October 11, 2006

北風より太陽になろう


数ヶ月更新が止まってしまった。なかなか書けなかった夏から、時間ばかりが過ぎて、あれを書こう、これを書こうと思っているうちになにも更新できなくなってしまった。

夏を日本で過ごしボストンへ戻ってきて、なんとか再び、あの日々へと戻ってきた。すこしずつ肌寒くなるボストンも二度目。楽しいこともたくさんあったはずなのに、なぜか苦しかった思い出ばかりの昨年をふと思い出して、なぜだかすこし懐かしくなったりする。すこし感傷的な季節になってきたか。

今年からは二人で暮らすようになって、それなりにリズムもできつつある。昨年のようにバカみたいにoverworkすることもなくなった。二年目に感じる変化や、ようやく無理にでも作り出せるようになってきたすこしの余裕のことも、いつかゆっくり書けたらと思う。

あと半年でこの旅も終わり、どこにするにせよ次の場所を決めなければならない。未来のことを考えていたら、どんどんこれまで行った場所や、昔のことばかり考えてしまう。そのうちに懐かしい言葉を思い出した。

大学時代の恩師が、口癖のように言っていた、北風より太陽になろうという言葉。

http://www.president.co.jp/pre/20001016/02.html

日本には珍しい、インスピレーションにあふれるリーダーだった彼の言葉を思い出しながら、今抱えているもっと小さな問題にも、もしかしたら同じことがいえるのかもしれないな、と考えたりしている。

太陽であり続けるのは難しい。北風を吹かせたい誘惑は常に存在しているし、たとえ照らし続けても、もしかしたら何も起きないかもしれない、そんな不安に立ち向かわなければならない。それだけの強さと、思いの強さが自分にあるだろうか。

自分に芯を通そう、そう心に決めてここへ来てから、もう全体の2/3が過ぎている。あとすこしの時間で、どこまで、何をすることができるのか。改めて身を引き締めないといけない。
  

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July 19, 2006

感謝を


日本へ戻ってきて、いま勉強されている方、あるいは今年から留学される方とお話する機会を幾度かいただいた。

仕事をしながら勉強をし、留学の準備をするのは本当に大変なことだったんですね、と、褒めてくださることも多く、自分もはじめのうちはいい気分で自惚れていた。いやいやそんなことないですよ、などといいながらも、僕はやりきったんだよ、自分の力で勝ったんだよ、と、そんなことを考えたりしていた。

今思えば恥ずかしくなるような話だ。

たしかに、夜仕事を追えてから机へ向かったり、あまり続かなかったけれど朝早起きをして勉強会へ出てみたり、それなりに、普段なら到底しないような努力をしたのは確かだろうと思う。またそれが報われて、(そのときよりもっとずっと苦しいけれど)充実した日々を送れていることを、とても誇らしく思う気持ちは、変わらず胸にある。

ただ、この合格は、僕一人で勝ち得たものでないのだと、なぜもっと早く思えなかったかとも、同時に思う。言葉にしてしまうと月並みになるが、仕事と留学以外何も気にしなくてよかった毎日を送れたのは、周囲で支えてくれた人のおかげだ。そう思っていても、なかなか言えないのは、つまらぬエゴとプライドのなせる業か。

秋から留学する人にとっては、いまは出発の季節だから、一つだけアドバイスめいたことを。会社の仲間や上司、友人、家族、恋人。みなプレッシャーにならぬよう、そっと支えてくれていたことを、決して忘れてはいけない。

今はそう心から思えなくても、多くの人に、たくさんの借りを作って、やっと旅立てる自分なのだと、いつか思うときが来る。もし今少しでも思えるのであれば、旅立つ前に、できるだけの感謝の言葉と、感謝の気持ちを伝えていくといい。

アメリカにいるとどうしても懸命に胸を張って、強がって生きていかなければいけなくなる。アメリカは強がらないと自分を守れない、不器用な国だし、それが魅力でもある。そんな中で自分をはっきりさせようと思ううちに、感謝の気持ちも、そして言わなければいけない謝罪の言葉も、どうしても出てこなくなるときがある。

行く前は、ちょっと難しいときでもある。涙を流しながら日本を発った日から、一年とすこし経ったいまでも、行く前の微妙な心の動きを思い出せる。畏れ、不安、誇り、喜びと哀しみ。皆も書いているように、なぜか、決して幸せの絶頂を極めたような気持ちだけではないから、素直に感謝してまわることなんて、そんなに簡単ではないかもしれない。

でも、だからこそ、行く前は、とても限られたチャンスの一つになる。

昔からずっと、ありがとうとごめんなさいが言えないやつだ、と言われ続けてきたけれど、この一年で気づいたことがある。自分にできなかったことを人に言ってはいけないが、後悔したときには、もう遅いことも多いのだ。後で嘆くのは、僕だけでいい。
  

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July 04, 2006

イノベーションを民主化する

前職のころ、結局一度もお目にかかれなかったけれど大ファンのIrving Wladawsky-Bergerのblogに、面白いポストがあったので。

Democratizing Innovation

http://irvingwb.typepad.com/blog/2006/07/democratizing_i.html

MIT SloanのEric von Hippel教授の本から。

イノベーション、あるいは変化は常に使う側から起きるのであって、作る側からではない。だから近くによきユーザーを常に置いておくこと。

生活する人、使う人の視点をといまさら言っても説得力がないけれど、でも実際どれくらいの企業が本当に使う人と一緒に、そばで働いているか、と思うと、まだまだ深い。

近くにいる人を選ぼう。
そして、選んでもらえるようになろう。

これは昨日ランチをご一緒させていただいたキャピタリストさんの言葉。ちょっと上の趣旨からずれているけれど、これもまた同じことかも。  

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そばで支える仕事

ベンチャーキャピタルでのインターンも3週間目を迎えた。

投資の実際、そしてなかなか秘密のベールに隠されて見えない投資ファンドの内側を見られるまたとない機会を得ている。実際のVCのプロセスについて学んだことは、改めてまとめたいと思うけれど、大きく感じたことだけ書いておきたいと思う。

この数週間、さまざまな方との会合を設定していただき、ベンチャー企業のCEOの方たちや、他のファームのキャピタリストさんたちから、直接にお話を伺う機会をいただいたり、OKをいただけた投資先の取締役会や株主総会に参加させていただいたり、まさにベンチャーの成長を支えていくダイナミズムを間近に感じさせていただいている。日々素晴らしい経験をさせていただいているところだ。

