時左上半身に激痛が走り、退院まで車椅子のお世話になった。退院後も左上半身に痺れと疼痛が続き、寝返りを打てなかったが、昨晩は仰向けで就寝できた。あと一歩。
4月27日  昨日、湘南テラスモールで映画「リンカーン」を鑑賞した。鑑賞後、テラス内の「佐野実」出店の店でワンタンメンを食した。スープは上品な鶏がらで絶品、美味いの一言につきた。メンマも美味い、そして調子に乗ってワンタンを食らったら、これが喉を通らず、以来何も喉を通らなくなってしまった。口渇は強いものの、今のところうがいで我慢するしかない。毎度のことながら、脱水症の恐怖が脳裏をかすめる。
5月4日  一週間前、キャベツとなめこを具に味噌汁をこさえた。二口ほどすすったら、嚥下障害をきたした。再び水分を摂取できるようになるまで 27〜30時間を要し、その間「口渇」はうがいでしのいだ。思えばこの一週間その繰り返しである。目下、嚥下障害発生後 24時間目で、喉の開通を待っている。
 味噌汁の方はといえば、悪くなるともったいないので、一日に一回火を通す。水や味噌を足し、賞味期限が過ぎた納豆も加えた。今朝味をみたら、味噌の風味はないものの、味噌煮込みそのもの、非常に美味い。喉が開通したら、具を避け汁だけ飲もう。
 胃瘻抜去後、命をつないでいるのは、抹茶ラテとハーゲンダッツ・アイスクリームそしてカルピスである。スタッフが栄養が偏らないか心配していたが、完全栄養食である、だって、赤ちゃんは、ミルクだけですくすく育つから。ちなみに、ヒトの乳と牛乳の組成は殆ど同じだが、人乳の方が糖分が高い。
5月10日  転移性食道癌になって良かったこと   皆さんのご厚情を知ったこと。酒代が減ったこと、罹る前は一日ビール 4Lは飲んでいましたが、今では 1Lも飲めません。そして、食道癌にまた罹らない科学的根拠を知ったこと。

