乗風破浪 アメリカと中国でバイヤーはじめました

米国の調達拠点(IPO, International Playboy OfficeもといInternational Procurement Office)を立ち上げたバイヤーのブログ。2010年11月に中国調達も始めました。2013年8月、日本帰還。 「誰かを深く愛せば、勇気が生まれる。誰かに深く愛されれば、強さが生まれる。」 孟子

帰任の挨拶にかえて

毎月社内の経営幹部や購買関係者に発行しているニュースレター(NL、日本語版と中国版)の後記。今月が私が上海で発行する最終号。


編集後記 「怒りと絶望から始まる旅もある」

来月号から、編集責任者をxx(私)からxxさんに交代します。私自身はNLの発行に携わることはしばらくありませんが、新しいチームを叱咤激励宜しくお願いします。

米国駐在時にNLの発行を始めました。最大の目的は、調達部門が積極的に情報発信をすることで、開かれた組織にすることです。グローバルで様々なアドミサービスが利用できるようになっている昨今、我々調達部門が企業内組織という立場の甘えを排して、それらとの競争に耐えうる一流のサービスを提供できるようになるためには、我々のパフォーマンスを正しく評価してもらうことが第一歩です。

「私が」出来ることはしれています。電子メイルを一日5千通処理するIT企業の経営者や、2万もの仏像を彫った仏師がいますが、それくらいが個人でやれることの限度でしょう。でも、あらゆる大きなことの実現にはまず「私が」一歩踏み出すことが必要なのも事実です。

私(たち)は結果を出さねばならない。なぜならプロだから。結果さえ出せばいいわけではないし、結果は手段を正当化しない。しかし、結果に結びつかない努力は意味が無いどころか、多くの場合有害ですらあると思います。

Steve Jobsが、日本企業や日本人を「海岸に打ち上げられる無数の魚の死骸の群れのようだ」と形容しましたが、旅順要塞やガダルカナルで埋め草となった人々と一体何が違うのでしょうか。時間は万人に公平に与えられ一人一人は優秀かつ努力の量は決して負けないのに、スポーツでもビジネスでも負けてしまう。悔しくないですか?私は、アメリカでも中国でもとても悔しいです。

負けるには負ける理由があります。そして、私や私のチームは絶対に埋め草にならないのだと強く決意しています。大きい組織のなかでは小さな決意に過ぎませんが。

こう考えるように至ったのは実はルーツがあります。まだ20代の頃ですが、部の忘年会で上司から「お前は汗をかいていない」と怒られました。私はびっくりしました。というのは、その年は全体の数字の1/4を私の担当分野から稼いでいたからです。しかも先輩がメンタルでやられてしまったので、その担当も引き継ぎながらです。続けて「A君は毎晩11時過ぎまで仕事しているのにお前は何だ」と言われました。

私はxxxx(勤務先)には若いうちに腕を磨くために入りましたから、自分自身は「ワークライフ・アンバランス」でいいと思っていたし、厳密には5年とか10年という単位でバランスを取れば良いと今でも思っています。その当時、事業部から要求された、どうやってこの一休さんの殿様の宿題のような目標を達成できるか、電車でもフロでもありとあらゆることを考えて、試行するという事を繰り返していました。やれと言われたことをしないこともあったし、ここでは書けないようなこともしました。視界にはただ自らの責任を果たすという一点があって、労働時間という概念すらありませんでした。それでも、「汗をかいているようにみえないとダメ」なんだというのは結構衝撃でした。

その後、会社に来なくなった先輩に続いて、私が一番仲良くしていた歳も同じ同僚が自ら命を絶ちました。徹夜で明け方に完成させた資料をコピー機の脇に積んだまま。私はお通夜で彼のお姉さんに胸ぐらを掴まれて、どうして救ってあげられなかったんですか、と責められました。今でも思い出すとどうにかなりそうです。

