2018年11月20日

いのちの学校1

第4回の「いのちの学校」が始まりましたので、今回も参加させて頂きました。会場は「よってけしともだち」 いつもは会場にあふれるほどの参加者があるのですが、この日は少し少ない感じ。空席もありました。



調整準備










健康友の会の事務局はじめ、幹事さん達が事前の会場づくりやら使用する機材の準備やらに追われています。




音大出の医師










今回の講座のオープニングセレモニーは、医師になって3年目と言う横山医師の歌と演奏です。横山医師は音大を卒業してから医師を目指して医大で勉強されたという異色の方。笑顔のすてきな女性です。石川県出身ですが、山梨に住むようになって一番うれしかったのは、晴天の多いこと、「山梨に来て、今日のようにいい天気が続くことに驚きました。石川県は、雨の日がとても多くて外出する時は一番先に傘を持つのです」

そんなお話をされて初めに皆さんで歌いましょうと、「里の秋」の歌詞を出されました。そしてこんなお話をされました。
「この歌は戦前に作られた歌でしたから、歌詞は当時の軍国主義教育のものでしたが、戦後そのまま歌う訳にはいかないと、変えたのだそうです。歌詞を変えてもなお、歌い継がれているということですから、いい歌は残るものですね」

この話を聞いて、戦前の歌詞がどんなものだったのか知りたくなり、調べてみましたら、「三木紘三の歌物語」と言うブログに載っていました。
http://duarbo.air-nifty.com/songs/2007/07/post_36eb.html
↑ そのブログです。

そこからお借りして戦時中の歌詞を載せます。1番・2番はそのままの歌詞だそうです。

3番 
 きれいなきれいな椰子の島
 しっかり護ってくださいと
 ああ父さんのご武運を
 今夜も一人で祈ります
4番
 大きく大きくなったなら
 兵隊さんだようれしいな
 ねぇ母さんよ僕だって
 必ずお国を護ります

当時の子どもたち(私もそうでした)は、こうして軍国少年少女になって行ったのでした。歌だけではなく、生活全般が軍事色一色だった!のでした。
今また、このままだとこんな歌詞の歌を歌う日が来るかもしれないという不安を持っているのは、私一人ではないと思います。戦争の実態をよく知って、戦争はこの世の最悪の犯罪だと認識することが大事なことですね。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 健康 

2018年11月19日

富士屋ホテルで食事

三浦雄一郎氏の講演が終わったのは昼近くでしたので、こんな機会はなかなかないので、食事をしていくことになりました。
食事処は13階と14階。和食・中華・洋食とありましたが、やはり高齢になると和食が一番。13階にあがり窓側の席に案内されました。



湯村山









窓の外はすぐに湯村山。湯村温泉街や厄地蔵で有名な塩沢寺・千代田霊園などが目に入ってきます。この辺りはまだ紅葉にはちょっと早く、湯村山はあまり色づいていませんでした。



突き出し食事








ビールを注文して後は和食のランチ。突き出しにだし巻き卵焼きが。ビールとともにおいしくいただきました。
食事はお刺身と天ぷらとひじきと大豆の小鉢。このぐらいの量で丁度食べきれます。



デザート










デザートはアイスクリーム。ゆっくり味わっていただきました。
高級ホテルは場所も料金に入っているんですね。これだけでもいいお値段。貧乏人にはもったいない気がしますけれど、「冥土の土産」だと思うことにします。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 食べ物 

2018年11月18日

三浦雄一郎氏の講演会

ケアマネさんに薦められて、三浦雄一郎氏の講演会をお聞きしに行ってきました。「山梨県介護老人保健施設大会」のなかでの講演会なので、1日がかりで午後は各施設の実践発表などもあったようですが、午前中に行われた記念講演だけ参加させて頂きました。
場所は富士屋ホテル、県内でも1・2を争う高級ホテルなので、結婚披露宴に招待された時ぐらいしか行ったことはありません。
広い会場には介護施設の職員さんたちと思われる若い人たちが詰めかけていました。




会場









開会式の後、三浦雄一郎氏の記念講演です。
三浦氏は今年86歳。今まで3回もエベレスト山頂に立たれたという凄い功績は全国の方達が知るところです。
登壇した三浦氏はあのがっちりした体で、勿論講演中も立たれていました。「攻める健康法〜80歳エベレスト登頂〜」と題しての講演です。




登頂









初めに80歳7か月で登頂した時のビデオが会場に流れました。
クレバスを渡り、雪渓を上り、1歩歩くのも大変な状態で頂上を目指すのですが、登頂の日は手巻きずしを食べ、抹茶を飲んで挑みます。
息子さんともう一人の隊員とシェルパの4人で立った山頂!見ている会場全員が感動に包まれました。