leeshounann at 11:08|Permalink【日 記】 

☆☆☆★★ こんなにあるニセ科学

2007年3月7日号のニューズウィーク日本語版です。≪≫内は僕のコメント。

とんでも科学に踊らされる人々  うたい文句は、頭がよくなる、みるみるやせる…。インターネットやテレビが流す誇大広告に、人々はころっとだまされ、健康グッズやサプリメントが一大ブームを巻き起こす。科学の衣をまとった悪徳ビジネスの実態に迫る。
 ジョージ・W・ブッシュにとっての「悪魔」はイランやイラクだったかもしれないが、10年ほど前から ≪少なくとも20年以上前から≫ アメリカの消費者を振るえ上がらせている悪魔は「脂肪」だ。スーパーの棚には低脂肪チーズや低脂肪アイスクリーム、低脂肪牛乳が所狭しと並んでいる。多くの家庭では、朝食のテーブルから卵とベーコンが追放された。脂肪の摂取を控えれば元気で長生きできる ― 人々はそう信じた ≪食塩もまたしかり≫。問題はただ一つ、低脂肪の食生活が体に良いことを実証した科学的な研究がないことだった。06年2月、衝撃的な調査結果発表された。NIHの研究プロジェクト「女性の健康調査」が、2万人の女性を対象とした調査の結果として、低脂肪ダイエットが心臓や肝臓などの病気を予防する効果は確認できないと報告したのだ。「低脂肪食品イコール健康食品という考えは改めたほうがいい」。調査をチームを率いたマルシア・ステファニックはそう語る。低脂肪ダイエットの信者となった何百万ものアメリカ人は、どうやら偽情報に踊らされていただけらしい。こんなに多くの人々が、科学的根拠のない「とんでも情報」に飛びついたのはなぜか。
 エセ科学の流行は今に始まったことではない。しかしアメリカでとくに最近、この大きな現象が問題になっている。インターネットで噂が増幅し、テレビのCMで火がつき、人々はあっという間にブームに巻き込まれる。
癒されるはずがアレルギー症状に
 科学の理論は、厳密な観察と推論に基づき、仮説を立て、慎重に検証を重ねて初めて確立される。だが、エセ科学はまさに科学と似て非なるもの。科学を装った誇大宣伝、作り話、偶然にすぎない。「エセ科学は今や、アメリカでは手に負えないほどはびこっている」と、テキサス大学オースティン校のロリー・コーカ教授(物理学)は言う。
 最近、話題をさらったエセ科学は「マイナスイオン効果」だ。イオンという科学用語を使っているところがミソである。マイナスイオンを発生する「髪にやさしい」ヘアドライヤーが商品化され、なぜ「イオン化された分子」が髪に良いのか理解できないまま、多くの消費者が買いに走った。
 アロマセラピーに科学的な「癒しの効果」があると宣伝されたとたんに、香りつきのキャンドルが飛ぶように売れはじめた。だが医学界が効果を認めた事実はない。精油の配合割合も、原料の植物名も表示されていないことが多く、「アレルギーを起こした例が報告されている」とNC!は警告している。
 古いところでは、アルコール依存症自主治療協会(AA)がある。ここで行われている「治療」の効果を検証しようにも、禁酒希望者が氏名をを伏せて話し合い助け合うことを原則とする AAの世界に、第三者が立ち入る余地はない。AAは 1935年に、アルコール依存症から回復しつつ 2人の男が創設した。今ではアメリカの「自助」信仰の代表的存在といっていい。医学界での評価は割れているが、客観的な検証がなされていないのは事実。したがって科学的とはいいがたい。
 いわゆる「モーツアルト効果」、赤ちゃんにクラッシク音楽を聞かせると頭が良くなるという説は、科学的データねじ曲げられたケースだ。93年にアーバインダ医学のゴードン・ショー教授(物理学)がラットを使った実験で、モーツアルトを聞かせると「短期的に IQが高まることを発見した。ショーは後に、人間の大人でも一時的に集中力が高まるなどの効果が期待できると語った。だが、頭がよくなるというのは誤解で、そのおかげで自分の研究がエセ科学にされてしまったと嘆いている。研究者自身が警告しても、騒ぎは収まらなかった。97年にドン・キャンベルが音楽療法に関する著書を出したこともブームをあおる結果となった。「音楽はストレス発散に役立ち、活力を与え、苦痛を軽減する」と、キャンベルは述べている。ただし、知能を高める効果については口を濁している(測定法の問題もあるから断定的なことは言えない、とか)。それでも親たちはモーツアルト効果を信じ、子供向けのクラッシク音楽の DVDは今も大人気だ。
