人を恋した事ありますか
愛ではなく、恋。
愛の定義は広すぎてわかりずらい。
恋は異性への特別な感情で、憧れのような抽象的な観念もふくまれる。
ただ最近では同性間にもあり得る感情のようだ。
それはともかく人は年齢を問はず恋する自由をもつ。
そして自由であるが故に恋が孤独な悲しみを伴う事も覚悟しなければならない。

人は詩によって心の高ぶりを狂おしく言葉によって表現しようともがく。
そしてこれこそが人間だけが可能な精神の発露なのだ

あゝ 恋は生きるている事の証し
身勝手なわがままなのか

                       twitterでつぶやく 管理人 レモンlemontree123  at 01:56  | コメント(0)  |  この記事をクリップ! 

自由と孤独

音楽には誰でも自由にそれぞれの楽しみ方がある。
ジャンルにこだわらず好きにやればいいが、一旦良いと決まると其れ以外は受入れなくなるという習性が人間にはあるようだ。
だからジャズが良いとなるとジャズ以外はつまらないものという事になりがちだ。
クラッシックの人はジャズが苦手だとか何かしら得手不得手が当然ある。
そして単一な好みを持つ人達が集まり、同じ考えに賛同していれば楽で心地がいいので其れは素晴らしい音楽であると確信するようになる。
これはどの世界でも同じで、宗教や政治の世界でも経験できる事実だ。
経験の少ない時は無責任な第三者の意見に振り回されるのは仕方がない。
しかし心に響く音律、言葉はジャンルで分類する事は出来ない。

そうは言っても業界ではジャンルは便利であるのも事実。
特に言葉を生業とする評論家の様な人達にとっては其れが全てである。
ボブディランがノーベル賞受賞となれば彼を批判する勇気を持つ評論家は居なくなるかも知れない。
ノーベル賞は権威の象徴だし、誰でももらう事を夢見ている世界最高の賞だから。
そしてボブディランの人気がノーベル賞をさらに格上げする。
もうノーベル賞は一大ビジネスでオリンピック並みの経済効果がある。

そうして人々は思考停止状態になる。
何しろノーベル賞は最高なのだ。
嫉妬する連中もいだろうが、大抵はその権威の力に圧倒される。
でもだからといってそれが何だなのだ。
それは関係のない人の生き方にほとんど関わりを持つ事は無い。
何もしてくれないし、得にもならない。
ますます他人の知識や言葉を何の疑いもなく信じるようになるだけ。

人は自由に生きる権利があるが、実はそのための場所と時間や発言する自由が制限されている。
毎日のように作られる法律にはやってはいけない事が沢山書かれている。
それで法律を守らなければいけない人々の行動や発言や考える自由は
どんどん制限されていく。
すると考える力は衰えるからオレオレ詐偽にも簡単に引っかかるようになる。
簡単に騙すし、騙される。
どちらも考える事をしなくなった事が原因では無いかな。
騙したお金で何をするのかと言うと、大抵はゲームとか遊ぶ事に使うという。
すると無責任な政治家や人権団体がまた法律を作るべきだという。
もう法律が多すぎてどれだけあるのか知っている人さえいない。
法律を作れば守らせるためのシステムが必要で税金が使われる。
つまり減税なんて絶対に出来ない事になる。

まあ言いたい事は山ほどあるが、それは大した事ではない。
愚痴など何の役にも立たないし、無能な自分を証明するだけだ。
大事なのは自由でいるためには何かを犠牲にし、約束を守る努力をしなければならないという事。
そして他人にどう思れるか気にしすぎない様にしましょう。
結局自由とは孤独への覚悟だと思う。















                       twitterでつぶやく 管理人 レモンlemontree123  at 12:15  | コメント(0)  |  この記事をクリップ! 

生きること

 僕の身近な人間が突然命を絶ってしまった。
悲しいというより、なぜという気持ちにさせられた。

 僕自身この年まで自分の愚かさに悩み、他人にも褒められもせず馬鹿にされる事もしばしばの人生だったと思う。
自分は不器用で人付き合いも得意な方ではない。出来れば自分の愚かさを隠しておきたいと思う。
だが人並みに女性にかなわぬ恋をした事もある。身勝手な行動で女性を傷つけたこともあった。

 人は真面目な性格なほど、その思いに勝手に傷ついて自分の可能性を否定してしまう事がある。
また理由もなくただうつ病で死を選んでしまう人もいる。
人は自分では自分の事が分からないものだ。自分に厳しくしてくれた良心の人を恨んでしまう事もある。
それは後で気が付くかもしれないが、時間がかかる。その時は自分の不幸だけが心の中を埋め尽くしている。
そんな時に他人を思いやる事など出来ないだろうし、他人の思いやりも耳に入らないだろう。
 どうすればその危険な状況から身を守ることができるのだろう。 

                       twitterでつぶやく 管理人 レモンlemontree123  at 11:47  | コメント(0)  |  この記事をクリップ! 

