2018年09月19日

竜電関おめでとう!!

幕内で一番先に勝ち越しを決めた竜電関。インタビュールームで答える姿にウルウルしました。
あの大怪我を乗り越えて、ここまで精進した今、身体も一回り大きくなった感じがしますし、顔もとてもいい表情になってきました。




勝ち越し








10月10日に、山梨巡業で郷土に来ます。椅子席ですがチケットをお願いして、応援がてら行くことにしています。
錦が飾れてよかったね。
後半線がまだ続くけれど、今までの調子で頑張ってくださいね。
応援していますよ。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 竜電 

2018年09月18日

シルバーカー

敬老の日が近くなると、老人にスポットが当てられますが、我が家では一年中「敬老の日」のような気がします。
私たちの年齢のほとんどの方たちは、夫婦か一人暮らしになっていますが、幸いなことに私たちは息子夫婦と同居していますから、三世代で住んでいますし、内孫も皆成人しましたので、それぞれ車も免許も持っていますから、夫が運転できない今も、誰彼となく車で送迎してもらっています。

それに三男一家もほんの300mぐらいしか離れていないところに住んでいますから、送迎の運転手には事欠かないで、出て歩く機会に恵まれています。本当に有難いことだと思います。



シルバーカー






それでも、近い所には何とか歩いて行けるようにと、米寿のお祝いに子どもたちがシルバーカーを買ってくれました。
夫は杖を2本使わないと歩けなくなっていますが、「シルバーカーのほうがきっと楽に歩ける」というお嫁さんの発案で4人の子どもたちで送ってくれたのです。
今まではほんの3〜400mぐらいの距離でも、車で移動していましたが、近くの歯医者さんに行くのに初めて使ってみました。
人目を気にしてイヤだと言っていた夫も、使ってみましたら「杖より楽だ!」と言うのです!目下「しめしめ、これで歩く距離をだんだん伸ばそう」と、密かに目論んでいます。

これを送ってくれた時の娘の言葉が、「お父さんは今まで、荷物が積めるようにと軽トラやワゴン車しか運転しなかったけれど、私たちがベンツのシルバーカーを送ります」!!でした。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 家族 

2018年09月17日

人権にかかわるパネル展

いのち羽黒小








冨竹中











今年も地区にある西公民館で18日(火)まで「人権啓発に関わるパネル展」が行われています。この後も来年2月まで各公民館を巡回して展示されるようです。



人権伊勢小









今年も市内の小中学校で、国境なき医師団のFさんが人権・命の大切さ・人間として生きる権利・世界には今なお貧困・差別・戦火・飢餓・などで苦しんでいる子どもたちがいると言うことをお話してくださったことに対する感想文が、展示されていました。



写真付属










日本でも戦中・戦後はひどい状態が続いていましたが、平和が続いた今、恵まれすぎている子どもたちにとっては、ショックなお話のようだったと思われる感想文が多く、改めて命の大切さが書かれているものが見受けられました。が、今の政権のままだといつまたその子どもたちが戦場に駆り出されるかもしれません。





舞台







今回は、拉致問題啓発舞台劇の上演もあるようです。
11月9日(金)午後2時開演で下記ように上演されるようですから、お早めに申し込んでください。「めぐみへの誓い」と言う演劇で「この演劇を通して、皆さまが拉致に関心を寄せてくださることを願っています!」と、横田滋・早紀江さんご夫妻のメッセージがチラシに書かれています。
安倍首相は全員帰国させると言うだけで、何も解決していません。拉致家族の血を吐くような叫びをどうか心に刻んでください。


↓申し込み方法です。

「往復はがき」「電子メール」「FAX」で申し込んでください。

申し込み期限 10月26日(金)

往復はがき表記
〒400-8501 
甲府市丸の内1-6-1 
山梨県県民生活課・男女参画課

往復はがき裏面
1 代表者の住所氏名(ふりがな)
2 代表者の連絡先(電話番号)
3 来場者全員の氏名(ふりがな)
4 車いすをご利用の方、手話通訳が必要な場合はその旨を明記


電子メール
上記往復はがき裏面の1〜4を記入の上、
山梨県県民生活部県民生活・男女参画課
kenmin-skt@pref.yamanashi.jg.jp

FAX
同じく1〜4までを記入し10月26日までに
山梨県県民生活部県民生活・男女参画課(055-223-1320)まで送信してください。


舞台劇上演会場は南アルプスの桃源文化会館(055-284-3411)です。応募多数の場合は先着順になります。
横田滋役は、原田大二郎さん・横田早紀江役は石村とも子さん、横田めぐみ役は北煬子さんです。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) お知らせ 