 しかしエセ科学が最も横行しているのは、おそらく健康食品の分野だろう。なにしろダイエット食品やサプリメントは、処方薬と違ってFDAの承認が必要とされていない ≪エビデンスに基づくサプリメント≫。おかげで、いわゆる「サプリメントの」のたぐいは食品業界で最も成長率高い分野の一つとなった。上場している専業大手ハーバーライフ社の株式時価総額は 27億ドルに達する。だがこうした業者の業績は、商品の質よりも販売戦略の巧みさに依存しているようだ。たとえばネット通販のヌートラサナス社は、体形や健康を気にする人たちに濃縮魚油のサプリメント「スーパーオメガ」などの商品を売り込む。1瓶 30錠入りで価格はたったの 17ドル。これで「健康にいい(とされる)脂肪酸」を摂取できるのだから安いものだ。しかしサイト上にには、ダニエル・コズグローブ博士なる医師による「推薦の言葉」も掲載されている(この人物はヌートラサナスから報酬を受けている)。」だがよく見ると、小さな文字で注意書きが付されている。いわく、「(商品の効能についての医学的な)評価はなされていません」本誌が電話で問い合わせると、ヌートラサナスの担当者は「どの商品にも同じ注意書きをしている」という。「サプリメントを摂取するときは、(政府の)受けた商品でないことを承知してほしい。政府がすべてのサプリメントを規制することは不可能だ」
セレブのCMと専門用語を駆使
 科学的な裏づけがないにもかかわらず、アメリカ人はこの手の商品を買い続けている。それが危険な結果をもたらす場合もある。たとえば植物のエフェドラ(マオウ)は減量効果があるとされ、ダイエット系サプリメントに使われた。その後、エフェドラには心臓発作や脳卒中などの危険な副作用があることが判明。消費者からの苦情を受け、本来はサプリメント類を規制対象にしないFDAも、04年にエフェドラ配合製品の販売禁止を命じている。だがエフェドラ製品が店頭から完全に姿を消したわけではない。最近もテキサスで16歳の少年がエフェドラ配合サプリメントを購入。これを服用した後に脳卒中を起こす事故が起きている。
 エセ科学の売込みには、往年のセレブを起用したテレビCMも「貢献」している。たとえば70年代に人気ドラマに出演していた元セクシー女優のスザンヌ・ソマーズ(60)は、今やエセ科学の広告塔的な存在だ。ソマーズは80年代、太もも引き締め器「サイマスターズ」を数百万セット売った「実績」の持ち主。最近では著書『エージレス』の中で、医師の処方するホルモン剤ではなく、より天然の女性ホルモンに近いという「バイオアイデンティカル・ホルモン」を使って若さを保とうと提唱している。専門家はその効果を繰り返し否定しているが、ソマーズは意に介さない。「医者って、自分にわかららないことは無視したがる」と、彼女は最近のインタヴューで語っている。反対論を無知な懐疑論者と片付けるのは、エセ科学の常套手段といっていい。
 現代アメリカ人の科学に対する理解度は大きく進歩している。アメリカ科学振興協会(AAAS)によると、今の米国民の約28%は一般誌に載る科学記事を完全に理解する知識をもつ。20年前には10%程度だったことを考えると、飛躍的な伸びだといえる。だが皮肉にも、科学への理解が深まる一方で科学への誤解も増えている。エセ科学の感染力は衰えず、本物の科学的研究の基礎を学んだことのない人たち次々に侵している。「単純な答えを求める人は、いつの時代にもいる」と言うのは、ミシガン州立大学にある科学理解力推進国際センターのジョン・D・ミラー所長だ。「そして彼らをターゲットにする巨大ビジネスが存在する。調査によれば、教育水準が高い人はエセ科学を信じにくいが、高校中退者はインチキに引っかかりやすい」実際、エセ科学は本物の科学用語を駆使して嘘を真実のように描き、無知な人をだまそうとする。学者でマジッシャンであるジェームズ・ランディは、いわゆるエセ科学の商品や主張の信憑性を科学的に実証した人に100万ドルの賞金を贈る基金を設立した。しかし今のところ、誰一人としてこの賞金を獲得できていない。「エセ科学商法は人間を破滅させる」とランディは言う。「エセ科学商法は、消費者の金も心も奪い取ってしまう」
 ランディによれば、人がエセ科学を信じるのにはそれなりの理由がある。たとえば、身体の特定の位置に磁石を置くことで痛みを和らげるという磁気療法。誰もが知っているように、磁石は鉄を引き寄せる。ならば、痛みを吸い取る力があってもいい…。もちろん科学的な実験で磁石の鎮痛効果が確認された例はない。ランディは言う。「数えきれないほどのテストをし、具体的にどんな病気や症状に効くのかを問い合わせたが、具体的な答えは一つも返ってこなかった。こんなのは科学じゃない」
