2008年08月02日

昨今の責任厳格化への一つの疑問

磯崎さんのisologue の重要テーマの一つが、(私なりに要約すると)《現場への理解を欠く法規制によって、正当なビジネス活動が萎縮させられることについての異議申立て》です。金融行政の前に萎縮する証券業者や上場企業、村上ファンド刑事事件の判決文が投資ファンドにもたらしうるインパクト、などについて、(結論の当否は措くとしても)われわれはその是非を慎重に考えなければなりません。



最近、ほかにも似たような問題があることに気付きました。

1つは、会社経営者の民事・刑事責任です。長銀の元頭取さんは、粉飾決算の嫌疑につき、最高裁で逆転無罪判決を勝ち取られました(2008年7月18日)(参照、ビジネス法務の部屋会社法であそぼ。)。他方、民事では、蛇の目事件やダスキン事件では、会社経営者に多額の賠償責任が命じられました。

もう1つは、不勉強で最近まで知らなかったのですが、福島県立大野病院産科医逮捕事件(さしあたり、Wikipedia などをご参照ください)をきっかけに、医師特に産婦人科の離職が相次ぎ、医療崩壊の一因をなしているという指摘があります(たとえば、モトケンさんのブログ「元検弁護士のつぶやき」の「タグクラウド」で「医療崩壊」をクリックして下さい)。

私がなるほどと思ったのが、このブログでの元ライダーさんのコメント(コメ欄のNo.17)(抜粋)。

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例えばレントゲン写真に病変が写っていたが見逃した。鑑定で10人中9人(以下9人)の医師が病変を指摘できたとしたら、見逃した医師は間違いがあったと考えられますね。見逃しと言っても普通の看護師さんレベルが見ても「明らかに変」といったものを見逃したのでなく、医師だから9人が指摘できる病変を見逃したとします。

この見逃しを有責としますと、正しく病変を指摘した9人の医師も「やってられない」と感じるでしょう。なぜなら9人の医師もこのケースで正しく指摘できただけであって、別のレントゲン写真でも正しく指摘できるとは限らない、それ故いつかは自分も10人中1人に成り得ると自覚しているからです。

言い変えればレントゲン写真診断試験で100点満点を取れるとは限らないと自覚しているからです。
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雑駁にいうと、見落とした1人が、他の9人よりも明らかに能力が劣っており、一定の水準に達していないという場合と、10人の間には明白な能力の差がなく、10回に1回の確率で見落とすという場合とをまず区別しなければならないということです(注:この説明は非常に雑駁です)。

そして、このような問題状況においては、法律家は−−実務家だけでなく、学者も−−、あるルール(ここでは「過失」の認定基準・認定方法)を立てることが人々の行動に対してどのような影響を及ぼすか(インセンティブ分析)よりも、ある種の感情論に傾きがちになるのではないかと危惧します。

時間に余裕のある法学者が、より短いタイム・フレームで仕事をされている実務法曹をお気楽に批判することは厳に慎むべきですが、それでも会社経営者や現場の医師(特に後者)はさらに短い時間軸で(敢えて言えばほとんど反射神経で)事に当たらざるを得ないことには、慎重な配慮が必要であると思います。

結論の当否については、意見を保留しますが、判決文のロジックだけについていえば、村上ファンド事件東京地裁判決や、長銀頭取事件の原審判決は、私には上述のインセンティブを軽視したものと感じられます。

これを改善する方法にはどのようなものがあるでしょうか。1つ思いついたのが、法科大学院では必ず「最安価損害回避者(cheapest cost avoider)」や「ハンドの定式」について、実務家と学者教員が共同で授業を担当することです。「まずお前からやれ」とか「お前はきちんと説明できないだろ」とか、そういうツッコミには「申し訳ありません」と先に謝っておきます。

これは一つの思いつきに過ぎないわけですが、「法化社会」とは「法が暴走しやすい社会」でもあるので、法を扱う人々を鍛える方法をいろいろと考えておくべきように思います。自戒の意味も込めて。

PS 上述のように、私は(三宅さん等を除く)マスコミの論調とか(カッコ付きの)「国民の声」とかにかなり懐疑的です。ローで私の講義を受ける学生の皆さんには、こんな教師で済みませんと先にお詫びしておきます。


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コメント一覧

1. Posted by 法学士(W大)の田舎医者   2009年06月03日 19:44
お久しぶりです。ってもハンドルネームだけじゃ分かりませんよね。電話で最後に話したのは15年前くらいかと思います。当時在学していた医学部の学則の解釈について相談に乗っていただきました。

その後のご活躍はマスメディアや無事法曹になった友人を通じて知っておりましたが、本日偶然、この記事にたどり着き思わずコメントしてしまいました。

>「現場の医師は」「反射神経で)事に当たらざるを得ないことには、慎重な配慮が必要であると思います。」

医学と法学のギャップを感じる(後だしジャンケンのような)判決が多発する昨今、このような意識を持つ法律家が存在することは臨床医を大いに勇気付けてくれます。

刑事法を専攻してくれてたらもっと勇気付けられたんですけどね。
2. Posted by おおすぎ   2009年06月04日 08:39
>法学士(W大)の田舎医者 さま

HNを見た瞬間、分かりました(笑)。本当にご無沙汰しており、申し訳ございません。コメントありがとうございました。

私は、法の本質の1つに「人間はどちらの側にもなりうる(被害者にも加害者にもなりうる)ことを十分に認識して、バランスの取れた議論をすること」があると思い、またそのようなバランスの欠けた議論が学界においてはもとより実務界においても見られることに憤慨し、そのような見解と戦うことをこのブログの1つのテーマにしております。粗忽者ですが、今後とも宜しくお願いいたします。(商法専攻で済みません・・・)
3. Posted by 法学士(W大)の田舎医者   2009年06月04日 15:13
>HNを見た瞬間、分かりました(笑)。

光栄です。

ブログでメインの法律的議論には最早付いていけません。
これでも学部時代は中央大学長の永井和之ゼミに所属していたのですが。

>商法専攻で済みません・・・

こちらの都合で無茶いって申し訳ない。
かすかな記憶では会社法の中に刑法(この表現も微妙ですが)ってありましたよね。あまり商法学の中では話題にならい分野なのでしょうか?刑法学に任せるのかな?

いずれにせよ、お気に入りに追加しましたので今後ともよろしくお願いします。

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