お話を伺っていると、企業のリーダーたちはやはり、孤独なのではないかと思う。前へ進むために、日々重要な判断を続けていかなければならない彼らは、そうは見せなくても、相談する相手もなく、悩み、不安を抱え、プレッシャーに耐えているようだ。

自分の性格を考えても、もしキャピタリストになるのだとしたら、パートナーとして、悩み、苦しむ人々をそばで支え、一つずつ困難を共に乗り越え、一歩一歩共に歩む、そんな存在でいられたらと思う。

そんなに甘くない、と言われてしまうかもしれないし、もちろん結果を出していかなければならないのは確かだが、根本の姿勢として、見返りや、結果は、求めなくてもあとでついてくる、そう思いながら、長い時間をかけて取り組むもののようだ。

ただ支え、ともに歩みたい。そんな気持ちを持ち続けられるよき企業に出会い、信頼関係を作っていくことができるのであれば、こんなに素晴らしい仕事はない。この数週間、さまざまな方にお会いしながら、お話を伺っているうちに、そう感じるようになってきた。

甘い、青臭い話だし、実際にはいろいろと生々しい話もあるようだが、ベンチャー企業と共に歩み、育つことでUpsideを狙っていく、そういう仕事であるからこそ、こういう思いをベースとして持つことができるし、そういう気持ちで仕事をしたい。そんな場所だということは、すこしずつわかってきた。
  

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June 24, 2006

祝祭の日々


そこではない場所に暮らしていて、戻ってくるというのは常に不思議な感覚を伴うものだ。たとえば何日か旅に出て空港に着いたとき、終わってしまった、という寂寥感と、戻ってきた、という安心感の入り混じった気持ちを感じることがあるが、東京に戻ってきて日々感じるのはそうした感覚に近い。

東京は寂しさをあまり感じさせない街で、日々の祝祭的な営みに身を任せているうちに一月はそっと過ぎてしまう。たくさんの新しい人と仕事などでご一緒し、そしていくつかの懐かしい顔に会い、近況を確かめ、自分の身に、ちょうど一年でどれくらいの変化があったのか確かめるうちに、あっという間に時間が過ぎた。懐かしい顔たちは、すこし大人になり、すこし疲れた顔をしていたり、すこし期待に応えようと肩に力がはいって辛そうにしていたり、やはり状況の力に支配されていたり、いろいろだけれど、外に向けて、すこし無理をして胸を張っている姿を含めて、やはり愛すべき人たちで、懐かしくまた一緒に何かできることを願わずにはいられない。

順調にインターンも始まった。仕事らしい仕事をしているわけでもなくて、むしろいろいろ見せていただいているところだが、とても楽しんでいる。素敵なアパートを用意してもらい、いろいろ気を使ってもらっている。なにも不自由のない暮らしに、素晴らしい経験を重ねることができているという意味では、順風満帆というところだ。

属さないことで得られる自由と束縛。この一年感じ続けてきた感覚は、東京でもやはり変わらない。やはりどこまでいっても短期的に東京にいる事実は変わらないし、組織の中にいたころとは全く違う目で街を見ている自分に気づくこともある。外にいる存在だからこそ言えること、見えることがある。この自由さは自分にとって、とても懐かしく、とても自然だ。

ただ、一方で、不安や寂寥感はボストンからずっとついてきて、常に身の回りにある、もはや愛すべき隣人だ。この歳で自由に未来を選択するチャンスを与えられた、幸福な状態ゆえの幸せな悩みだ。未来をどう作っていくのか。来年以降、どこで何をするべきなのか。望むものは得られるのか。未来に関する漠然とした不安は常に存在している。こうしたことを相談したい相手はなかなかつかまらないし、なかなかみつからない。

自らが置かれている状況の力に縛られることなく、永続的な価値を考えて未来を選ぶこと、そのために目の前の幸せをあきらめてでも、人がどういおうと正しいことを選ぶこと、こういう判断ができる強い自分でありたいと思うが、はたしてできるだろうか。

あと5週間の東京。すこし落ち着いてきた自分の周囲を見据え、待つべきこと、考えるべきこと、成すべきことを落ち着いて考えなければならない。そして飲んでばかりの日々だから、すこし身体を絞らなければ。
  

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June 11, 2006

強い気持ち


インターン1週目を終えて、週末実家に戻っている。
心配だった祖母の様子は思ったよりも良く、胸をなでおろしたところ。

100歳まで後すこしというくらいの歳だ。もういつきてもおかしくないのだし、無理をするよりも、苦しまずに、というのは家族みなの気持ちだ。そばにいる両親に比べ、たまに顔を見せればよろこんでくれるという立場だからこそ言えることかもしれないが、ただ、そのときがすこしでも先であればと思う気持ちも、やはり自然に湧いてきた。

両親が働く我が家で、時として母代わりとして自分を育ててくれた祖母の、訪れるたびに穏やかに、徐々に世の苦悩から離れ美しくなってゆく寝顔を見て、そんなことを思いすこし切なくなった。




普段あまり日記的なことや、特に自分の専門でもないことを書かないようにしているのだけれど、たまたまスウェーデンとトリニダード・トバゴの試合を見て、あまりにも胸が熱くなったので、サッカーの話をすこしだけ。

誰もがスウェーデンが勝つと思い、フィールドでも皆がそう思っている様子が見える、圧倒的に力の差がある二つのチームの試合。寝る前に、スウェーデンが1-2点取るのを見ようと思ったら、最後まで眠れなくなってしまった。

圧倒的に格下で、しかも後半のはじめに一人が退場になる不運。そんな明らかに不利な状況の中で、最後まで集中を切らさずに運動量で上回ったトリニダード・トバゴ。どれだけ厳しい状況だったか簡単に想像できる状況の中、余裕を忘れず、笑顔さえ見せて、いつ負けてもおかしくない状況を10人で引き分けに持ち込んだチーム。素晴らしい試合を見て、一度で大好きになってしまった。

ゲームを見ていると、どれだけ押し込まれても、気持ちを切らさないで、自らを奮い立たせるトリニダード・トバゴの気持ちの流れが痛いほど見えてきた。なによりも、そこに悲壮感がないのが、とても気持ちがいい。

強い気持ちを持ち続けるのは、言うほど決して簡単なことではない。明らかに強大な敵を前に、あきらめてしまうのは簡単だ。一人減ってからは、より状況は厳しくなっているから、苦しいときが続いただろう。そしてそれ以上に、後少しで、もしかしたら引き分けにできるかもしれない、という時間帯になって以降、緩まずに集中を続けるのは、ずっと難しいことだっただろう。それを楽しみながら成し遂げたチームに、拍手を贈りたい。

