自然史とは「natural history」の訳で、癌が発生し成長していく過程をさします。
 上皮細胞(胃とか大腸なら、食べ物が通る側の細胞、この部分の細胞は活発に分裂・増殖している)の複数の遺伝子が傷つくと(変異)、癌細胞になります。1個の癌細胞は分裂を繰り返し、細胞数が 2、4、8、16個と増えてゆきます。10回ほど分裂すると細胞数は千個くらいになり、転移する能力(遺伝子)をもつ細胞は、基底膜(イメージとして、細胞の底にある硬い膜)を酵素で融解し、間質へ侵入していきます。そして周囲のリンパ管や血管内に侵入し、転移先に漂着し、そこでも分裂を開始します。20回ほど分裂すると、癌の大きさが 1mmくらい(細胞数にして 10の 6乗個)になり、中心部が低酸素状態に陥ります(寒天培地の上で、癌細胞を培養すると、約 1ml以上に大きくならない。栄養と酸素を拡散により得ているので、中心部が壊死していくため。)。すると、癌細胞はある種の成長因子を分泌し、宿主から血管とリンパ管を誘導(新生)します。かくして、癌組織は宿主から酸素と栄養の供給を受けられるようになり、増殖してゆきます。始まりから数えて 30回くらい分裂すると癌の大きさは 1ml くらい(細胞数で 10の 9乗個)になり、ようやく「早期癌」として発見できるようになります。もし転移がある場合、これから 6~8回分裂すると癌の総容量は 1,000ml くらい(細胞数で10の12乗個)になり、宿主を死に至らせます。
 癌の自然史からみると、癌専門医のいう「早期癌」は晩期にあたります。30回分裂するまで転移しなかった 1mlの癌は、転移する能力がない訳で、その後も絶対に転移しません。どんなに検診の精度をあげても、発見できる癌はせいぜい 0.5mlくらい(細胞数で 5×10の 8乗個)で、転移能力のある癌細胞を千個単位の時期(0.000002ml)に発見することは不可能なのです
 検診時に転移がない、いわゆる「早期癌」は「転移巣がまだ小さくて、見えない」か「転移しない癌」です。「転移しないうちに手術しましょう」といわれ、手術後に転移が出現するのは前者。不必要な手術を受け、医者も患者も手術で完治したと錯覚しているのが後者です。
 欧米で、癌検診の有用性を検討した無作為化対照試験(RCT)の結果をみると、検診群ではいわゆる「早期癌」の発見率は高くなるのに、非検診群にくらべ総生存(率・期間)(OS:overall survival)は変わりません。これは癌の自然史からみれば自明の理なのです。
 細胞が分裂する速さを「ダブリング・タイム」と言い、これが短い癌、例えば、スキルス胃癌は、あっという間に命をとる。比較的遅いのは、乳癌、前立腺癌、そして大腸癌。
PS. タイムリーに、Pさんから紹介いただいたサイトです。たんたんと、自らの転移性癌を綴られています。
リー湘南クリニック leeshonan@gmail.com  拙著「癌患者を救いたい PSA検診のウソ」(正誤表)(2007年3月の記事、校正)