2007年06月08日
勧告的決議−−「法的思考ノススメ」??
昨日、コロンビア大学の同窓会という会合に行ってきました。私は客員研究員という「いるだけ」の存在だったので、LLMのみなさまとは違ってあまり勉強しなかったのですが、懐かしい方々にお目にかかって大変楽しい時間を過ごしました。それにしても、渡米から早10年(絶句)。はやっ。
・・うまいギャグが思いつかないのですが、それでもいいですか?(業務連絡)
さて、一部(1人?)修了生向けの挨拶は以上として、株主総会シーズンだけあってM&Aをめぐるニュースも面白くなってきました。個別の事件についてのコメントはやはり気が引けますので、ちょっと外れたところを今日は攻めてみたいと思います。
「勧告的決議」という言葉は、普通は教科書には登場しません。よって、受験には役立たないネタなんですが、買収防衛関係に限らず一般的に見ても、このネタの重要性は今後増していくものと思います。
勧告的決議には2種類あって、
(1)法令・定款によって総会の決議事項とされているのだが、理論的観点から、普通の株主総会決議なら有するはずの拘束力がないものと解釈されているもの、
(2)法令・定款上は、株主総会の決議事項とされていない事柄について、総会が決議するもの、
の2つです。
なぜ、上の(2)ではなく(1)を先に書いたかというと、従来は(1)の問題が、主として株主提案権に関連して議論されてきたからです(「勧告的提案」といわれるテーマです)。たとえば、取締役が嫌がっているのに、株主が株主提案権を行使して「当社(A社)は○○の合併比率で、B社と合併する」という趣旨の議案(本当は、もっと詳細な合併契約が必要になります)を総会に提出することができるか、仮に株主総会が多数決でこれを承認してしまったらどうなるか、という問題です。
新版注釈会社法では、第5巻の69−72頁がこの問題を扱っていますので、抜粋して引用します。
「商法上総会の決議事項とされている事項の中には、事の性質上会社側の発議によってのみ総会に付議されることが適切であり、株主が会社側とは別個に総会に付議することを認めるのは妥当ではない事項も存在する。このような事項としては、合併契約の承認、〔旧商法〕245条1項の定める営業譲渡等の企業結合に関する事項、第三者に対する新株の有利発行などが挙げられる。・・これらの事項は、・・株主提案権の行使対象と考えられるが、・・株主が会社側とは別個に作成し、提案することは事実上不可能であり、あえて作成するとすれば、単なる合併や営業譲渡等についての提案権者の勧告ないし希望の表明的なものになるにすぎない」。学説は分かれているが、解釈論としては、「株主提案として提案しうることを肯定せざるを得ないのではないかと思われる。もっとも、このような提案・・が可決された場合にも、会社にとっては、その内容をそのまま実行することが困難ないし不可能な場合もありうるから、そのような提案は一種の努力目標を提示したものと解すべきで、かつ・・このような事項に関する提案は勧告的提案としてのみ、なしうるとする見解が妥当であると考える。」
(前田重行執筆・上記書71−72頁)
なお、定款規定による総会権限の拡張、定款にないのになされた決議の効力については、同書25頁以下、27頁(江頭憲治郎執筆)をそれぞれ参照。
どんなに株主がある事柄を望んでも、それを実行するには経営陣の賛成が必要になるという場合があります。株主が提案権を行使して、これを総会に諮りたいというとき、解釈論としては、(イ)そもそもそのような提案権行使は許されない、という考え方もあったのですが、現在では大半の学説は(ロ)提案権行使は許され、総会で採決がなされることになるが、たとえ決議が成立したとしても決議に拘束力(法的効力)がない、と解しています。
上記の例でいえば、経営陣が嫌がるB社との合併をどうしても株主が完遂したいのであれば、まず取締役を解任するなり再任しないなりして経営陣を入れ替えて(自らを、あるいは自分の息のかかったメンバーを取締役会に送り込んで)、それからA・Bの経営トップで合併契約を締結し、それを順次、取締役会・株主総会で承認していく、という手続を経るべきであり、経営陣の更迭をせずに合併だけ行うという選択肢は株主には与えられていない、と考えられています。