あきらめてはいけない。可能性を信じ、それに賭け、どんなに不利な状況でも、強く思い続けることで、きっと叶う。前を向いてプロセスを楽しみ、決して笑うことを忘れないようにしよう。自らの力を信じ、自分にできることを果たし続け、よい結果を信じ続けて、運命と戦おう。最後の笛が鳴る、そのときまで。

そんなことを改めて思った。
なんとはなく見始めたゲームから、元気をもらったりする。
きっと運が向いているのだろう。僕もがんばろう。

  

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May 26, 2006

おしらせ


ただいまJapanTrip中で、
とても残念なのですが、
メール・電話に一切お応えができません。

帰ってきてるらしいと聞いたのに、とか、帰ってきたのに何故連絡をよこさないのであるか、とか、思ってらっしゃる方がいらっしゃるかもしれません。

日本人学生ほぼ全員そういう状態であること、数十カ国から日本へやってきた180名の参加者に、日本の本当のよさをわかってもらうため、日々寝ずの努力を続けていることをどうか酌んでいただき、少々のお時間をどうかいただけますようにお願いします。

HBSの人たち本当に滅茶苦茶ハンドリングが大変ですが、日本にきて大興奮して、しかも一生懸命気を使ってくれて、しかも気の使いどころをきっちり外してるこの人たちを見ると、なんだかがんばらなくちゃな、と元気が沸いてきます。

あと2日、日本を大好きになってもらおう、という気持ちで団結して、毎日毎日みんなのためにがんばってるなかまたちと一緒に、後すこしがんばろうと思います。

どうかもうすこしだけ、お待ちいただけますように。


  

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May 18, 2006

夏へ


扉が開く。
安堵感も、期待に高まる胸も、寂寥感も、思うほどなく穏やかだ。

自分の未来を作るために、
いろいろなことを確かめる夏になる。



最後の授業、Year-endのパーティ、三木谷さんとの邂逅、センチメンタルなセクションの仲間たちとの別れ、そして試験のこと、たくさん書きたいことはあるのだけれど、いつかの宿題に、としておこうと思います。

夏の間は、コンサルティングファームと、
ベンチャーキャピタルにお世話になることにしました。

すこしだけ社会人に戻ることになるので、
学生の気ままな立場と異なり、
書きにくいことも出てくると思うけれど、
できる範囲で夏の間も細々と書きついで行こうと思います。


よろしければ今後もお付き合いください。
  

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May 09, 2006

試験

0823bf48.JPG今日はStrategyの試験。

朝8:30から13:00まで4時間半、休みなしぶっつづけでケースを読んで書く。これはもう苦痛というか拷問に近い。ハーバードの伝統。大学も結構無茶させるものである。

しかも出てきたケースが32ページ。読み物は15ページくらいであとは表やらデータやらのオンパレード。わざとひどいケースにして、いらないデータを切り取って捨てる力を試しているのは理解しているのだが、途中で集中は切れるし、いくら読んでも終わらないし、もう助けて、とか嘆き、思わず途方にくれたりするうちに、読んでいるだけであっという間に2時間くらい経つ。

なんだか昨日から頭痛がする中でのこの試験はわりと厳しいものがあるが、まあそれでもなんとかギリギリ、書こうと思ったことを書ききって終了。これで良かったのかなあ、と嘆いていたが、皆と試験のあと話していたらなんとなくみんな似たようなことを書いていたので、とりあえず大外しはしなかったみたいでちょっと安心。

ただ、アメリカ人連中と同じことを書いていては、文章の説得力と主張の強さ、全体のCoherence(一貫性?)の関係で、確実に点数は向こうのほうがいいので、あまり安心してもいられない。試験も、クラスの相対順位で成績がつくので、自分がどれだけ書けても、周りのほうが優秀だと決していい成績はつかない。そういう意味では仲間も敵になるのだが、あまりそういう雰囲気はないのは救いだ。

確かに試験には慣れてきた。昨年12月のときは、いくら書いても埋まらず、一行一行苦しんで結果制限字数の半分も書けず、恐ろしいことに半分白紙みたいな答案を書いてしまって案の定成績で惨敗した。今年もその悪夢がよみがえり、実は緊張していたのだが、まあなんとか言いたいことを分量だけはオーバーするほど書けたので、それで良しとして安心するしかない。落第の恐怖だけが多少薄らいだ分、心に余裕を持って受けられたということもある。時間切れの恐怖のあまり、ほとんど考えずに書き出してしまう自分を抑えるのが難しいから、やはりいまいち問題は解決していないのかもしれないけれど。

昨年と比べて自分の成長は手ごたえとして感じるが(試験受けるのがうまくなってもしょうがないけど)、まわりも同じように成長しているし、昨年の僕のように自滅したやつも、きっと今度はそれなりにうまくやっただろう。これまでに受けたほかの試験も、結果はそれなりに心配ではある。

試験は暗闇の中を歩かされるような恐怖だ。授業はある日突然声を失ってしまうという種類の恐怖だ。すこしずつそれは薄れてきているし、立ち向かうために自らを前に押し続けてゆくしかない、そんな毎日だが、終わったあとの極度の疲労を考えるとやはりどこか無理しているのだろうなとは思う。願わくばこの苦労がいつか実を結ばんことを。少なくとも、ひどい結果に終わらなければいいが。

30にもなって試験が怖いとか授業が怖いとか言ってるのもバカみたいなのだが、怖いものは怖いのだ、仕方がない。そして、うらはらに、この恐怖心を忘れたくないとも思う。逃れたいのではなく、向かって超えようと思える種類の恐怖は、自らを駆り立ててくれる。正しい場所にいて、ここでがんばることが自分の未来につながるのだと揺らがず思う以上、後はここでどれくらい踏ん張れるかと、強靭な奥歯を噛み締めて自らを追い込み、力の限り戦うしかない。

河の向こうは試験期間中ストレスのあまり学生が寮の窓から叫ぶという逸話があるMIT。そしてHarvardの学部(24時間で6本論文を書くという試験があるそうな)や研究を目的とする大学院の連中は、これ以上のストレスに耐えているだろう。一年で半分が自動的に切り落とされる場所にいる学生、今日は何を生み出したか、と毎日教授に問われる生活を続ける学生たちに比べれば、お客さん扱いをしてくれて、ほとんど落第することがないMBAのコースで苦しいといっているのもなにやら情けない話だ。

まあ、泣き言を言っても来るものは来る。
今自分にできるのは、目の前の一つ一つを片付けていくことだけだ。後すこし、奮い立たせるものを探して前を向こうとしている。

  

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May 07, 2006

最後の授業シリーズ: Resist temptation to gain knowledge.

