岩田温の備忘録

政治学者岩田温の備忘録です。

憲法についての講演会のお知らせ


第二次世界大戦に敗れた日本に戦勝国から与えられた国家の最高法規「日本国憲法」。

私達の暮らしを形成するあらゆる法律の根幹となるこの憲法を、改正しようという動きが活発化している昨今、気鋭の政治学者岩田温が確かな知識を元に、改憲賛成・反対の次元を超え、くもりのない論説で「日本国憲法」を斬る!

憲法の制定過程について、憲法制定権力についてなど、日本国民が知らされなかった日本国憲法の全てを解説します。

日本の憲法学者は、殆どが日光東照宮の三猿状態。憲法の制定過程について、真実を「見ざる、言わざる、聞かざる」の状態が続いております。今回の講義では、憲法の制定過程、左右両翼の護憲論、改憲論を紹介し、近年流行しつつある左派からの改憲論を撃ちます。

乞うご期待!!!




【とき】:平成28年6月18日土曜日13時受付開始、13時半~17時(途中休憩アリ、講演3時間、質疑応答20分間)

http://abc-kaigishitsu.com/tokyo_yaesu/access.html

【参加費】:5,000円(学生3,000円)
【定員】:100名

こちらのフォームよりお申し込み下さい。
http://www.gsevents.net/form/iwata_form.html


*講演会の様子を録画、録音することはご遠慮ください。
*憲法についてよく知っている方も、そうでない方も納得頂ける内容となっております。お気軽にご参加下さい。

映画『アイヒマン・ショー』を観て考えたこと

 先日、『アイヒマン・ショー』を観た。観てよかった、というのが正直な感想である。アイヒマンの裁判がテレビで放映された事実は知っていたが、放送にいたるまでにこれほどまでの苦労があったとは知らなかった。大変興味深かったのは、この映画がアレントの『エルサレムのアイヒマン』とは異なった見解を示唆している点であった。
 
 テレビプロデューサーのミルトン・フルックマンとドキュメンタリー監督レオ・フルヴィッツとが主人公だ。

 フルックマンは、アイヒマン裁判を放送し、多くの人々が視聴することを期待する。だが、イスラエルの判事たちは、裁判の妨げになる可能性を考え、なかなか裁判の放送を許可しようとしない。フルックマンは知恵を絞り、判事たちを説得しようと試みる。私が驚いたのは、この裁判の放送を妨害しようとするナチスに親和的勢力が、フルックマンに圧力をかけてきていたという事実だ。不勉強ながら、この放送を中止させようと試みる脅迫の類が存在したことを知らなかった。
 
 フルックマンが様々な困難を乗り越えて放送にいたるが、なかなか思うように視聴率が取れない。判事の質問は、多くの人にとって退屈だった。同時期、ソ連の飛行士ガガーリンが宇宙船で地球一周を成し遂げ、多くの人はアイヒマンではなくガガーリンに注目した。またキューバとアメリカの対立も世界の注目を集めた。

 こうした状況下でフルックマンは、何とか視聴率を上げようと、裁判そのものを面白く放送しようと試みる。これに対して、映画監督のフルヴィッツは、アイヒマンの眼に着目し続ける。フルヴィッツがアイヒマンの眼の動きに注目するのは、人間である以上、アイヒマンが良心の呵責に耐えかねて、動揺すると想定し続けるからだ。アイヒマンも人間であり、人間が人間とは思われないような残虐な行為に手を染めたと捉えるのがフルヴィッツだった。誰もが過酷なナチズムの時代に生きればアイヒマンのような行為に手を染めてしまうかもしれないというのがフルヴィッツの主張だった。こうしたフルヴィッツの主張に反発を覚える撮影スタッフもいた。彼は云う。「私はアイヒマンではない」。フルヴィッツは、誰もがアイヒマンになりうると説くが、「私はアイヒマンではない」と反論し続ける。
 実際、アイヒマンは如何なる話を聞かされても動揺しない。ここがこの映画の核心の一つだ。アイヒマンの眼には動揺の念が映らない。
 視聴率が上がらずに焦るフルックマンは、アイヒマンの眼に注目し続けるフルヴィッツを怒鳴りつけ、個人的な「観察」に貴重な時間を割くなと怒る。これに対して、フルヴィッツは焦るなと説く。
 視聴率が変わり始めるのは、ホロコーストの生存者たちが、自分自身の見聞きした過酷な真実を話し始めてからだ。生き証人たちの語る過酷な真実に世界中の人々が衝撃を受けた。
 フルックマンは視聴率が上がることに喜ぶが、フルヴィッツは、未だに納得できずにいる。

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【憲法に関する勉強会のお知らせ】

【とき】
平成28年6月18日土曜日13時受付開始
13時半~17時
(途中休憩アリ、講演3時間、質疑応答20分間)

