2017年07月24日

りつこさん・待ってますよ

インドの障害児の施設で、30年余り無償のボランティアを続けている渋谷りつ子さんが、1年半ぶりに一時帰国することになりました。
私は勝手に母親のつもりになっていますので、「9月5日に帰ります」というメールが着いたとたんに、暑い!なんて言っていられない状態になりました。


リハビリ

←障害児のリハビリをするりつ子さん。







早速、前回も住まわせていただいたお宅を今回も貸していただけるかどうか、Kさんにお願いしてみました。KさんからOKのお返事があり、これで住むところは決まりました。さて次は携帯電話と自転車です。電話を持って貰わないと連絡手段が困難で、前回は苦労しましたので、今回は帰国と同時に携帯を持ってほしいと思い、支援している方にお願いしました。これも持たせていただけることになりました。

そして自転車です。前回は家にあった自転車をお貸しして、「乗りやすくてよかった」と言ってもらえたのですが、今その自転車は孫が通学用に使っていますので、お貸しすることができません。
が、これも「家にありますよ」と言ってくださる方がいてお借りできることになりました。りつ子さんの移動手段は自転車なので、滞在中は必需品なのです。


立つ日
昨年2月18日、インドに発つ朝のりつ子さん




後はとりあえず生活必需品。布団は前回のものがあるし、衣類も保管してありますから、それでOKです。帰国前日にでも当面の食料品をそろえておけば、準備万端です。
さぁ私の受け入れ準備はできましたよ。りつ子さん、安心して帰っていらっしゃいね。待ってますよ〜〜っ。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) りつ子さん 

2017年07月23日

高校野球

ピッチャー










高校野球は何と言っても甲子園を目指す夏の大会が一番注目されます。全国的にそうですが、今は私立高校が強くなり、公立校はなかなか甲子園出場が出来なくなりました。
山梨もご多分に漏れずベスト4は、全部私立高校です。


東海










東海高校・航空高校・駿台甲府高校・そして昨年代表だった山梨学院高校。
そのうち山梨学院高校を除く3校の選手が、息子の治療院に来ています。息子も甲府工業高校で野球部にいましたので、甲府工業が敗退した時は「あれは勝てた試合だった」と悔しそうでしたが、野球を続けていたせいか、野球選手の故障についてはよく解るらしく、毎年この時期は特に野球選手が治療やテーピングに来ます。


東海









今年はどの高校が甲子園への出場を果たすのでしょう。
昨日の準決勝で、昨年と同様山梨学院と東海高校が決勝に進みました。
今日の決勝戦で甲子園への切符が決まります。我が家としては出来ることならお隣の東海高校に行ってもらいたいのですが・・・・・
いよいよ今日、県代表が決まります。


結果は・・・・・14対3という大量得点差で、今年も山梨学院高校が代表校に決まりました。
甲子園で、山梨代表として頂点を目指して頑張ってください。



leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 日記 

2017年07月22日

池田愛育OG会

この地区に愛育活動を立ち上げた一人Nさんは、10年以上もの長い間お姑さんの介護をされていました。以前から一度、Nさんが大変そうなので、一緒に活動していた昔の仲間が集まって、Nさんを励ます会をしましょうと言ってましたが、なかなかその機会がないまま過ぎていました。が、その姑さんが106歳という天寿を全うされ、旅立たれていかれましたので、一連の行事が済むころ集まりましょうと皆さんにお声をかけましたら、全部で12名の方たちが都合をつけてくださり、集まることになりました。
それで愛育活動生みの親の第一人者、石原さんのお写真を撮らせていただいたのです。そして偶然にもやはり生みの親のS先生とAさんにもお会いすることができましたので、その写真も持って会場に行きました。



かんぱ〜い









同じ地区に住んでいても、毎日会えるわけではありませんので、あちらでもこちらでも「久しぶり」「ちっとも変らんじゃん」 という言葉が飛び交っています。
出席予定の方が全員あつまり、一応呼びかけ人として進行役を務めさせていただきました。
本来ならここにいるべきSさんは、3年前に亡くなられましたし、もう一人のNさんは施設に入ってしまっています。10年余りの歳月はやはり重みがあります。
初めに亡くなったSさんとNさんのお姑さんに黙とうを捧げました。