11f43f6b.jpgStrategy最後の授業があった木曜日の夜は、Year-end Section Dinnerということで、セクション皆が集まって、教授を招いての小さなパーティ。

教授が書き、授業で扱った新作ケースを額に入れ、皆で寄せ書きをしたものをプレゼントしたり、趣向を凝らしたプレゼントを皆で考え、感謝を込めて贈る。いつも教室で、緊張している状態で向き合っている関係だから、ちょっと違った場所で、リラックスした教授を見るのはなんだか新鮮だ。

本当に久しぶりに外で飲んだので、ついつい長居をしてしまう。驚くべきことに、ざっと数えてみたら、金曜日恒例となっている、キャンパスのバーで飲む一杯を除くと、今年になってからボストンで2回くらいしか飲みに行ってない(ディナーはもうちょっとあるが、ほとんどアルコールなしである。ケース残してるから)。いろいろ大変だったのもあるけど、東京にいたころの自分との変化に思わず卒倒しそうになる。こんなんで、僕の健康は大丈夫なんだろうかと思わず心配になる。

あと1週間で、このセクションの暮らしが終わり、同じ場所に集まることがもうないというのが、いまだに実感が沸いてこない。みんなとは、9月から、9ヶ月の間毎日顔をあわせ、同じ場所に集って喜怒哀楽を共にした。ときには真面目な顔をして議論し、険悪になってケンカしたり、皆で結婚や誕生を祝ったり、誕生日は皆で歌を歌いあったり。とても仲良くなったやつもいるし、もっと話したかった人もいる。でも、400ケースを共に越え、苦しいときも楽しいときも共有した、この92人は、この後どこへ行っても、お互い忘れることはないだろうし、会えば思い出話に花が咲くことだろう。あいつ授業でしゃべりすぎだったな。あいつ寝すぎだったよ。あいつの女装ひどかったな。たくさんの、この92人だけが共有した思い出。その一つ一つが皆の心にある限り、遠く離れても皆、一生の仲間だ。




11f43f6b.jpgそして最後の授業にもう一つ、セクション・チェア(セクション担当の担任の先生のようなものか)のTom Piper教授が、ランチタイムを使って、一年の締めくくり。


まずはお礼から始めたい。

セクションも、たくさんの試練を経て、強い絆で結ばれるようになった。お互いに対して誠実で、そしてときにまっすぐ、正直に、人の意見に疑問を呈するのを恐れず、かといって互いに対する尊敬の念を忘れない。そんな素晴らしいセクションになったのは、皆の努力の結晶だ。

こうした場を作り出す力は、これからリーダーシップを発揮していく皆にとって必要な力だ。この決して簡単ではないことを、セクションの皆が力をあわせて成し遂げたことを、誇りに思う。皆の努力に感謝したい。ありがとう。

リーダーシップという言葉で多くの人が一番最初に思い浮かべるのは、ヒーローのような行動だろう。身を挺して他を助ける、そんな行動だ。しかしながら、本当のリーダーシップは、そういった一時のヒロイックな行動ではなく、互いを慈しみ、助け合う文化を生み出すために、毎日行動し続けることにある。セクションの皆、そして特に、セクションでさまざまな役員を果たしてくれたみんなの、目に見えぬ日々の献身にあらためて感謝しよう。これこそが、リーダーシップだ。

卒業して5年、15年、45年たったときに、もっとも必要なことはなんだろうか?MBAは、知識だけで成り立つものではない。この一年を振り返って、マーケティングの5Cとか4P、戦略のFive Forcesなど、みな得た知識のことをつい考えてしまうかもしれない。しかしながら、知識は決して君たちを遠くへ連れてゆかない。もちろん重要だが、知識だけでは十分ではないのだ。

知識は君たちを入り口に連れて行ってくれるが、その先へは連れて行ってくれない。企業や卒業生に問いかけた調査の結果を見ても、知識を活用する時期は卒業して比較的すぐに終わってしまう。むしろ、正しい問いを見つけ、チームを導き、ベストな選択肢を常に考え続け、実行可能なアクション・プランを作り出し、実行してゆくリーダーとしてのスキル、そして何よりも、世界観やビジネスへ立ち向かう姿勢、attitudeが一層問われていくようになるのだ。

これから組織を導いていくことになる君たちに、一つアドバイスをしたい。

Resist temptation to gain knowledge. 知識を得たいという誘惑に抵抗しなさい。知識以上に、自らのスキル・価値観に挑戦し、その先へ連れて行ってくれることを探し、それを求めること。

ブランドも、卒業生のネットワークも、自分が強い能力を持っていないかぎり、何の役にも立たないことを胸に刻んでほしい。来年のチャレンジに向けて、準備をして戻ってきて欲しい。

素晴らしい夏を。また秋に会おう。



11f43f6b.jpg以前にも書いたが、この教授をセクションの担当に迎えられて本当に幸せだったと思う。発言の一つ一つが、いまでも心に残っている。

一番初めに会ったのは、学期が始まる前の外国人向け準備コースで、日産のターンアラウンドのケースを扱ったときか。会計学のバックグラウンドから、現在は企業倫理やコーポレート・ガバナンスへ焦点を移して、今は一年生の倫理のコースを受け持っている。優しい光を目に宿し、いつも変わらぬ笑顔で学生たちに接するが、決して芯は崩さない、本当に素敵な人だ。彼のようなしなやかさを、いつか身に着けたいと願う、そんなHBSで出会った僕のロール・モデルの一人だ。

HBSに来て一番強く感じるのは、知識を伝える場所で終わらない、長く続く影響を学生へ与える場所を作るのだ、という強い意志だ。HBSでは、リーダーシップを考えさせるという設計思想がコースの隅々まで浸透していて、ことあるごとにリーダーとしての誇りと責任の自覚を繰り返し促される。傲慢であることを抑制し、弱さを認め、誇りを持ちながらも謙虚であれと教え続ける学校の姿勢に動かされて、自分も他の学生も、少しずつ変化が起き始めているようにも思える。ここに来てよかったなと思えるのは、授業の本筋となる知識や考え方に目を開かされるときではなく、むしろそうした全体を通して流れるリーダーを育てるという強い意志に触れた瞬間だ。

