北里研究所病院(港区)後期時代(1990〜96年)、婦人科の小林英郎部長(当時)は嫌われもので、三拍子そろって最悪だった。まず、汚い、身なりから考え方まで。どけち。エチケットを知らず、人の迷惑など顧みないチェーンスモーカー、ヤニだらけの歯。毎週、昼食をとりながらの医局会があるのだが、発言するとき、彼は口に物をいれながら、相手を箸で指していた。
 その小林部長の下に M先生が赴任した。小林部長は、かかる人物なので、次々に部下がやめる。だから、慶應の教授が満を持して、M先生を送り込んだ。M先生は温厚で、どちらかというと証明医療派、分からないことがあると臆せず僕に相談にきた。
 僕は受け持ち患者が少なく、暇を持て余していたので、いつの間にか婦人科や外科の手術を手伝うようになった。初めて、婦人科の「ラジカール」という子宮頚癌で、子宮と卵巣を摘出する手術を手伝ったとき、解剖学的構造物を露出せず、盲目的にクランプ(肉を挟む道具)をかけ結索する、「集束結索」を見て驚いた。手術が終わってビールを飲んでいた時、M先生が笑いながら「リーちゃん、驚いた」と言った。
 そんな手術だから合併症が多い。ある日、小林部長のラジカールで尿管が見つからなかったとき、断固として「尿管は切断していない」と主張したそうだ。そこで、温厚な M先生が小声で「リー先生を呼んだら」と助言した。私が探したら、見事に尿管は寸断されていた。で、つなぎ合わせて差し上げた。そのうち、ずうずうしく、尿管が見つからないと、すぐに「リーちゃん呼んで〜」と、手術室看護師にのたまうようになった。一体何本、尿管をつなぎ合わせたか。確認はしていないが、小林先生の手術記録には「尿管切断」も僕の名も記されていないだろう。また、一度もねぎらいの言葉を頂いたことがない。

M先生のその後
 小林先生は M先生に、自分が定年後は 部長に推すことをさんざん臭わせていた。「M君も、いい患者をたくさんもって、部長だな」と猫なで声で言うそうだ。「いい患者」とは、毎回キャッシュを包んでくれる方。
 M先生のもう一つの悩みは、彼の直近の部下、僕の同級生 S女医。デブで、食べることと自分の娘の自慢話しか能がない。全く勉強していないが、女医ゆえ患者に人気があり、受け持ち患者が多いのが自慢の種。そのような環境下、M先生は辛抱を重ねましたが、堪忍袋の緒が切れ、3年ほどで開業の道を選ばれました。
 開業後、時々遊びに行きましたが「漢方」や「アロマ・テラピ―」を軒に並べ、会食の度に薬屋をはべらす、金万オヤジと化してしまいました。てなわけで、もうお付き合いはございません。
リー湘南クリニック leeshonan@gmail.com (2007年6月の記事、校正)