積もる話近況








さぁそのあとは、順番に近況報告です。やはり皆さん、あの頃より少しづつ年齢を重ねていますので、お医者さん通いをしているとか、息子さんのところに住むようになったとか、何かと身体に変化はあるようです。でも、老いてはいられないと、コーラス・ダンス・舞踊・手芸などで活動している様子。お互い刺激しあえます。
Nさんは、お姑さんを看取ったときのことを話してくださいました。
106歳という高齢にもかかわらず頭は最後まではっきりされていて、ご本人の希望通り、家で家族に囲まれて、少しも苦しまずまるで眠るように旅立たれていったとか。本当にいい人生の幕引きだったそうです。


記念写真









後は自由におしゃべりかい。食事がすんでも話は尽きません。
今度はS先生にも来ていただいて、少し涼しくなったころ、「また集まりましょう」とお約束してそれぞれ家路につきました。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 日記 

2017年07月21日

偶然!

娘からファミレスで使用できる25パーセント引きの券を貰いましたので、この機会に使おうと、夫のお誕生日祝いをファミレスですることになり、近くの和食のお店に出かけていきました。
それというのも、2か所の行こうとしたお店が定休日だったからです。

キャンプで留守だった孫を除いて5人でお店に行き、席に案内してもらいましたら、お隣の席にワァ〜偶然にも以前お世話になった元看護学校のS教師と、その教え子で保健師さんとしてこの地区を担当してくださったAさんが・・・・・「しばらくです」「お元気そうで」
S先生とA保健師はよくこの場所を利用して、今も学習を積んでおられるとか。とくにS先生は週2回ぐらい利用しているとのことでした。便利な場所で冷房も効いているし、オフイス代わりに使うのには格好の場所ですね。



お元気!




その2日後に、このお二人にお世話いなった地区の愛育活動に携わった昔の仲間が、久しぶりに集うことになっていましたので、皆さんにお見せするからと写真を撮らせていただきました。
S先生は、「私も行きたい」と言われましたが、今回はご遠慮していただくことにして、次回には必ずご連絡しますと言ってお別れしました。
このことを皆さんに報告しなくちゃ・・・・・それにしてもいい時期の偶然でした。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 日記 

2017年07月20日

今度はブドウ

ブドウ



桃の時期もまだ終わりませんが、ブドウでは最初に出回るデラウェアが届きました。
今はジベレリン処理で種をなくしてありますが、本当は種があったほうが美味しいのです。ジベレリン処理をしますと、種を無くすのと同時に、生育を早めますので、出荷が速くできるから、市場価値が高くなるので、今は皆、種なしにしています。農家は自家用に、種ありのものを別にしておいたりしているんですよ。
我が家には初物、さっそくご先祖様にお供えしました。
梅雨らしい日がありませんでしたが、先日の雨で平年の大きさの粒になっています。甘みも程よく出来上がっています。出荷するまでの大変な労力を思いながら、有難くいただきました。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 食べ物 

2017年07月19日

古典音楽コンサート

ソプラノ歌手で、「ナーブル音楽企画」を主宰している川口聖加さんからお知らせいただき、自宅のレッスン室で開かれたヨーロッパの古楽コンサートにホットケーキ様とご一緒してきました。
(色の変わったところをクリックしますと、ホームページが開きます)

名古屋出身で広島のエリザベト音楽大学で宗教声楽コースを卒業後、オランダにわたりデン・ハーグ王立音楽院古典声楽コースで学び修士課程を修了された夏山美夏恵さんの歌で、古典楽器のリュートをルネ・ジェニス=フォルジャ氏の演奏で15曲聞かせていただきました。
フォルジャ氏は、アムステルダム・スヴェーリング音楽学院でリュートを学び、スペインの古典音楽に惹かれ、ビヴェラや歴史的ギターの演奏をしていました。オランダの古楽祭をはじめ海外の国際音楽祭でソリストやアンサンブル奏者として活躍されています。