 超現象などを批判的に検証する団体、懐疑的調査委員会(CSI)もエセ科学との戦いに取り組んでいる。NPOである CSIは 1976年、科学的知識の啓蒙活動を重視した天文学者で作家のカール・セーガンらによって創立された。CSIのジョー・ニケル上級研究員の元には、エセ科学の被害を訴える電話が数々寄せられる。二ケルは報告事例の科学的真偽を調査し、自分たちのウェブサイトやテレビ番組を通じて、真の科学の啓蒙を行っている。
人気の「筆跡学」も科学的根拠なし
 二ケルは昨夏、画期的な癌治療を行うというクリニックを調べるためメキシコまで赴いた。「覆面調査を行った結果、医学界が制癌効果を否定したレアトリルなどを提供していることが判明した」と、二ケルは言う。「医師から打つ手がないと宣告された癌患者は、わずかな希望を求めて怪しげな代替医療クリニックにすがる ≪活性化リンパ球療法など日本の惨状はご存知の通り。救いがないのは、医学界の重鎮が怪しげなクリニックの顧問とか理事として名を連ねていること≫。彼らは恐怖のあまり感情で考えてしまうが、理性ではなく感情が先立つとき、人はたやすくエセ科学の犠牲になる」
 筆跡学もエセ科学の代表例である。筆跡によって性格などを判断できるという自称専門家は数多い。実際、彼らは企業向けに「従業員の信頼性や向上心の有無、精神状態を筆跡から診断します」といった広告を盛んに打っている。「筆跡学は科学的な化粧を施している」と、二ケルは言う。「『t』の横棒を置く位置は思考力の高さに比例するなどと唱え、さまざまな箇所の長さや角度を測定する。科学的な根拠は存在しないのに、論理的だと思わせるために理論を振りかざしている」カナダのブリティシュコロンビア州で活動する自由人権協会の最近の調査によれば、筆跡による「性格」判断の的中率に関して、筆跡学の「専門家」と素人に有意な差はなかったという。それでも、19世紀のイタリアに始まった筆跡学の伝統は衰えを知らない。現在も、『筆跡を変えて人生を変えよう』といったたぐいの関連本がベストセラーリストの上位に入る隆盛ぶりだ。
 なぜエセ科学はこれほど大衆文化に食い込んだのか。一つには、本物の科学に勝るとも劣らない歴史の古さがある ≪どこかで聞いた常套句、漢方薬の常套句です≫。たとえば「地球は平らである」とか「すべての天体は地球の周りを回っている」とか「人間は神の被造物だ」といった主張は、今ならエセ科学に分類されるだろうが、昔は「本物の科学」とされていた(進化論をエセ科学と決めつけるエセ科学者は今もいるが)。では、真の科学とエセ科学の大きな違いは何か。本物の科学は常に進歩する。エイズの原因や風疹の治療法について理解が深まるのはそのおかげだ。一方、エセ科学は不変だ。筆跡学のメソッドは、筆跡についての研究が登場した 2世紀以上前から何も変わっていない。
疑似科学をめぐるメディアの功罪
 この違いに着目したカール・ポーパは63年、論文集『推測と反駁 ― 科学的知識の発展』を発表。収録論文のの一つで「ほとんどのセオリーの確認ないし証明は、その気になれば簡単に見つかる」と述べ、科学と非科学を区別する際の判定基準を示している。それでもメディアは、しばしばエセ科学の宣伝に一役買っている。「メディアは本物の科学に興味がないようだ」と、テキサス大学のコーカーは言う。「公共放送のラジオ・ニュースでも、科学実験についてのレポートを聞いたためしがない。一般人には理解できないと考えているらしいが、そのくせエセ科学に関する報道は垂れ流す」。どうやら本物と偽物の区別がつかないのは、視聴者ではなくメディアであるらしい。
 だが、ときにはメディアの攻撃でエセ科学の人気が凋落することもある。いい例が、ロナルド・レーガン元大統領の首席補佐官ドナルド・リーガンが88年に回顧録『フォー・ザ・レコード』を出版したときだ。ホワイトハウスの内幕を描いた同書は、レーガンがさまざまな局面で占星術を頼りに決断を下していたことを暴露した。「トーク番組がその話題を取り上げてさんざんジョークのネタにした結果、当時のアメリカではあらゆる世代が星占いの本に近づかなくなった」というのは、フロリダ大学のスーザン・ロシュ教授(教育心理学)だ。「だが、時間がたてば記憶は薄れる。人生の意味やいい伴侶に出会えるかどうか知りたいといういう願いは消えないし、占星術のファンタスティクな魅力は今もあせていない」エセ科学も同じだ。どれほど怪しげでも、そこには人の心魅了する何かがある。本物の科学触れようとしない問題に「答え」を出してくれることもある。人に「ワラにもすがる」思いがあるかぎり、エセ科学は不滅なのだろう。―― ラミン・セトゥデ