三浦氏のお話によりますと、60歳で定年だと思い、スキーや登山から距離を置いて居ましたが、65歳のある日お住まいの札幌近郊にある500mちょっとの山に登ろうと出かけたら、その頃の不摂生な生活がたたったのか、小学生でも軽く上る山なのに、半分も上れないで帰ってきてしまいました。
当時、高血圧や糖尿病もありましたので、動機と息切れとで登ることが出来なかったのです。
 そのことにショックを覚え、それから一念発起して、足に1キロづつの重りをつけて歩きだし、2年目は3キロ・3年目は片足5キロの重りと30キロのリュックを背負って毎日鍛えました。そして、70歳(03年)と75歳(08年)と70代で2回のエベレスト登頂を成し遂げます。




熱弁








ところが翌09年にスキー場で、骨盤と大たい骨の抜け根を骨折すると言う大けがを負い、76歳からの復活はあり得ない と医師に言われました。しかしエベレストに向けた強い意志と山への憧れが驚異的な回復をもたらし、半年後には再びトレーニングを再開しました。そして2度の不整脈の手術も乗り越え、3回目となる80歳でのエベレスト登頂に挑んだのです。

標高8848m・酸素濃度は平地の4分の1.80歳の体力年齢はそこでは150歳になると言われるもので、山頂を極めることは不整脈の克服のみならず人類の可能性の扉を開く試みとなりました。
そして遂に2013年5月23日、80歳と7か月でエベレスト山頂に3回目の登頂を果たしたのです。山頂からの第一声は「最高の気分だ。疲れたけど80歳でもまだまだいける。ありがとう、最高の宝物を授かった」でした。




三浦雄一郎氏









80歳でのエベレスト登頂は介護登山だとも言われていました。多くのスタッフ・隊員・そして家族に支えられ、ふつう1日の行動はできるものではありませんから、通常の半日の行動に抑えました。
三浦氏は来年1月南米のアコンカグア登頂を目指しているということです。
86歳にしてなお、挑戦を続ける三浦氏の生き方に大いに学ばされました。
最後に「元気で陽気に」と言う言葉を残され講演を終わりました。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 日記 | 健康

2018年11月17日

健康友の会旅行3−帰り道ー

遊覧船









2日目、朝早く温泉に浸かり、バイキングの朝食後出発です。ホテルと目と鼻の先にある浜名湖の遊覧船乗り場。今日はこの浜名湖遊覧から始まりです。全員が乗り込んで浜名湖めぐり。30分間の乗船だそうです。



カモメ浜名湖









遊覧船が動き出すと、カモメがそばに来だしました。どうやら上でカモメたちに餌をやっている様子です。
浜名湖の辺は暖かい所なので、紅葉はまだ始まったばかり、月末頃には紅葉が見ごろになるのでしょうが。
浜名湖は一番深い所でも15メートルとか。海とつながっている部分もあるそうで、そのため生息している魚の種類も多いとか。150種類ぐらいも生息しているとのことでした。




楽器博物館琴










船からバスへ乗り換え、浜松楽器博物館へ。楽器の町ですし、1300点も展示されているということなので、期待していました。
日本の楽器・雅楽・琴・三味線・・・・・に始まり最新の電子楽器迄、展示されています。小学校の教室に有ったオルガン・懐かしい〜〜ッ。足踏みで空気を送りましたっけ。ピアノの部屋ではヨーロッパで昔使われたと思われるろうそく台のついたもの、きっと貴族が聞き入っていたのだろうと思われました。




へビのような人骨も









弦楽器・管楽器・鍵盤楽器・・・・・世界中の楽器が展示されていて、見たことも聞いたこともないような楽器迄、見ごたえのある場所です。
人類は古来からなんでも楽器にしてきたのですね。木・実・竹・動物の骨・皮・あらゆるものから楽器が考案されたことが分かります。それだけ人間には音楽は必要で大事な娯楽だったのでしょう。
一番びっくりしたのは、なんと人骨で出来ている楽器!大腿部の骨や頭蓋骨・皮膚が楽器になっているのです!!



管楽器ドラム缶








金管楽器のところでは、演奏しながら楽器の説明をしている職員さんがいました。



きらびやかバリ島









世界の楽器の部屋では、アジア・オセアニア・アメリカ・ヨーロッパ・・・・・の楽器が見られました。中でもバリ島の物は派手で大きくて、並べると舞台いっぱいになるのでは・・・と思われました。
兎に角見ごたえのある楽器博物館でした。



12日昼食









博物館を後にして焼津へ。ここの海鮮市場で昼食です。海なし県の者には嬉しい海鮮ご膳。お腹一杯頂いて市場でお土産のお買い物。ガイドさんが「お腹が空いているとつい余分に買うから、お腹を一杯にしてから買ってください」と言ってましたが、確かにそうですね。マァお小遣いも少ないし、買いたくても買えませんが、少しだけ美味しそうな大粒のカキを買ってきました。スーパーではこんな大粒の物はお目にかかれませんから。



バス (480x640)