2018年09月16日

米寿・家族でお祝いの会

進行









子どもや孫たち全員で夫の米寿を祝おうと言うことになり、9日、湯村のホテルでお祝いの会をしました。
子ども夫婦8人・孫8人。私たちを入れて全部そろうと18人ですが、高校生の孫がどうしても部活を休めないからと1人欠席、そのかわり実の妹以上に親しくしている夫婦が東京から駆け付けてきてくれました。
妹同様にしているHさんは、私たちが結婚と同時に離れをお借りして住んでいた大家さんの娘さんで、当時は保母さんになりたてでした。その後、長男が勤め先の保育園でお世話になったり、結婚して東京住まいになった時に二男を私が預かったりと、ずっと親戚以上のお付き合いでした。



みなみ同志6チャンネル
















この会を盛り上げて頂こうと、今、山梨の人気者になっている「みなみおばちゃん」にも来ていただき、賑やかな会になりました。人気者の登場とあって孫たちは次々と一緒に写真を撮らせていただきました。
始めに東京から来てくれた夫婦からお祝いのことがを頂き、みなみおばちゃんが「乾杯」の音頭を取ってくださり、食事が始まりました。



孫から1孫から2










食事をしながら孫たちから次々とプレゼントが夫に送られます。
愛用している栄養剤・冬用の洋服とパジャマ・映画の鑑賞券・商品券・・・・・
そして子どもたち一同からはシルバーカー。全員が書いた寄せ書きも送られて「こんなに祝ってもらえるなんて!」と夫は大感激。



みなみおばちゃん寄せ書き











みなみおばちゃんが一人一人のプレゼントを紹介しながら、楽しいトークで会場は笑いがいっぱい。



お祝い?









最後に二男家族が夫に「おめでとう」と書かれたたすきをかけ、大きな蝶ネクタイを首につけ、頭にはウサギの耳をつけたので大うけ。
私にまでレイをかけてくれました。



孫から









みなみおばちゃんは、次の会場に行くからと中座しましたが、その後も一人一人がおじぃちゃんとの思い出を語ってくれたり、息子や娘は貧乏した時の辛かったことや、貧乏したけれど夫の働いている後姿を見て育ち、怠けないことが身に着いたことなど、60年近い思い出話に花が咲きました。



花束記念写真










最後に孫からお送られた大きな花束を持って一同で記念写真に納まり、楽しかった会を閉じました。
皆、来てくれてありがとう!!


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 家族 

2018年09月15日

米寿

夫が米寿になり、甲府市でお祝いをくださるとのこと、民生委員さんと市役所の職員さんが来てくださるとお知らせがありました。
「何時に行けるかわかりませんが、午前中です」とのことでしたが、一番先に来てくださったのか、9時前にチャイムがなりました。



市役所









丁度夫もいましたので、直接頂くことが出来ました。「おめでとうございます」と渡された熨斗袋、民生委員さんからもお祝いの品を頂きました。
「有難うございます。これからも元気に過ごします」と夫。とはいうものの週4回ディサービスにお世話になっていて、この日もお迎えが来る寸前でした。



民生委員から














そして池田小学校の児童からの手紙もありました。6年生が書いてくれたようです。可愛いお手紙。お礼の返事を出さなくちゃァ・・・・・



市役所・子ども










でもまぁ、こうして何とか自分のことが出来ているうちは良いとしましょう。
兎に角健康が一番ですから、これ以上ご迷惑をかけないように過ごさなければ!
のし袋には新券で5000円入っていました。民生委員さんからのお祝いの品は夫の好きな黒飴。この飴は姑も大好きでしたっけ。姑はとても優しい良い方でした。不出来な嫁だったことを今頃悔いています。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 家族 

2018年09月14日

ふくさづくり

8月は暑いからと夏休みをしていた「あやめ会」 
9月は工芸のヒグチ先生の指導で、お祝い用のふくさを作ることになっています。ふくさと言うと、不祝儀の時の物はどの家庭にもありますが、お祝い用のふくさはなかなか無いものですから「作ろう」と言うことになったのです。


縫う










丁度ヒグチさんのところで、袋帯用の素敵な帯地を手に入れられて、何かに役立てようと思っていたところだったとかで、それで作ることになりました。

あやめ会の会員も高齢になり、なかなか作業がはかどりませんので、ヒグチサンは一人分づつ裁断をし、芯を貼り裏地の裁断までして、しかも縫い代の線までつけてありました。至れり尽くせりです。



