★参考になるブログ★

http://yaplog.jp/drum_oftherain/archive/1

↑ 検索で2ページ目の1つ目にでてたと思ったら急に、一時間後に圏外に飛ばされてたり、SEO業者を使って

検索エンジンの上位に上がって来ない様に、妨害されてるブログらしいです。

つまり、逆に音楽家にとって大事な隠したい内容のサイトの可能性が高いので拡散してください。




**********以下本題です***********



     この会社の問題を考える時、

  どうしても避けて通れない大きな問題があります。

  今は、どのように書くか観照していますが、

  最終的に触れられないかもしれません。

  それが一番の大きな素因なのですが。

  この会社の事‥‥なぜここまでデタラメを続けて来られたのか?
 
  音楽関係者だけでなく、様々な人脈で

  (大袈裟ですが)裏の事情なども調べています。

  ここには書けない様な事も、

   別の場所で後には露呈するかもしれません。

  調査し始めた初期の段階から、ほぼ予想はついていましたし、

  業界の方々の中にも、気がついている方も多いと思います。

  今は、裏を取って行く作業中と言えるかもしれません。


  人生の後半、晩年には、その人間が行って来た全てのことを

 清算することになるのです。どんなにうまく隠したつもりでも

 その真理から逃れることはできません。

  悪事を為して来た人は、必ず応報があります。

  本人に罪悪感があろうが無かろうが関係ありません。

   因果律です。

  
 

 タイトルは、

 この会社の、インチキ遮音性能に警戒する様に

 注意を喚起してくださった日本の優秀な音響工学の学者の方と

(ジョージ・マイケルの自宅スタジオを設計した方です)

 大変、縁の深いあの

ジョージ・マイケルの、アメリカ、全世界での

 大ヒットアルバム(2500万枚以上?)のタイトルから
 借用いたしました。 心からご冥福をお祈りします。

   この世に偶然という事はあり得ません。

 全てが繋がっています。

ジョージマイケルと‥‥‥‥‥。



 ギリシャ系のコンプレックスを抱えたシャイな少年だった彼が

 必死で音楽に向き合っていった、その思い。信念、

そして

 別の意味のFaith。一神教圏の人々にとってふつうはFaithは信仰を

さす事が多いでしょうが、彼がFaithに込めた意味は違います。

 音楽家の信念を打ち砕く者に、ジョージマイケルだったら

 どんな鉄槌を下してくれると思いますか?

  
 もはや、人間の証明。ですね。 

:::::::::::::::::
 知られてないかもしれませんが、

彼は、実際、密教者でしたね。

 あっ、ファンの方誤解しないでくださいね。



 仏教者という意味とは違います。

 全ての宗教などの次元を超えた、この世(あの世でもいいです)の

真の理、人間の正しい生き方、生きる意味、


 それらの本当の智慧を持ってる者を指す言葉です。



 
仏教では反対語として「凡夫」という言葉が使われますが、

 決して「平凡な」という意味ではありませんし、

 劣ってるという意味でもありません。


 生まれながら、その「智慧」を持っている者も少なからず居ます。

 厳密に言えば全員持っているのですが、現代社会の

 生活規範、信念、善悪の価値観、科学、宗教etcが それを

隠してしまうのです。

  そういう社会の、「真実を隠そうとする企て」に

 一切惑わされない者。 それが密教者といえるかもしれません。
 
 まあ密教という なんだかおどろおどろしいイメージに

   惑わされないでください

 そう言う世界と正反対の「絶対の至福が支配する世界」の住人です。


 密教者のFaith(信念)は、必ず現実化してしまいます。

 良い事も、ネガティブな事も。


 真の密教者は、常に超越 (Transcend)していますし、

 その意図が、速やかに現象化する


 内なる体系が完成されている者が多いので、

(個人によって極端に差があります)



 しっかりした瞑想などを前業としてだけでなく、

継続して行い

 その、強力な想念の力をコントロール


(安定化)する事が大事なんです。   以下に続きます。

::::::::::::::::::::::


 興味のある方は


  量子脳理論関連の本をご覧になるのもいいかもしれません。

一般の本屋さんや図書館に無くても 大学の図書館にはあると思います。


 決してオカルトなどではありませんよ。


 すこし逸れるかもしれませんが二年前?の

オーストラリアのトラスコット准教授の追試?も、

みなさんの希望的仮説?への(^^)
 