結果を出さなければならない。それは、報われる努力をしようという事です。

結果を出すためには時に命を削るような思いをするでしょうが、命を削ることそれ自体には何の意味もありません。その酷薄なまでの真実が、我々を時間から解放し、本当の意味で自由にしてくれます。

「アマは和して勝つ、プロは勝ちて和す」というプロ野球監督の言葉があります。例えれば、ニューヨーク・ヤンキースのメンバはものすごく極端な個性の集まりです。だがとても強い。私自身もスケールは小さいなれど米国と中国で、small winsを重ねる過程でチームワークが強固になる事を学びました。

結果には原因があります。小さな(たった100元のCRでもいい)勝利を重ねる過程で、「あいつは俺と投げ方が違うけど、あのスライダーはさすがだ」「あいつは嫌な奴だけど、あいつがいなけりゃ負けていた」と互いを認め尊重し合うようになります。

「勝ちて和す」チームには、自由、創造性、多様性があります。野茂の投げ方、イチローの打ち方だってヘンテコですよね。オープンな関係は合理的な議論を通じて科学や実験との親和性も高いです。一方で、形式、精神主義、均質性、空気を読む、等とは相いれないでしょう。イチローはオリックス時代に監督から打ち方を修正するよう強要されていたのは有名な話です。

そして、勝ちて生まれた絆は、共通の目標と互いの尊敬に基づいたものなので、とても強い。さらに個人がプロとして自立しownershipを持って試合に臨むので、局地戦でも簡単には崩れません。

調達の世界で先進的な企業は幾つかあります。GE、P&G、IBM・・。私(たち)だってプロの端くれなんですから、彼らが手の届かない存在ではありません。常に自らの価値を問い続け、ヘンテコな投げ方や打ち方でもいいから自分の頭で考えて、圧力に屈せず実行していけば、着実にワールドシリーズに近づいていけると、そう実感もしています。

上海のチームはまだプロの入り口にたったばかりのルーキーですが、small winsを着実に積み上げています。あとは、皆さんからの厳しい視線のなかで、試合を重ねていくだけです。

私自身は、ワールドシリーズを目指して、一歩ずつ進んでいくつもりです。人が仕事を選ぶのではなく、仕事が人を選ぶと思っています。よい仕事に選んでもらえるよう、精進を続けます。私を指名する(選ぶ)のが私をここまで育ててくれたxxxxであれば嬉しい限りです。

ルーク・スカイウォーカーは旅に出たが、その父アナキンはそうではなかった。命=時間です。限られた時間を、安寧と引き換えのダークサイドに落ちることなく、頭と身体を存分に使って旅を続けていきたい。怪獣のバラードの怪獣が海を目指し、「アルケミスト」の羊飼いの少年がピラミッドを目指すのとおなじように、私が私を突き動かす限りは。


※参考文献、引用等
・「ほぼ日新聞」(糸井重里)
・「イシューからはじめよ」(安宅和人)
・「リーダーシップの旅」(金井壽宏、野田智義)
・「アルケミスト」(パウロ・コエーリョ)

携帯幻視行

仕事関係の宴会の途中、突然携帯電話が故障した。

ソニーのスマホ。翌日土曜日は天気もよく、携帯を買った店まで歩いて行くと少し汗ばむくらい。幸いレシートや保証書もそろっていたので、店員の手続きもスムーズに。だが中国では自分で修理センターまで持っていかねばならない、との由。店員がファイルをたくりソニーの修理センターの住所を紙に書いて渡してくれた。「徐家汇(上海の秋葉原とも言われる場所)か・・すぐそばじゃないんですね」「道に面してて判りやすいですから」。まあこの程度は想定内。

それを持って店の前からタクシーに乗る。住所を伝え、車が動き出してすぐ窓を少し開け、pm2.5たっぷりの風に涼んでいると、「どこだかよくわからないなぁ」と運転手。「俺もしらない。初めてだから」「電話してきいてくれ」。ウンともスンとも言わない携帯を見せながら「これを直しにいくんだよ」。「ソニーか、高いんだろう。それで壊れるのか。ハハハ。俺のは200元(3千円)だぞ!」。