材料今日はここまで








私たちはその線に沿って縫っていくだけ。なにしろこのところ針や糸をあまり持ちませんせんし、運針もろくにしませんから、周りを縫うだけでもかなり時間がかかります。こんなことでも性格は出るもので、細かい針目できれいに縫う人も居れば、私のように大雑把にもちろん縫い目がそろっていない人も居ます。中には丁寧に返し針で縫う人も・・・・・



選んで









廻りを縫い上げたら、カーブのところに切れ目を入れてひっくり返します。
でも、これはアイロンをかけてきちんと折り目をつけた方が良いからと、後は家に持ち帰って作り上げることにしました。




お茶タイム








「今日はここまでね」 「じゃァお茶にしましょう」皆、このお茶が一番の楽しみですから、たちまち作業は中止、お茶タイムです。
この日の当番さん、いつもいろいろと手作りの物を持ってきてくださいます。お漬物・サンドイッチ・大学いも・・・・・どれも美味しくいただきました。
アンラ、来月は私がお当番。とてもこんなにいろいろと作れませんが、何か手作りの物を持って行かなくちゃァ。
お茶タイムで元気を頂いて帰ってきました。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(2) 健康 

2018年09月13日

四季の会2





秋の七草風











後半はみんなに親しまれている歌謡曲、「水色のワルツ」にはじまって「あざみの歌」「忘れな草をあなたに」と続きます。
いつも歌われる歌は、前回の来場者のアンケートで「歌いたい歌」を書いてもらい、構成するのだそうです。



独唱









後半でも「山陰の道」は、1番を砂田氏が独唱されました。
今年、75歳になられたそうですが、名刺に「歌きち」と書かれているほど、歌が大好きだとか。こんなに美声の持ち主なので音楽学校の出身かと思いましたが、そうではないそうです。唄うことが好きなので、あちこちでいろんな会を開催しているようです。



チラシ









9月22日(土)にも、富士川町の道の駅「富士川」で「うたごえ広場」を開催するからとチラシを頂きました。午後1時30分から入場無料だそうです。



同級生









この会ではいつも、同級生だというお二人の方が、スクリーンに歌詞を映し出す方と、音響担当をしてくださっています。富士川町の会場でもお二人がおられるかもしれません。
こうして陰で支えてくださる方に恵まれて、砂田氏の活動が続いているわけですね。

次回の四季の会の「叙情歌の集い」は、12月8日(土)だそうです。
今から予定に入れておきましょう。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 音楽 

2018年09月12日

四季の会

入り口









県立美術館の敷地の中にある茶室で行われる「四季の会」は、素晴しいお声の持ち主の砂田貢さんのリードで、皆に親しまれている童謡や歌謡曲を歌う楽しいひと時です。8日・土曜日に行われましたので行ってきました。



集い会長さん










今回で25回目を数えるとか。主催は県立文学館協力会・この会は文学館でボランティア活動をされている方たちの会です。始めに協力会の会長さんからご挨拶がありました。「世間は狭い」とはこのことでしょうか。その会長さんは、夫の実家のお近くにお住まいで、館長さんの奥様と義姉は親しくされているとか。
義姉は短歌を詠んでいますが、会長さんは俳句を詠まれるとか。



元気に朗読










時間になり、いよいよ歌の会の始まりです。初めに文学館なのでといつも詩の朗読があります。朗読されるのは協力員さん。この日は室生犀星の「ふるさとは 遠くにありて思うもの」の小景異情その二と、田辺聖子の「今を楽しく元気に」の二編を朗読してくださいました。




楽しいトーク









ナビゲーターの砂田氏は、甲州弁にたけた方ですから、方言を交えて皆さんの笑いを誘いながら、リードされていきます。いつものことですが、最初は四季の会になぞらえて「四季の歌」からです。
それからは「十五夜お月さん」 「赤とんぼ」と秋の歌が続きます。次の歌に進むときは、その歌の作詞・作曲者、何年ごろどんなことから出来たのかなど、エピソードを交えて話してくださいます。「小さい秋みつけた」の中にある「たでの葉赤くて・・・・・」のたでの葉はかぶれるから触らないほうが良いなどと。お得意の甲州弁を交えての楽しいトークもこの会の魅力です。



始まり









今回は前半が童謡で、砂田氏は「ふるさとの」を独唱されました。と言っても歌いたい人の集まりですから、「二番からは一緒にどうぞ」 とのことで皆さんで歌い上げました。
前半が終わって小休止。後半は明日に回しますね。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 音楽 

2018年09月11日

記念品!