それにしても、大学院に来て、知りたいという誘惑に抵抗し、その先へ自らを駆り立てよ、と言われるとは。久しぶりに胸が熱くなった。

最初に入学した大学の入学式で、全てを疑いなさい、と聞いた日を思い出している。これから私たちは何かを教えようとするが、鵜呑みにしてはいけない。権威であればあるほど、それを疑い、自らの頭で考え、自らで立てるようになってほしい。疑うことを忘れず、どんどん私たちをチャレンジして欲し。精一杯みなさんの挑戦に応えるのが、私たちの使命だと思っています。頭ごなしに怒られ続けた高校時代を過ごした自分にとって、衝撃的だったスピーチから、もう12年経ったけれど、あのときの言葉、桜並木の先の教会での入学式を、僕は今でも鮮明に覚えている。

今日のメッセージも、きっと胸にずっと残っていくだろう。そんな言葉をもらえる場所にいる幸せを改めて噛み締め、責任を改めて感じ、どうやって返していけばいいか、改めて考える時間を過ごしている。

  

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May 06, 2006

最後の授業シリーズ:Strategy

David日本はいつにないほど長いお休みなのに、こちらでは普通に授業が毎日あるのは、当たり前だがなんだか不思議な気分だ。5月の気候は似ているけれど、全てが当然のごとく通常通り動いているので、休日に働いているような悲しい気分は全くない。ただ、この休日なのにあたりまえの日常が続いているという事実そのものが、ああ、自分が異国にいるのだなという、普段あまり持つことのない感覚を呼び起こしてくれる。

右の写真はあまり本文と関係ないが、週末の太陽を楽しむ同級生のDavid。今日は半そででもじゅうぶんなほどの陽気で、授業が終わった後、遠くの彼女(?)に天気自慢をしていたので、ぱちり。


そんなこんなで、やっと週末である。
今週は、とても長い週だった。あれやこれや本当に盛りだくさんだったけれど、充実していたので気分はとてもいい。

LCA(コーポレートガバナンスや倫理のコース)、Finance IIに引き続き、水曜日には、Strategyも最後の授業。こうして、一年が、いよいよすこしずつ終わっていく。来年の授業の選択プロセスも流れ始め、いよいよ、目の前に夏が見えてきた。








11f43f6b.jpgハーバードからの贈り物という本で有名になったとおり、HBSの最後の授業は、毎回、教授が学生たちに、自分のこれまでを振り返って、あまり授業と関係のない話をするのが恒例になっている。授業を振り返り、ポイントをまとめた後、Strategy担当の茶目っ気たっぷりのイギリス人、Collis教授がゆっくり話し始めた。


みんなも、これからの行き先、キャリアを考えているところでしょう。多くの卒業生はコンサルティング会社か投資銀行で働くことを選ぶことになる。僕はHBSを卒業した後、長い間コンサルタントをやっていたから言えるけれど、コンサルティングファームも、投資銀行も、決して皆が好きになる仕事じゃない。向いている人もいるし、向いていない人もいる仕事だ。

何を楽しめるかは、人によって違う。楽しめることを見つけ、続けられる人が、もっとも幸せになるんだ。卒業生に「どれくらい幸せですか」という調査をしたときに、本当に幸せだと答えた人は、銀行家でもなく、コンサルタントでもCEOでもなく、数十年前に卒業してからヒッピーになり、農場をやっている人だった。

君たちは、自らが楽しいと思うことを追いかける自由がある。それは、本当に幸せなことだし、自分でもそう思うべきだ。地球上に住む98%の人は、自らが生まれた場所から外へ出ないまま、一生を終える。閉じられた場所で人生を選択する人のことを考えたら、選択する自由がどれだけ幸せなことか、改めて感じられるだろう。だから、自分が楽しめることを追いかけてほしい。

卒業して5年経つと、同窓会へ呼ばれる。毎回、同級生の中からもっとも成功している5人が、皆の前でパネルディスカッションをする。皆の考え方からいけば、想像の通り、残りの895人は成功していないと思い、自らの人生は失敗だったのか、そう考えて暗い気持ちになるわけだ。

だからこそ、自らが楽しめることを選ぶといい。そんな基準で計られても、痛くも痒くもない場所を見つけなさい。そうはいうけれど、失敗するのが怖い、借金が返せなかったらどうしようと思うし、職を失ったら次があるかわからない、そう反論されたことがあるけれど、ハーバードのMBAは、君たちにとって一番のセーフティ・ネットじゃないか。仲間たちがいて、卒業生がいて、皆が助け合うというこの強力なセーフティ・ネット。これを持っている君たちがやりたいことに挑戦できなかったら、じゃあ一体誰がリスクを取れるんだ?

僕は半年に一度、必ず自らに次の質問をすることにしてきた。

この仕事は、本当に自分にとって意味がある、価値がある仕事か?
この仕事は、自分の行きたい方向へ、自らを連れて行ってくれているか?

この質問をし続けた結果、僕はそれなりの時間をコンサルティングファームで過ごした後、こうして教える仕事に就くことになった。教師という仕事は僕は心から愛しているし、いまでも、半年一回、この質問を続けている。学生を育てるという自分の仕事の意味と価値を思い、そしてまだまだ行けるから続けよう、そう考える。

二つの問いを忘れずに、本当に楽しめることを探し、そしてそれを恐れずに求めなさい。3ヶ月間、共にいられ楽しかった。どうもありがとう。


そして最後はそう、スタンディング・オベーションで送り出すのが、HBSの流儀です。
  

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May 05, 2006

a small accomplishment

記念すべき日だ。

blogでも、実際に話すときでも、自慢話と苦労話だけはしないように、と心がけてきたけれど、とてもうれしいことがあったので、ちょっと聞いてやってください。

ここのところ、アントレプレナーシップの授業で、急成長を遂げる企業の悩みは何か、どうやって継続的な成長を実現すればいいか、というテーマで6本、ケースを議論している。

担当の教授は、「カスタマー・ロイヤリティの経営」で有名な、サービスマネジメントの大家といわれるJames Heskett教授。ファッションブランドのLimitedの取締役でもある人で、ときに厳しく、ときに優しく教室の議論を引っ張っていく授業裁きはこれまででも一番かもしれない。学生の信頼もとても篤い教授だ。