空気とゲームと科学の相克  日本 テレビでの捏造が糾弾される一方で、市場や学校で疑問の声が上がることは少ない
 静岡県熱海市に住む河越大朗(74)が、マイナスイオン発生装置を使い始めたのは年2月のこと。肺癌を患っていた河越は、開腔鏡手術で腫瘍を摘出したばかりだった。「担当医には抗癌剤投与を勧められたが、副作用があると聞いて断った」と河越は言う。代わりに、知人に勧められていたマイナスイオン発生装置を病室に置いた。「すぐに病室の空気が変わった。健康状態はますます良くなり、今では手術前より健康になった」。装置の「効果」を実感した河越は昨年2月、1台22万円のこの装置を熱海市に100台寄付した。装置を販売する会社の営業担当者によれば、この22万円の商品の製造原価は約5万円。「内部で起こるコロナ放電現象でマイナスイオンのみを放出させる仕組み」だという。「私どもの装置を使えばストレスを感じた後の回復が早いというデータがある」と、この担当者は言う。マイナスイオンがあらゆる状況において、あらゆる人の健康にプラスに働くとは、この販売会社も主張していない。問題は、テレビ番組『発掘!あるある大辞典』のようなデータの捏造を行っていなくても、科学的根拠があいまいなのに、立証された根拠があるかのような印象が広まっていくことだ。「マイナスイオンが体に良いと証明する科学的根拠はなく、病気に効くという臨床データもない」と、大阪大学サイバーメディアセンターの菊池誠教授(物理学)は言う。「集塵効果はあるかもしれないが、体に良いということとは別問題だ」。東京都生活文化局は「商品で表示されている『マイナスイオン』は、現在のところ科学的・学術的な用語として明確には定義されていない」と警告している。国民生活センターに寄せられる相談には「マイナスイオンが出て健康になるという高額の座布団を勧められている」「体の痛みが治まると勧められ購入したマイナスイオン発生器が効かない」といった内容が多い。
 社会を見渡せば、科学的根拠があるかのようなイメージで商品に付加価値をもたせたり、子育てのあり方を論じる例はあふれている。「納豆ダイエット」のデータが捏造され糾弾される一方で、それらの商品や理論が問題視されることはあまりない。
「ゲーム脳」への批判と反論
 日本物理学会は昨(2006年)年3月、「『ニセ科学』とどう向き合っていくか?」と題したシンポジウムを愛媛県で開催。発起人となった学習院大学理学部の田崎春明教授が「ニセ科学」に対して積極的に発言するきっかけとなったのが、『水からの伝言』だ。『水からの伝言』とは、「ありがとう」という言葉を見せた水は美しい血しょうをを作り、「ばかやろう」という言葉を見せた水は崩れた結晶を作るという実験を紹介した写真集のこと。「この露骨なでたらめが小中学校の道徳の授業などで使われていたことに強い衝撃を受けた」と、田崎は言う。」多くの小学校では、水の血しょう写真を生徒に見せ、人間の体の70%は水だから、人に「ばかやろう」と言えばその人の体の水は汚れるといった具合に使われていたという。「ニセ科学を事実のように見せて子供の道徳教育に利用するのは、人間の心への冒涜だ」と、田崎は言う。
 科学としての位置づけが疑わしいものが、都合のいい教育の道具として転化するケースはほかにもある。とくに注目を集めたのが、日本大学文理学部の森昭雄教授が02年刊行の著書『ゲーム脳の恐怖』で提唱し、大手紙や新聞社発行の週刊誌なども取り上げた「ゲーム脳」だ。森の主張によれば、テレビゲームばかりしていると脳の前頭前野が機能低下に陥るという。だが森の理論で示されている脳波に関するデータには問題点が多く、そこから導かれる結論も妥当ではないと批判する専門家が多い。引きこもり研究の第一人者で精神科医の斉藤環は「脳波の測定方法が適切でなく、信頼性のないデータでこうせいされていて、科学の体ををなしていない」と指摘する。「まちがった偏見を大人に植えつけ、結果として青少年にも押しつけることになる」親が子供にゲームをあてがい放置していた、いわゆるネグレクト状態にあった家庭では、その子供が問題を起こすと、親の責任放棄の言い訳に「ゲーム脳」が使われたこともあるという。「結局親が利用しているだけではないか」と、脳研究の第一人者である京都大学の久保田競名誉教授は言う。『ゲーム脳の恐怖』の刊行後、森がアメリカの神経科学会で行った学会発表に出席した久保田によれば、森は「アメリカの学会ではではゲーム脳らしいことには何もふれなかった」という。「論文すら出していない自作の脳波計で測定し、複雑である脳波が取れているのかもわからない。脳の働きが悪くなるという研究内容を論文なりで公表しないことが科学者として不誠実であり、証拠を示せていないといわざるをえない」森は本紙の取材に対し、「提言としてこういう現象があるから、(ゲームをする)時間を極力制限すべきというのが『ゲーム脳の恐怖』の根本」と語る。斉藤や久保田が指摘する測定方法の問題については、「医療機械メーカーの元技術部長と一緒に作った脳波形を使ったので、まったく問題はない。よくわかっていない人が批判しているだけで話にならない」と、森は反論する。「今も内容には自信をもっている。毎日4,5時間ゲームをやり続けた人で優秀な人で優秀な人がいるというデータがあれば、逆に証明してほしい」
「死にいたることも」と警告
 最近ろく耳にするゲルマニウムも、健康効果への根拠が乏しいと指摘されている。「ゲルマニウムは32度以上の熱を与えると電子が出るといった触れ込みを見るが、健康とはなんら関係ない」と、山形大学理学部の天羽優子助教授は言う。国立健康・栄養研究所では、健康食品などに利用されることもあるゲルマニウムは「経口摂取はおそらく危険と思われ、末梢神経や尿路系の障害をおこし、重篤な場合には死に至ることがある」としている。だが効果をうたう商品は後を絶たない。
 こうした指摘が、誤解を防ぐのにどこまで役に立つかはわからない。「ニセ科学というのは、人が信じたいと思うところで信じられるように働いている」と、精神科の医の斉藤は言う。「新しいメディアデバイス出ると飛びつく日本人の心理もある」
 厚生労働省の研究班は、癌患者の約半数が利用しているとみられる健康食品などに、癌の抑制作用があるのかどうかを検証する臨床実験や実態調査を行っている。だが科学に頼ろうとする心理があるかぎり、非科学的なものの暴走を完全に食い止める力は科学にはない。 ―― 山田敏弘