川口さん会場










演奏中の撮影は禁止でしたから、写真はありませんが、主催者の川口さんのご挨拶と、会場の写真は写させていただきました。



りゅーと












歌手の夏山さんの解説で、10世紀から16世紀にかけての古典音楽をお聞きしたのですが、そのほとんどは恋の歌で、人は昔も今も恋心を歌い芸術や文学を生み出してきたのですね。
リュートという古典楽器も、実物を見たのは初めてでした。ヨーロッパから中国を経て、日本にもわたってきて、琵琶の原型になったとか。リュートもバチではじいたり指ではじいて音を出していました。
優しい音色でとても心が癒されました。
昨年のチェンバロ・4月のフォルテピアノと、古典楽器に触れさせていただき、これらの楽器に触れさせてくださった川口さんに感謝のひと時でした。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 音楽 

2017年07月18日

パッションフルーツ

パッションフルーツ











今年もまた、南の島「母島」の同級生から、南国の果物パッションフルーツが送られてきました。
丁度食べごろの真っ赤な色をしています。
早速お嫁さんと半分に切ってスプーンで口の中に。甘酸っぱさが口中に広がります。「男性は苦手かもしれないけれど、女性にはこの味はピッタリだよね」



中










珍しいものなので、ほんの少しづつですが、お裾分けしました。「初めて見た」と言う方も居て喜ばれました。送られてきたメールによると、「レモン林の傍に自生していたもの」だとか。
さすが南国、こんな木が自生しているなんて・・・・・同級生のkさんも元気にしているようで嬉しく思います。
もう減るばかりの同級生。一人でも多くの同級生が元気にしていてくれますように。



leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 食べ物 | 日記

2017年07月17日

大先輩

104歳









この地区に「愛育活動」を根付かせた「地区の宝」的存在の石原さんを、老人介護施設にお訪ねしてきました。介護施設と言ってもこの地区では一番高級なところですので、何もかも行き届いているとお見受けしました。
施設に入るまではこの地区の女性のリーダーとして、文化・スポーツ活動にあたられていました。その石原さんも今年は104歳になられたとか。今も頭脳明晰です。


お誕生日









「愛育活動」もその一つで、3歳未満児の子どもを育てているママたちの、悩みや育児相談を育児の先輩として引き受けようと、毎月親子で集う場を作ったのでした。
その活動は今も受け継がれていて、20年も前から月2回「りんごっこ」として活動が続いています。


書














今は歩くことが困難になり、車椅子生活ですが、以前からされている書を書かれ、月1回の絵手紙教室では筆を握り作品を書かれているとかで、お部屋に飾られていました。


絵も書も









暫くお話をしてきましたが、繰り返し「自分の健康は自分で守らないと」と言われ、皆さんとお喋りをすること、いろんなことの仲間になり、手や頭を使うことが大切だと言われていました。
「地区の宝」は今なお健在です。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 日記 

2017年07月16日

ツバメ

毎日のように1時間ぐらい歩いている息子が、「ツバメが落ちてた」とツバメのヒナを持ってきました。
「どうにかしてやれ」と言い残し又歩きに。とは言われてもどうしたらいいのか皆目わかりません。
生き物好きで心優しいお嫁さん、時間になるのを待って鳥獣センターに相談の電話をいれました。


ヒナ












「拾った場所に置いておけば、親がエサを運んでくるので、そこに置いてきてください」と言われたとかで、拾ったというお隣の東海高校の駐車場の茂みに置いてきました。


つばめ














ところが翌日、家の乗駐車場にいるツバメを発見。猫に見つかったら大変!と、又保護して、鳥獣センターに連絡しました。でもきっと親鳥がエサを運んででいたらしく、昨日より元気です。
家のネコは勿論、野良猫もウロウロしているので、いつ捕られるか心配です。籠に入れてネコの来ない場所、2階のベランダの軒下に吊るしました。ツバメは籠のふちに止まって親を待っています。
見ていると、親ツバメがエサを運んでくるのです! 
赤ちゃんを虐待したり、食塩を飲ませて殺してしまう人間は、爪のアカでも煎じて飲め!と言いたい気持ちで親ツバメを物陰に隠れて見ていました。


ツバメ危機














本当は野生の鳥ですから、こんな風に保護してはいけないのだそうです。もし猫に捕られてもそれが野生の習わしなので仕方ないのだとか。けれど、毎日気遣ってネットでツバメのことを調べたり、鳥獣センたーに何回も相談したり、エサをやろうと買ってきたりしているお嫁さんに、みすみす猫に捕まるのを見過ごせとは言えません。
何とか飛べるようになって巣立ってくれるようにと願うばかりです。