出発地の戻るまでの時間で車中でビンゴ大会。え〜〜ッと思うことが!なんと何と一番先に私がビンゴ!そして夫が4番目にビンゴ!!
昨日の距離当てクイズと言い、3つも「当たり」 これで今年の運は使い果たしました。ア〜ァ宝くじを買っておけばよかったなァ
兎に角楽しめた旅行でした。
運転手さん・ガイドさんはじめ、友の会の事務局・幹事の皆さんのお心遣いが嬉しく思いましたし、すっかりお世話になりました。本当に有難うございました。


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2018年11月16日

健康友の会旅行2ー宴会ー

宴会場宴会









ホテルに着いたのは4時過ぎ、宴会は6時半からでしたから、ゆっくりとお茶を頂いたり温泉に浸ったり。それぞれお部屋でくつろいで、サァ宴会場へ。



司会職員紹介









2台分の人数ですから、大広間で舞台付きの宴会場です。
池田班6名は並んで陣取りました。友の会事務局の女性と幹事の男性お二人の司会で始まりました。
会長挨拶などがあり、職員の紹介。乾杯の後は暫くはお料理に舌鼓。
その後、来ながらのクイズ発表がありました。
到着時間の正解は4時8分・距離は208キロ。なんと友の会・県の会長さんが的中でピタリ賞を2つともゲット!!明日1000万円以下!の賞品をくださるそうです。で、私のところも夫が距離で3位になりました。ビックリです。



フラダンスフラガール









宴会・初めの出し物は職員さんや幹事さん達が派手な服装で登場。フラダンスが始まりました。男性の職員さんや幹事さんもスカートをはき、かつらをかぶり、レイを首にかけて、皆フラガールに変身。会場は大いに盛り上がります。後で聞きましたら、この衣装が大荷物だったとか。



2018_11120079舞台から降りて









そしてカラオケ。友の会にはカラオケサークルがありますから、日ごろの練習の成果を披露します。
池田班も踊りを習っているNさんとMさんとで踊り私が歌を歌って武田節を披露しました。県民ならだれでも知っている歌と踊り、会場内でも立ち上がって踊りに参加してくださる人もありました。




炭坑節青い山脈?









最後は「青い山脈」の歌で炭坑節の踊りを踊ります。友の会幹事さんのHさんの先導です。歌は青い山脈ですが、踊りはみんな知っている炭坑節。
舞台から降りて会場内を一回りするうちに、そこここから立ち上がって参加する人たちが。
また、その衣装?が「良くマァ」と思うもの。浴衣の袖に足を通し、裾を首に巻いているのです!良く考えたものですね。
会場は全員が大笑いしながら歌ったり踊ったり。とにかく楽しい宴会でした。


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2018年11月15日

健康友の会旅行1

甲府健康友の会では毎年1泊旅行をしています。この旅行にはいつも医師や看護師さんが同行してくれますので、高齢者も安心して参加することが出来ますし、車いすも用意してくださいますので、少しぐらい体が不自由な人も参加することが出来る高齢者には有難い旅行です。
今年は11・12日と、浜名湖方面に出かけました。



2台お茶の花









朝、7時半、共立歯科センター前に集合、2台のバスに分乗して、8時に出発しました。途中、2か所・休憩を取りながら、最初の見学場所・「ふじの国茶の都ミュージアム」に着きました。静岡と言えばお茶と言うぐらい静岡とお茶は切り離せないものですが、そのお茶のミュージアムがあるとは知りませんでした。



世界のお茶お茶ミュージアム










周囲のお茶畑では、お茶の白い花が咲いています。
お茶ミュージアムは周囲を竹で囲まれた建物でした。「お茶」と一口に言っても当然のことながら、世界中には想像以上に多種類のお茶があるのですね。世界中のお茶や茶器、茶室などが展示されていました。



2018_11120036昼食









そこから今度は掛川での昼食、東海道の面影を残した松並木のある場所で、昔から茶屋をしていたという「椎の木茶屋」で、名物のとろろご膳。
美味しくいただきました。




百種類バラも









そして最後の見学場所、フラワーパーク。東京ドーム6個分あると言う敷地の中に、四季折々咲く花を見られるところですが、今は花の季節ではありませんので、園内はツワブキの黄色い花と、アメジストセージの紫・少しのバラ・真っ赤なシソ科の葉・一番の見ものは1本の幹に100種類の菊の花を咲かせているという大きな鉢の菊でした。



今の花園内1周










敷地が広すぎるし、老人が多いので、フラワートレインに乗って園内を一回り、15分ぐらいで見て回りました。園内には子どもたちが喜びそうな子ども広場があり、観覧車もありました。



ホテルから夕日








とここで1日目は終わり、早々とホテルに到着しました。丁度夕日が沈んでいく様を見とれていました。
この旅行ではいつも、到着時間と走行距離当てをします。それそれ一人づつ予想した時間と距離を書いて提出しました。さて誰が当たったか、今夜の宴会で発表だそうです。