随分遠回りをしてやっと到着。受付の前では30人くらいが待っている。やっと自分の番が来て、携帯を取り出して渡すと、「携帯?ここじゃないよ」「?!」「携帯は別の場所です。住所教えるから・・」と渡された紙を片手に店を出る。そこから徒歩で約20分。あるはずの場所は番地ごとすっ飛んで存在せず。秋葉原店員ぽい人を捕まえて訊くと、彼が指さすほうに崩れそうな雑居ビルが。

ワイルドな路地を抜けてビルに入る。エレベータに乗りこむと床にはDVDの破片が散乱している。15階で降りて薄暗い廊下を歩くと「SONY」の看板を発見。殺風景な部屋に女性店員が一人だけ。奥にはエンジニアがいるのだろうが・・。彼女は汗だくで今朝失恋したかのような機嫌の悪さでバチバチバチと物凄い速さでキーボードを叩く。PCもモニターもSONYのものは見当たらない。窓の外からは生ぬるい風が時折カーテンをけだるく揺らす。彼女と「熱情服務」「SONY Make. Believe」という看板を交互にぼんやり眺めること40分、修理完了。

ビルを出て、すっかり記憶を失った携帯を片手に週末の人だかりのなかに佇むとふと「いつもより一分早く駅に着く一分君のこと考える」という歌を思い出した。簡単に連絡がつかないあの頃は「待つ」というロマンがあった。本当に現れるまではただ待つことしかできなかった。いま、何者も待たない巨大都市のなかで、思い浮かべるワンピースの背中に密かに戸惑った。

バイヤーとしてのプロフェッショナリズムとは何か

コートに待っているのは新しい試合だけ。スコアは 0−0 から始まる

(マリア・シャラポワ)



物を買うことは誰でも出来る。娘(8歳)でも、お金さえ出せば、お店で中国語でお菓子を買うことができる。購買の仕事は、入口のハードルは極めて低い。だからこそ、高度な専門性に価値がある一方で、それを実現するのは容易ではない。企業においては、機会損失(機会利 益)が表に出にくいこともあるだろう。前回と同じ価格で何となく発注しても、納期通りに入ってく れば文句を言われないこともあるし、予算対比でコストダウンが出ていれば、褒められることさえある。相見積(相見積自体は科学的手法の一つなので否定はしない)を取って叩き合わせ安い方に発注するのが購買だ、と言っている人もいた。

バイヤーの専門性を手っ取り早く図る一つの方法は、その人が自分の購入している品目の価格妥当性と、そのサプライヤを選択した理由の二つをどれだけ説明できるか、だと思う。売り手は、コストや他の客先への販売状況などの情報を持つが、買い手はそれらがブラックボックスだ。日常生活でもそうだが、買い手の武器は質問できることだ。あらゆる質問を駆使して推測の幅を狭めていき、reasonable な価格を突き詰めていく。また財務情報からおよそのコスト構成や利益率などの情報も得られる。売り手が教えてくれないことも、売り手への売り手(上流サプライヤ)へ聞けば教えてくれることもある。コストテーブルだとかティアダウンだとか、品目カテゴリによって基本的かつ有効なアプローチはいろいろある。

だがあらゆる手法を駆使しどれだけ査定を突き詰めたところで、結局は推定でしかない。注文書に価格を記載するときに、その「気持ち悪さ」と「悔しさ」を感じなくなったら、その人はバイヤー失格だ。その「気持ち悪さ」と「悔しさ」は、購買という仕事をしている限り永久に解消されることはないのだが、それでもなお解消しようという気持ちが強ければ強いほど、その人はバイヤーとして成長し、そのプロセスで「買う技術」が蓄積されていく。

それが購買としてのプロフェッショナリズムだと思う。

「社内ベンチャ」で学んだこと(途中)