からっぽ














この後、仲間らしいツバメも飛んできて、ベランダに止まったりしていましたが、何と無事に飛び立って行ったようです! 本当に良かった でも1週間夜は寒さが毒だからと家の中に入れ、朝は4時には外に出してセッセとお世話していたお嫁さんは、とても寂しそうです。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 家族 | 日記

2017年07月15日

もも・・・・・ぞくぞく

この時期、あちこちからモモが届きます。今年のモモは小粒ですが、甘味が強くモモに関してはうるさい家族も「これならマァマァ」と言いながら頂いています。
次の日やってきた大きなモモは、それまで小粒だったのが、雨で急に大きくなったとかで、やはり甘味がいまいちです。頂くときにはかなり軟らかくなっていますので、あちこちにお届けしますが、「これはまずいからね。煮て食べてね」と言わなければ・・・・・これでも産地ではない人達には美味しいのかもしれません。


小粒大粒











7月の半ばになるとぐ〜んと美味しくなりますから、次にやってくる桃はきっとおいしい事だろうと期待しています。桃の摘果作業や収穫時期、何年もお手伝いしましたので、桃作りの大変さは少しですが体験しました。暑いさなかでの収穫はさぞ大変なことだろうと思いますが、農家の皆さんがどうかお元気に過ごせますようにと願っています。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 食べ物 

2017年07月14日

♪羽ばたけ 憲法9条♪

 堀尾輝久氏の講演会で、「羽ばたけ 憲法九条」という曲の印刷物が資料の中に入っていました。
堀尾氏の先導で会場の皆さんと歌ったのです。作詞は「合唱団この灯」となっていますが、曲はベートーヴェンの「第九」にのせてとありました。
歌詞を載せますのでこのページをご覧になっている皆さんも、是非お歌いください。


9条





        羽ばたけ 憲法九条

      1 憲法九条 平和の砦

        命と暮らしを守る要よ

        世界に誇れるこの憲法を

        みんなの力で守っていこう



      2 憲法九条 平和の砦
  
        争い無くして話し合おうよ
  
        子どもの未来が輝くように

        世界に羽ばたけ 憲法九条

        世界に羽ばたけ 憲法九条




leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 平和 

2017年07月13日

手づくりとインドカレーと

毎月無尽会場をお願いしているTさん。今はもう、営業はしていませんが、私たちの無尽会と他にいくつかの無尽会だけの食事は作って頂いています。
今月も皆手づくりのお料理を出してくださいました。


7月



タケノコの煮物、真竹のタケノコだとかで、知り合いの方がたくさん下さったとか。「このタケノコが一番おいしいよ」 帰りに湯がいたものを持たせてくださいました。嬉しい〜〜ッ!
ワラビの煮ものも先日行った先にわぁ〜と出ていたとか。今迄水分が無くて出られなかったけど、先日の雨で一斉に出たらしいとのこと。「10分ばかりで一抱えも採れたさ」
その上お豆腐も自家製。おろしショウガが効いて美味しいこと。
それに鯛の兜煮。とても良い味付けでした。ほぐして身を採りだすのに、皆大奮闘。
「兜煮とカニを食べる時は皆、無口で大人しくなるね」
この後出された鶏肉のフライにも、先ほど摘んだという大葉が挟んであって。みな美味しくいただきました。



ランチ飲み物










翌日、息子が「この間行ったインドカレーのお店のカレーが美味しかった」 「じゃぁいこう」 
中心部でインド人の方が出しているお店。年中無休だとか。ナンもカレーもとても美味しくいただきましたよ。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 食べ物 

2017年07月12日

6月のおさだクリニック

初夏



6月末も、月1回の検診におさだクリニックに。
なにしろヤクが切れると血圧が上がりっぱなしになりますので、毎月診察して頂きながら、処方箋を出していただいています。


まり花













6月の待合室。夏らしい配食の涼しげなタベストリー。七夕を思わせるくす玉のような可愛い飾り物。
夏山の風景、待合室に涼風が感じられます。
今回もいつものように処方箋を出していただき、7月末の予約をお願いしてきました。
ピンコロで逝けることが一番の願いですから、その日までこのクリニックにはお世話になります。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 健康 