leeshounann at 08:11|Permalinkまかり通るウソ 

★★ 好きな格言 の いくつか

・相手の立場への想像力のことを教養というのです  つかこうへい
・真の豊かさとは、誰と働くかです  南部端之
・生物は何を目的にあるあるのか、生を謳歌するためです  牧野尚彦
・本当に個性と言えるようなものは、ある程度選ばれている人にしかない。その選ばれた人間は、全く自由にやってそれでいい  小林よしのり
・無教養な人とは頭の中が何も耕されていない人なのである。頭の中が耕されているとどんないいことがあるのか。「耕された土地に撒かれた種子のように、広い教養を身につけた精神が抱く思想は、たやすく発芽し、成長する。教養は知の獲得を容易にし、新しい諸条件に適応させる」  P.クルキエ
・ブリアン・サヴァランの美味礼賛の有名な一節、「君がどんなものを食べているかいってみたまえ、君がどんな人間かいってみせよう」をもじっていえば、その人が読んでいる本がわかれば、その人の頭の中身はほとんどわかってしまうのである
・企業もまた採用学生の教養の有無なんて問題にしていない。むしろ、西欧先進国の標準からすると国全体の教養の水準が低い日本にあっては、幹部社員の教養水準がとび抜けて高いと、社内で浮いた存在になってしまうから、適当に教養の低さが表にあらわれて「庶民性がある」「人間味がある」などと一般社員から評される人のほうがいいのである
・万物は流転する  アリスト・テレス

leeshounann at 07:46|Permalink エッセイ 雑学 

★ NSD

1996年2月〜1998年2月まで、僕が主催したダイビン・グクラブです。身辺整理をしていたら、奇跡的に「会則」と数枚のお写真がでてきました(捨てる癖があるので、古くなったものは捨てる)。NSDは「Non Smoker’s Diver」から命名しましたが、当時(今も)僕だけが Smokerです。
会則
禁煙  室内は禁煙、ノンスモーカー様のお許しがでれば、オープンスペースでなら可
郷に入れば郷にしたがう  海でも陸でも現地の文化やしきたり尊重すること。手袋着用禁なら、手袋をしない。あらかじめ、現地語を多少は勉強すること。スープは音を立てずに飲むこと。チップを忘れずに。Local foodも試すこと。ついでに、見識を広げること
地球にやさしく  環境問題に興味をもつこと
安全潜水  ベテランはビギナーのおせっかいをやくこと。ビギナーは安全ダイビングの知識と技術を早く身につけること。中級者は「水中で、もっとも危険な生物は、より少ないエアーでより長く潜れると自慢する仲間である」ことを銘記すること
本気で遊ぶこと  いっしょの時間はすぐに過ぎ去ってしまうから、ツアーもパーティも本気で遊ぶこと
あだ名で呼ぶこと  一人ひとりの個性を尊重するため、と肩書から解放されるために、あだ名でよぶこと。あだ名は、会長が命名する
すべてのツアーに参加する  いつまでもクラブがあるわけがないから、NSD主催のすべてのツアーに参加する(努力を怠らない)こと。
非営利的運営  すべて割り勘とするが、お金持ちの会員のドネーションは拒まない。ツアーリーダーは、無償とするが、旅の最終日に夕食を奢ってもらってもらう権利を保有する
会員は 20人まで  大所帯になると面倒くさいので、会員は 20人まで
会則は朝令暮改する
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 横幕君たちと新しいダイビング・クラブ NKダイバーズ(Nancy and Kyassy Divers)を立ち上げました。参加希望の方は、連絡ください。初心者でも OKです。次回合宿の予定は、
・沖縄 7月16日(火)夜現地集合。慶良間諸島と沖縄本島を潜ります。
・Palau 2014年1月14日(火)夜成田集合、19日朝に成田着。直行便で行く、世界有数のスポットです。
リー湘南クリニック leeshonan@gmail.com(209年3月の記事、加筆)

leeshounann at 11:12|Permalinkダイビング人生 

★★ 診たくない患者(GOMER)

