重大な医療事故を 2回経験した。医師 2年目、遠藤准教授監督下に右腎癌摘出手術を執刀することになった。手術前日、遠藤准教授に「どういう手順で手術するのか」説明するのが慣わしだった。英文手術書通りに説明した。出だしで話がかみ合わない、患者さんの体位(どういう風に手術台に固定させるか)で、「リー君、それじゃ逆だよ」といわれ、「のけぞらせる」とは正反対の体位を指示された。学生論文で指導を受け、万能と信じていた遠藤准教授は、手術書をお読みでないことを知った瞬間だった。
 患者さんは若い男性、巨大な右腎癌で妊婦のように腹が膨れていた。「のけぞらせる」体位でないので、術野が狭く、癌と周辺臓器との位置関係が分からない。癌表面をたぐりながら、血管を一本一本結紮・切断していった。手術は順調に進んだが、突然の静脈性出血(黒い血が湧き上がってくる)にみまわれた(動脈性出血は血が水鉄砲のように吹き出るので、出血点が容易に分かる)。ただならぬ量で、大静脈を傷つけたようだ。准教授が処理に当たるが、癌が術野をふさぎ、おたおたするだけ。数分後、僕が癌の表面をたどると突然、出血がやんだ、どうやら、ひとさし指が裂けた大静脈に入ったようだ。ブラインドで(盲目的に)出血点にクランプ(物を挟む手術道具)をかけると出血が止まった。かくして、巨大腎癌は無事摘出された。
 術後 2日目、バイト先へ同僚から電話が入った「リーすぐに戻れ」。患者が 2日間無尿とのこと。腎動脈あるいは尿管を切断あるいは結紮した可能性が高く、ただちに緊急手術となった。遠藤准教授が執刀し、私は助手を務めた。左腎動脈が結紮されていた、糸をチョキンと切り、手術は終了した。
 ホッとしていた時、回復室で患者が頭痛と腰痛を訴えた。いつか読んだ症状「異型輸血」。看護婦が血液型を二重にチェックしたはずが、違う型の血液が輸血されていた。発見が早く事なきをえた。もし、主治医が僕でなかったら患者は死亡していたであろう。異型輸血を続けると溶血がおこり、腎不全から死亡する。後日談だが、その時看護婦にとび蹴りをいれたらしく(覚えていない)、以来「暴力先生」とありがたいニックネームを頂戴していた。
 文献を調べたところ腎動脈を遮断し、24時間(温阻血時間という)以上たつと腎機能は廃絶する。かかる患者の温阻血時間は 48時間。腎機能はほぼ正常に復したが、医療事故だったため世界記録は闇に葬られた。 
リー湘南クリニック (2006年10月と11月の記事、校正)