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2018年11月14日

拉致問題・舞台劇2

幕が開く前に、主催者あいさつとかで、内閣審議官や副知事・南アルプス副市長・甲府市副市長などの挨拶がありました。その中で森本美砂さんの訴えもあったのです。が、心のこもっていた美砂さんの言葉以外は通り一遍の挨拶ばかり。
その後、脚本と演出をされたという野伏翔氏のお話もありました。この劇を映画化すると言うことなので、映画になり全国で上映されるようになるかもしれません。ただ、普通の上映館では上映されない自主映画だと言うことなので、上映会を各地で開けるといいと思います。



チラシ















野伏氏は「今までの内閣の中で、安倍さんが一番熱心に拉致問題と取り組んでいる」と言われましたが、??と思いました。選挙の時には確かに「一番重要な問題だ」と言われますが、だったらアメリカや韓国に頼らないで、ご自分で北朝鮮に行けばいいじゃないですか!と言いたくなりました。
私に言わせれば、「選挙の時だけ拉致問題を利用している」としか思えません。



映画化















ともあれ幕が開きました。
新潟の柏崎荒浜海岸に、横田夫妻が久し振りに訪れ、めぐみさんの想いで話から始まります。
そして、中学校での部活バトミントンの練習の後家に帰るとき、家のすぐ近くで北朝鮮の工作員に拉致され、船に乗せられ連れ去られていきます。
北朝鮮では朝鮮語を覚えれば日本に帰すと言われ、驚くほど上達しめぐみさん、でも「偉大なる首領様に命を捧げます」と言わされ、もちろん日本には帰してもらえません。
その後、一時病院に収容されたり・・・・・そこで美保さんも登場したりで、見ていた山本美保さんのおかぁ様はさぞお辛かったと思います。
めぐみさんの夢の中で、両親に会える場面も出てきたりしますが・・・・・



西中生拉致かも?
















年々年老いていくご家族の皆さんの、今なお叶わぬ再会の願い。もし、自分の家族が、ある日突然目の前から消えたら・・・・・私たちは自分の置き換えて、この問題に少しでも関心を持つべきだと思います。
上演が終わり、お辛かったであろう美保さんのおかぁ様は、親族に両脇を支えられるようにして、車に乗り込んでいました。そのお姿が目に焼き付いていて今も案じています。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(2) 平和 | 見て歩き

2018年11月13日

拉致問題・舞台劇

南アルプス市にある桃源文化ホールで、拉致問題を取り上げた演劇がありましたので、見に行ってきました。
拉致と言えば皆さんは、横田めぐみさんをすぐに思い浮かべることと思いますが、この地区にお住いだった山本美保さんも拉致された疑いで、特定失踪者になっています。
山本美保さんは、二男と中学校で同級生でしたから、とても他人ごととは思えず、ほんの少しですが私にできることで応援し続けていました。
その関係で、特定失踪者問題調査会で山本美保さんを必死で探し続けている双子の妹、森本美砂さんからこの演劇鑑賞のお誘いを受け、観劇に行けたのでした。

横田めぐみさんのことは、もうご存じでしょうから、今日は山本美保さん失踪の概略を資料から転載いたします。



美保さんの事
















・山本美保さん 昭和39年生まれ・失踪当時20歳
 山梨県内の看護学校に通っていたが改めて大学へ進学することを決め、受験勉強の最中であった。1984年(S59)6月4日、図書館へ行くと言ってバイクで出かけたまま失踪。甲府駅前にバイクが置かれているのが発見された。4日後、新潟県柏崎市荒浜海岸にセカンドバックが落ちていたと警察から連絡が入る。家族が柏崎周辺を尋ね歩いたり、柏崎の新聞社が「たずね人」として載せ情報提供を呼びかけるなどして協力してくれたが、何の手がかりもつかめなかった。
 失踪半年後の11月6日から無言電話が4年半ほど続く。ほとんどは数秒で切れるものだったが、失踪から3年4か月後と3年6か月後のその2回の電話は10〜15分ほどじっとこちらの様子を聞いているようだった。3年6か月後の電話ではすすり泣くような声が聞こえた。
 世に拉致問題が報道されるようになり、柏崎の海岸が拉致の現場として流れた。美保さんのバックが何の縁もゆかりもない柏崎の海岸で発見されたことが不可解であったため、「美保ももしかしたら拉致されたのでは・・・」と胸騒ぎがするようになった。
 平成14年11月には地元の方々、友人などにより支援団体が立ち上げられ、今現在に至るまで救出活動は続いている。



34年前
















また、家族からのメッセージとして、こんな言葉も載っていました。

美保ちゃん、元気でいますか?
あなたがいなくなって34ねん。救出活動を始めて16年になります。
もっと早く助けられると思っていましたが、長くかかってしまい本当にごめんなさい。
これまでの活動により、今、拉致問題が国際的に大きな人権問題として取り上げられ、解決に向けた国際的な連携が強くなっています。
再会できるのは決して夢ではありません。
どうか信じて、気持ちを強くもって、待っていてください。
必ず助け出します。