年金友の会に出席すると、記念品をくださいます。今年はその記念品が、今、テレビでも盛んに宣伝している「眼鏡型ルーペ」でした。
老人向きで的を得た贈り物。早速試してみましたら・・・・・「1.6」とありましたので、私には強すぎてぼやけて見えます。いつも殆ど眼鏡はかけませんし、新聞も老眼鏡をかけないでも読めるのです。




メガネ型ルーペ






スマホでラインをした後などには、老眼鏡をかけるときもありますが、「1」で十分ですから、1.6だと強すぎます。
丁度お嫁さんがいましたので、「良かったら使って、私には強すぎるから」と渡しましたら、「丁度いい」
と言うことで、記念品はお嫁さんが使うことになりました!


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 日記 

2018年09月10日

年金友の会総会

少しばかりの年金を振り込んでいただいている金融機関には「友の会」があります。この友の会では年1回総会が行われ、記念行事のアトラクションで、芸能人の舞台が用意されています。
今年は物真似の清水アキラさんの舞台でした。



ホール








県下全部の会員が会しますので、文化ホールで2日間、昼夜に分けて計4回の舞台です。私たちの地区は1日目の2回目の舞台でした。
金融機関店舗に集まってバスで移動。何台ものバスが来て、全員がホールに納まるまでかなりの時間を要します。
店舗別に座席に座りますが、座席もホールの中を回るようになっていて、今年は1階の左一番前の席でした。
総会はほんの形式的なもの。だって会員の会費で不足分は金融機関が補充してくれているんですもの。


清水まり子
















そしてお待ちかねの舞台です。初めは毎年、甲府市出身の清水まり子さんの舞台。清水さんは一高生時代からこの舞台に出ているとかで、32年間、毎年唄っているそうです。
お声もいいし歌もお上手なのに、ヒット曲に恵まれないと、なかなか有名になれないのがこの世界ですね。美人でスタイルも良いのに・・・・・でも30年も歌っているプロですから、十分楽しめた舞台でした。



都ひばり















その次に出てきたのは「都ひばり」という、何か聞いた名前の女性芸人。物まねの人でした。名前通り都はるみ・美空ひばりの物まねはお上手で笑わせて頂きました。



清水アキラ














最後は清水アキラさん。ピンクレディの扮装で出てきたと思いましたら、舞台を駆け回ったり、早変わりでアッという間に服装を変えたりしながら、トークも交えて会場を沸かせていました。
途中で2回ばかり新人歌手で演歌歌手の美里里美さんの歌を交えながら、お得意の五木ひろし・研ナオコ・村田秀雄・・・・・と登場?しましたが、自身の曲も披露していました。「去年は暇だったから・・・・・」と息子の不祥事も笑いにしながら。
アンコールは谷村新司さんで登場。さすが!楽しい舞台でした。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 日記 

2018年09月09日

五日市憲法の発見から50年

会場に













色川大吉氏の当時色川ゼミの学生さんだった新井勝紘氏は、開かずの蔵と言われた古い土蔵から五日市憲法の草案を発見した当事者ですが、その新井氏の講演会がありましたので、行ってきました。
新井氏が大学生だった50年前、色川氏は旧家の土蔵をやっと開けてもいいと言う許可をもらいました。この土蔵を開けることを何回も断られていて、半ば諦めかけている矢先でした。
その時、新井氏が担当した場所から、「日本国憲法」と書かれた文書を見つけましたが、「大日本国憲法の写しで『大』の字が虫に食われたのだろう」と思い、重要視しませんでしたが、色川教授の指示で調べていくと、全くオリジナルの憲法草案だとわかり、大発見となったのです。
これこそ明治初期、民間の有志で作った「五日市憲法」草案でした。

当時としては画期的な、国民の権利をいかに守るかを重視した先進的なものでした。起草の中心となったのは、仙台藩士の子で、放浪の末に五日市で教師をしていた千葉卓三郎でした。卓三郎を中心に、村の広範囲な層が、欧米の憲法なども参照して検討を重ねながら、条文を一つ一つ検討していたことが明らかになりました。新井氏は「彼らは国民の自由や平等、権利を国民に守らせるために、憲法が必要だと意識していた」と話されました。