ロチェスター時代(1985〜90年)、同期生の Bob Gravesは、造語やジョーク作りが上手かった。例えば、「sweat box」は、むさくるしい部屋といった意味。「インド人はなぜ、眉間が赤いか知っているか?」「Get Away(あっち行け)とみんなが、指で押すからだよ」(今では、ジョークになりませんが)。それらの中で、医学部中にひろまったのが、GOMER(GET OUT OF MY EMERGENCY Room)、「とっとと、診察室から失せろ」、二度と診たくない患者を指す隠語。
 ところで医師一年目(1980年)、聖路加病院に赴任すると、岡本重禮部長から、外来での心構えとして「リー君、患者とは喧嘩するなよ。患者は弱い立場なんだから」と訓示いただいた。それから 2週間後、部長が外来でアメリカ人牧師と殴り合いの喧嘩を始めたのには、笑いましたね。
 リー湘南クリニックを立ち上げ(2003年)、何がストレスかというと、意外に感じられるかもしれませんが「新患」なのですよ。うちは、経営の基盤である検診を放棄しましたから、開院当初、頼りになったのは前クリニック(1997〜2002年、雇われ院長)からの患者さんです。集客のため、クリニックの前の看板、インターネット、電話帳広告、そして消火栓広告をはじめました。集客効果の高い媒体を知るため、新患さんには「何でこの病院を知りましたか」とアンケートをとります。GOMERが最も多いのは、英語通訳サービスで当院を知った「来日したてのアメリカ人」。ここが日本で、医療システムが違うことを理解できない上、医者を聖人だと思っている。お引取り願おうとすると、時間が無いのに文句をまくしたてる。次に GOMERが多いのは、通りすがりの新患や電話帳で知った患者、うちの方針を理解できない輩が混じる。教養の無い患者は診たくないので、他の病院を薦めることもしばしば。2007年、バカを通り越した二十歳代の男性患者に遭遇しました、いくら言っても失せないので、警官を呼ぶ羽目になりましたよ。ここ数年はいませんが、マスゴミに毒されている患者、例えば風邪に抗生物質や感冒薬が有効だと頭から信じている患者。そして、医師を聖職者と信じている患者、必ず「医者のくせして」とほざく。
 逆に、有難い患者さんは HPを観て来院される方、さらに有難い患者様様は、愛人・友人・家族の紹介、そしてこのブログを読んで来られる方です。2008年頃から HPやブログを観て来院される患者さんが激増し、お陰さまで精神的にも経営的にも楽になりましたです。そこで、インターネット以外のすべての宣伝媒体を取り払いました。
リー湘南クリニック (2007年12月の記事、校正)

★ 癌 と 血糖

食道がんになって、「こうすると良いのではないか」という、善意のメールをいただいた。中でも、がん細胞は低血糖に弱いので、炭水化物を控えたら良いというメールを複数いただいた。しかし残念ながら、いくら糖質を制限しても身体には恒常性を保つ機能があるので、血糖は低下しない。インスリンなどで無理に低血糖を誘発すると、脳はグルコース(ショ糖を構成する糖質)のみを栄養源とするので、失神あるいは命を落としかねない。
 ならば、頚動脈にカテーテル(細い管)を留置し、一日あたり 100g(=400Kcal=脳が一日に消費するエネルギー)以上のグルコースを持続注入(10%グルコース水溶液なら、1L以上)しながら、大量のインスリンを皮下投与すれば、目的を達せられる。誰か基礎研究、動物実験をしませんかね。人体実験なら、私がモルモットになりますよ。