まだどうなるかわからないんですが、途中経過。
いやー、いろいろ勉強になります。備忘録を兼ねて。


■いままで勉強したことがないこと、勉強する必要性も感じなかったことを、勉強しなければならない

会社のつくり方、経営者としての経理財務や法律知識、自営業としての人生設計など・・
買う本のジャンルもえらい広がった。
てか、知らないこと多すぎ・・・・

■いままで会わなかった人に会って話を聞く機会が増えた。

まずNW会関係のみなさんには本当に感謝。最近は年末にKさんNさんKさんTさんとお会いしましたが、みなさんほんまにすごいわ・・・・

アメリカで裸一貫から事業を立ち上げた実業家、某TV局の人気アナをやめて渡米しMBA取得(このときに自宅に招いたことが縁)後いまは大手商社で新規事業立ち上げに燃えている人、等々みなさん有名人だが、気後れしている場合じゃないので。

また、財団や国庫や金融機関の人なんか、直接話する機会なんかなかったもんな。
他の起業家の例とか聞いているとすごく新鮮。

会社はどうしても均質化しがちなんだな。他の会社だけでなく、異業種の人にももっと積極的に会わないといけないと。でも目的意識が大事で、それがないと相手だって時間作ってくれないよね(逆にこっちの動機が動機だったので、先方もとても親身になってくれた)。

あと、なぜか先方からひょんと偶然コンタクトを頂くなんていうことも。


■人との出会いや人脈の有難味を再認識

個人でやる場合はとくに。いい意味で人生観にプラス。他人にもまた少し優しくなれそうです。


■企業勤めで学べることの有難味を再認識

失うものもたくさんありますな。


■世界を見る眼が変わる

通勤の景色も、全然違ってみえるようになる。多分社内だけでなく社外で広く通用するバイヤーとしての視点とか、バイヤーとしてだけでなく経営者としての視点とか、会社勤めをやめた場合の視点とか・・・いままで見逃していたようなことがやたら目につく。なんとか商売・ビジネスにしようと貪欲になるせいか、あるいは「あれ、このビルの天井にこんな模様あったっけ」なんてのは単に上を向いて歩きだしただけなのか・・


■「生きる」とは何ぞや?
ということをとことん考える。当然反対の「死ぬ」とか「生きない(息してるだけ)」とかも。1日の重みが変わってくる。・・・でもこれって企業勤めでもやる人はやってることだよね。やっぱり甘いんだよなぁ。
ここを考え抜くと、土台がしっかりするので、たいがいのことには正しく対処できそうな気がする。
また、「他人のドグマや評価は関係ない」とか、「結局なんとかなるわ」という開き直りも。


■私利なかりしか
稲盛和夫さんのお言葉。ここが今私個人としてもっと突き詰めて考えなければならないことの一つ。
彼の本は読んだことあったけど、いざ起業しようとおもうと全然違って重く感じます。未来進行形で考えるとか・・・これも企業勤めでもやらなあかんことですね。でも稲盛さんのお言葉はやっぱり経営者にビンビンくるものなんだろうと思う。


とまあ、ざっと挙げただけでも、「こりゃすごい勉強になるなぁ!」と。

何も行動を起こさなかったら、上のようなあらたな発見は無かったわけで。

この結果どうなるかわからないけど、どんな結果になるにせよ、その時点で、何も行動を起こさなかった場合と比べて明らかに自分は成長しているだろう。成長していれば、またそこから何とかなるだろう。

それだけでも、今の時点ではやくも、「やって良かった!」と思う。


旅にでよう

毎日をたのしくするのは、自分です。
ギターを弾くあなたが、音楽を奏でるのと同じ。
ギターは、ただそこにあって、
あなたが弾いてくれるのを待ってるだけです。
(糸井重里)