モジュールの最後に議論したのは、アメリカではとても有名な会計ソフトQuickenを販売している、シリコンバレーのIntuitという会社のケース。


この会社は売り上げが10億ドルに達し、順調に成長してきたけれど、売り上げが伸びても利益率はそこそこ。創業社長はとても優しい人で、人を大事にして、ここまで伸びてきた。厳しいことは苦手だが、家族的な雰囲気を作って、みんなが気に入って働いてくれている。

決して大きな問題はないが、この会社は新しい社長を雇うことにした。GE出身の新社長は、ウェルチ流の成果主義を中心としたさまざまなやり方を導入し、大企業にふさわしいやり方を導入し、家族的な文化から、結果重視の厳しいビジネス手法を導入。売り上げも増やし、利益率も向上、数字だけ見れば大きな成果を挙げた。

ただ、会社の、暖かで家族的な文化は失われてしまい、昔とは違う会社になってしまったようだ。多くのエグゼクティブたちは、こうした変化を嫌って去っていったし、新しく来る担当役員は皆どこか冷たく、ドライな人ばかりだ。彼のやり方は正しかったのだろうか。今後、彼はどういう風に変革を進めればいいのだろうか。


授業では、賛否両論があるが、結果を出したCEOに対して、全体としては好意的な評価で議論が進む中、このモジュールの間中、ずっと気になっていたことがあったので、まとめのところで、こんな質問をした。

本当に、これまで議論して企業はすべて、成長しなければならなかったか、僕はどうしても問わざるを得ないんです。今日のケースでも、ミニ・ウェルチをGEから雇って、企業が大事にしてきた文化、体質を全く違うもの変えて、会社の売り上げを3倍に伸ばしたが、これは本当に必要なことだったんでしょうか?これまで尊敬され、皆に慕われてきた人たちはみんなやめてしまった。6年前の、1/3のサイズだけれど、家族的で「最も働きたい会社」に挙げられた素晴らしい会社は、影も形もない。これだけの代償を払ってまで成長することは、この会社にとって本当に必要なことだったんでしょうか。

その後、株主がいる以上は企業は価値を生み続けなくてはいけない、いや、本当は必要なかったかもしれない、など、皆がいくつか反応してくれた。反応がもどってくるようなコメントができて、皆を考えさせらることができてよかったな、そう思ってクラスを終えた。


そんなことがあった次の日、授業のコメントに関して教授からメールをもらった。

Kei: You posed a terrific question in yesterday's module wrap-up discussion in TEM. It made us all stop and think.
That's what a good contribution does. It was your strongest to date in the course. Nice going.

Questions like the one you posed are a gift to the rest of us. Jim


素晴らしい質問をしたね、君の発言で、みんな立ち止まって考えていた。授業への貢献とはそういうことをいうんだ。これまでのコースの中で、君の一番の強みが出たコメントだった。よくやったね。君がしてくれた質問は、僕ら皆にとって贈り物のようなものだ。


小さな短いメールだが、こんな大先生が、わざわざ授業のコメントに関してメールをくれて、褒めてくれるとは。これまで教授から、授業の発言に関してメールをもらったことなんてなかったから、大げさだが、あまりにうれしくて涙が出そうになった。

これまで、授業での発言には本当に苦労してきただけに、とても感慨が深かった。かの三木谷さんは「考えてから手を挙げては間に合わないから、手を上げてから考えていた」と言っていたそうだし、ダイエーの樋口さんは一学期のあいだ、ほとんどキャンパスから出られなかったと著書に書いているという。僕も、同じくらい苦労したという、変な自信がある。手を上げるのが怖い、手を挙げて当たっても、コメントの途中で詰まる。英語が流暢でないから、耳を閉じてしまう学生も結構いる(ただでさえ80分聞いてるのって大変だから)。聞いてくれないか、聞いてもらっても重みが足りない。自分のコメントに反応がない。何を言ってるかわからない、と直接言われる、など、思いつくことはなんでもあった。苦労話だけでもたっぷり一晩できるくらいだ(面白くないので、しないけど)。

授業のコメントがいいと、先生からメールが来ることがある、というのも聞いていたけれど、自分には到底届くことのない贅沢だと思っていた。教授は授業をコントロールする強い存在だからこそ、学生は教授を厳しく見ている。アンフェアな教授にはとても辛辣だから、彼らもフェアで、アカウンタブルであろうと勤める。だから彼らが褒めるときは、本当によかったときだけだ。好循環に入る学生がどんどんがんばる一方で、苦労を続ける学生も出るなかで、自分がすこしでも貢献できていると知るのは、とても嬉しいことだ。

僕だけではなくて、非英語圏から来た人は皆同じ苦労をするけれど、ケースディスカッションだけの学校で、何かコメントをしても、全然反応されないというのを毎日繰り返すのは、精神的に結構きつい。だからこそ、だんだんと反応してくれるようになってきた最近を、実は内心よろこんでいた最近に、今回のメール。

やっとここまできた。一つ、何かを成し遂げたような気分だ。

たかがメール一通だ。ちょっと褒められただけで大げさだし、そんなのたいしたことないんだけれど、でも、異国で苦労して、ほとんど一年がんばったのに、セクションにたいして貢献できないまま終わるのか、そう思っていた矢先、最後の最後、苦労の末にやっともらった一通。だからこそ、とても嬉しい。喜びを分かち合ってもらいたくて、ついつい書いてしまいました。
  

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April 28, 2006

バランスシートの右側で


明日は期末試験第二弾。
一学期は最後の試験で泣きを見たFinanceの続編、Finance IIの試験だ。

いい大人が試験でひいひい言っているのもなんだか格好がつかないところもあるけれど、まあ、学生に戻るというのはそういうことである。せっかくだから楽しまくちゃ、とひいひい言っている。

財務諸表と無縁の人生を生きてきた、エンジニア上がりのなんちゃってマーケターとしては、期待していた通り(?)ファイナンスには、なかなか苦労させられた。決して難しい式に苦しめられたわけではない。ただ、かなりのスピードで、これまで考えたことがない切り口で物を見て、語る訓練をさせられたから、いまいち身体がついてこない、そんな感覚だ。ゆっくりかんで食べれば決して難しいものではないし、論理的でとてもよくできているから、頭で考えればわかる。感覚がついてこないのが、僕の場合では一番の問題だった。