なんらかの肯定的な示唆として役立つかもしれません。

      

  熟練した瞑想者や密教者の脳は 

 θ(シータ)波以下の状態を日常的に経験しています。


 更に低い脳波
(傾眠時より低い0.5Hz以下。仮死状態が0Hzです

へも到達します。


  ゼロクロスポイントに至る以前に、能動的な想念の活動も

 当然肉体の制御もできなくなっています。

  受動と能動の限りない接近、そして共存。

 遠心と求心ともいえます。

 これは、遅れてやって来た西洋の哲学者?たちが

到達しようとしてできなかった?

 大きな課題であり、最終的にエソテリズムに解決をもとめた

 一神教信者にとっての「神」。 それ以外の人にとっての

 この宇宙の根源=全ての創造の源でしょうか。


 瞑想などで脳波を低くしていくことで存在そのものをリセットする。

 人間として産まれた瞬間から、「社会的」存在として

様々な教育、刷り込みが行われて来て、

その情報の総体が「あなた」になっていると思います。 


そういう裏付けの無い限界、禁忌などすべてから解き放たれて

 人間として至高を生きる。 そのために瞑想は呼吸の様に

 最低限 必要な事です。

 

   余談ですが、 6歳になるまでに、

しっかり無条件の愛を受けて、自己を肯定してもらえなかった

可哀想な子供は、一生涯をその 隙間の埋め合わせ、


自己肯定を確認する行為に費やす可能性があります。

 時にはおおくの第三者を通じて。

 ときには大変痛ましい事も起きてしまうかもしれません。

 だからこそ、そういう可哀想な子供への福祉活動や事業に

 人生を捧げる方が少なく無いのでしょうね。

「三つ子の魂百まで」といわれますが、脳波という観点から見れば

6歳までに家族や周りの人がどのように接するかが、

 自分は無償の愛を受けているだろうか?などが、

 人格形成には大変重要です。

  実は、このブログ全体のテーマに大変深い関わりのあることを

   書いています。



 あなたは、6歳までにまわりの大人から

   どのように接してもらったでしょうか?

 健全な状態で育てられているなら6才までの子供は

 殆ど、どんな分野にさえ限界を感じる事はないでしょう。

 そして、うまくそのままの状態を保って成長する人は

(稀に居ます)どんな分野であれ限界を感じる事もなく

 自己実現していくのです。

::::::::::::::::


 それが番(つがい)になってこそ、意味をなすのであって、


 両輪の片側だけを身につける事は、(身につけさせようとする行為も)


 その影響力の大きさ故に

 却って災いをもたらす事もが多いので要注意なのです。

                

         *へ続きます

 間違った行いには、必ず何らかの報いがあります。

 (間違った指導をする自称Mentorにも‥‥応報があります。

 間違った指導をするMentorは、

  驚く事にプラグマティストだったりします。

 お金に飢えていたりするのです!

   奇妙な話しの様ですが謎解きは簡単です。

 そして、そういう自称Mentorは、愛と賞賛にも飢えています。

  だから弟子(子分)を求めるのです。

  危険な「自称グル」の引き起こす惨事については少なからぬ方々に

    思い当たる記憶があるかもしれません。)



 危険な「自称グル」は決して宗教団体のような体を成しているとは

   限りません。

  一般の企業の様に見える場合も往々にしてあるのです。

    備えなければなりません。

 
:::::::::::::::


  その想念の力の強さ故に、心に動揺があれば

 あまりありがたく無い事も

     起きてしまうかもしれないのですから。


                                R.I.P



 さて、
 
 歴史上の、多くの優れたシンガーが 、その宗教とは別に

 密教者でした。


(ターン・センをご存知ですか?