蔵の中










明治初期の当時、画期的であったことは、「戸主の女性にも選挙権を与えるべき」とあったことでした。勿論女性の参政権は戦後までありませんでしたが、そんな議論までしていたことは、いかに民主的な考えの人たちがいたかと言うことを著しています。
そのことを実証したメモがあります。
「討論題集」として ○贅沢品に重税を賦課するの利害 ○女戸主に政権を与うるの利害 ○国会は二院を要するや ○女帝を立つるの可否 ○不治の患者の苦痛に耐えかね死を求むる時、医師立会いの上、之を薬殺可れとの明文を法律に掲げたるの可否(よく判読できませんでしたが、安楽死のことですね)
今もなお、これらのことは検討されています。




平和憲法の基








討論を重ねた末、五日市憲法草案が出来上がりました。それらは本当に明治初期の人たちの考えたものか!と思うほど、画期的で今の憲法の基本的な考えが盛り込まれています。
「基本的人権の保護」 「身体・生命・財産・名誉の保固する権利」 「予め検問を受けることのない思想・言論・講談・討論・演説の自由」 「結社・集会の自由」 「信書の秘密を侵されない自由」 「地方自治権」 「死刑の廃止」 「信教の自由」 「教育の自由」・・・・・・・
読んでいて驚くことばかりでした。

今、憲法を変えようとしている安倍さんは「戦後押しつけられたみっともない憲法」だと言いますが、とんでもない!!根底に五日市憲法草案をはじめとして、自由民権運動が全国に広まった時期の、庶民の願いが根付いて、平和憲法が作られていると思うのです。
新井氏は五日市憲法草案発見から50年と言うことで、この度岩波新書から「五日市憲法」と言う本を出されました。
まだまだ講演内容は盛り沢山でしたが、平和憲法は決して押しつけではない、と言うことが明確になったことが大きな収穫でした。

改めてこの憲法は世界の宝だと思う講演会でした。

五日市氏を訪れた時の記事です。

http://blog.livedoor.jp/leltugo123-yuki1234/archives/51846002.html#comments

http://blog.livedoor.jp/leltugo123-yuki1234/archives/51846027.html#comments

http://blog.livedoor.jp/leltugo123-yuki1234/archives/51846061.html#comments

http://blog.livedoor.jp/leltugo123-yuki1234/archives/51846076.html

http://blog.livedoor.jp/leltugo123-yuki1234/archives/51846128.html


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(4) 平和 

2018年09月08日

9月8日・命日

73年前、9月8日、まだ18歳だった叔父と母の従弟は、旧満州の天崗と言う場所で、現地の住民に殺されました。
殺されなくてもいい命だったと思うのですが。
その前の夜、敗戦を信じない日本兵が山に隠れていたそうですが、食料を調達に山から下りてきて、隣部落を襲い、食料を奪って逃げたのです。
その仕返しに、丁度日本人がいるからと、叔父と母の従弟が捕まり、処刑されてしまいました。



懐かしい山・川








その死を知ったのは、一緒にいた中国人の使用人が、中国人だからと殺されずに済み、家族に知らせてくれたのです。ですからその日が9月8日だったかどうか、どこに埋められたのかさえ、いまだにわかりません。



駅への道









こんな理不尽な死が、戦後どれだけあったことか!
日本兵は国民を守るどころか、自分たちが逃げる事を優先して、鉄道や橋を爆破して逃げて行き、開拓団の人たちを置き去りにしました。
置き去りにされた人たち、しかも若い男性は皆召集されて、とり残されたのは老人と女・子どもだけでした。
日本に強制的に土地や家を取り上げられた現地人は、この時とばかりに襲ってきます。仕方なく集団自殺をした開拓団の人たちも!山梨でも豊村の開拓団は集団自決をしました。理不尽としか言いようのない死だったのです。
内地(本土のことをこういっていました)でも空襲や原爆で、非戦闘員がどれだけ命を奪われたか!!今も怒りがこみ上げます。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 平和 

2018年09月07日

笑えるお土産と鈴ムシ

ドジョウ掬い




孫の友達が、野球で全国大会に行って来たと、お土産を持ってきてくれました。箱を開けて・思わず吹き出しました。
島根県に行ってきたのでしょうか。ドジョウ掬いの例の顔のお饅頭が並んでいるのです!
誰もを笑顔にするこんなお土産もいいですねぇ。