水と空気と体

 あなたが歌を歌う事を目指すなら理解しなければならないことがあります。 
それは歌う時にただ単に声を出すのではなくどうやって豊かに響かせるかいうこと。
どうやって自分の声に響きを与え生命を吹き込むのかという事です。

 楽器には個性があってそれぞれ音色が違うように人間の姿が違うように声にも当然個性がある。
僕はいい声とか悪い声などというのは体の使い方の問題であり人に優劣はないのではないかと思う。
自分の声の個性は変えられないとしてもその響きは訓練すれば誰でも豊かに響くようになるはずなのだ。

 人間の体は60パーセントの水分で出来ているのだそうだ。声帯もその水分が十分に満たされたときにきれいに振動するに違いないことは間違いない。そしてその水は一日1.5リットル程度は飲む必要があると言われている。
体の中にはいろいろな老廃物がたまりそれが尿や汗などで排出されればその分の水分を補給する必要があるのだ。
そして歌うときにつかう空気もきちんと吸ってきちんと吐き出してやれば肺という器官が体をきれいにするのを助けてくれる。
ところが困ったことに我々はそれがうまく出来ていない事が多い。呼吸法などというものがあるとおり、赤ちゃんの時はあんなに大きな声で泣いていたのに悲しくも息をひそめ毎日を暮すうちに正しく息が出来なくなってしまうのだ。
だから大人になってから呼吸することや水を飲むという事はかなり意識してコントロールする必要がある。
正しく歌うという事は水と空気をきちんと体に取り込むこと無しには成立しない。
そうやって体が水と空気で良く満たされ体の筋肉も適度に鍛えられリラックスした姿勢で歌えば当然いい響きの声がでるであろうことは想像できる。
考えてみればこれは歌う事に限らず健康に生きるすべての事にもつながる事だと思う。それほどお金もかからないし、誰でも実行可能なのである。



                       twitterでつぶやく 管理人 レモンlemontree123  at 23:53  | コメント(0)  |  この記事をクリップ! 

若さについて

 ふつう会社での上下関係にならされた人々は会社を離れてから自由に生きていけない人が多い。
もともと人は自由な存在であるはずなのに、お金を稼ぐだけのロボットになり下がった我々は他人とうまく付き合って行くことが出来なくなってしまう。
そして楽しみといえばテレビの中のアイドルやスマホゲームのような個人主義的なものばかり。
iPhoneを買うために徹夜するような信じられない光景がテレビから流れても当たり前のこの頃である。

そんな昨今ではあるが中には若々しく輝いている人達がいるのも事実だ。
彼らは明るくて前向きで楽しむ事が上手だ。
だから話をしていても楽しい。だからまた会いたくなる。
それは年齢に関係しない。年上だからと偉ぶる事もないし、年下だからと見下すこともない。
彼らは自分の年齢を忘れているかのようだ。

価値観はお金だけではない事を彼らは知っている。お金で買えない楽しみがある事を知っている
もちろんまったくお金がかからない事などこの世の中にはないかもしれない。
でもそれでも結構楽しくやっている。
楽しむという事は真剣に取り組むという事で、決していい加減にするという事ではない。
だから輝いている人はそれなりの実力の持ち主である。
一つの事を継続するにはそれなりの努力とまわりへの配慮も必要だろうし、それを楽しむ能力それこそが若さの秘訣なのではないだろうか。


                       twitterでつぶやく 管理人 レモンlemontree123  at 19:32  | コメント(0)  |  この記事をクリップ! 