2017年07月11日

日川高対城西高

ナイン








三男の息子・孫がベンチ入りした城西高校の応援に、勿論三男は小瀬球場に駆け付けていましたが、実は三男は日川の野球部の出身で、選手としてやはり県大会に2年生から出場していましたし、1年生の時は今、日川の監督をしている池谷監督が3年生で、主将として甲子園出場したのでした。(1年生だったので、選手ではありませんでしたが、部員は連れて行って貰えました)
ですから相手が日川高校ですし、池谷監督には在校中大変可愛がっていただいていましたので、三男の心境は複雑だったことだと思います。


グラウンド整備








が、今回は息子がベンチ入りしているということで、勿論城西高校の応援席に。三男とはラインでやり取りしながら、私はTVにかじりついていました。
プレーボール、城西高校は先行です。先頭バッターがヒットで塁に出て、幸先がよく満塁になりましたが、得点はならず1回の表は0点。その裏、日川高校に1点取られます。
2回3回とお互い0点が続き、4回、エラーも絡んで1点取り同点に。その後は5・6・7回と双方得点なし。8回の表、ついに逆転します。2対1 何とかこのまま勝ち進みますように・・・・・


試合終了校歌







願いが叶い、ついに試合終了。孫もベンチから飛び出し、笑顔でTV画面に映りました。試合に出る場面はありませんでしたが、チームの一員として嬉しそうにしている様子は、見ているだけで元気が貰えます。
孫は勿論ですが、完投したピッチャーの広瀬君、よく打った加賀美君などよく家の治療院にやってきます。西・航空・甲府工業・そして東海高校・・・・・治療にやってくる選手を見ている長男は、どこの学校を応援していいのかいつも迷っているようですが、自身も野球をし通して選手のしんどさを人一倍味わっていますので、この時期、野球選手には自然に治療に力が入るようです。

城西高校、次の相手は富士河口湖高校ですが、富士北麓球場での試合なので、どうやらTV中継はないようです。3年生にとっては、負けるともう終わりになりますので、1日も長く試合が出来ますように。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 日記 

2017年07月10日

高校野球県大会

今年も甲子園を目指して夏の全国高校野球大会県予選が8日に始まりました。
山梨県では36校が参加、その頂点にたてた1校だけが憧れの甲子園に。今年はどの学校が残るのでしょう。
3男の下の孫が城西高校の野球部にいますので、2年生だしベンチに入れるか・・・・・と案じていましたが、何とか入ることが出来ましたので、テレビに釘付けになって開会式を見ていました。
開会式の後の開幕試合で、日川高校と第1戦で対決することになっていましたから。

本当は小瀬球場に駆けつけたかったのですが、予報では36度との事でしたから、高齢者は外出禁止。28度設定のエアコンの中での応援となりました。


入場開会式







時間になりいよいよ開会式。華やかなチアガールの先導で大会旗などに続いて選手入場。
昨年甲子園に出場した山梨学院を先頭に、準優勝の東海高校・・・・・と続き、開幕試合の日川と城西高校は一番最後に入ってきました。孫も緊張した顔つきで、元気に行進しています。全選手が整列して一連の開会行事です。




球場選手宣誓








ヘリ落ちた









国旗と大会旗掲揚では、今年は市川高校の女子生徒が美しいソプラノで、国歌と大会歌を独唱しました。いつもは合唱ですけれど、独唱も良いものですね。無伴奏でしたから荘厳な響きでした。
主催者を始め何人かの挨拶。これはもう短いに越したことはありませんが。
そして選手宣誓・淡々とでも感謝のこもった言葉での宣誓。立派でした。
始球式用のボールは飛んできたヘリコプターからグランドに落とされます。落ちる地点を示した場所の近くに落ちてきたボール。主催新聞社の旗が付いていました。


投げたオリンピック選手




そのボールで始球式をするのは、リオ五輪でウエイトリフティング日本代表の中山陽介さん。きっと一杯練習して臨んだのでしょうが、力み過ぎたのか大きく左にそれて本人は悔しそう。でも、マイクを手に選手にエールを送りました。

