自分が初めてダイエットを経験したのは、高校 2年生の時だった。そもそも肥満に嫌悪感があり、Gパンがきつくなってきたのをきっかけに始めた。原則、食べないようにし、家庭科の栄養表からひたすら低カロリーの食品を食した。修行僧のような苦行を乗り越え、63Kg→60Kg以下に体重を落とした。しかし、そのうちコンニャクや豆腐などの低カロリー食を見るのも嫌になり、リバウンドした。
 大学時代は運動部に属していたため、医師新米時代は超多忙なため太る暇がなかった。
 1985年(30歳)アメリカに赴任後、もっぱらデスクワークとアメリカの食事が口に合い太り始めた。当時の常識は「低脂肪食」で、もっともこの教義は今でも日本ではまかり通っているが、ひたすら脂肪を避けたが、徐々に体重は増えていった。63Kg→68Kg。
 1990年帰国後、「有酸素運動」なる新しい教義が蔓延していた。職場(北里研究所病院)の隣が有栖川公園だったので、昼に公園をジョギングで 2周、仕事が終わるとジムで汗を流した。この涙ぐましい努力にもかかわらず、脇腹の贅肉は量を増していった。
 1994年に名古屋で美容外科の副業(娘の学費稼ぎのためですよ)を始めてから、「サノレックス」なる食欲抑制剤を知った。試してみると、なるほど食欲は失せるが長期間服用できないため(習慣性の心配があるため)、服用を中止すると猛烈な食欲に襲われ、すぐにリバウンドした。この頃、アメリカから脂肪吸収抑制剤ゼネカルや食欲抑制剤が FDAの認可を受け、これらを試してみたが効果は無かった。
 1996年、藤沢で開業してから、もっぱら低脂肪食と有酸素運動に励んだが、体重は漸増し 70Kgあたりを前後していた。
 これまで、ダイエットを真剣に研究する一流の科学者は皆無であったが、レプチンそしてグレリンの発見により、続々と一流の科学者が研究に参入し、ダイエットの科学は長足の進歩を遂げた。大きな発見は、ダイエットをすると(させると)、長寿遺伝子のスイッチが onになり、実験に供したあらゆる生物が長生きすることである(最近の霊長類・チンパンジーを用いた 2つの独立した研究では、「一つは、ダイエット群は普通食群より長生きした、もう一方の研究では、普通食群と変わらなかった」という結果)。
 これら最新の知見と併せ、生化学の教科書(HARPER'S BIOCHEMISTRY)を読み返してみて、自分なりに太る機序が理解でき、そしてその対策が頭に浮かんだ。自ら実践してみると、美味しいものを食べながら、食欲と闘うことなく、楽に減量できた(70K→63Kg)。このダイエット法の一部は、拙著「早死にするデブ しないデブ」に記しました。これら知見を伝授する「ダイエット・カウンセリング」を実施しています(要予約、有料)。これまで、百人近い人にカウンセリングしてきましたが、不成功例は一例(糖尿病を合併する、中年女性)だけです。
 これは受動的ダイエットになりますが、入院中は末梢からの点滴(一日せいぜい、600KcaL)、続いて胃瘻からの栄養補給(1,200KcaL)で、退院時体重は 63→55Kg。退院後も固形物をまだ食べられないので、今朝量ると体重は 52Kgになっていた、が体調はすこぶる良好です。
リー湘南クリニック leeshonan@gmail.com  拙著 癌患者を救いたい PSA検診のウソ正誤表早死にするデブ しないデブ