◇レスラーたちの試合の様子を描くシリーズです。


――ある日の闘景:「シャイニー日向」vs「フランケン鏑木」編


▼日本 東京都新宿区 新宿FATE


―― 新日本女子プロレス“Angel Pit XX” ――


新宿にある小会場・新宿FATE。
数百人ていどしか入らないが、小規模団体にとってはちょうどいい頃合のハコ(会場)であり、老舗の新日本女子も若手中心の興行“Angel Pit”シリーズではたびたび使用している。
今宵は、若手によるワンナイトトーナメントが開催されるとあって、通常以上の熱がこもっていた。
優勝者には、年末におこなわれる<EXトライエンジェル・サバイバー>への出場権が与えられるとあって、若手たちの目にはギラギラとした野望の光が宿っている。
そんなトーナメントのカードのひとつは、ルーキー対決であった。
すなわち、


<1回戦 時間無制限一本勝負>

〈シャイニー日向〉 vs 〈フランケン鏑木〉

片や鳴り物入りで入団、はや海外遠征も経験するなど次期スター候補と目される金の卵、「ゴールデン・ルーキー」。
いっぽう、ドサクサ紛れに新女の門をくぐり、いつの間にやらデビューを果たしていた、本人いわく「名もなき路傍の石ころ」。
リング上での結果だけ見れば、明らかに鏑木の方が出しているのだが、団体からは歯牙にもかけられていないのが現状。
もっとも、日向は日向で言いたいかもしれぬ。

――彼女が、羨ましい。

と。
自分でも分不相応だとわかっているのに。
負いたくもない重荷を押し付けられてしまう……そんな苦しみが分かるのか、と。
だがその数倍も、いな数十倍も、鏑木は日向を嫉視していた。
血統、才能、容姿、さまざまな面で恵まれておきながら。
プロレス道に邁進するでもなく、アイドルごっこに走ったり、あっちこっちへフラフラしている日向などは、鏑木にいわせれば

――プロレスの神様から愛でられておきながら、プロレスを愛していない。

と、いうことになる。
そんなヤカラに、どうして後れをとれようものか。
もとより、鏑木かがりにとって、それもまた己を奮い立たせる糧に他ならぬ。
この一戦も、いまだ迷走中で何をやっても中途半端、なにごとにも本気で取り組めずにグズグズしている、人呼んで“昇れない太陽”(byウィッチ美沙)日向と、鉄石さながらの信念をもって、己のささやかな得物を研磨しつづける“執念の蛍雪”鏑木の差が、残酷なほど如実にあらわれる結果となった。

両者がリングインするやいなや、四方の観客から声援が飛ぶ。

『フランケーーン! やっちまえ!!』
『カブラギーー! ボコボコにしてやれ!!』
『レッツゴー、ヒーーーナたーーーーーん!』

こういった会場に足を運ぶファンは、ひときわコアな層が多い。
会社から蝶よ花よとチヤホヤされ、プッシュされまくっている日向より、地べたを這いずりながらも結果を出し続ける鏑木に支持が集まるのは、是非もない。

「かようなささやかな大会、ごーるでんるーきぃ様にはサゾ物足りないことでありましょうなア――」

おなじみの舌戦を仕掛け、主導権を握ろうと図った鏑木だったが、

「こ……のォ!!」
「ッ!?」

ゴングを待たずに、いきなり日向がエルボーで突っかかる。
フイをつかれた鏑木、ここはやや勢いをそがれる。
仕掛けた勢いそのままに、日向が優位に試合を組み立てていく。

鏑木の得手が、《六角 葉月》仕込みのグラウンドにあることは、いまや自明。
ゆえにそれには付き合わず、スピードと瞬発力を活かしたヒットアンドアウェイを仕掛けていく日向。
これはこれで効果がないではないが、無類のタフネスを誇る鏑木を仕留めるには、いかにも一発一発が軽い。

「はッ、かゆいかゆぃ……ウッグッ!?」
「舐めるなぁーーー!!」

豪快にアゴに入ったトラースキックから、早業のスモールパッケージ!
3カウント寸前も、間一髪で鏑木の肩が上がる。
冷や汗をかいた鏑木だが、ここにきて風向きが変わり始めた。

「ハァ……ハァ……ッ」
「さァて……だいぶ、このポンコツな手足もあったまってきたようで」

渾身のラッシュでも仕留めきれず、次第に日向の息が切れてくるや、自分のペースに持ち込んでいく鏑木。

「さぁっ……さっさとっ、降参、するのがっ、利口っっ!!」
「う、ぐっ、ぐぐぐぐ…………!」

見かけによらぬグラウンド技術でポジションを奪い、チキンウイングアームロックを仕掛けて責め立てる。
柔軟な関節をもつ日向といえど、あわやギブアップの厳しい仕掛けに、悲鳴が漏れる。
さんざ寝技で体力を奪われた末に、

「そォらっ!」
「くっ……はあっ!!」

激しい当たりの逆水平チョップを胸や喉へとブチ込まれ、みるみるうちに日向の動きが止まっていく。
更に反則グーパンチからのフルスイング逆水平で脳をグラグラ揺らされてからは、足にガタが来ているのは目に見えて明らか。
プロレスの稽古をおろそかにして、アイドル業に忙殺されての練習不足もたたっているのは間違いなかろう。

(こうっ、なった、ら……っ!)

一発逆転を狙い、渾身の力でロープへ走ろうとする日向……

「オットッ! そうはっ、イカの、塩辛でさァッ!!」
「んっぐっ!?」

後ろ髪をムンズとひっつかまれ、

「フンッ!!」
「………………!!!」

マットへしたたかに顔面を叩きつけられたあげく、流れるような高速小包固めでの、3カウント決着。


 ×日向  vs 鏑木○(12分31秒:高速小包固め)


「ふうぅぅ……っ、ちょうどいい肩慣らしでござンした……お付き合いいただき、かたじけないことで」
「うぐ、ぐ……くうううう……」


無念の一本負けをきっした日向であったが……
後日、なぜか《ラッキー内田》の代役として、来島・上戸らとトリオを組み、“ゴールデン・ボンバーズ”としてEXTASに参戦することになり、内外から轟々たる非難を浴びることとなるのだった。
なお、準決勝で《ウィッチ美沙》に苦杯をなめた鏑木も、《六角 葉月》の下、“六角道場”の尖兵としてリングに立つこととなる。
(ちなみに、このトーナメントで優勝したのは決勝で美沙を破った覆面ファイター《YUKI》であり、彼女は六角・鏑木と組んでEXTASへ出場することとなった)

退くことを知らぬレスラーたち。
リングに上がる道を選ぶ以上、彼女たちのプロレスという名の旅は続くのである。