leeshounann at 09:43|Permalink エッセイ 雑学 

☆★ ダイエット経験 と ダイエット・カウンセリング

自分が初めてダイエットを経験したのは、高校 2年生の時だった。そもそも肥満に嫌悪感があり、Gパンがきつくなってきたのをきっかけに始めた。原則、食べないようにし、家庭科の栄養表からひたすら低カロリーの食品を食した。修行僧のような苦行を乗り越え、63Kg→60Kg以下に体重を落とした。しかし、そのうちコンニャクや豆腐などの低カロリー食を見るのも嫌になり、リバウンドした。
 大学時代は運動部に属していたため、医師新米時代は超多忙なため太る暇がなかった。
 1985年(30歳)アメリカに赴任後、もっぱらデスクワークとアメリカの食事が口に合い太り始めた。当時の常識は「低脂肪食」で、もっともこの教義は今でも日本ではまかり通っているが、ひたすら脂肪を避けたが、徐々に体重は増えていった。63Kg→68Kg。
 1990年帰国後、「有酸素運動」なる新しい教義が蔓延していた。職場(北里研究所病院)の隣が有栖川公園だったので、昼に公園をジョギングで 2周、仕事が終わるとジムで汗を流した。この涙ぐましい努力にもかかわらず、脇腹の贅肉は量を増していった。
 1994年に名古屋で美容外科の副業(娘の学費稼ぎのためですよ)を始めてから、「サノレックス」なる食欲抑制剤を知った。試してみると、なるほど食欲は失せるが長期間服用できないため(習慣性の心配があるため)、服用を中止すると猛烈な食欲に襲われ、すぐにリバウンドした。この頃、アメリカから脂肪吸収抑制剤ゼネカルや食欲抑制剤が FDAの認可を受け、これらを試してみたが効果は無かった。
 1996年、藤沢で開業してから、もっぱら低脂肪食と有酸素運動に励んだが、体重は漸増し 70Kgあたりを前後していた。
 これまで、ダイエットを真剣に研究する一流の科学者は皆無であったが、レプチンそしてグレリンの発見により、続々と一流の科学者が研究に参入し、ダイエットの科学は長足の進歩を遂げた。大きな発見は、ダイエットをすると(させると)、長寿遺伝子のスイッチが onになり、実験に供したあらゆる生物が長生きすることである(最近の霊長類・チンパンジーを用いた 2つの独立した研究では、「一つは、ダイエット群は普通食群より長生きした、もう一方の研究では、普通食群と変わらなかった」という結果)。
 これら最新の知見と併せ、生化学の教科書(HARPER'S BIOCHEMISTRY)を読み返してみて、自分なりに太る機序が理解でき、そしてその対策が頭に浮かんだ。自ら実践してみると、美味しいものを食べながら、食欲と闘うことなく、楽に減量できた(70K→63Kg)。このダイエット法の一部は、拙著「早死にするデブ しないデブ」に記しました。これら知見を伝授する「ダイエット・カウンセリング」を実施しています(要予約、有料)。これまで、百人近い人にカウンセリングしてきましたが、不成功例は一例(糖尿病を合併する、中年女性)だけです。
 これは受動的ダイエットになりますが、入院中は末梢からの点滴(一日せいぜい、600KcaL)、続いて胃瘻からの栄養補給(1,200KcaL)で、退院時体重は 63→55Kg。退院後も固形物をまだ食べられないので、今朝量ると体重は 52Kgになっていた、が体調はすこぶる良好です。
リー湘南クリニック leeshonan@gmail.com  拙著 癌患者を救いたい PSA検診のウソ正誤表早死にするデブ しないデブ

★ 遺伝子組み換え と 無教養

昨晩、どこかの番組で女流生物学者が植物に放射線を当て、遺伝子を傷つけ突然変異を誘発し、品種を改良する取り組みが紹介されていた。試行錯誤の上、早く育つ植物や収穫量の多い植物を作成したり、新種の花を生み出してきた。取材者の「遺伝子を組み替えて、何か害はありませんか」との問いに対して、「自然界では、植物は常に紫外線(波長の長い放射線)に曝され、絶えず突然変異は起こっています。それと何ら変わりません」という主旨で答えていた。当たり前である。
 ひるがえって、遺伝子組み換えと聞くと目くじらを立てる輩がいる。こいつらは、生物学のイロハも知らない無教養な輩、すなわちバカ、しかも有害である、数学・物理に疎い文系に多い。同じ文脈で、無農薬野菜をありがたがるバカたち。農薬野菜と無農薬で味が異なるはずがない。生産者は自己満足(=趣味)のため、あるいは高利を目論み、付加価値をつけるためなら納得できるが。

leeshounann at 08:31|Permalink エッセイ 雑学 

★ お玉の大きさ

霊長類の中で、ヒト、チンパンジー、ゴリラのうち、どの種がお玉が大きいかご存知でしょうか。最も大きいのがチンパンジーで、そしてヒト、ゴリラの順です。チンパンジーは乱交あるいは一夫多妻、ゴリラは一夫一妻、そしてヒトはこの中間。
 患者を診ていると、なるほど精力絶倫の御仁のお玉は、艶々黒光りして大きい。女性は伴侶を選ぶにあたり、お玉の大きい御仁は避けたほうが良いのかもしれない、すぐに浮気されるから。何なら、私が婚前「お玉計測」をしまっせ。
リー湘南クリニック leeshonan@gmail.com  拙著 癌患者を救いたい PSA検診のウソ正誤表早死にするデブ しないデブ

leeshounann at 10:46|Permalinkご存知でした 
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