ここからが、最近の議論ですが、経営陣のほうから次のような決議を提案する(会社側が議案を提出する)ことはどうでしょうか。たとえば、(a) C社と経営統合を行う(ので、B社との合併は拒絶する)、(b) 自主経営路線を貫きたいのでB社との合併は行わない、等。法的にいうと、「経営統合」とか「自主経営路線」はもちろん本来の意味での総会決議の対象にはならない(法令・定款上の根拠がない)のはもちろんですが、「B社との合併は行わない」という部分にも同様の問題があります。会社法は、締結された合併契約を株主総会が承認すると定めていることに照らすと、合併契約がないときに「(B社と)合併しない」と決議することも、上記の「経営統合」などと同じで、法令上の根拠のない決議ということになるでしょう。
つまり、この例は、最初に述べた(2)に該当することになります。
法律上は要求されていない事柄、法令上の根拠がない事柄について経営陣が総会に諮ることができるか、というと、買収防衛策を想起される読者の方も(このブログにおいては)多いと思いますが、問題はそれだけに限りません。たとえば、簡易合併や略式合併の要件を充たすため、法律上は総会の承認が必要でない場合には、そもそも総会決議を行うことが不可能なのではないか、という疑問がないわけではありません。
ある行為が会社法467条1項2号の「事業の重要な一部の譲渡」に該当するかしないかも相当微妙ですよね(最判昭和40年9月22日、って、結局何をいっているのか良く分からないし)。実務では、「該当するか否かが良く分からないときには、総会決議を取っておく」のが常識でしょう。
新会社法は、随所で総会決議なしに取締役(会)レベルで決定できる事項の範囲を広げているのですが、逆に経営者サイドから見ると、総会決議を取っておきたいと感じる局面も少なくないはずです(*)。
取締役会設置会社では、「株主総会は、この法律に規定する事項及び定款で定めた事項に限り、決議をすることができる」(会社法295条)。とはいえ、(2)の決議を行うことが、法律上禁止されるとか、処罰の対象になるとか、行うことが取締役の注意義務に反するとはさすがにいえないでしょう。
では、このような決議は、禁止はされないけれども、やっても無意味、法律上は何の意味もないと言い切って良いでしょうか。原則はそうかもしれません。しかし、一歩踏み込んで、このような決議は、普通の総会決議(議案の内容どおりの法的効力が発生する=「法律行為」)とは異なるものの、全くの無駄というわけではなく、柔らかな効力が発生する(たとえば、取締役の善管注意義務の内容に影響を与える)場合も考えられるのではないか。
先の(*)を敷衍すると、法律上は総会決議はいらないとしても、総会決議を取っておけば、あとで取締役等が株主等から責任追及の訴えを受ける可能性が低くなる、というご利益(ごりやく)があるでしょう。ここでいう「可能性が低くなる」とは、訴訟が起きる可能性が低くなることに加えて、訴訟が起きても被告取締役が負ける可能性が低くなることを意味します。もっとも、「責任が認められる可能性が0になる」とまでは言い切れず、総会決議があることがどこまで強い効果をもたらすかは、法律規定(この場合は、責任の一部免除規定など)との平仄を意識しながら、ケースバイケースで柔軟に考えていくのが良いと思います。
民法(総則)の概念でいえば、「観念の通知」などと同じ「準法律行為」というカテゴリーに分類されるでしょう(四宮和夫=能見善久『民法総則 第七版』153頁以下を参照)。
上記の解釈は、最近になってひねり出したものではなく、実は3年ほど前から折に触れて考えていたことです。(2)を(1)に近づけて解釈することは、それほど奇異でもないし、会社法の条文構造・理論構造にも反することがない、むしろこれらと整合的な考え方であると自負しています。
きょうは、ここで止めておきましょう。仮にこのテーマで論文を書くとすると、非・取締役会設置会社の場合はどう考えるのか(295条1項を参照)、とか、総会決議の瑕疵を争う訴訟(830条、831条)は勧告的決議に適用(類推適用)されるのか、などについても論じるべきところですが、ブログではここで止めます。
最後に、ロースクールなどで法律を学ぶ方々に、私からのメッセージです−−
法律というのは、実は分からない問題だらけで、どんなに分厚いコンメンタールを見ても答えが書いていないだけでなく、問題の所在すら指摘されていない論点が山ほどあります。しかも、非常に基本的な問題に得てしてそういう「穴」があります。法律家の能力として、確立した規範(条文・最高裁判例など)を前提として、「分からない論点」について合理的な思考をめぐらせる力が重要ですよ。