ぼくは最近、楽しむことが前に比べて上手になってきた。これはイイ。おもしろい事がたくさんあって、おもしろい事を以前よりもっとおもしろく感じる。実はつまらないものなんてあまりなくて、つまらない人がいるだけなのかな、などとも思う。まだうまく説明できないんだけど、「ビッグブラザー」(私の勤務先はいい人ばかりですが)から配給される給料や「平和」「自由」「安心」では得られないもの。それは旅に出ることでしか出逢うことが出来ないようだ。

世界は広い。
グランドキャニオン、アリゾナの砂漠の一本道、雨のサンパウロ、上海のジャズバー、グラナダのアルハンブラ宮殿、マラケシュの屋台、スイスの氷河急行・・

◆ルーク・スカイウォーカーは旅に出たけど、その父アナキンは旅に出なかった。
居心地のいい組織に属しているほど、ダークサイドに落ちる危険があるかも。

◆何度でも紹介するけど、

アルケミスト―夢を旅した少年 (角川文庫―角川文庫ソフィア)
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この本に出てくる、クリスタル商人のような人にはなりたくないなーと思う。

◆「怪獣のバラード」 中学校の時の音楽祭で歌わされたけど、これも旅の歌だ。のんびり暮らしてたのにね。真っ赤な太陽にのぼる竜巻をぼくも見てみたい。

◆福山雅治のガム?のCM。「本当にやめるのか」「お世話になりました。もうちょっとだけ、アツくなりたいだけです」。


青い空ってええなぁ

先日日本出張時、地下鉄御堂筋線で電車を待っていたら、「青い空ってええなぁ」と青空の下でタヌキ?が手を上げている広告がありました。青い空は大事だと思います。そういえば矢沢永吉の40周年のライブのタイトルが「Blue Sky」でした。彼の長年の親友である糸井重里が命名。

話していると「この人、目が輝いているなぁ」という人がいます。何が違うのかとよく観察してみたら、彼らはみなこちらを見つめているようで、私を透かして何かもっと遠いところを見ているのではないかと感じます。その目は、青い空を見ているときのそれと似ています。これが会議室だったなら”真面目な”上司には「おい、聞いてるのか?まじめにやれ」と叱られるでしょうけど。

「うなりやベベン」という人が、朝の子供向け番組で「平家物語」を唄っています。彼の横で舞うように踊る二人の振り付けが、子供向けに良いのかとドキッとするようなドラマチックなもので良いのですがそれはさておき、生命力のある力強い声に乗った「祇園精舎の〜」という有名な一節にかえって、40歳という人生の中間地点に立った今、より真剣に生きなければと思いをあらたにさせられます。この一節の美しさは生命の美しさなのですね。

私が父親に言われ続けたことと同じく、私も娘(7歳)と息子(5歳)に対してチャレンジすることが大事だと言い聞かせていますが、その度に同じことを自問自答します。死ぬということは、人生をやめる手段の一つに過ぎない。祇園精舎の鐘の声も、娑羅双樹の花の色も、春の夜の夢のごとく、風の前の塵に同じ。桶狭間へ向かう前に「敦盛」を舞った織田信長や、残りの野球人生を考えてヤンキースへ移籍すると決断したイチローのおもいを想像するだけでもドキドキします。スティーブ・ジョブスが美しくないものをとことん憎んでいたのは、生きることをとことん愛していたからでしょう。

娘と息子に語りかけるとき、私の親が私に対して語りかけた時の彼らの気持ちや願いを考えます。それはきっと、「生きよ」ということだったのだろうと。

機械式腕時計をする理由

先日、家族と近所の米系ホテルのSunday Buffetに行った。到着してタクシー(もちろんフォルクスワーゲン・サンタナである)を降りようとドアを開けようとしたら、開かない。すると隣に座っていた娘(7歳)が、
「ダディ、こういう場所ではお兄さんが開けてくれるから、自分でドア開けなくていいんだよ」、と。
言ってるそばから、ドアマンが開けてくれた。唖然としている私を押しのけるように娘が外に出、嫁は苦笑している。