Johnny I hardly knew ye ジョニーが凱旋するとき

Johnny I hardly knew ye ジョニーが凱旋するとき
演奏  The Irish Rovers 
メンバー出身地: カナダ トロント (1963年)


「虹と共に消えた恋」、「悲惨な戦争」、「ジョニーは戦場に行った」などが作られるもとになったのがこの「ジョニーが凱旋するとき」という曲であったと思われる。

"Johnny, I Hardly Knew Ya"
訳詩 レモン鈴木

When on the road to sweet Athy,
Hur-roo Hur-roo
When on the road to sweet Athy,
Hur-roo Hur-roo
When on the road to sweet Athy
A stick in the hand, A drop in the eye
A doleful damsel I heard cry
Johnny I hardly knew ya

懐かしいアイルランドの町アサイへ
ハールー ハールー
心優しい町アサイへ
ハールー ハールー
ふるさとアサイへと続く道
手にはスティック、目には一筋の涙
一人の娘の悲しみの声
ジョニー 私にはどうしてか分からない

[Chorus:]
We had guns and drums and drums and guns,
Hur-roo Hur-roo
We had guns and drums and drums and guns,
Hur-roo Hur-roo
We had guns and drums and drums and guns
The enemy never slew ya
Johnny I hardly knew ya

銃を担ぎドラムを打ち鳴らす、銃とドラムを
ハールー ハールー
銃を担ぎドラムを打ち鳴らす、銃とドラムを
ハールー ハールー
銃を担ぎドラムを打ち鳴らす、銃とドラムを
敵はあなたを殺しはしなかった
ジョニー 私にはどうしてか分からない

Where are the eyes that looked so mild,
Hur-roo Hur-roo
Where are the eyes that looked so mild,
Hur-roo Hur-roo
Where are the eyes that looked so mild
When my poor heart you first beguiled
Why did ya run from me and the child
Johnny I hardly knew ya

あの優しい目は どこへいったの
ハールー ハールー
あの優しい目は どこへいったの
ハールー ハールー
あの優しい目は どこへいったの
私の哀れな心をあなたは欺き
なぜあなたは私とその子を置いて走り去ったの
ジョニー 私にはどうしてか分からない

[Chorus:]
We had guns and drums and drums and guns,
Hur-roo Hur-roo
We had guns and drums and drums and guns,
Hur-roo Hur-roo
We had guns and drums and drums and guns
The enemy never slew ya
Johnny I hardly knew ya

銃を担ぎドラムを打ち鳴らす、銃とドラムを
ハールー ハールー
銃を担ぎドラムを打ち鳴らす、銃とドラムを
ハールー ハールー
銃を担ぎドラムを打ち鳴らす、銃とドラムを
敵はあなたを殺しはしなかった
ジョニー 私にはどうしてか分からない

Where are the legs with which you run,
Hur-roo Hur-roo
Where are the legs with which you run,
Hur-roo Hur-roo
Where are the legs with which you run,
When first you went to carry a gun
Indeed your dancing days are done
Johnny I hardly knew ya

戦場を走ったその足はどこにあるの
ハールー ハールー
戦場を走ったその足はどこにあるの
ハールー ハールー
戦場を走ったその足はどこにあるの
銃をかつぎ出かけた時の
意気高く出かけた日はどこかへ消えた
ジョニー 私にはどうしてか分からない

[Chorus:]
We had guns and drums and drums and guns,
Hur-roo Hur-roo
We had guns and drums and drums and guns,
Hur-roo Hur-roo
We had guns and drums and drums and guns
The enemy never slew ya
Johnny I hardly knew ya

銃を担ぎドラムを打ち鳴らす、銃とドラムを
ハールー ハールー
銃を担ぎドラムを打ち鳴らす、銃とドラムを
ハールー ハールー
銃を担ぎドラムを打ち鳴らす、銃とドラムを
敵はあなたを殺しはしなかった
ジョニー 私にはどうしてか分からない

You hadn't an arm, you hadn't a leg,
Hur-roo Hur-roo
You hadn't an arm, you hadn't a leg,
Hur-roo Hur-roo
You hadn't an arm, you hadn't a leg
You're a spinless, boneless, chickenless egg
You'll Have to be put with the bowl to beg
Johnny I hardly knew ya

あなたは腕を失くし、脚を失くした
ハールー ハールー
あなたは腕を失くし、脚を失くした
ハールー ハールー
あなたは腕を失くし、脚を失くした
あなたは寝返りも出来ず、骨もなく、失うものさえない
あなたはただ救いを求め、哀れな残骸を横たえなければならない
ジョニー 私にはどうしてか分からない


[Chorus:]
We had guns and drums and drums and guns,
Hur-roo Hur-roo
We had guns and drums and drums and guns,
Hur-roo Hur-roo
We had guns and drums and drums and guns
The enemy never slew ya
Johnny I hardly knew ya

