アメリカ時代(1985年〜1990年)、丸 5年と一ヶ月研究に打ち込んだ。3年目、助教授になった年、シカゴ大学から泌尿器科医 Bob Mayer (Robert D. Mayer;Robertを Bobと呼ぶ)がロチェスター大学・医学部・泌尿器科に赴任し、研究室で一年を過ごした。彼がしみじみ、「臨床では毎日喜びを味わえるが、研究(research)では年に一回、研究発表のときだけだね」と言った。
 1989年に僕は「腫瘍新生血管阻害と化学療法の併用に関する基礎研究」の予算を NIH(国立衛生研究所)に申請した。NIHの主な役割の一つは研究予算を配分する(NIHグラントという)ことで、申請された研究計画を複数の一流研究者が公明正大に審査し、意見書と共に点数をつける。そして、その年の国の研究予算を申請されたグラントの点数が高い順に配分する。折りしもレーガン革命で、その年の国の研究予算は大幅に削減され、僕が申請したグラントは次点で落選した。もしグラントが通っていたら、今頃、アメリカ在住の腫瘍学者だったね。今、研究計画書を見たらたら 36ページにわたる計画書で、ワープロが普及していない時代、タイプ打ちでよくこさえたものだと我ながら感心した。ちなみに、いつか記したが、日本の研究予算は密室の中で、お手盛りで配分される。
リー湘南クリニック leeshonan@gmail.com (2010年 2月の記事、校正)