ロビーは天井も高くすっきりしたデザインで、やっぱり落ち着く。私はいいホテルが好きだが、娘も時々同じことを言う。Buffetはメニューも中国、イタリアン、インド、その他と大変豊富なだけでなく、そのどれもがおいしい。たとえばパスタやソースも多くの種類から選び、その場でシェフが好みに応じて調理してくれる。果物もどれも新鮮でみずみずしく、子供らもケーキやアイスクリームなどには目もくれないほどだ。息子(5歳)は元々行儀がいいのでこういう場所でもゆっくり食事させてくれる。

いつぞやの話。子供らが「ひこうきごっこ」をしていた。といっても、飛行機の真似をするのではなく、片方がキャビンアテンダントで料理や飲み物を運び、片方は乗客の設定である。ところがよく見ると、乗客はソファに深々と座り、肘掛けのスイッチを押すと「うぃーん・・」と身体が傾いていく。
「あれ、ビジネスクラス?」と嫁に訊くと、「そうなのよね・・・」と。
考えてみるとエコノミーに乗せたことがほとんど無かった。

飛行機と言えば、数年前のことになるが、ロサンゼルスから日本行きの機内に乗り込んで座席(ビジネスクラス、註:自費ですよ)に座ろうとしたら、隣が上品そうなアメリカ人の老紳士だった。彼は窓際で、荷物を頭上コンパートメントにしまった直後だったが、手がすべってその一部が落ちてきた。
「すいません」
と彼は謝った。座席の上には彼の名刺が散乱していた。私はそれを集めるのを手伝ったが、その名刺を見て
「ゴルフですか、ワインですか」
と尋ねた。
老紳士はにこっと笑って、
「ゴルフです」と答えた。
名刺には、「Caraway」のロゴが印刷されていたからだ。
(カリフォルニアにはCarawayのワイナリーもある)

そして名刺に書かれていた彼の名前は、Roger Cleveland。

ゴルフをする方はピンとくるかもしれないが、彼は米国のCleaveland GolfのFounder(創立者)の一人であり、のちCarawayに合流してデザインを統括している人物だ。
私が驚いて月並みに「お会いできて光栄です」と言うと、Mr.Clevelandが
「あなたはどんなお仕事を?」
と訊いてくる。
私が名刺を差し、彼は受け取ると、ちょっとの間それを見入って、そして言った。
「Clevelandはあなたの会社に買収されて良かったと私は思っています」
実は、私の勤務先の会社の関連会社に有名なゴルフ用品メーカーがあり、Cleveland Golfを買収したのだ。
当たり前だが私は下っ端の社員の一人であり、買収の件とは全く関係がないし、彼とそのような話をするには分相応なのは百も承知だ。
普通は私などが対等に話をする機会などは絶対にあり得ない。
しかし、太平洋の上で、業界や彼自身の歴史ついての興味深い話に耳を傾け、ビジネスや様々な会話を楽しむ時間は至福と言ってよかった。チケット代など5分で元が取れた。

別にこれらの話を嫌みでするわけではない。
私はごくごく普通のサラリーマンに過ぎない。

ここで言いたいのは、よいものや本物に触れる機会というのが、大切ではないかということだ。

たとえばよいデザインのもの、それがゴルフクラブであれ、家具であれ、ペンであれ、そこには「ああ、良い仕事している人がいるなぁ」と感じさせるものだ。価格がそれほど高くなくとも、実用性や経済性と上手に折り合いをつけた製品もある。こうした「よい仕事をしているなぁ」と感じさせるものと触れていると、幸せで豊かな気持ちになる。

一方で、たとえば私の勤務先は最近手狭になったので、別のフロアに会議室を急にこしらえたのだが、そこはテーブルも椅子もひどい。テーブルは薄っぺらなベニヤ板で表面の印刷を見れば中国でこれ以上安いものは絶対にないと断言できるようなものだ。椅子も、先日社員が背もたれに寄りかかったらひっくり返って怪我をしたようなものだ。肘掛の部分はテーブルの裏とこすれて色がはげている。これらには、「このくらいでいいや」「この程度で充分だろう」という作り手の意図を感じてしまう。こういうものに囲まれて行う会議の質がその程度であるのも無理はないのかなとも思う。