銃を担ぎドラムを打ち鳴らす、銃とドラムを
ハールー ハールー
銃を担ぎドラムを打ち鳴らす、銃とドラムを
ハールー ハールー
銃を担ぎドラムを打ち鳴らす、銃とドラムを
敵はあなたを殺しはしなかった
ジョニー 私にはどうしてか分からない

I'm happy for to see ya home,
Hur-roo Hur-roo
I'm happy for to see ya home,
Hur-roo Hur-roo
I'm happy for to see ya home
From the isle of Ceylon
Johnny I hardly knew ya

私はまた家であなたと暮らす
ハールー ハールー
私はそこであなたをみつめる
ハールー ハールー
あなたを見つめる私の幸せ
穏やかなセイロン島の家で
ジョニー 私にはどうしてか分からない

[Chorus:]
We had guns and drums and drums and guns,
Hur-roo Hur-roo
We had guns and drums and drums and guns,
Hur-roo Hur-roo
We had guns and drums and drums and guns
The enemy never slew ya
Johnny I hardly knew ya

銃を担ぎドラムを打ち鳴らす、銃とドラムを
ハールー ハールー
銃を担ぎドラムを打ち鳴らす、銃とドラムを
ハールー ハールー
銃を担ぎドラムを打ち鳴らす、銃とドラムを
敵はあなたを殺しはしなかった
ジョニー 私にはどうしてか分からない



                       twitterでつぶやく 管理人 レモンlemontree123  at 15:46  | コメント(0)  | トラックバック(0) |  この記事をクリップ! 

十五少年漂流記

今また読み返しているのがジュールベルヌの空想冒険小説として僕の記憶に深く刻まれている「十五少年漂流記」です。
この偉大な物語は今でも多くの世界中の少年少女を魅了し続けているのではないだろうか。
ジュールベルヌは科学者としての視点で自然をまるで目の前にあるがごとく描くその豊富な表現力に加えて人間の心理描写の細やかさが物語を飽きさせない。ハラハラドキドキさせる物語は今読んでも素晴らしい。
 ただどうも登場人物に都合の良すぎる出来事が次々と起こりこんな事はあり得ないだろうと思える事も多々あるのだが、またそれが世界の少年少女に読み継がれる作品としての魅力になっているのかもしれない。

 物語はニュージーランドの港をイギリス、アメリカ、フランスの十五人の子供達だけを載せた船がなぜか嵐の海へと流れ出してしまい太平洋の孤島チェアマン島と彼らが名づけた島へ漂着する。そこで彼らは普段なら決して出来ない貴重な体験をするというもの。
そこでは多くの困難に立ち向かい集団としての規律や独立心や創意工夫というもの身に着けていく。
人間関係の対立も織り交ぜて人間社会というものまで理解させながら物語に引き込んでいく。
フランス人のブリアンとイギリス人のドニファンという対立する二人の人物をフランス人のジュールベルヌの贔屓なのかイギリス人のドニファンを高慢ちきな性格に描き、フランス人のドリアンが公明正大な人物として描いているところも興味深い。

ジュールベルヌの小説には宮沢賢治の世界感も彷彿されるロマンとヒューマニズムがそこにある。
いや宮沢賢治ならジュールベルヌの作品を読んでいないはずはないだろうから、科学的な物事のとらえ方や人間の描写など賢治も多少なりとも影響されているかもしれない。
ただ宮沢賢治は独自の宗教観を自分の作品に取り込んで確固たる世界観を作り上げた。
日本にも賢治のような作家が存在した事を日本人として僕は誇りに思う。

 機械文明により本当の冒険というものを体験できる環境を身の周りから失いつつある現代人にとってこの空想力は我々が地球の生物の一つであることを忘れないためにもこれからも益々必要となる事は間違いない。







                       twitterでつぶやく 管理人 レモンlemontree123  at 21:02  | コメント(0)  | トラックバック(0) |  この記事をクリップ! 

大切な人

僕には幾人かの大切な人がいる。
それは家族や友人や音楽を一緒に楽しめる人達である。
しかしそれよりもっと大切な人がいる。


                       twitterでつぶやく 管理人 レモンlemontree123  at 00:44  | コメント(0)  |  この記事をクリップ! 