先日の新試験・民事法第1問は、(あまり大げさなものではありませんが)このような能力をも要求していたと感じました。・・・この項、掘り下げすぎると、第2次・葉玉先生 vs 大杉戦争(フレンドリー・マッチ?)勃発の予感もありますが、掘り下げないことにします(笑)。
・・うまいギャグが思いつかないのですが、それでもいいですか?(業務連絡)
さて、一部(1人?)修了生向けの挨拶は以上として、株主総会シーズンだけあってM&Aをめぐるニュースも面白くなってきました。個別の事件についてのコメントはやはり気が引けますので、ちょっと外れたところを今日は攻めてみたいと思います。
「勧告的決議」という言葉は、普通は教科書には登場しません。よって、受験には役立たないネタなんですが、買収防衛関係に限らず一般的に見ても、このネタの重要性は今後増していくものと思います。
勧告的決議には2種類あって、
(1)法令・定款によって総会の決議事項とされているのだが、理論的観点から、普通の株主総会決議なら有するはずの拘束力がないものと解釈されているもの、
(2)法令・定款上は、株主総会の決議事項とされていない事柄について、総会が決議するもの、
の2つです。
なぜ、上の(2)ではなく(1)を先に書いたかというと、従来は(1)の問題が、主として株主提案権に関連して議論されてきたからです(「勧告的提案」といわれるテーマです)。たとえば、取締役が嫌がっているのに、株主が株主提案権を行使して「当社(A社)は○○の合併比率で、B社と合併する」という趣旨の議案(本当は、もっと詳細な合併契約が必要になります)を総会に提出することができるか、仮に株主総会が多数決でこれを承認してしまったらどうなるか、という問題です。
新版注釈会社法では、第5巻の69−72頁がこの問題を扱っていますので、抜粋して引用します。
「商法上総会の決議事項とされている事項の中には、事の性質上会社側の発議によってのみ総会に付議されることが適切であり、株主が会社側とは別個に総会に付議することを認めるのは妥当ではない事項も存在する。このような事項としては、合併契約の承認、〔旧商法〕245条1項の定める営業譲渡等の企業結合に関する事項、第三者に対する新株の有利発行などが挙げられる。・・これらの事項は、・・株主提案権の行使対象と考えられるが、・・株主が会社側とは別個に作成し、提案することは事実上不可能であり、あえて作成するとすれば、単なる合併や営業譲渡等についての提案権者の勧告ないし希望の表明的なものになるにすぎない」。学説は分かれているが、解釈論としては、「株主提案として提案しうることを肯定せざるを得ないのではないかと思われる。もっとも、このような提案・・が可決された場合にも、会社にとっては、その内容をそのまま実行することが困難ないし不可能な場合もありうるから、そのような提案は一種の努力目標を提示したものと解すべきで、かつ・・このような事項に関する提案は勧告的提案としてのみ、なしうるとする見解が妥当であると考える。」
(前田重行執筆・上記書71−72頁)
なお、定款規定による総会権限の拡張、定款にないのになされた決議の効力については、同書25頁以下、27頁(江頭憲治郎執筆)をそれぞれ参照。
どんなに株主がある事柄を望んでも、それを実行するには経営陣の賛成が必要になるという場合があります。株主が提案権を行使して、これを総会に諮りたいというとき、解釈論としては、(イ)そもそもそのような提案権行使は許されない、という考え方もあったのですが、現在では大半の学説は(ロ)提案権行使は許され、総会で採決がなされることになるが、たとえ決議が成立したとしても決議に拘束力(法的効力)がない、と解しています。
上記の例でいえば、経営陣が嫌がるB社との合併をどうしても株主が完遂したいのであれば、まず取締役を解任するなり再任しないなりして経営陣を入れ替えて(自らを、あるいは自分の息のかかったメンバーを取締役会に送り込んで)、それからA・Bの経営トップで合併契約を締結し、それを順次、取締役会・株主総会で承認していく、という手続を経るべきであり、経営陣の更迭をせずに合併だけ行うという選択肢は株主には与えられていない、と考えられています。
ここからが、最近の議論ですが、経営陣のほうから次のような決議を提案する(会社側が議案を提出する)ことはどうでしょうか。たとえば、(a) C社と経営統合を行う(ので、B社との合併は拒絶する)、(b) 自主経営路線を貫きたいのでB社との合併は行わない、等。法的にいうと、「経営統合」とか「自主経営路線」はもちろん本来の意味での総会決議の対象にはならない(法令・定款上の根拠がない)のはもちろんですが、「B社との合併は行わない」という部分にも同様の問題があります。会社法は、締結された合併契約を株主総会が承認すると定めていることに照らすと、合併契約がないときに「(B社と)合併しない」と決議することも、上記の「経営統合」などと同じで、法令上の根拠のない決議ということになるでしょう。