すずむし1すずむし








先月半ばごろ、娘が「増えすぎて困るから貰って」と、スズムシを持ってきてくれました。以来、家の中で「リーンリーン」と文字通り鈴のようなきれいな声で鳴いてくれています。
生き物好きのお嫁さん「ネコとカメとスッポンの世話で手いっぱい」と言いながらも、毎日キュウリと煮干しと茄子を串にさし、お世話をしています。
10月ごろまでは毎日鳴いてくれるようですが、その後皆、命が尽きるのだとか。でも産卵してあるので、来年はまた羽化して育つとか。
当分の間、毎日スズムシの鳴き声に癒されそうです。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 日記 

2018年09月06日

親知らず

浴衣















内孫の末娘が今日、親知らずの抜歯をするということです。
親知らず・・・・・とはよく言ったもので、私も確か結婚してから生えてきて、抜歯した経験ががあります。
私には、次々と4本とも生えてきたのです。生えるときも歯茎が固くなっていたからでしょうね、痛かったし、ちゃんとした場所に生えないで歯茎の横から頭を出したとかで、次々と抜くことになりました。

最後のは、右の下でしたが、二男がまだ2〜3か月の時でした。歯科医師に「傷が大きいから明日の日曜日も来ていいから消毒に来なさい」と言われましたっけ。「4本とも生える人も珍しい」とも言われましたが。
母がよく、「自分が歯が悪かったから、子どもは歯のいい子が生まれるようにと、せっせと小魚を食べた」と言ってましたから、お陰で歯が丈夫だったのでしょうか。そういえば母は70代で総入れ歯でした。




親知らず










親知らずの抜歯は、後がたいへんですが、孫はどうか軽く済んでくれますように。ただただ祈るしかありません。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 家族 

2018年09月05日

翁長さんの遺志をを引き継ごう

ブログを書かれている方たちは、殆どが年下の方ばかりですが、その方たちに教えられることが多々あります。
比企野様もそうでしたが、このところ、「毎日がちょっとぼうけん」を書かれているブルーはーとさまから、随分いろんなことを教えられています。

特に沖縄に関しては、同じ国民としてこうあらねばならない!と改めて思わされています。この夏も夏休みに沖縄に行かれ、辺野古で座り込みをされてきました。考えているだけではなく実行する行動力に改めて頭の下がる思いです。



在りし日











沖縄のために文字通り命を削って闘い、政権に殺された!と言っても過言ではない翁長さんの姿勢を、書かれていますので、是非お読みください。
私もそうでしたが、本土の人間はあまりにも沖縄の人たちに犠牲を強いていることにも気づかず、のほほんと暮らしてきました。戦争末期だって沖縄は戦場だったことも、その戦闘に巻き込まれて死んでいった島民にも、思いを馳せないでいたことに今頃気づいています。

なんで沖縄だけが、いつまでも犠牲になっていなければならないのか?と問われた時、何と答えられますか?
今、翁長さんは皆さんにそんな疑問を投げかけているように思えます。
基地は沖縄にありながら、米国であり、犯罪を犯しても基地内に逃げ込めば日本政府の司法は届かない!そんなバカなことがあっていいのでしょうか。



翁長さん


















理不尽なことだらけの沖縄の現状を訴え、本土並みにしようとしていた翁長さん。その思いを受け継いで本土の皆さんも声を挙げてください。
命を削りながら、沖縄を守った姿を・その想いを引き継いでいきましょう。
今、出来ることを出来る所で、出来るだけしていきましょう。

ブルーはーとさまのブログです。ぜひお読みください。

https://blog.goo.ne.jp/bluehearts_10_11/e/44c2fb5a0c4fcee72597597414317948#comment-list


https://blog.goo.ne.jp/bluehearts_10_11/e/c52adfadf07165fde8b7e0ac1b8859b4#comment-list

(写真はブルーはーとさまからお借りしました)


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 平和 

2018年09月04日

おさだクリニックに

毎月定期的に健診をしていただいているおさだクリニックへ。このところ以前は低血圧だった夫が高血圧になってきて、降圧剤を飲んでいますので、夫婦でお世話になっています。
人生最後の診断書はおさだドクターにお願いすることにしていますから、最後まで面倒を見て頂きますよ。
くれぐれも延命治療はしないでくださいね。




朝顔ハワイアンキルト













この日も待合室には、夏の終わりを告げるような朝顔のパッチワークと、ハワイアンキルトのような大きな壁掛けが飾られていました。
ここにくる人みんなを癒し・なごませ・励ましているようです。一針一針に愛を感じるのは私だけではないことでしょう。
頂いているお薬がよく効いていてくれているようで、おさだドクターの「大丈夫ですね」と言う嬉しい言葉に力づけられました。
来月もまた、元気に伺えますように。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 健康 