さぁ、日川対城西の試合が始まりました。その様子はまた、明日に廻します。


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2017年07月09日

堀尾輝久氏の講演

主催者 










8月3日〜8日まで開かれる「2017平和を願う山梨戦争展」の関連行事として、東大名誉教授で、民主教育研究所代表の堀尾輝久氏の「今こそ9条理念で地球憲章を」と題した講演会がありました。
 はじめに戦争展の呼びかけ人の大澤氏から、「今年も戦争の実態を見・聞きして、憲法のもとで平和な生活が出来ていることに気づき、これからも平和を守ることの大切さを学んでほしい。展示と講演・証言・映画上映などもあります」とご挨拶があり、堀尾氏の講演に移りました。



幣原喜重郎










堀尾氏はまずご自分の成育歴からお話になりました。
 1933年小倉市生まれ、4歳の時日中戦争がはじまり、中国北部の戦場に行った父が6歳の時戦病死しました。靖国に奉られ「誉れの家」と言われ、学校では「東洋平和のために」と教えられ、軍国少年でした。小倉は町疎開になり、空襲の延焼を防ぐために家を壊す作業に駆り出されましたが、小倉は原爆投下の候補地だったので空襲はありませんでした。長崎に落ちた原爆が、当日小倉が曇っていなければ小倉に落とされたことは戦後知りました。
 敗戦時は12歳、終戦の安堵と将来の不安、教科書の墨塗り体験は、それまでの価値観を否定するものでした。が、翌年配られた「新しい憲法のはなし」は新鮮な驚きでした。
 堀尾氏は自分は軍国少年になりましたが、人間は多様で全員が軍国少年にならなかったことに気づきました。兄はNHKで相撲放送で活躍した杉山アナウンサーですが、子どもの頃からアナウンサーになりたいと言っていました。



堀尾輝久氏









 「戦争は人間を狂気にする」と戦争で精神障害になったフォービンス退役軍人は、精神を病みながら平和運動をしています。日本にも精神を病んだ軍人がいましたが、千葉の病院に収容して隠していました。
日本には「腹切り」文化があり、死に対する姿勢が違います。
アッツ島玉砕の時、上陸したドナルドキーンは「戦わなかったのに、島に上陸したら皆死んでいた」と書いています。



9条の理念で









日本は70年前、敗戦の廃墟の中から、戦争への反省と平和への願いを込めて戦争放棄を規定する9条を持つ憲法を制定しました。
改憲派の人達は「憲法は戦後、アメリカから押し付けられたものだ」と言いますが、そうではないことを堀尾氏が国会図書館で発見しました。
1945年10月、幣原喜重郎内閣が成立し、旧体制から民主化にと移行し、憲法調査会が憲法改正の検討を始めました。
1946年1月天皇の人間宣言があり、同じ月に幣原・マッカーサー会談が行われます。
2月マッカーサーが3原則を提示、同じ月にGHQの憲法草案を日本政府に提示しました。
3月政府が「憲法草案要項」を発表。4月政府が「憲法改正草案」を発表。
11月3日日本国憲法公布ー翌年5月3日施行となりました。

憲法調査会が内外の関係者から聞き取りをし、1958年マッカーサーとの文書のやり取りでマッカーサーは、「戦争を禁止する条項を憲法に入れるようにと言う提案は、幣原首相が行ったのです」と言っています。そして「9条は幣原首相の先見の明とステイツマンシップと英知の記念塔として、朽ちることはないであろう」と述べています。
堀尾氏は幣原首相が、戦争放棄と武器はいらないと言ったことを書いた文章を、国会図書館で発見したのです。


質疑応答









あれから70年経ち、昨年の安保法制の成立は、従来の政府見解をも変えて集団的自衛権を容認し海外派兵を可能とするものであり、それを違憲とする訴訟も提起されています。今まで原告になった事はありませんでしたが、これだけは許せないと原告になり、昨年9月意見陳述もしました。

わが国の歴史を見れば、侵略戦争と敗戦、が、前文と9条を持つ日本国憲法のもとでこの70年、外国の軍隊と殺し殺されることのない稀有な歴史を綴ってきました。
「9条の会」がノーベル平和賞候補にノミネートされたことや、国連での「平和への権利宣言」の動きも9条を守る運動を励ましてくれています。
9条は一国の平和だけではなく世界の平和を求めるものであり、それなくして一国の平和も保てないことに自覚的なのであり、積極的平和主義なのです。9条の精神を世界に広げなければその平和主義は完結しないのです。
先ずは日本で9条を守り根付かせ、国内外の人々の署名やメッセージを頂き、地球にふさわしい「9条の精神を持つ地球憲章(世界憲章)」を創り世界の協同作業の始まりとしたい。と強く願って活動を進めています。
最後に世界で9条に関心があり知っている。9条はアジア・世界の宝です。と言われました。