そんな外国の方を例示しなくても、


古代まで遡らなくても、日本の本当に一部の、

ごくわずかしかレコーディングされていない

浪曲師の声も神懸かり的です(国会図書館で聴けます)


神懸かり的にすごいとか、そういう比喩ではなく、


 真に「神」と一般の方々が呼ぶような事象を、声によって

起こすのです。(神の言語は、現象です。現象を起こす事そのものが

神の体現、表現法なのです。)


 ニュートリノという言葉を想起された方も居るかもしれませんね。


 ニュートリノの構造について興味のある方は調べてみていただけば、

 音楽と、森羅万象との関係に深い洞察をもたらしてくれるはずです。



 別トピックでも少し触れていますが、


ハメロフ&ペンローズの科学者のタッグが、


「智慧」の究明に至れなかったとしても、何ら問題はありません。




 科学というもの自体、構造主義的に言えば(旧い表現で恐縮です)



ごく最近、ある地方で案出された、ごく一時代に優勢である

人類の知恵の一部にしか過ぎないので、

科学的証明は、「それ」の実存に何の影響も無いからです。



ただ私たち現代人は「科学教」ともいえる、

科学万能主義に染まってしまっているので、

 「科学で証明されないと信じない」という

   過ちを犯してしまいがちなのですね。


 芸術家(含む密教者)は、本来

    そういう次元の埒外に存在します。


(密教者でない芸術家の方が圧倒的に多いのが現代ですが、

  本来はおかしな事で、憂うべき事なのです。)

 密教者ではないですが、とても酷似した技術を用いて

 現象を起こせる人たちの記録が日本にもありますね。

 「わざをぎ」と呼ばれてたと思います。


 今は 古典芸能の用語として、本来の意味とかけ離れた意味に
 
 転じてしまい、なにか諧謔味のある、娯楽的存在の様に

 解釈されてしまっていますが、本来は全然違います。

  詳しく調べた事は無いですが、どういう機序で現象を起こすのかは

   理解出来ます。




 折口信夫氏が、超宗教、超芸能(芸術というテクニークでは無く、


より高度な「芸能」である点がポイントです)を並列に捉えて


模索していたのは有名です。


あの時代に、実は同じ物だと気が付きかかっていたのでしょう。


(ユングも同じ様な模索をしていましたが、

実際にこの智慧の解明に

一番有望と思われる国は、日本です。


またはアボリジニの方々ですが、

彼らは、もしかしたら、研究という無意味な行為自体に興味が無く、

もっと高尚な、最高に真の意味で洗練された、智慧そのものの

体験を追求しているでしょう。


解明とか研究とか言う行為自体は、先述しました様に、

科学的な手法でしかなく、誤解を恐れずに言えば、

密教、顕教でいうところの

顕教の一部にしか過ぎないのです。


    真実のごくごく‥‥ごく一部です。

 どなたかの表現を拝借すれば、砂浜の砂粒の1粒の様なものです)



 回答を出すのは、さて誰でしょうか?


 しかし、実は、科学者が回答を出す必要も、

それを世間に提示する必要も無いですし、


  真の智慧自体、世界中に敢えて殊更晒すべき性格のものではないのです。


  だから、古代からEsoteric(密教)なのです。


(智慧を見つけかかっていたユングのある時期の一部の研究資料が

一般人に一切公開されていない事実から

ご推察いただけると思います)


  探求すべき方々が、今夜も、明日も、日夜探求し続けていますし、

 実践なさっています。

  そうでない方々にとっては、

   衝撃的な内容であるでしょう。

 しかし、元来人類は全員が その能力を持っていましたし、

 そういう正しい生き方をしていたのです。

 密教の「密」は別に、あやしい、秘密のという意味ではなく、


 元々は人類全ての智慧だったものが、 ある理由で

 ある時代から隠されてしまい、そのまま

 あまりにも長い時代を経てしまった結果、

 現代人の、ごく最近のいわゆる科学的な価値観でみると

 驚く様なお話に思えてしまい、社会に混乱を招くから

という様な

 もっともな理由で密教になったのです。

 日本では真言密教の空海が有名ですね。

 一般の書店では売ってませんが、専門店に行けば

 かなり一般人向けに噛み砕いた表現の密教入門書があり

ダライ・ラマが推薦文を書いてたりします。


 どのような宗教でも古代の宗教は、現代人が呼ぶ「密教」的要素を

 内包していました。

 別に、宗教なんていう最近の言葉を使わなくとも

  成立した当時は、それが道徳、倫理、経済、科学など
 
 ひとの生活全般の役割を担っていたのですね。

 宗教なんて言う言葉自体、西洋人の発想で

 日本人には必要の無い概念です。

 

  to be continued