そして会場でも、妹の森本美砂さんが皆さんに訴えました。

姉がいなくなって34年、地元の皆さんや高校の同級生が立ち上がってくださって支援活動を始めて16年、必死で姉を探し続けています。
この間、県内外で署名活動をしたり、ニューヨークでの国際シンポジュウムで発言させて頂いたり、オランダでの国際刑事裁判所への申し立てなどにも参加させて頂きました。
全国には800名を超える拉致被害者がいると言われています。
どうか皆さん、この演劇を通して拉致問題に関心を持っていただき、救出活動にご理解とご協力をお願いします。

この後、「めぐみの誓い」−奪還ー が劇団・夜想会の皆さんでの上演がありました。    次回に続きます。



leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(3) 平和 | 見て歩き

2018年11月12日

公民館まつり

今年も西公民館を利用している人たちの発表の場、公民館まつりが始まりました。
初めの週は「レースクラフト」と「筆ペン」の展示。



根気レース









レースクラフトは、いつも「見ているだけで肩がこる」と思う作品ばかりですが、こんなにきれいなものを頂いたら、どんなにか嬉しいだろうと思われるものばかり。
兎に角1枚の紙がこんな風にレース?かと思うような作品になるのですから。細い針のような道具で、根気よく刺していくようなのですが、この会が始まって最初から参加され、もう20年近くも研鑚されているお知り合いのYさんによると、この頃は老眼鏡の上にルーペをかけてするのだそうですが、好きなことなので、この作業では肩がこったことがないと言うことです。



筆ペン百人一首








筆ペンのほうも、まるで毛筆での作品かと思われる流れるようにきれいな字。百人一首や漢詩が書かれていましたが、筆ペンでもこんなにきれいに書けたらどんなにいいだろうと思います。
継続は力なり、と言いますが何事も継続して励むと、人の能力はとんでもなく伸びていくものなのですね。



見学



小学生らしい5〜6人の子どもが、教師らしい方と公民館の中を見学していました。社会科見学で来たようです。この子たちがいつかこの場所で何かの学習が続けて行けますように。
決して戦場に行くようなことがありませんようにと願いながら、子どもたちを見ていました。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) お知らせ | 地区の出来事

2018年11月11日

今年のチョコ募金

鎌田先生











今年も鎌田實先生が支援しているJIM-NETで、恒例のチョコ募金が始まりました。ぜひ協力を!と鎌田先生が呼び掛けています。
毎年そうですが、北海道の六花亭さんが、利益なしでこのチョコを作ってくださっています。
 ↓ 鎌田先生のブログです。ご覧ください。



http://kamata-minoru.cocolog-nifty.com/





2018







私もここ数年毎年購入して、孫たちにクリスマスプレゼントにしています。
今年も送っていただいて、孫たちに配りながら、戦禍に追われたり、貧しくて医療もろくに受けられない子どもが居ることを話そうと思います。
 ↓ は、鎌田先生のこの運動に対する思いです。お時間がありましたらお読みください。



https://www.asahi.com/articles/ASLC273DDLC2UOOB01J.html


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 平和 

2018年11月10日

友人が本を出版

私が中学2年生当時から、ずっと文通していた友達がいます。その須川俊江さんが2冊目の本を出されました。私のところに送ってきてくださったので一気に読ませて頂きました。
その中に、「我が意を得たり」と思う文がありましたので、転載いたします。本人の承諾を頂きました。




