夢、とはなんでしょうか?
 そう質問を投げかけたとき、私の部下たちは、例えばティエラさんならこう答えるでしょう。
「はい! 他のチャンネルに存在するもしもの自分に一時的に《意識》が移り、そちらの光景が見えてしまうことです! もう、これくらいのことならバッチリ覚えましたよ、局長?」
 はい、及第点ですね、ティエラさん。というか、いつの間にそこにいらっしゃったのですか。
「ええと、先程からいましたが……局長が物思いに耽っていらっしゃるようでしたので」
 そうでしたか、それはすみません。ところで、件のレポートは、手に入りましたか。
「はい! 頑張って見つけました! 結構、大変だったんですよ。ですからここはひとつ、今期の成果として……」
 うふふ、では先月の報告書の不備は、帳消しにしてあげましょうか。
 と、告げると黙ってしまったティエラさんをよそに、レポートに目を通してみましょう。タイトルは、第二十一次実験。コードネームは『小さな王』。なるほど、これで間違いないようですね。ご苦労様でした、ティエラさん。
「は、はい……」
 すっかりしょんぼりとしてしまいましたね、ティエラさん。少しかわいそうなことをしてしまったでしょうか。それでは、埋め合わせに、先程の質問の答えを教えてあげましょう。
「答え……夢とは何か、についてですか?」
 はい。答えというか、こういうケースもある、というひとつの解釈ですが。
 夢が別のチャンネルの光景を示すのなら、存在しないチャンネルの夢は見ることができないのでしょうか?
 夢が新たなチャンネルを作ることは、ありえないのでしょうか?

   第二十一次実験報告書
『さて、唐突だが、私はこのような報告書を真面目に書く気はさらさらない。なぜなら、書いたどころで誰にも読まれないからだ。上は、というよりモルガナはもはや私に期待していないし、長らく続いた弊社の大規模実験も、この二十一次をもって終了することが決まっている。
 だから、私はここに、好き勝手に書かせてもらおうと思う。もはやオブリに操られ《意識》を保つのもやっとだが、自己を失わないためにも、これまでにあった事を、記憶を辿りここに記し、そしてモルガナの目を逃れ、いつかどこかのチャンネルの然るべき人物に渡ることを期待する』
『沙島女史が第十二次実験を境に謎の失踪を遂げてから十年以上にもなるが、結局のところ、十分な引き継ぎが行われなかったせいで、転生チームの研究は全くと言っていいほど進んでいない。私はこの十年、沙島女史に追いつくだけで精一杯だった。
 すなわち、転生プリズムの性能は沙島女史の頃となんら変わっていない。記憶は失うし、どのチャンネルに飛ぶのかもランダムだ。
 こうなったのは当たり前だ。諫見所長が逃げ出し、各チームリーダーもいなくなった後、クアルタはその機能を急速に失っていった。研究員は次々とモルガナ化し条理の闇に飲まれ、首謀者たるモルガナ(折江幹子なのか、千嵐麻衣なのかはわからないが)あるいは実験体一号によって処分されていった。残る人間たちも精神を病み、研究員としての職務を果たせなくなると、オブリにより洗脳され、ただ実験をするだけの生ける屍と化した。
 クアルタは企業としての体を保てなくなり、その必要もなくなった。あとはモルガナとその傀儡が好きにやればよい。実験の計画や結果を報告し、評価され給料をもらうというプロセスが意味をなさなくなった今、このような形式ばったレポートを書く必要はない。
 そのかわりに、この実験の残虐さと、私の最後の悪あがきについて記しておこう』
 
『二十一あるクアルタの大規模実験のうち、その大半はこの第弐研究所設立から三年以内に開始され、特に第十二次をはじめとするいくつかの実験は現在も続いている。転生に関するものはたったの二つ。沙島女史による転生プリズム一号の完成と、そして今回の実験だけだ。
 転生チーム(もはや私ひとりしかいないが)に求められることは単純だ。記憶の引き継ぎと転生先の指定を可能にすることだけだ。しかし、遅々として進まぬ研究に業を煮やし、モルガナはついに匙を投げた。
 かわりに今回の実験に課された目標は、複数人の同時転生。なるほど、目的を共にする入洲の幹部どもがせめて同じチャンネルに飛べるように、との魂胆だろう。
 それならば見込みはあった。ひとつの転生プリズムを複数に切断し、各人に埋め込めば、そのうちの一人がプリズムを起動することによって、同じプリズムを埋め込まれた全員が同時に飛ぶことは可能だ。
 簡単に言うようだが、当然この実験には被験者、いや被害者が存在する。選ばれたのは、昨年新設されたばかりの五稜館学園の一期生徒より一名、及びその受験予定者である児童から三名、入洲グループ傘下のダンススクールの生徒より一名。選考基準は特になく、というよりは、転生プリズムを埋め込む〝手術〟をいかに怪しまれずに行うかにおいて、本人または保護者を騙しやすいという観点から選ばれた』