それでも、これまで繰り返し書いてきた、ビジネスをリードする存在としての心構えや気持ちの問題を別にすれば、この一年で一番目に見えて変わったのは、ファイナンスの世界を垣間見たことだろうと思う。いわく、ビジネスの価値は、そのプロジェクトが今後生み出すキャッシュで決まる。後は関係ない。こんな単純化が許されていいんだろうか、と思うが、こうして単純化することで、いろいろなことが見えてくるということはわかった。ビジネスの見方が一つ増え、新しい言語を覚えたような気分は、なんだか爽快だ。

株価はどうやって決まるのか。借金と、株式の発行はどちらがいいのか、という疑問にはどう答えればいいのか(もちろん答えは一つではないが、考え方はある)。会社を買うとき、いくらで買うか、どうやって決めればいいのか。未来のリスクを回避するのはどんな手段があるか。こんな質問に答えられるようになっただけ、日経がちゃんと読めるようになったというくらいのレベルだけれど、これは自分にとっては、わりと大きな変化だ(告白するのも恥ずかしいけど。でも、金融業界以外の人って、意外とこういうこと、みんな知らないんじゃないかという気もする)。

言語は、現実を切り取る手段だ。語ることができないものは、存在していないのと同じだ、という議論を昔学校で習った。そういった意味で、財務のことばを覚え、彼らの感覚で現実を切り取るやり方をすこしかじったことは、とても面白い経験だった。

ただ、僕はどうしても、この考え方でビジネス全てを考えることができないというのも、発見だった。ビジネスは価値を生み出し、届ける手段だから、どれだけキャッシュを生むかに関係なく、僕にとっていいビジネスとよくないビジネスがある。将来にわたって同じキャッシュを生み出す手段は、今の価格に直したら、全て同じ価格にならなくてはいけない、と習うけれど、それでも、僕にとって株式に投資することと、人にお金を貸すことと、自分でビジネスを立ち上げることは決して同じ価値ではない。

もちろん、だからファイナンスを学ぶことに意味がなかった、ということではない。ファイナンスの基礎を学び、ヤツらの考え方を知り、ヤツらのことばを学ぶことは、とても面白くて役に立った。この大胆なまで捨象されたビジネスの考え方が、これまでのたくさんの疑問に答えてくれたし、単純だから強力なロジックの世界を見たからこそ、そこにはまらない価値を考えられるようになった。

自分にも、いつか自分でビジネスをしようと思うときがあるだろう。あるいは、いつかビジネスに責任を負う日が来るだろう。そのとき、リターンを得る目的で投資してくれた人たちと、そのビジネスが生み出す夢を分かち合うだけでなく、このロジックでもきちんと価値を生み出し、リターンを返せるようにならなければいけない。これまでの自分がナイーブだったけれど、このナイーブさを忘れたくない。このまま、彼らの要求にこたえられるようになろう、そんなことを考えている。

最後の授業で、担当のJin教授が言っていたことを思い出す。MITで博士を取ったいつも笑顔の先生は、最後に笑いながらこういった。

君たちはこの授業で、バランスシートの右側を変えることで、価値を生み出したり、減らしたりできることを学んだ。そのための道具も、いくつか教えた。でも、ビジネスの価値を生むのはあくまでも、バランスシートの左側、資産だ。右側で変えられる価値なんてたいしたことはない。

道具はアイディアを実現するためにあるのだから、道具に使われてはいけない。君たちは、道具を持ったけれど、どんないい道具を使っても、つまらないアイディアを素晴らしいアイディアに変えることはできないんだ。素晴らしいアイディアを、道具を使って実現すること。この順番を、忘れないようにしなさい。
  

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April 27, 2006

結婚ラッシュ

8d90359d.jpg結婚ラッシュである。

ビジネススクールの1年目と2年目の間に結婚する人は、アメリカ人も留学生も含めてけっこう多い。そんなわけで、この夏から秋にかけては、パーティがたくさんだ。

同級生の日本人も、なんと3組が結婚式。日本で挙げたり、こちらで挙げたりとさまざまだけれど、疲れながらもみな一様に幸せそう。永遠の幸福を祈らずにはいられない。

離れ離れになりながらも、がんばって続けてゴール、というケースもあるし、留学が決まってとにかく籍は入れて一緒に来たものの、式までは到底間に合わず、あらためて、というケースもある。友人夫婦も期末試験の準備をしながら、授業の準備に追われながらも、なんとか時間を作ってばたばたしているのが、とてもほほえましい。

他の学校がどうなのか、うかがい知ることはできないが、一般にいっても、MBAのプログラムは2年目は比較的楽ができるようにデザインされている。特に留学生にとっては、これまで何度も書いているように、一年目はとても大変だ。新しい場所、新しい文化への適応、授業のスタイルに慣れて友人を作り、自分の居心地がよくなるまでの時間は、なにかと苦労も多い。先に来て、なんとか落ち着くまでは一人でがんばって、パートナーを呼び寄せる人もいるし、パートナーを伴って来る人もいる。お互いの仕事の問題もあるし、英語の心配だったり、就職活動をして未来がはっきりするまで、とか自分がしっかりするまでは、とか、そういう気持ちの問題もある。逆に家族に支えられてなんとか生き延びる人もいる。このへんは個人差が大きいから、どちらがいいと一概に言えるものでもない。ただ、一年くらいいたらいろいろ見えてくるから、二年目くらいには、いずれにせよ結構落ち着いている。

夏からやっとダンナと一緒に暮らせるようになる、という韓国人のDahlnaeと話をしていて、離れて、いろいろ心配もあったし、お互いなかなか大変だったけど、その分お互いのことがよくわかったし、信じてがんばって、今思えばよかった、とうれしそうに言っていた。長い冬の後の春。彼女のよろこびもひとしおだろう。

いずれにせよ、2年目を一緒に過ごせるのはとてもいいことだろうと思う。とにかく時間がある。授業でケースには相変わらず追われるものの、慣れてくるし、やる量は多くても、自分で時間が自由になるのはやはり大きい。キャンパスに住んで毎日昼食に帰る人もいるくらだ。そして、Thanksgivingや冬休み、春休み、数ヶ月の夏休み、そして4日程度の連休がたくさん、と、休みがとにかく多く、世界中の留学生が学生を連れて国に帰るので、世界を旅行して、一緒に世界を見る時間とチャンスがたくさんある。それに、毎日異国の地で顔を合わせていたら、好きなことも嫌いなこともお互いのことは嫌でもわかるようになるだろう。日本で毎日働いて帰りが遅い毎日だと、なかなか難しいかもしれないが、飽きるほど顔を見て話をし、関係の土台を作ることが、ここだとゆっくりできる。ある卒業生が、MBAの2年目で、その後30年の暮らしの土台ができた、あれがあったから、そのあとはお互いとても楽で幸せだったと言っていたが、そういう作業がゆっくりできるのは、とてもいいことだろうな、と見ていて思う。

