2007年07月11日

ブルドック事件:地裁と高裁のフォーカスの違い

ブルドック事件の東京地裁決定と東京高裁決定には、一読して大きな違いがあります。そこで、上場会社の役員や企業価値委員会のメンバーの方々は、これらの決定をどのように読めばよいか、戸惑っておられることと推察されます。

きょうは、なるべく私見を交えずに、「どう読むべきか」を考えていきます。
(葉玉先生ご謹製のマトリックスも合わせてご参照ください)

1.事案の特殊性
この事件は、「買収者が変」で、かつ「防衛策が変」な事件でした。ですから、裁判所の決定から一般論を導くことには、どうしても限界があります。

防衛策(対抗手段)が認められるためには、必要性と相当性が必要です。この点は、地裁も高裁もほぼ同じです。必要性・相当性とは聞きなれない言葉ですが、平たく言うと、目的と手段のことだと思ってください。前者は「買収者による買収を阻害することに理由があるか」、後者は「手段(もたらす効果)がまともか、やり過ぎではないか」です。行政法の比例原則や、憲法のLRAとほぼ同じです。

いうまでもなく、「買収者が変」なことは、必要性を肯定する方向に働きます。他方、「防衛策が変」なことは、相当性を否定する方向に働きます。

2.フォーカスの違い
地裁は一般的な判示をしようとしたのに対して、高裁は買収者の特殊性に着目した判断をしています。

買収・防衛の事案をラフにABCの3つに分けるとします。A:買収行為や買収者の属性が変であるため、割合に広く防衛が認められる事案、B:買収行為や買収者の属性はそれほど変ではないが、結論として防衛が認められる事案、C:結論として防衛が認められない(差し止められる)事案、とします。

地裁決定は、BとCの境目を示すことに力を入れ、他方で、当該事案がAなのかBなのかについては言及していない、他方、高裁決定は、当該事案がAであることを事実認定していますが、BとCの境界線については何も述べていない。そういうことだと思います。

通常ですと、地裁より高裁のほうが権威があるわけですが、本件では地裁のほうがより一般的な判示をし、それが高裁で否定されているわけではないので、実務家の方々には、両者のフォーカスが違うことを踏まえて、両者を整合的に読むことをお勧めしたいと思います。

3.総会決議が本件で果たした意義
今後、ノーマルな事件で会社の役員さんや特別委員会の委員さんが防衛策の発動の是非について悩むとき、次のような見取り図を頭に入れておくことをお勧めします。

(1)上記のAの事案であるか否かは、必ずしも株主の判断を仰がなくても、取締役会限りで判断してよい(ただし、司法審査が及ぶ)。
(2)Aではなさそうだというとき、BかCかの判断は、取締役会限りで行うことは危険である(差止めリスクが高い)。最終的には株主が、TOBに応募するか否か、総会決議に賛成するか否かを通じて判断を形成するという建前がある。

もっとも、この見取り図はかなりラフです。(2)については、上記建前を尊重したうえで、「株主が判断する」ための前提・土俵を形成するという範囲で取締役会が買収者と条件闘争を行うことは許されるでしょう。また、「じゃあ、独立委員会があるときはどうなるのか」等々の派生論点もありますが、その点は措きます。

さて、本件事案はどうだったのでしょうか。

私は、実は、今回の事案では、取締役会限りでも対抗手段を講じる理由があった(必要性あり)が、本件のような大胆な買収策(買収者を追い出してしまう)を取るためには総会決議が必須であった(取締役会限りでやった場合には相当性を充たさない)、と見ています。

夢真・日本技術開発事件では、東京地裁は、買収者から追加的な情報提供を求め、必要な時間を提供させるための対抗手段は必要性を充たすと述べています。他方、ブルドック事件では、地裁決定は、買収者(スティール・パートナーズ)が事業計画やエグジットの見通しを示さなかったことから、必要性あり(総会判断は著しく不合理なものではない)としています。夢真事件の枠組みに当てはめると、本件で事業計画等を示さなかったことは、たとえ取締役会限りの判断でも、必要性ありとの理由となったのではないかと思うわけです。

高裁は「濫用的買収者」なので、防衛の必要性が認められるとしていますが、その際には総会がそのように判断したことには全く触れていません。そうではなくて、取締役会がそのように判断したことについて、裁判所が審査して、その判断が正しかったとしているわけです。

ただ、高裁は、総会決議があったことを、防衛策を発動することの相当性を高めるものと見ています。単に「いま持っている以上に買い増すことを妨害する」ことに加えて、「いま持っている株式も買い取る」という防衛策ですから、かなり高度の相当性が必要になってくることは明らかでしょう。総会決議の特別決議が必須であると考えます(7月10日のエントリー「ブルドック事件・地裁・高裁決定を振り返って」の3の「本件のように追い出すタイプの防衛策は」で始まる段落をご参照ください)。