 このあたりまで読んで、私は一旦休憩を入れることにしました。もう、だいぶ慣れてきたとはいえ、こういう現実に目を向けるのはつらいことに変わりはありません。
 私自身がしていることだって、同じようなものです。五次元感知能力者を利用したり、ロボなどの擬似生命を創り出したり。
 それでも私は、大きな目的のために進まなければいけません。だから……私はこのレポートを、そして被験者の末路を、しっかりと見届ける義務があります。
 さあ、続きを読みましょう。

『年端もいかない女子たちを、例えば将来アイドルになれるから等の甘い言葉で騙し、その体に禍々しい虹色の光を放つ破片を埋め込んだとき、私はこれまでで最も強くオブリの呪縛に反抗し、メスを自らの首へ突き立てようとした。しかしそれは叶わなかった。実験準備は成功してしまった。
 さて、転生先のチャンネルは一応、実験十二の世界に指定している。これも酷い。転生が奇跡的に成功しても、そのチャンネルは滅びる定めなのだ。
 あとは、私がスイッチを入れるだけだ。それだけで、五人の少女の人生はあっけなく終わる。
 こんなふざけたことがあるか。沙島女史は転生プリズムのこんな利用法を望んでいたか。諫見所長だって、研究所発足当時は、平行世界研究による変身ヒーロー実現を力説していたと記憶しているし、こんな非人道的な実験は望んでいなかったはずだ。
 ならばせめて私は、この実験にできるかぎりの反抗をしよう。
 モルガナですら知らない知見ならば、オブリの監視から漏れ、実験に組み込むことができる。
 それは、転生プリズムに秘められた〝意思〟の力だ』
『私はあえて心を鬼にし、第二回目の手術を申し出た。幸いなのか不幸なのか、五人とも私の迫力に押されたのか、応じてくれた。その際、私は彼女らの体に埋め込まれたプリズムに手を加え、転生時の意思の力を増幅するようにした。
 それが何の効果を及ぼすのか、はっきりとはわからない。しかし、おそらくは転生先で記憶を失おうとも、魂に刻まれた前世の使命のごとく、その想いだけは引き継がれる。これが、沙島女史が最期に私に教えてくれたことだ。
 せめてこの少女たちが、転生先で夢を叶えられるように。私はその後、定期的に被験者たちと面談を設け、手術のアフターケアがてら、将来の夢について語ってもらった。年長の子は、とにかく歌が大好きだと。同級生三人組は、今学校内で友達とグループを組み、歌と踊りをやっているのが楽しいと。ダンススクールの子は、はっきりとはしないが、アイドルになりたがっているように感じられた。なるほど五人とも、似たような好みを持っているようだ。今度、紹介して五人の顔合わせでもしてみれば面白いかもしれない。こうして、意思の力を強めていくのだ』

 ここでレポートは途切れていました。この後どうなったかについては、書いていないのでしょうか。それなら仕方ありません。直接、観測しに行くしかないでしょう——
 と、白紙のページをめくっていくと、最後のほうに、だいぶ荒れた筆跡で、最期の言葉が書き殴ってありました。

『なぜだ 暴走? 私が起動しなくても本人の意思で勝手に? みんな消えてしまった まだ 夢を聞ききれてないのに 私が殺したんだ どこへいってしまったんだ 十二実験チャンネルで観測できず やはり失敗だ 探せ どこへ行ったのか 必ず手掛かりはあるはずだ』
『あったぞ 痕跡だ』
『バカな そんなチャンネルは存在しない』
『私は五人の少女を虚無の彼方へ消し去った悪魔だ』
『どうやら私は用済みらしい。オブリの呪縛が消えた。では遠慮なく、私はこの悪魔を葬るとしよう。願わくは二度とオブリとして蘇らぬよう、この意識、完全に消滅させたまえ、集合的無意識よ』

 わかりました。
 少し、足りないところがありますね。つらいですが、観に行きましょう。何が転生プリズムを起動させたのか、を。

『転校するの……?』
『じゃぁ、思い出を残そうよ! もっと、もっと大きな舞台で歌いたい、踊りたい!』
『やった……大成功だよ! 楽しかったね! って、どうしたの!? 大丈夫!? き、救急車、呼ばなきゃ!』
『無茶、させすぎちゃった……のかな』
『えっ……私が、私がただやりたかった、だけ、なのかな。みんなのためじゃなくて、私がただ勝手に……そのせいで、こんなことに……』
『いやだ……私の、せいで……!!』