【ところ】
都内某所。東京駅の付近です。参加者の皆様には担当者から連絡させて頂きます。

【内容】
戦後、マッカーサーに強要された日本国憲法。一体、いかなる経緯で日本国憲法が成立したのか、また、安全保障政策はどのように変遷したのか、そして、いかなる改憲論、護憲論があるのか、憲法全般の問題について、一気に講義します。『正論 スペシャル』の憲法マップで紹介したすべての議論について、更に深く解説します。

【参加費】
5,000円(学生3,000円)


お申込みはこちらからお願い致します。人数に限りがあるので、お早目にお申し込みください。

20世紀を回顧する。

高校生のときに産経新聞に掲載してもらった文章。備忘録としてアップしておきます。
文章は未熟ですが、ずっと、考えてきたことが同じなんですよね。全体主義について、ずっとずっと考え続けてきました。



二十世紀を四半世紀も生きていない私のような若輩が、「二十世紀を回顧する」などというのは尊大に聞こえるかもしれない。しかしながら、フランスの詩人のヴァレリーは、「人間はうしろ向きに、未来に入ってゆく」と語っている。つまり未来のことを考えるならば、歴史を学ばなければならないということだ。ならば、将来の日本を背負っていく我々若者こそが積極的に、歴史を顧みなければならないのではなかろうか。

 

 

 さて、一体今世紀はどんな世紀であったのか。「戦争の世紀であった」と多くの人はいう。なるほど、たしかに有史以来例のない大戦争が二度も行われた。これは間違いのない事実である。だが、このこと以上に重要な事実を人々は忘れかけている。それは今世紀が全体主義の世紀であったという事実である。

 

 

 今世紀に人類が狂信したファシズムも共産主義も、ともに全体主義であるという点ではなんら異なるところがない。ヒトラーの行ったユダヤ人大虐殺や、スターリンによる同胞大粛正などに見られるように、全体主義の禍いは人類にとって最大の汚点であり、忘れてはならない事実である。

 

 

 では、全体主義とはいかにして生まれたのであろうか。それは人間が持つ本質的な弱さから生まれてきたのではないだろうか。

 

 

 そもそも人間である限り、誰もが自らの存在を肯定したいという願望を抱きながら生きている。この願望を容易に実現させてくれる思想が全体主義思想であったのではないだろうか。全体主義者は、おのれに反するものを「祖国の裏切り者」という言葉や「保守反動」という安易な言葉だけで否定する。そして他者を否定したことによって自らの存在を正義の存在とする。こうして自らの存在を肯定するのである。

 

 

 二十世紀において民衆はこれまで以上に自由になった。しかし、その自由に問題があったのではなかろうか。自由について、英国の偉大な保守主義者エドマンド・バークは「智恵も美徳も欠いた自由とはそもそも何ものでしょう。それは、およそあり得るすべての害悪中でも最大のものです」と述べている。つまり先人の智恵や美徳の結晶である、伝統や慣習による制限のなくなった自由ほど害のあるものないということである。何故なら、人間は完全な自由に堪えられるほど強い生き物ではないからである。自由に堪えられなくなった人間は自ら自由を放棄し、強力な制限の下に自分自身を置かざるを得なくなる。こういう理由から、人間は自由主義の下から全体主義の下へと逃走していくわけである。

 

 

 今世紀に全体主義は表面化した。表面化したがゆえに全体主義の恐怖は多くの人の知るところとなったのである。だが現在、人々はその全体主義が遠い過去に存在していたとしか思っていない。つまり全体主義思想とは二十世紀に偶然起こり、そして消滅していった思想だと考えられている。しかしながら、自由主義から全体主義という強力な制限への逃走が人間の弱さに基づいて行われるのであれば、この全体主義思想という思想は常に我々の近くに存在している思想といわねばならない。

 

 

 つまり我々が未来をより幸福な時代にしたいと願うのであれば、この全体主義思想に敢然と立ち向かわなければならない。この姿勢こそが、今世紀の歴史の重大な教訓に真摯に従った姿勢なのだ。

 

 

 しかしながら近年、日本人はソ連の崩壊による安堵からであろうか、全体主義に対する危機感を忘れ始めているようである。「平和」の美名の下に冷徹な現実を全く無視し、日本の非武装化を唱える人々。「男女共同参画社会」の美名の下に家族の崩壊を推し進めている人々。「ゆとりの教育」の美名の下に学力低下や教育の荒廃を招いている人々。彼らはその意見に反対する人々のことを「軍国主義者である」とか「封建主義者である」もしくは「偏差値至上主義者である」と決め付け、その存在すらも認めようとしない。これを全体主義であると呼ばずに、何と呼べばよいのか。人々が知らず知らずのうちに、全体主義思想に染まっているのではないか。この様な事実は、人々が先人の歴史を顧みなくなり、全体主義に対する危機感を忘れつつあることを示している。

 

 

 歴史を顧みることは、未来への警鐘を鳴らすことと同じである。そして二十世紀を回顧してみたときにわかる、先人がまさに血と汗と涙を流して残してくれた、全体主義の恐怖の事実は未来への重大な警鐘である。この警鐘が全く聞こえなくなったときに、人類は悲惨な歴史をまた繰り返すこととなるのであろう。

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