すばらしい資料と共にわかりやすくお話いただき、来月の平和を願う山梨戦争展への関心が高まりました。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(4) 平和 

2017年07月08日

お墓の草

このところ、時々日曜日の早朝ドライブに連れて行ってくれるようになった息子、「明日の朝は5時に出るぞ」
朝5時、小雨が降っていましたが、息子の車に乗り込みました。
「今朝は山中湖へ行くぞ。吉田から忍野に向ける道は行ったこんがないから」で、吉田から忍野に抜け、花の都公園脇を進み山中湖に。それにしても山中湖の富士山はカッコ悪い。それに富士山を撃っているような演習場があるし。山中湖の富士山は好きになれません。
ぐるっと1周、平野の方に白鳥の親子がいましたが、写真を撮らせてもらえません。車が止まってくれないのです。


山門鐘搗き堂ショウブ






山中湖を1周して帰り道、「時間があるから吉田の家に寄るか?」「じゃァお墓に寄ってくれないかな」
このところ、暫く行ってないので気になっていたのです。
お墓は案の定、草が伸びていました。ゴミ袋は用意していきましたから、息子とセッセと草取り。お陰でさっぱりしました。「気になっていたから良かったよ」
息子はやぶ蚊に刺されたと「かい〜〜ッ」
8時半に家には帰って来ました。テーピングの患者さんが来るからと8時半までのドライブでした。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 日記 

2017年07月07日

お誕生日

81回目ともなると、今更お誕生日なんて少しも嬉しくはないのですが・・・・・お嫁さんから「いくつになっても美しく」と美容液を頂き、美味しい夕食を用意してくれました。
珍しく娘が「みんなで食べて」とどっさりとアイスクリームを持って来てくれ、一番上の孫がランチをご馳走してくれ、二番目の孫はマッサージを確りしてくれました。
三番目の孫には、「髪の毛をカットして」と頼みましたが「嫌」とはっきり断られました。が、その代りと全員分の焼きプリンを持って来てくれました。


81歳




そして末の孫は「おばぁちゃん」と書かれたプレートを付けたフルーツケーキ。早速切り分けて皆で戴きました。とってもおいしいケーキでした。
おまけに長男までが大ファンの「谷村新司」コンサートのチケットを取ってくれました。最も長男は自分も聞きたいからですけれど。
マァそれにしてもこんな風に皆からお祝いしてもらえるなんて本当に嬉しい事です。皆、有難う!
子孝行・お嫁さん孝行・孫孝行のために、ピンコロをめざしますよ。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(6) 家族 

2017年07月06日

ヤマブキに実が・・・・・

近くの幹線道路脇に、毎年白い花をつけるヤマブキがあります。ヤマブキの花と言えば黄色いものだと思っていましたが、白い花は珍しいし、とても清楚な感じで通るたびに「ステキ」だと思っていました。


白ヤマブキ




花が終わりまた来年を・・・・・と思いながら通りかかりましたら、何やら実のようなものがついているではありませんか。
「七重八重花は咲けどもヤマブキの みの一つだになきぞ悲しき」 たしか教科書にも載っていた短歌でした。太田道灌が狩りの途中で雨に会い、蓑を借りようとした家の少女が黙ってヤマブキの一枝を差し出した・・・・・そんなお話でしたよね。


白ヤマブキの花









だからヤマブキには実がつかないものだと思っていましたら、どうやら一重咲きのものには実がつくようですね。あの実を頂いてきて植えたら、白い花のヤマブキが育つのでしょうか。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 日記 