 よく、わかりました。
 いなくなりたい。そう思うことは、誰しも経験があるのではないでしょうか。それが引き金となり、はては他の四人、特に、その場にすらいなかった面識のない二人を巻き込んで転生してしまったとは、本人たちのみならず、研究者さんの無念も計り知れないものでしょう。
 でも、大丈夫です。一時の気の迷いはあっても、《意識》に刻み込まれた思いは、もっと根源的なものです。
 ほら、見えますか、沙島さんのお弟子さん。彼女たちの夢は、はっきりと観測できますよ。
《アイドルって、楽しい、よね? 私の歌、もっと伝えたい!》
《明佳里がそう言いだしたら聞かないからな。まぁ、付き合うよ》
《明佳里ちゃんと一緒なら、私もきっと楽しいな》
《大きな舞台で歌えたら、気持ちいいだろうなあ》
《目指すは、トップアイドルです!》


 さて、ここからが私たちの仕事ですよ、ティエラさん。
「はい! って、えっと、局長……今回はどのような任務なのでしょうか」
 では、今回発生した問題について説明しましょうか。
 春頃より、隊長さんの存在するチャンネルから、隊長さん以外の《意識》による不正なアクセスがありました。それも、五件。
「えっ! そんな、隊長さん以外にあのチャンネルに意識を転生した記録はないはずですが……」
 ええ、そのはずでした。しかし、存在したのです。それが、ティエラさんに入手してもらったレポートに記載されていました。
 さて、存在しないチャンネルに転生した場合、その意識はどうなるのでしょう。
「えっと……五次元異空間に意識が留まり続けるのでは?」
 少し違います。五次元異空間とはチャンネルとチャンネルの間を埋める空間のことなので、そう考えるのが自然ですが、転生プリズムには、転生先のチャンネルを観測するという行為までプログラミングされています。観測できなかったからそこでおしまい、ではないのですよ。
「はあ……えっと」
 つまり、矛盾が生じるというわけです。観測したはずなのに、観測先のチャンネルは存在しないという矛盾。それを埋め合わせるために——ティエラさん、ついてこれていますか?
「あっ……あはは」
 では、噛み砕いて説明しますね。つまり、バグが発生したので、裏の世界のチャンネルに無理やり合わせて収束しちゃいました、ということです。
「あ、なるほど! それならイメージできます。虚数チャンネルみたいなものですね!」
 少し違う気がしますが、まあいいです。そういった原理で、裏——どちらが裏か表か、あるいはどちらがどちらを内包しているかは何でもよいのですが——の世界でもあり、こちらの世界と密接な繋がりのある、隊長さんの世界での該当するチャンネルに飛ばされたということなんですよ。今回の件と、隊長さんの存在するチャンネルはたまたま同一なので、沙島流で作ったプリズムの転生先はある程度選択肢が限られているようですね。
「ふむふむ……わ、わかりました。それで、隊長さんのチャンネルから不正アクセスしてきた意識をシャットアウトすればいいんですね!」
 それではダメですよ。丁重に扱いましょう。
「うう……ちゃんと説明してくださいよぉ、局長……」
 あ、ごめんなさい。えっとですね。
 転生した彼女たちは、隊長さんと同じチャンネルで、一人の人間として別の人生を歩んでいることでしょう。
 でもその意識に刻まれた強い思いが、時を経て共鳴し、ひとつの《夢》として、新たなチャンネルを創造しようとこちらの世界に働きかけてきています。それが、不正アクセスの正体。
 夢。それは、夢を見ている間しか存在しません。夢から覚めれば、夢の世界は消えてしまいます。
 さて、個人が眠っている間に見る夢や、思い描く将来の夢は、あくまでその脳内で起こっている空想に過ぎません。しかし、複数人が〝全く同じ夢〟を共有したらどうでしょうか。それは、その人たちが新たなチャンネルを作り出し、一時的にそこへ意識を移している、という状態となんら変わりはないのではないでしょうか。
 そう、つまり、かつて彼女たちに埋め込まれたプリズムが示した〝存在しないチャンネル〟。その座標に、彼女たちは夢の世界を構築し始めているのです。
 夢が作り出したチャンネルは、まさに架空の存在。どのチャンネルとも繋がらない、どこから分岐したわけでもない、孤立した、不安定なチャンネルです。ある意味、ここエテルノに似ているとも言えます。
 彼女たちの夢が続く限り、そのチャンネルは存在し続けます。オブリの干渉も受け付けない、文字通りの夢のチャンネル。
 私たちの役目は、彼女たちの意識をそこへ導き、可能な限りサポートし、そして見届けることではないでしょうか。多少ならば、我々の力でそのチャンネルを〝整備〟することができます。
 そう、出来ることならば、彼女たちのアイドルとなる夢を、もっと多くの人に見届けてもらいたい——隊長さんたちだけでなく、もっと間口を広げましょうか。その方々の応対も、頼みましたよ、ティエラさん。いえ、正確には、小田切ゆか子先生として存在してもらうことにしましょう。
 
「わかりました! そういうことなら張り切っちゃいますよ。……向こうの私が、ですけど」
 ここは、平和で幸せな夢を見ることが許された可能性のチャンネル。どうかみなさん、ここで夢を叶えてくださいね。
 うふふ、ここの私も、楽しそうですね♪


 おわり



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※エピソード3 第二話が配信された時点で書いたものです。