就職したら、アメリカでも日本でも、日々の暮らしはまったく違ったものになるだろう。アメリカ人と話していたら、こんな毎日はもう一生来ない、学校に行くことも一生ない、だから焦る、だからいてもたってもいられない、と言っていた。そうだろうな、もうこんなに時間が自由になることは一生ないのだろうな、と改めて思うと、僕もあまりのんびりしていてはいけないと焦燥感に駆られたりする(あ、結婚のことじゃなくてね)。

結婚したら終わりではない。そこから、共に過ごす60年がはじまるのだろう。そう思うと、それを始める場所としては、ここはとてもいい選択だろうと思う。

みんなおめでとう。


自分のことを棚にあげるなって?
ぼくはまだまだ、もう少しかかりそうです。はい。
いいオトコになるべく、まずは日々修行の毎日です。

  

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April 23, 2006

目指すゴールへ


blogを読んでくれている、アメリカの大学で学んでいる日本人の大学生の方から、いつかはハーバードへ行きたい、MBAを目指したいのだけれど、どう計画すればいいだろうか、とメールでご相談をいただいた。

まだ、若い方へアドバイスをするような歳でもないし、そんな偉そうなことをいうのも気恥ずかしいところもあるのだけれど、未来ある人の少しでも役に立てるのであれば、と思い、下記のようなお返事をさせていただいた。

同じようなことをお考えのかたもいるでしょうから、blogにもご紹介しようかと思い、転載しておきます。

ここに書いたことは、僕自身が入学してから繰り返し問われていることだ。入る前からこんなにたいそうなことを考えていたわけでは、もちろんない。今でも、こうして問われ続ける中で、僕自身を未来を考えている最中だ。

ただ、受験で、願書を書いていく過程は、これからどうやって生きるのか、何を大事にするのか、ということを考える重要な過程だったし、そこに正面から向き合って、おろそかにしないで、いろいろな助けを得ながらも、自分の力で書き切ったということに対しては、誇らしい気分だと、今は思う。週末の片方はゆっくりリラックスして過ごし、もう片方をきちんと考える作業に当てるという毎週のリズムは、とてもバランスがいい日々だったな、と、懐かしく思い出す。どちらがなくてもきっとうまくいかなかったし、たくさんの人に助けられて今があるのだな、と、こうして振り返るたびに思わずにはいられない。





ご連絡ありがとう。

はじめから苦言を呈するようで恐縮なのですが、ビジネススクールに来ることを目標に、人生の計画を立てるというのは、順番が違うかもしれません。自らの人生で成し遂げたいことを定め、そのための過程としてMBA、あるいはHBSがあるのだと思います。そして、その計画が実現可能で、それを着実に歩んでいけば、自然に、その先の道が開けてくるだろうと思います。

ですから、Harvardに入学するための計画ではなく、人生で何を成し遂げたいのか、計画することをぜひ勧めたいと思います。これから、今後、大学の学部課程へ進学されるわけですよね。そうすれば、どの大学を選び、どのMajorを選ぶのか、というところから、選択は始まります。

ビジネスで成功し、金銭的に裕福になり、有名になることだけが、成功ではありません。無名でも豊かに幸せに暮らしている人もいますし、小さな商店を、家族を守って死ぬまで続けるのも、その人にとって誇りある生き方です。エンジニアとしてものづくりに一生を賭ける道もあるし、研究者として人類の知のフロンティアに挑戦する道もある。だから、自分は、60歳になったときに、何を成し遂げたと言いたいのか、あるいは自分が死ぬときに、何を誇りとして胸を張って死ねるか、と、考えてみてください。

もちろん簡単に決められるものではありませんが、でも、仮説としてでも、何かを持つことはとても大事です。何かを持つことができれば、そのゴールに向かって走ってみればいいわけですから。途中での修正を恐れてはいけないし、やりながら次が見えてきて、進路を変更することは、ままあることです。

MBAはどこもそうですが、入学審査時に、「自らは何を成し遂げたいのか」「これまでそのためにどんな努力をしてきたか」「なぜ自分は、その目標を実現できる力があるのか」「ハーバードのMBAは、なぜそのゴールを達成するのに役立つのか」に関して、説得力あるプランを言えるかどうかが問われます。だから、そういったことを考えてみてください。

世界の難民を救いたい、と言っているのに、大学で国際関係論や開発論や経済学もやらず、政治も学ばず、科学を専攻して、そのまま就職していていて、しかもMBAを取りたい、と言っても、あまり説得力がないでしょう。プランと、これまで努力したことのConsistencyを持つことが大事ですし、そのためには、早いうちから、未来を計画して、そのために一歩一歩歩んでいくことが大事です。そうすれば、自然に、延長線上に、進むべき場所が見えてくるようになります。急がなくても大丈夫。

さて、こう申し上げた上で、それでも実際にHBS入ってくる連中に共通する項目はあります。一番簡単なのは、Harvard, Yale, Princeton, Stanfordなど、Top 10くらいの大学で、経済やビジネスを専攻し、top 5%くらいのできる限り優秀な成績を取り、1st tierのコンサルティングファーム(McKinsey,BCG, Bainあたり)へ行くか、1st tierの投資銀行へ行くことです(Goldman, Morgan Stanleyなど)。こうした連中は、卒業後アナリストとして3年ほど働いた後、自動的に契約が切れるので、ビジネススクールへ入ってきます。ゴールドマンとマッキンゼーだけで、HBSの学生の全体の相当の割合を占めますから、競争は厳しいものの、他と比べればかなり確実です。それができれば苦労はないし、なかなか簡単なことでもないのですが。

もちろん、とても多様な集団なので、奇妙な経歴の人もいます。僕自身も、エンジニア出身、日本出身ですから、入学審査時にずいぶん努力をしました。大学は有名といわれるところで修士を取りましたし、会社もいわゆる有名企業と呼ばれるようなところですが、上記のような連中に比べると、まったく見劣りします。そんな僕でも入れたわけですから、もちろん、どんな人にも夢はないわけではありません。

お答えになっていればいいですが。
長い未来を見据えて、どうかがんばってくださいね。

  

Posted by leonblue at 16:25Comments(0)TrackBack(0)