2017年07月05日

孫崎享氏の講演

孫崎氏は1943年生まれと言うことですから74歳になられます。が、今も精力的に活動されている方ですから、年齢よりかなりお若く見えます。


危ない









はじめに「今、日本の民主主義は壊れつつある」と言われました。そして、1960〜70年代にそんな危機感を持った人は恐らく居なかったと思うと言われました。
孫崎氏は今、自分の考えを伝えていくのには、若者たちへの発信が大事だと思うからと、ツイッターを始めたそうです。実は私も孫崎氏のフォロアーの一員です。孫崎氏のつぶやきを時々リツイートさせていただいています。今、孫崎氏のツイッターには、14万人ものフォロアーさんが居られるとのことでした。毎日多くの事をつぶやかれていますから、その影響力は大きいことと思います。



軍事力









日本の民主主義が壊れつつあるということは、このようなことから感じます。真の民主主義が育つ国は、報道の自由があるのですが、今、日本の報道の自由は、どのぐらいだと思われますか?と会場に問われ、皆さんに手を挙げてもらいながら、「30番台? 40番台?・・・・・」と聞かれました。
今年発表された順位は、何と日本は72番目だそうです! お隣の韓国でさえ68番目だというのに です
いま、注目されている加計学園問題でも、前川氏は「私に対する個人攻撃がひどい。官邸の関与あると考えられる」と言っています。
安倍首相は憲法を何としても改正したい、国際的安全保障関係の改善に日本が貢献するという文言を入れ、戦争が出来る国にしたいのです。
しかし、とこの言葉を何回も繰り返して孫崎氏は強く言いました。「軍事力で平和は守れません」「軍事で安全は達成できないのです」



民主主義が著書










北朝鮮からミサイルが飛んできたら、頑丈な建物に入れ・建物の影で伏せろなんて言っていますが、核兵器とミサイルは飛んできたら防ぎようがありません。短距離・中距離ミサイルは落下時の秒速は2000〜3000mです。しかし迎撃ミサイルPAC3の秒速は1800mですし、上空に発射した時を考えると、守備範囲は2〜3キロしかありません。市ヶ谷に配備していても国会も首相官邸も守れません。守れるのは自衛隊の建物だけです。
また、アメリカの核の傘に守られているからと言いますが、例えば中国が核兵器で日本を攻撃すると脅すと、日本はアメリカに助けを求めるでしょう。もしアメリカが中国に、日本を攻撃すれば中国の都市を攻撃すると言ったとして、もし中国が日本を攻撃することを断念したとしても、では代わりにそれならアメリカのシアトルとかユタ州を攻撃すると言われたら、アメリカは日本を攻撃するなとは言えなくなります。
キッシンジャーが周恩来へ説明したことは「核の傘についていえば、アメリカは核の傘を拡大する条約を日本と結ばなければならないわけではありません。日本が攻撃されたときに、我々が日本を防衛したいと思えば防衛することはできます。核の時代においては、国家が他の国を防衛するのは条約があるからではありません。自国の国益が危険にさらされるからなのです」 


質問









又北朝鮮は、200〜300発、日本を射程距離に入れられる中距離弾道ミサイルを実戦配備しています。キッシンジャーは、「核兵器を有する国は、それを用いずして全面降伏を受け入れることはないであろう。一方でその生存が直接脅かされていると信ずるとき以外は、核戦争の危険を冒す国もないとみられる。」と判断しました。同時に「無条件降伏を求めない事を明らかにし、どんな紛争も国家の生存の問題を含まない枠を作ることが米国外交の仕事である」と指摘しています。この指摘が北朝鮮の核兵器開発に対する西側の基本理念となるべきではないか。と言われました。
 日本は、国連憲章第2条「武力による威嚇又は武力の行使を慎まなければならない」の原則に従い、北朝鮮の体制、指導者を軍事行動で排斥する行動はしないと言えば、北朝鮮からの対日軍事攻撃の動機はない。何故この政策をとらないのか。朝鮮半島の危機を煽ることに利益を感じている人々がいるからだ。と北朝鮮は言っています。
日本の経済力が挙がったのは、労働に対する教育水準が高かったからですが、今その教育水準が悪くなってきています。
「おかしい」と言う人が切られてゆき、批判する社会は作らない風潮が強くなってきています。

この他にもここに書ききれないほどいろんなことを指摘されましたが、とにかく一貫して言われていたことは、「世界中のどの国も、軍事力で自分たちの国は守れないのだ」と言うことでした。
消化不良のような報告ですが、どなたか補足して頂けるとありがたく思います。


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leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(2) 平和