俊江さんの著書







「日本語、壊しています」 今、そう忠告したい人がいる。その人は総理大臣の安倍さん。
 烏滸がましいことは、重々承知の上、やむにやまれぬ思いに、突き動かされてのことだ。
 国会を中心として発言される安倍言葉には、我慢の限界、嘆くに嘆ききれない人は、結構いると思われる。
 最近、全国版の新聞に、次のような短歌があった。
「わからなくなってきたのが日本語で真摯、寄り添う、謙虚、丁寧」(前野)
 安倍さんが愛用している言葉だ。その言葉への不信感を吐露していると、共感して受け止めた。
 実をいうと、安倍さんが、これらの言葉を遣うとき、違和感を覚え、しっくりと耳に馴染まなかったのだ。
どうしてなのかと思い、国語辞典を引いてみる。
「真摯」まじめでひたむきなようす
「謙虚」(自分にきびしく)ひかえめででしゃばらないようす
「寄り添う」そば近くに寄る。相手のがわに立って支えるようにする
「丁寧」礼儀に厚いようす
 これらの言葉には共通点がある。「〜なようす」というところだ。つまり、心のようすなのだ。見てわかる状態、態度や行動で示さないと、納得されない、心に届かない言葉なのだ。
 格好いい言葉、美辞麗句を並べても、心に届かないのだ。
 安倍さんの言葉は、心が伴っていないので、相手の心に届かず、空中でさ迷っている。
 日本人は、日本語で考え、日本語で学び、日本語で、思いや大事な用件を伝えあったりする。日本人の暮らしと日本語は、切っても切れない、強く結びついているのだ。
 この日本語を遣って、議員の大事な役目である法律を、国民のために作るのだ。
 論点をずらし、詭弁を弄し、傲慢な態度にふるまう安倍さん、その発言に対して、名言を吐いているわけでもないのに、自民党席からは、「そうだっ」「そうだっ」と、一斉に合の手が湧く。
 ぞっとする国会だ。法律や憲法が作れる?
 このような国会を、他の国々は、どう見ているのだろう。
 嘲笑ではないだろうか。このような国と、対等に誠実に、外交をしてもらえるのだろうか。議論を尽くさず、強行採決も得意とする。
 もう、縁を切りたくなる。が、そうはいかない。
 安倍さん、話す相手の心を感じながら、言葉を届ける努力が、必要。共感力だ。これが乏しい人は、脳に問題ありと、脳科学者の中野信子さんは、書いている。
 「共感」といえば、オリンピックで、カーリングの女子選手たちが、作戦を確認し合うように、認め合うように「そだね〜」と、言い合っていた。流行語になりそうだ。心を照らす、見事な言葉だ。
 国会でも、他の党の人の意見でも、「そうだっ」と認め合えるように、成長してほしい。試しに「そだね〜」を遣ってみたらどうだろう。
 とにかく日本語を壊すことは、止めて。日本人を駄目にしてしまう。
 エッセーを書くのが好きだが、政治のことは、かくまいと思っていた。しかし、日本語が壊されていくのを、見ていられなくなった。
 声を挙げないと、大変だ。



 先年、最愛の夫を見送り、一人暮らしになった俊江さん。永年教師をされていて、子宝には恵まれませんでしたが、その分夫婦仲がよかったようで、亡くなられて暫くして、夫への愛のあふれた二人での闘病記ともいう本を出されました。
その本が好評だったようで、書き溜めていたエッセーを出版するようにと言われ、2冊目の出版になったようです。
同年齢なので、読んでいて「そだね〜」と思うことばかり、言いたいことを代弁してくれたようなご本です。文芸春秋社から出されています。


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2018年11月09日

久しぶりのワンコイン

ここのところご無沙汰していた「ワンコイン食堂」(本当はひかりと言う名前ですが、私は勝手にこう言っています)に久しぶりに行ってきました。
行ったばかりの頃は私たちだけでしたが、次々と席が埋まり、帰るころには満席に。平日でも利用者が多いのは、金額の割に美味しいものが頂けるし、皆手作りで、しかも心のこもった気持ちのいい応対をしていただけるからなのでしょうね。


今日は









明るい店内で頂く手作りのお料理にはほっこりさせられます。
この日はぷりぷりの海老がたっぷりのコロッケと、厚揚げ豆腐にタルタルソースの載ったもの、もやしと人参・鶏肉の炒めたものにゴマがふられた小鉢・ワカメとえのきを卵でふわ〜っとしたス〜プ。ご飯は少なめにしていただきましたので、何とか完食しましたがお腹いっぱい!



アイスクリーム









でも、やっぱり別腹はOKで、手作りのブルーベリーソースのかかったバニラアイスはちゃんと納まりました。これでお会計は600円。本当に助かります。このアイスクリームが100円なのです。年金暮らしの私たちには有難い場所です。


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2018年11月08日

紅葉狩り

墓参がてら久しぶりに吉田方面に行き紅葉狩りをしてこよう、と息子が言ってくれましたので出かけてきました。
昨日までの快晴はどこへやら、あいにくの曇り空・どうも先日の箱根以来、「晴れ女」ではなくなったようです。




カエデ紅葉









久しぶりに御坂道の旧道を通り、大石方面に進んでいきます。丁度「紅葉まつり」が始まっていて、いつもより多くの観光客が。
途中一竹美術館のところを通過するとき、ひときわ美しい紅葉が車窓から見られました。
生前の一竹さんにお会いした時、「京都から楓を移植しました」とおっしゃっておられましたから、ここでは京都の紅葉が見られるのです。
車窓から見ただけなので、カメラには収まっていませんが、私の目に中にはっきりと納まっています。



ドウダンツツジ樹海










楓のアカ・イチョウの黄色・どうだんつつじの真紅、それらが緑に交じってきれいなこと!
途中から「まだ西湖に行ったことがない」と言う息子。「じゃァ西湖にいくけ?」で、河口湖畔から西湖へ。この辺りで雨が降りだし「やっぱり晴れ女返上だァ」




色づき










西湖を半分回ったところで国道に出るようになっていましたので、西湖も一周はできないようですね。国道を河口湖方面に進んだところにある道の駅鳴沢で一休み。ここに探していたエゴマがありましたので、白菜とともに買いました。
この頃は薄日もさしてきて、雨は止んでいました。が、やはり風は冷たく感じました。