Lullabye ララバイ

Billy Joel - Lullabye (Goodnight, My Angel) (Live at Shea)


人は皆いつかは死を迎える。
ビリージョエルの娘が「パパもいつかは死んじゃうの」と聞いた。
それで彼はこの歌を作ったという。
それは僕にもよくわかる、なぜなら僕にも愛する娘たちがいるから。


訳詩 レモン鈴木

Goodnight, my angel
Time to close your eyes
And save these questions for another day
I think I know what you've been asking me
I think you know what I've been trying to say
I promised I would never leave you
And you should always know
Wherever you may go
No matter where you are
I never will be far away
おやすみ、僕の天使さん
目をつぶる時間だよ
君が僕に聞いた質問を君のために書き留めておくよ
僕は思う、僕は君が何を知りたいかわかっていること
僕は思う、君は僕が言おうとしている事を知っていること
僕は約束した、君をおいて行かないと
そして君はいつでも知るべきだ
たとへ君が何処にいようとも
君がどこへ行こうとも
僕が君のそばにいる方法を

Goodnight, my angel
Now it's time to sleep
And still so many things I want to say
Remember all the songs you sang for me
When we went sailing on an emerald bay
And like a boat out on the ocean
I'm rocking you to sleep
The water's dark
And deep inside this ancient heart
You'll always be a part of me

おやすみ、僕の天使さん
いまは眠りにつく時間だね
僕にはたくさん言いたい事がある
君が僕のために歌ってくれたすべての歌を憶えている事や
僕達がエメラルド湾をセイリングした時の事
そしていま僕は大海原へ船出して行くみたいに
君が眠むりにつくのを見守っている
その水は暗くて、そしてこの古い記憶に深く刻まれている
君はいつまでも僕の一部なんだ

Goodnight, my angel
Now it's time to dream
And dream how wonderful your life will be
Someday your child may cry
And if you sing this lullabye
Then in your heart
There will always be a part of me
おやすみ、僕の天使さん
いまは夢を見ている時間だね
君の人生を彩る素晴らしい夢を
そしていつか君の子供が泣いた時
この子守唄を歌ってごらん
その時君の心の中に
僕が生きている事を信じてもらえるはずさ

Someday we'll all be gone
But lullabyes go on and on...
They never die
That's how you
And I
Will be
いつか 僕たちはみんな旅たって行く
でもこの子守歌は
失われることはない
そしてそれが僕が君と一緒にいる方法なんだ


エメラルドベイ
エメラルドベイ


                       twitterでつぶやく 管理人 レモンlemontree123  at 14:16  | コメント(0)  | トラックバック(0) |  この記事をクリップ! 

友達という名の誰か

むかし中学生頃にアマチュア無線の試験を受けて合格したものの結局免許を貰わずそのままになってしまった事がある。 免許を取ってもそれで誰と交信して何を話せばいいのか、などと考えている内に時間が経ってそのままになってしまったのだ。今考えれば勿体ない事をしたなと思う。
アマチュア無線でも僕が受けたのは電話級というもので、トランシーバーの出力が大きいもの位なものだからさほど大げさなものではないが、それでも晴れた夜で状況が良ければかなり遠に住んでる見知らぬ誰かと直接話が出来る。
見知らぬ誰かに「ハローCQ こちらは・・・です。どなたか応答お願いします。」するとどこかで「こちら・・・です。」などと声が返ってくる。声というのはそこに誰かが存在するというリアルな体験だ。
どちらにせよ、免許はもらわなかったのだからそんな体験も出来なかったのだが。

そして最近はFACE BOOKである。一応登録はしたもののFACE BOOKの「いいね」というボタンを押すのがどうにも苦手である。
あの「いいね」というボタンには押す人の気持ちが表れている訳でもなくて、見たよというぐらいのものでしょう。
そんなことを考えていると自分が小さな人間に見えて来てしまう。
そして年々歳をとっていく自分の顔を人様にお見せするのも恐ろしくて写真も載せられない。
確かに世界中の人々と友達になれる可能性があるのだからすごい発明ではある。
ただ不思議なのは個人情報保護などと言われている時代に個人情報がオープンになってしまう事にそれほど皆さんはこだわらないのだろうかという事。
これらの情報はアメリカのどこかに確実にファイルされて管理されているわけでしょうし。
情報という情報はこうして管理されて、ビッグデーターなどという手法で分析されて世界はますます便利になって行く。ただそれは我々にとってではないかもしれないところが気になる。










                       twitterでつぶやく 管理人 レモンlemontree123  at 23:09  | コメント(0)  |  この記事をクリップ!