2018年09月03日

神秘的な湖・本栖湖

朝霧高原を後にして本栖湖へ。本栖湖には子どもの頃の父との思い出がいっぱいあります。
父の道楽は釣と猟でした。特に釣りは大好きで毎年夏には内地(旧満州では本国のことを内地と言ってました)に帰ってきて、本栖湖と渓流で釣りをするのを楽しみにしていました。



本栖湖








私も毎年のように父に連れられ、内地に来ては本栖湖での釣りについていきました。湖畔に今もある洪庵荘のご主人とはとても親しくしていましたし、宿泊したこともありました。
その洪庵荘からトンネルを抜けたところの山道を谷底まで下っていくと、渓流があり、父はよくそこでヤマメを釣っていました。
その谷底のような場所に、老夫婦が住んでいて夫婦で小さな宿をしていました。そこに3〜4日ぐらいいつも泊まりましたっけ。そこで出されるしいたけの煮ものがご馳走でした。大きなしいたけ・・・直径10センチ以上あり、とても肉厚で美味しかったのを覚えています。



カヌー








父が渓流で釣りをしている傍で遊んでいましたが、むせるような山百合の香りが今もはっきり甦ります。父が釣ってきたヤマメを焼いてもらって食べたり、その宿の温泉に浸かったり。
父の言うにはこの温泉は下部の湯と同じだとのことでした。
父は頭痛もちでしたから、良く下部温泉が効くと下部温泉にも行ってましたから、同じ温質を愛でていたのでしょう。ぬるくて夏だから入れるぐらいの温度だったと思います。



道の駅・しもべ









もちろん今はもう、その宿もないでしょうし、下りていく道も見当たりませんでした。父が亡くなってから一度だけ、その宿が懐かしくて妹と尋ねたことがありました。その時はまだ老夫婦は健在でしたが。
そんなことを思い出しながら、本栖湖を後にして、下りて行った先に下部の道の駅が。ここで一休み。この近くにある木喰上人の微笑仏館にも寄りたかったのですが、道が狭いようでしたから、息子の車では無理かもと寄ってほしいとは言えませんでした。これでも我慢することもあるんですよ!



木喰・彫刻剥製








道の駅の売店によりましたら、微笑仏をモデルにして彫刻したと思われる小型の微笑仏像が売られていましたし、微笑仏を描いた墨絵も展示されていました。熊や鹿の剥製も置かれていて、観光客らしい人たちが興味深そうに見入っていました。

この後はまた猛暑の甲府に、ひと時でも高原の爽やかな空気に触れられ、父との思い出に浸れたいいドライブでした。連れて行ってくれた息子に感謝です。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) 見て歩き 

2018年09月02日

朝霧高原へ

「どこかにドライブに行くか?」 毎週日曜日には、用事のない限りドライブに連れ出してくれる息子の誘い。のらないわけがありません。「今日は朝霧高原へ行ってみるか」「良いねぇ」

この日も甲府は38度の予想。むんむんする暑さも車の中は冷房がが効いているので快適です。「精進湖線を通るぞ」「久しぶりだねぇ」
考古博物館から精進湖線へ。緑いっぱいの山道をくねくねと上り、トンネルを2つ抜けると精進湖が。湖水の西側の道を通り抜けました。初めて通る西側。観光客や釣り客が夏休み最後の日曜を楽しんでいました。
通り抜けただけなので写真は無し。



朝霧高原道の駅









国道に出てしばらく行くと静岡県に。間もなく朝霧高原道の駅です。
「ちょっと休んでいこう」外に出ると爽やかな空気!「気持ちいいね」
駐車場は車やオートバイで埋まっています。野菜や果物も売っていましたが、ここでの美味しいものはどうやら牛乳ソフトのようでしたので、買ってきて外のベンチでベロベロ。「濃くて美味しい〜ッ」 そうそう、例のおうむのサティアンがあった豊茂開拓団のある上九一色地区から朝霧高原は、美味しい牛乳の生産地。ソフトクリームも美味しいわけです。
ここで、牛乳とチーズを買いました。
高原の爽やかな空気を胸いっぱい吸い込んで、「こんな場所で昼寝したいねぇ。」


朝霧高原の富士山








「帰りは本栖湖から下部に抜けよう」と帰路に。
富士五湖の中で私の一番好きな本栖湖を、久しぶりに通ってくれるなんて、嬉しいことその様子は明日にしますね。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(4) 見て歩き 