五重塔










この後菩提寺に、お彼岸以来暫くご無沙汰していましたから、草も生えていましたし、すぐそばにある杉の木から枯葉や実が落ちていて、息子と草むしりや枯葉掃き。さっぱりきれいになりましたので、お線香を手向けてお墓を後にしました。
お墓から見える富士山眺望の名所五重塔。桜も紅葉しているようです。
今年の初夏から、空き家だった実家に親戚の人がいてくれますので安心です。それもあってこのところいつもとんぼ返り。もっとも誰かに乗せて行って貰わなくてはなりませんので、それも仕方のないことです。
晴れていればもっと良い紅葉がりだったのでしょうねぇ。



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2018年11月07日

おさだクリニックで健診

ここ3年ほど、年1回の健診をおさだクリニックでして頂いています。
今回も予約して行ってきました。相変わらず待合室では奥様の優しさが感じ取れるパッチワークが迎えてくれます。



冬鳥















「朝の食事は抜き・薬も飲まないで来てください」と言われていましたので、お茶を一口飲んだだけでおさだクリニックへ。
まずはエコーで腹部の検査。「母と叔父がすい臓がんでした」と言いましたら、エコーの先生が「良く診ておきますね」




月見 (480x640)リース













その後、肺のレントゲン・血圧測定・血液採取・尿検査・身長・体重・腹囲測定などがあり、一応検査終了。先生から診断をお聞きしました。
エコーで毎年腎臓にのう胞があると言われますが、これは放置していても大丈夫だそうです。
が、今年はすい臓にも6ミリののう胞があるので、これは「2か月ほどしたらまた検査してみましょう」と言うことでした。
マァ今癌だと言われても、もう手術するほどになるまでにはかなり時間がかかるでしょうし、あの世への旅立ちで癌と言う病は、ある程度「その時」の時間が分かるようですので、癌になるのも悪くはないと思っていますから、それはそれでいいと思っています。



季節










来月、血液検査の結果をお聞きしながら、インフルエンザの予防注射をしていただく予約をして、大急ぎで帰ってきました。
なにしろ朝ご飯抜きでしたから!


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 健康 

2018年11月06日

今年は柿が当たり年のようですね。昨年は裏作だったようで、頂けなかった渋柿が早々とやってきました。が、豊作だからでしょうかそういう種類でしょうか小粒ではありましたが、一応百匁柿のようです。
早速剥き作業、子どものころから実家で毎年繰り返していた懐かしい作業です。



渋柿 (640x480)










殆ど頭からヘタの部分までひとつながりに剥くことが出来ます。「昔取った杵柄」ですね。



しぶがき1 (640x480)









剥き終わった柿をお嫁さんが紐にかけて2階の軒下に吊るしてくれました。
うまく出来るといいのですが・・・・・湿気があったり、暖かくて風が吹かないとカビが生えるとか。昨年はあちこちのお宅で、全滅だったと言われていましたが、今のところは何とか順調に乾いているようです。
枯露柿の前のアンポ柿状態で食べるのが好きで子どもの頃、少し乾いて揉むころ外して食べて叱られたりしましたっけ。あの状態を何で「アンポ柿」っていうんでしょうねぇ。
美味しくできますように。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(2) 食べ物 

2018年11月05日

秋・たけなわ

いちい









ご近所さんの木に、実がついています。
いちいの木に着いた真っ赤な小さな実は、引き揚げてから嫁入りまで住んでいた実家の庭に何本もあったいちいに、秋になるとこの可愛い実が沢山ついたものでした。家を離れる寸前まで、その小さな実を口に入れ、ほのかな甘さを楽しみました。懐かしくて今も見かけると口に入れたくなります。



ミカン









こちらはミカン、このあたりでも温暖化のせいでしょうか、美味しいミカンが収穫できるようです。このお宅の木も毎年沢山の実をつけます。
近いうちに山梨産のミカンが市場に出回るかも!ですね。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 地区の出来事 

2018年11月04日

新しいスマホ

9月に忽然と消えたスマホ、まるで神隠しに有ったような気がしているスマホ、いまだに出てきません。
仕方なく新しいものを手に入れました。1か月たちましたが、まだまだ使い慣れていません。ラインをするときの字の表示が以前のものと逆の並び方をしているのです。右と左が入れ替わっただけですが、それになかなか馴染めません。



カバーよろしく











今回は孫に頼んで、カバーを買ってかけることにしました。
「目立ったほうが良いよ」とのお嫁さんの助言で花柄の物にしました。でも「一番安いのでいいからね」で、ネット購入で送られてきたのがこれです。
新しい機種に慣れるのはもう暫くかかりそうです。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 日記 

2018年11月03日

自治会の運動会

運動会日和紅葉









先日は自治会のお祭りがありましたが、今度は運動会が行われました。
秋晴れの日曜日、まさに運動会日和です。木々の紅葉も始まっていて良い季節。近くの池田公園が会場。毎年そこの芝生広場で開かれます。
競技は殆どが組対抗。この自治会は1組から5組までありますので、組対抗で得点を競います。



