ジブリの『風立ちぬ』を観た。
作品には監督の様々な思い入れがあるみたいだし、
観客の反応は真っ二つに分かれているとか、喫煙映画だとか色々な声も聞かれる。
でも私は、主人公達が自分の人生をどのように使うかを知っている限り、
その行動に口を挟む気はない。強く、真っ直ぐな意志。これほど美しいものはないからだ。
最近、感覚を逆撫でするようなものを“芸術”と定義する風潮があるような気がする。
私はあまりそれに賛成出来ない。やはり、上品な世界こそ上質であると感じる凡人だ。
『風立ちぬ』はゼロ戦の設計者の話だが、私の大叔父は戦艦の設計者だった。
宇宙戦艦ヤマトでも有名な、艦首の喫水線の下の丸い部分。
あの発案者が彼だ。小説にも登場している。
映画の中の堀越二郎は詩を誦んじ、語学にも長けて教養豊かだった。
家人の祖父は、自分で仏語と独語で文章を書いて、海外で出版している。
大したことのない父でさえ、ドイツ語で一通りの歌は歌えた。
みんな腕の良い理系男子だ。でも、ロマンチストだった。
ああゆう男たちはもう、古き良き時代の生き物になってしまったのだろうか。
作品には監督の様々な思い入れがあるみたいだし、
観客の反応は真っ二つに分かれているとか、喫煙映画だとか色々な声も聞かれる。
でも私は、主人公達が自分の人生をどのように使うかを知っている限り、
その行動に口を挟む気はない。強く、真っ直ぐな意志。これほど美しいものはないからだ。
最近、感覚を逆撫でするようなものを“芸術”と定義する風潮があるような気がする。
私はあまりそれに賛成出来ない。やはり、上品な世界こそ上質であると感じる凡人だ。
『風立ちぬ』はゼロ戦の設計者の話だが、私の大叔父は戦艦の設計者だった。
宇宙戦艦ヤマトでも有名な、艦首の喫水線の下の丸い部分。
あの発案者が彼だ。小説にも登場している。
映画の中の堀越二郎は詩を誦んじ、語学にも長けて教養豊かだった。
家人の祖父は、自分で仏語と独語で文章を書いて、海外で出版している。
大したことのない父でさえ、ドイツ語で一通りの歌は歌えた。
みんな腕の良い理系男子だ。でも、ロマンチストだった。
ああゆう男たちはもう、古き良き時代の生き物になってしまったのだろうか。