2018年09月01日

山梨平和ミュージアム・9月企画

山梨平和ミュージアムでは、現在、企画展「辺野古基地問題・山梨と沖縄・沖縄戦」を開催しています。
企画展では、辺野古移設は唯一の解決策か・・・・・等を問うとともに、戦後、沖縄戦で亡くなった山梨関係者の慰霊塔を、現地に立てた身延町出身の山中幸作さんに関わる資料等を展示し、話題を呼んでいます。
9月企画では山中幸作さんに関わる関係者、笠井京子さん・山中幸子さんからの報告をもとに、山梨と沖縄・沖縄戦について、参加者で学び考えたいと思います。どうぞお誘い合わせ、ご参加ください。



これは今月の平和ミュージアムからのお知らせのチラシに書かれている、皆さんへの呼びかけの言葉です。
この企画は下記のように行われます。今から予定に入れておき、ぜひお出かけください。



2018・9月





日 時 9月16日(日) 午後2時〜


会 場 山梨平和ミュージアム
         TEL 055-253-5659



   テーマ 

山梨と沖縄・もう一つの甲斐の塔を学び考える集い

☆山中幸作さんは、戦後沖縄に渡り、建設関係の仕事の傍ら、戦跡を巡り、山梨関係者の戦死者の多かった八重瀬町など5か所に私費で慰霊塔を建てました。慰霊塔建立当時の天野久知事からの手紙・感謝状や県から幸作さんに提供された陸軍・海軍関係の戦没者名簿などが、今春、孫の幸子さんより平和ミュージアムに寄贈されました。
なお、昨年と今月の7月には、身延町図書館朗読ボランティア「千の風」(代表笠井京子さん)が朗読会に幸子さんを招いて、取り組みを紹介しました。今年5月には幸子さん・「千の風」メンバー8人が沖縄・八重瀬町を訪問、関係者と交流し、慰霊塔に献花してきました。


報告1  笠井京子さん
        (朗読ボランティア・千の風代表)

        山梨と沖縄をつなぐ




報告2  山中幸子さん
        (身延町在住 山中幸作さんの孫)

        祖父・山中幸作と甲斐の塔について



   質疑・意見交換


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(4) 平和 | お知らせ

2018年08月31日

いけだの里の夏祭り

介護用品








この地区に今年オープンした特別養護介護施設「いけだの里」の夏まつりがあり、お手伝いに行ってきました。
といっても夏まつりは今年で4回目です。特養が出来る前に、介護施設がありましたが、その時からですから。



入所者さんと職員









私たち「健康友の会・池田班」は、毎回フランクフルトを焼いて販売しています。今年もフランクフルトの係りでした。




暑い









3時から開始でしたが、準備がありますので、2時集合。今回は8人の会員さんが参加してくれました。
消防署が来て点検してサァ開始です。



作業開始








ガスに火を点け鉄板の上にアルミの大きなお皿を乗せて、その中で焼きます。昨年は冷凍のまま焼いたので、中心が冷たかったからと、今年は一度茹でて完全に解凍してから焼くことに。年々、上手になっていきます。



フランクフルト








焼けたものにケチャップとカラシをつけ、2本と3本づつ入れたパックを作って発泡スチロールのケースの中に。
私が一番高齢なので見ているだけ。みんなテキパキと焼いたりパック詰めをしたり・・・・・どんどん焼けていきます。



開会式








3時になり開会式。手の空いている人が集まりました。施設長やこの地区の自治会長のご挨拶があり開会です。



作業開始かき氷と綿菓子








暑い日でしかも火を使うのですから大変です。お隣では施設の職員さんが焼きそばを焼いていますし、後ろのテントでは子どもたちがかき氷と綿あめを作っていました。



中華ちまきと飲み物








100本焼いたところで一休み。でもたちまち売れてしまいましたので、追加であと50本焼くことに。交流室では落語や二胡の演奏もあったようですが、見に行く暇もありません。



盆踊り一緒に









150本完売したところで、後片付け。売り上げの計算をして係りの人に。
全部がすんだところで最後の盆踊りが中庭で行われました。
地区の民謡部の人たちが先導を務め、職員さんや子どもたちも輪に入ります。池田班からも踊りに加わり盆踊りを楽しみました。
焼きそばやフランクフルトをお土産にそれぞれ家に。
暑かったけれど、楽しい時間でした。


leltugo123 at 00:30|PermalinkComments(0) お手伝い | 地区の出来事