つまり、この例は、最初に述べた(2)に該当することになります。
法律上は要求されていない事柄、法令上の根拠がない事柄について経営陣が総会に諮ることができるか、というと、買収防衛策を想起される読者の方も(このブログにおいては)多いと思いますが、問題はそれだけに限りません。たとえば、簡易合併や略式合併の要件を充たすため、法律上は総会の承認が必要でない場合には、そもそも総会決議を行うことが不可能なのではないか、という疑問がないわけではありません。
ある行為が会社法467条1項2号の「事業の重要な一部の譲渡」に該当するかしないかも相当微妙ですよね(最判昭和40年9月22日、って、結局何をいっているのか良く分からないし)。実務では、「該当するか否かが良く分からないときには、総会決議を取っておく」のが常識でしょう。
新会社法は、随所で総会決議なしに取締役(会)レベルで決定できる事項の範囲を広げているのですが、逆に経営者サイドから見ると、総会決議を取っておきたいと感じる局面も少なくないはずです(*)。
取締役会設置会社では、「株主総会は、この法律に規定する事項及び定款で定めた事項に限り、決議をすることができる」(会社法295条)。とはいえ、(2)の決議を行うことが、法律上禁止されるとか、処罰の対象になるとか、行うことが取締役の注意義務に反するとはさすがにいえないでしょう。
では、このような決議は、禁止はされないけれども、やっても無意味、法律上は何の意味もないと言い切って良いでしょうか。原則はそうかもしれません。しかし、一歩踏み込んで、このような決議は、普通の総会決議(議案の内容どおりの法的効力が発生する=「法律行為」)とは異なるものの、全くの無駄というわけではなく、柔らかな効力が発生する(たとえば、取締役の善管注意義務の内容に影響を与える)場合も考えられるのではないか。
先の(*)を敷衍すると、法律上は総会決議はいらないとしても、総会決議を取っておけば、あとで取締役等が株主等から責任追及の訴えを受ける可能性が低くなる、というご利益(ごりやく)があるでしょう。ここでいう「可能性が低くなる」とは、訴訟が起きる可能性が低くなることに加えて、訴訟が起きても被告取締役が負ける可能性が低くなることを意味します。もっとも、「責任が認められる可能性が0になる」とまでは言い切れず、総会決議があることがどこまで強い効果をもたらすかは、法律規定(この場合は、責任の一部免除規定など)との平仄を意識しながら、ケースバイケースで柔軟に考えていくのが良いと思います。
民法(総則)の概念でいえば、「観念の通知」などと同じ「準法律行為」というカテゴリーに分類されるでしょう(四宮和夫=能見善久『民法総則 第七版』153頁以下を参照)。
上記の解釈は、最近になってひねり出したものではなく、実は3年ほど前から折に触れて考えていたことです。(2)を(1)に近づけて解釈することは、それほど奇異でもないし、会社法の条文構造・理論構造にも反することがない、むしろこれらと整合的な考え方であると自負しています。
きょうは、ここで止めておきましょう。仮にこのテーマで論文を書くとすると、非・取締役会設置会社の場合はどう考えるのか(295条1項を参照)、とか、総会決議の瑕疵を争う訴訟(830条、831条)は勧告的決議に適用(類推適用)されるのか、などについても論じるべきところですが、ブログではここで止めます。
最後に、ロースクールなどで法律を学ぶ方々に、私からのメッセージです−−
法律というのは、実は分からない問題だらけで、どんなに分厚いコンメンタールを見ても答えが書いていないだけでなく、問題の所在すら指摘されていない論点が山ほどあります。しかも、非常に基本的な問題に得てしてそういう「穴」があります。法律家の能力として、確立した規範(条文・最高裁判例など)を前提として、「分からない論点」について合理的な思考をめぐらせる力が重要ですよ。
先日の新試験・民事法第1問は、(あまり大げさなものではありませんが)このような能力をも要求していたと感じました。・・・この項、掘り下げすぎると、第2次・葉玉先生 vs 大杉戦争(フレンドリー・マッチ?)勃発の予感もありますが、掘り下げないことにします(笑)。

