お誕生日のお祝い富山への旅

2019年09月14日

日本の近代化と福沢諭吉

 「天は人の上に人を作らず」という言葉で有名な福沢諭吉は、私の耳には昨年あたりから、巷で言われているほど尊敬できる人物ではなかった・・・・・という声が聞こえてきていましたが、本当はどうだったのか、知りたいと思っていましたが、隔月位に開かれている一柿塾で、そのお話が聞けることになりました。



福沢諭吉







 日本の近代化と福沢諭吉ー日本の「近代」と「戦後民主主義を問い直そうーと題して、安川寿之輔氏からお話を伺いました。
膨大な資料と共にお話頂きましたが、例によって小さな脳みそが吸収できませんでしたが、主なことだけ書き込み、お読みになってそれぞれご判断して頂こうと思います。
諭吉は「天は・・・・・」でも解るように人は皆平等で、女性も教育が必要だと言われ、慶応大学の創立者だと教えられ、そう信じていましたが・・・・・
実は大変な差別主義者だったそうです。



安川氏










まず、「福沢は人間平等論のウソ」として、
 日本民衆一般を「馬鹿と片輪(かたわ)」と蔑視しただけでなく、「百姓町民の輩は・・・獣類にすれば豚のごときもの」と主張し、朝鮮は「小野蛮国にして・・・我属国となるもこれを悦ぶにたらず」「朝鮮・・・人民は正しく牛馬豚犬」「チャンチャン・・・皆殺しにするは造作もなきこと」「無知蒙昧の蛮民」の台湾人は「殲滅(せんめつ)の外に手段なし」と主張しました。
明治日本には「愚民を籠絡する」詐術の天皇制が必要と主張し、国民に天皇のための死を求め、日本兵士が「以て戦場に斃(たお)るるの幸福なるを感」覚出来るように、靖国神社の軍国主義的な政治利用も提言しました。

平等では社会はうまく治まらないと主張
 男女同権や「教育の機会均等」に一貫して反対し、この世で「最も恐る可きは貧にして智ある者なり」と主張、高等教育は「専ら富豪の子弟を教るの門」にするよう主張しました。人間を平等にしたら社会がうまく治まらないという哲学を主張、革新的な差別主義者でした。

丸山眞男が誤読した!「一身独立して一国独立する」
 これは丸山眞男によって「明るい明治」を象徴する定式として絶賛され、福沢研究者がその致命的誤読に追随しました。が、諭吉自身は「国のために財を失うのみならず、一命を抛(ながうち)て惜しむに足ら」ない国家主義的な「報国の大義」を主張していました。
だからこそ、戦争国家への道を今、暴走している安倍晋三首相は「強い日本を創る」施政方針演説(2013年)の冒頭にこの定式を引用したのです。

明治の同時代人からは批判されていた
 「富国強兵」に反対し「強兵富国」のアジア侵略路線を先導した福沢は、明治の同時代人からは、その「我日本帝国ヲシテ強盗国ニ変ゼシメント謀ル」アジア侵略の道のりは「不可救ノ災禍ヲ将来ニ遺サン事必ナリ」と厳しく批判されていました。有名な福沢批判の決め台詞は「法螺を福沢、嘘を諭吉」でした。

格差社会の先取り
 「今の社会の組織にては、・・・貧はますます貧に沈み・・・貧乏人の開運の日は無かるべし。・・・富豪の大なるものをして益々大ならしめ」と主張した福沢は、今日の「格差社会」への道を先取りした富豪向けの御用学者でした。

植民地獲得は「世界人道のため」?
 「韓国併呑」の可能性を予告し、「満蒙は我国の生命線」発言の先駆者であった福沢諭吉は「世界人道のため」と主張して、日清戦争に続く日本の膨張主義への道を励ましました。

雁屋・杉田・安川の三人は、司馬遼太郎=丸山眞男流の分断史観に反対
 日本の近代史を「明るい明治」と「暗い昭和」に分断する司馬遼太郎=丸山眞男流の史観ではなく、私たち三人は日本の近代の道のり総体の「お師匠様」であった福沢諭吉のもとで「明るくない明治」が「暗い昭和」につながった、という常識的な日本の近代史を考えています。

福沢は家父長制的な女性差別論者
 男女の同権や女性解放を説き続けた「男女平等論者」と定説的に誤解されていますが、福沢は「男は仕事、女は家庭」の性別役割分業を自明視し、女性の参政権と労働権には反対、売買春の公娼制度の必要性を強く主張しました。「温和良淑」「優美」「柔順」の女性の「美徳」養成のための女子特性教育論を主張しました。恋愛結婚と女子の郷里を離れての進学に反対した福沢は「離婚の自由」を否定した「偕老同穴」論を主張しました。


安川氏のお話は以上のようなことでしたが、今まで思っていた福沢諭吉との違いに驚いています。
多くの方はもうご存じだったのでしょうが、勉強不足でした。
時間をかけて丸山眞男氏の主張と比べてみたいと思います。が、残された時間で間に合うでしょうか。


leltugo123 at 00:30│Comments(0) 一柿塾 

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