4.「濫用的買収者」ディフェンスの今後
スティールが濫用的買収者か否か、という論点に敢えて踏み込むか否かは、裁判官のキャラによるところが大きく、いずれが正しいというわけではないと思うのですが、それでは、今後の実務において、目の前の事件で「買収者は濫用的である」という理由付けがどのくらい有効か、どのくらいリスクがあるのか、という点が気になります。

私は昨日までのエントリーでは、「人」を問題にする高裁決定に批判的で、「行為」を問題とした地裁決定に賛成していました。が、いま考え直すとそれほど単純な問題ではないという気がしてきました。

地裁決定は、「ファンドが買収するときには事業計画とエグジットの見通しを示さないとダメだ」と読めるわけですが、おそらくそうではなくて、真に問題だったのはスティールに対象会社を経営する意思も能力もなかったことだと思われます。本件とは違って、事業再生の実績などを有する投資ファンドが、買収後の経営者の候補者を連れてきて、敵対的買収をかけてくるときには、事業計画とエグジットの見通しを示さなくても良いと思います。(そう読まないと、不思議の国ニッポンからの資金流出が止まらなくなるでしょう)。

他方、高裁決定が、スティールの属性を論じるときに、過去のユシロやソトーの事案にさかのぼって論じているのは、行き過ぎだと思います。ある時期までの村上ファンドやスティールは、日本の企業経済を活性化させる良き投資家であったという考え方にも理があるんじゃないでしょうか。

少なくとも、アクティブな投資ファンドが株主総会で提案権を行使しようとしているのに対して、「濫用的買収者だ」という理由でこれを非難することは、原則としてすべきではなく、そのような提案は総会の多数決で粛々と否決すれば済むだけだ、と考えるべきでしょう(この原則論で押し切ることに躊躇があった極限事例として、昨年の村上ファンド vs 阪神電鉄の事例がありました)。

このように考えると、スティールに関する事実の評価は、地裁にも高裁にもやや誤解を招く表現があったように思います。今後、別の事件で防衛を検討するときには、「濫用的買収者ディフェンス」一本でがんばるよりも、上記のAとBの両方の理屈を準備して、それぞれについてしかるべき手続きを踏むことが、差し止めリスクを小さくする上で有効だと思います。

(では、また)。


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コメント一覧

1. Posted by (igi)   2007年07月12日 10:33
5 冒頭のネタがないと寂しい…と思ったのですが、これはイソログ風というネタだったのでしょうか>(では、また)。

2. Posted by おおすぎ   2007年07月12日 13:20
>(igi) さま
冒頭のネタのファンがいらっしゃることが分かり、嬉しく思います。

「イソログ風というネタ」というのが良く分かりませんが、今回は何も狙っていません。ネタを入れなかったのは、単なる気分転換でした。

今後も、たまにはネタがないエントリーとか、ネタが最後のほうに来るエントリーとかもあると思いますが、なるべく入れるようにします。「オッパッピ〜」とか。

ちなみに、私が好きな芸人の名前を挙げると、それを聞いた学生が引くことが多いです。
3. Posted by おおすぎ   2007年07月12日 13:26
・・・と書いた直後に、igi 先生がどなたかが判明し、私は自分が低俗なネタを書いたことについて赤面しました。
4. Posted by (igi)   2007年07月12日 19:20
5 イソログでは、最後に(ではまた。)と書かれていることが多いので、それを意識した高度なネタなのではないかと深読みしてしまいましたが大ハズレでした(汗)。

>ちなみに、私が好きな芸人の名前を挙げると、それを聞いた学生が引くことが多いです。

「でもそんなの関係ねぇ♪」

と応じることが期待されているのではないかとまたも深読みしてしまいました。
5. Posted by paripasu   2007年07月12日 22:26
大杉先生

いつも楽しく拝見させていただいております。
私は今回、スティールが濫用的買収者だと認定されたことがさっぱりわかりません。裁判所は、その評価根拠事実(らしきもの?)をたくさん挙げていますが、そのうちひとつとして、しっくりくるものがありません。

例えば、
「スティールが経営の意思も能力もないこと」
が、なぜいけないのでしょうか?株主に経営意思や能力が必要ではないはずです。

「株式を転売するつもりであること」
についても、合理的なインカムゲインが得られない日本市場において、キャピタルゲインを得る目的で投資をすることがあたりまえなのではないでしょうか?

「資産を処分することを視野に入れていること」
についても、余剰資産を処分して資産効率を高めることは、ものすごく当たり前のことだと思うのですが、これが何がいけないのでしょうか?
6. Posted by chopin   2007年07月30日 21:17
おおすぎ先生。

あなたはブルドック側から意見書を提出しているでしょ?
そういう一方のみから情報を提供されている者が「買収者
が変」などと決め付けるのは、公平を欠きます。
もちろん、買収者が変ということと防衛策が変ということは、次元が違いますよ。
決め付けでモノをいう人が目立つと、学者の評判が一般的に落ちるので止めて下さい。

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