9月一週目にして1万消えた。

  • author: lemon0330
  • 2008年09月07日

金欠です。。。

派遣バイトって、平日なかなか入らないんですね(泣)

10月から学校は始まりますが、授業自体は2個しかないので、ちゃんと一定のバイトをしようかと考えています。

今のところ候補は、塾か居酒屋かレストラン系統。
第一候補は塾。
今更かよって話ですが、家庭教師は週一日だけなので塾講師もいいかな、と。。。
やるとしてもあと半年しかできないんだけどさ。



あと、妹との旅行は静岡に行くことに決定しました☆
伊豆へ一泊二日です。温泉に浸かってきます。
お金ないので、たぶんムーンライトで行きます。



さてさて。

この前実習へ行った小学校の運動会練習に参加してきました。
私が担当したクラスの子ども達が、あーっ!!先生〜!!と叫んで寄って来てくれたことに感動しました(泣)
やっぱり子どもの笑顔はすべての疲れを癒しますね。
なんであんなにキラキラ笑うんですかね。
運動会は延期になったのですが、運動会で活躍する子ども達の姿を想像するとわくわくです(❀ฺ´∀`❀ฺ)ノ
本番お仕事頑張ろう。


今日は長岡まで行って、まぁいろいろあって結局無駄足を踏んだんですが、後輩のNみと駅でお昼して「長岡花火ミュージアム」行きました。
長岡市民センターの5階にひっそりとあるのですが、意外とリアルな3D映像で、長岡花火のキャラクターのなっちゃんがかわいかったので、なんだかんだ楽しんできたと思います(笑)
本当は雨だったらみゅーじっ黒崎行く予定だったんだけどね。
ま、そんな一週間でした。

来週は妹と佐渡に帰るので、帰国目指して一週間頑張ります☆

研究会☆

  • author: lemon0330
  • 2008年08月08日

中越音楽研究会に参加してきました。

参加、といっても、またまたI先生の付き人兼講師としてです☆
毎回勉強させていただいています。

今回は小・中の先生方である受講生16人くらいで「佐渡おけさ」をマスターしよう!というワークショップ形式の講演でした。
佐渡おけさを題材にした講演はこれで3度目です。
さすがに慣れてきて、ほとんど打ち合わせなしで臨みました(笑)


研究会は、伝統音楽をどのように指導していけばいいのか、先生のお話を挟みながら、歌と三味線を弾けるようになってもらうために私も奮闘しました。
受講生の先生方には、実際の授業のように思考・判断をめぐらし、民謡の特徴や要素に気付きながら歌ってもらいました。自分の身体のどこを使うとこのような歌い方ができるんだろう、とか、このコブシはどんな風に入っているんだろう、という疑問を自分なりの楽譜にまとめたり言葉で書いてもらいました。朝9:30から4:00まで、練習に練習を重ねて、なんと先生方は演奏できるようになってしまいました!
一日で佐渡おけさがマスターできるなんて、ビックリ☆
最後に4人ずつ三味線と歌に分かれて演奏してもらいましたが、なかなか上手でした〜♪
とても楽しい時間を過ごせました。

今回またいろんな先生とお話しでき、つながりを作ることができたのでその点でも良かったです。お偉いさんの顔も拝見できたし・・(汗)

今までお世話になったN先生やI藤先生とも再会でき、教採のエールをいただいたので心はほくほくです。
もうこんな機会はないのかもしれないですが、次は現場で教師としてお会いできたらと思いました。

教採の結果は明日!
受かってることを祈るばかりです。

特別支援教育を考える

  • author: lemon0330
  • 2008年07月18日

「天才はなぜ生まれるか」 正高信男著 ちくま新書より

<概要>
あの○○も実は発達障害を抱えていたのか!という発見。
エジソン、アインシュタイン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、アンデルセン(マッチ売りの少女などの童話作家)、ベル(電話発明者)、ウォルト・ディズニーの事例。
学習障害(LD)、ADHD、アスペルガーなどの障害と照らし合わせる。
伝記の要素も含まれ、これらの偉人がどのような人生を送り、どのようなことに悩んで、どうして偉人になれたのかを知ることで、特別支援教育の本質やこれからの教師の考え方を見直すことが出来る。

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「私たちに求められているのは、才能教育の形を見つけ出すことだろう。」この一文は、この本のあとがきの中で正高氏が述べていることである。これは特別支援教育の今後の考え方だけでなく、学級担任をする全ての先生が一人一人の子どもを見る上で大切になってくる考え方であると私は感じている。
「障害」というレッテルは、障害者でないと感じている私たちが貼った偏見や感じ方からなるものとも言えるのではないだろうか。障害者だというレッテルを貼られた子どもは、自分がダメな子だと思いますます自己肯定感が低くなり自信をなくしていく。そして不登校、ひきこもり、少年犯罪などの二次障害へ発展してしまう。これも周りの影響であり、それは担任、友人、ときには家族の存在がその子どもに悪い影響を与えてしまっている場合である。つまり逆に担任や友人や家族の影響が良いものであれば、「障害」というレッテルを貼られる子どもは「障害者」ではなくなるのだと思う。誰にでも不得意なことがあるように、その子どもが不得意なことが少し顕著であるのだ、と思うようにする。また、誰にでも得意なことがあるように、「障害」のレッテルを貼られた子どもにも得意なことがある。この、周りにいる人達の考え方を変えることによって今まで特別視されてきた障害児が過ごしやすい学校ができていくのだと思う。私は、学級の子ども一人一人の不得意なことを押さえた上で、得意であることを見出し認めてあげたい。算数ができなくても図画工作はできるかもしれない。授業中立ち歩きしていても、理科の実験にものすごく興味を持ってやっているかもしれない。いろいろな可能性を探る視点で、児童一人一人を見る教師の目を持っていきたい。この本の事例にあるように、今までの学校教育がどれだけ視野の狭い教育であったかということを教師一人一人が自覚し、本来の教育の意味を見直して子どもの成長を手助けしていきたいと思う。

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