はいれビンおこし









会場に着いたときはもう、競技が始まっていました。
走って行ってお手玉をバケツに投げ入れる競技や、ビール瓶を足で起こしてポールを回り、帰りに倒してくる競技。椅子に座って足で瓶を立てるのですが、焦るとなかなかうまくいきません。



二人三脚









そしてアベック2人3脚、気持が合わないで転びそうになったり、息が合って超スピードの組があったり。各組の観覧席から応援しきりです。



集合選手が出ると









いろんな競技に男女それぞれ決まった選手が出ていくと、観覧席は空っぽになる組も。



ビンおこしけつあつ?








競技は次々と進み、風船割り。一つづつ風船を持って走って行き、椅子の上で「けつあつ?」で風船を割り、次の人にバトンタッチ。
中には幼児が出た組もあり、体重が軽いのでなかなか割れなかったり・・・・・



玉入れ急いで!









運動会につきものの玉入れも組対抗。一番多く入った組は50個近く入っていました。
最後の協議は後ろ向きに一列に並んで頭の上を後ろにボールを渡していきます。渡すとともに一番後ろに並ぶのですが、ボールのほうが早くて後ろにつけなかったり・・・・・笑いのうちに全競技が終わりました。

競技に参加すると何かしら景品がいただけるので、景品が大きな荷物になっている人もいました。ゴミ袋・ティッシュ・洗剤など、日用品が景品なので助かります。

そして閉会式、私たちの組は2点差で準優勝。「惜しかったね」
午前中で協議を終り、皆で車座になってお弁当を食べるのですが、予定がありましたので、お弁当を頂いて帰ってきました。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 地区の出来事 

2018年11月02日

パンケーキ

娘が珍しく「美味しいパンケーキを食べに行こう」と誘ってくれました。
お隣の町にできた大型店のすぐそば、平日なので店内はそんなに混んではいませんでした。が、土・日は待ち時間覚悟で行かなければならないようです。



飲み物ラザニア









飲み物とお目当てのパンケーキ・それにドリアとカツサンド。



パンケーキ









どれも皆美味しかったのですが、やはりパンケーキが看板メニューだけあって、フ〜ワ フワで口の中で溶けそう。これ以外にも何種類かありました。



カツサンド









飲み物以外はシェアーして食べました。カツサンドは気がついたときには半分食べた後。
美味しいものを頂くと、「しあわせ〜」と感じますね。
特に戦後の食糧難の体験がありますので、お腹いっぱい食べられるだけでも嬉しいことです。
「一年中飢餓状態」・・・・・想像できますか?
日本は食料も自給できていませんから、戦争が起きるとまたあの飢餓状態になるのですよ。
ささやかな幸せを守るためにも平和憲法を守りましょう。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(4) 食べ物 

2018年11月01日

山梨平和ミュージアム・11月企画

 今年は日本国憲法公布72周年であると同時に、日本国憲法制定に影響を与えた憲法学者・鈴木安蔵の没後35年に当たります。安倍首相による改憲への動きが続き、日本国憲法の価値・立憲主義が改めて見直される中、鈴木安蔵の直弟子にあたる憲法学者・金子勝先生を講師に、鈴木安蔵と日本国憲法を深く学びたいと企画しました。どうぞお誘い合わせご参加ください。


これは山梨平和ミュージアムのチラシに書かれている呼びかけの文です。
11月は下記のように開催されますから、日本国憲法の改正は必要なのか、考えてみるいい機会でもありますから、是非ご参加ください。



11月






日 時 11月18日(日) 午後2時〜

会 場 山梨平和ミュージアム
       (TEL 055-235-5659)

テーマ 鈴木安蔵と日本国憲法を学ぶ

 講演 金子 勝氏(立正大学名誉教授)

   鈴木安蔵の生涯と日本国憲法

講師 金子 勝氏 プロフィール
 1944年愛知県生まれ、愛知大学大学院法学研究科修士課程修了。立正大学講師・助教授を経て、1986年教授。2014年定年退職。現在立正大学法学部名誉教授。専門は憲法学。政治学、社会科学論。
大学院時代に鈴木安蔵に師事。鈴木の遺志を継いで護憲・平和運動に従事。著書に「社会科学の構造」(勁草書房) 「社会科学の世界」(勁草書房) 「憲法の論理と安保の論理」(勁草書房)等があります。

 <鈴木安蔵の生涯>
 1904年、福島県生まれ。旧制2高を経て京都大学哲学科、経済学部に学ぶ。学連事件で逮捕され、憲法研究を志す。1945年憲法研究会の幹事として「憲法草案要領」を作成。これがGHQの憲法案の手本となった。第2次世界大戦後、静岡大・愛知大・立正大の教授として、後進の指導に当たった。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(2) 平和 | お知らせ