私の仕事は調達であり、コストダウンはその最重要ミッションの一つである。しかし、何でもかんでも安ければいいという発想は、「こんなもんでいいや」「この程度で充分だろう」という仕事の質に繋がってしまう恐れもあると思うのだ。そして製造業が作りだす製品も、社会や生活が成熟し人々のニーズも多様化した現代では、安ければいいというだけでは受け入れられなくなってきている。

もちろん、ぼろは着てても心は錦、仕事ぶりは超一流、という人もたくさんいる。会議室の机がどうあれ良い仕事は出来る。でも「朱に交われば朱くなる」という言葉もあるだろう。

私は30歳になったときに、スイス製の機械式の腕時計を買った。メジャーなメーカーではないが私はとても好きなメーカーだ。デザインも気に入っている。価格も当時の私が手に届くくらいだが、機構や小さな部品の塗装のこだわりなど作り手の設計思想が伝わってくる。「いい仕事している人たちがいるなぁ」と思わされる。

機械式の時計はカチカチカチと時をまさに刻んでいく音がする。その音の一つ一つに、自分の大切な時間を感じる。時間は人生そのものだ。その自分の時を刻む音、表示する針や文字盤、それらを動かす機構などに私は「いい仕事をしているなぁ」と常に感じていたい。
そして、その時を刻む音を感じながら、男として仕事人として一つの区切りである30歳からを、毎日よい仕事をし、よく生きていこうと思ったのだ。この時計に恥じない日々を送り、この時計とともに修羅場をくぐり抜け、喜びを味わい、歳を重ねていこうと思った。そして、やがて自分に娘や息子が出来、彼らが一人前になったときには、彼らやそのパートナーにこのタフでラッキーな腕時計をプレゼントしようと思った。自分の腕からこの時計を外し、彼の腕にそれをつけてあげるそのときに、笑顔で堂々と胸を張っていられるように、30歳からを生きていこうと思った。

そして、私は今年40歳になるが、今日もこの時計のネジを巻いて一日を始める。

このはしわたるべからず、だからわたる

今回は皮肉な感じであしからず。。

「強い者が残るのではなく、変化できる者が残る」と言われて久しい。弱電業界の変化の早さを見れば、いかに強靭なだけでなく柔軟であることと、新陳代謝を早くすることが重要かが解るだろう。

しかし変わるということの真の意味を理解している人はどれだけいるのだろうか。変わるということには、現在を否定し捨て去る覚悟が必要だということを。

ルールや規制は元来保守的なものである。
ルールを守ることが優先される組織では、ルールさえ守っていればあとは何をしようが(しまいが)自由自在。結果が問われないので、うまくやろうが失敗しようが、さして影響はない。

始業時間に出社し、昼休みのチャイムで食事をし、次のチャイムで席に戻り、終業のチャイムで帰宅すれば、とりあえずOK。さらに残業すれば誰でも評価は自動的に高まる。(こういう組織では、「がんばってる」=「仕事してる」である。これは贅沢パラダイス!)

ルールが不要というのではない。協調性も必要だろう。だが、ルールと協調の枠内で発想・行動し、労働(≠仕事)するだけで、各人の能力の最大公約数以上のことはできるだろうか。(そもそも「有能」と思っている人の多くは、「有能」は実は平均であり、さらに下りのエスカレータに乗っているものだと気付いている人は少ない。気づいている人は必死にエスカレータを上に登るかせめて現状維持すべく勉強する)。この仁義なきメガコンペティションの時代を生き残っていけるのだろうか。

85%の歩留まりを90%に上げ、さらにそれを99%に上げることで勝負できるうちはそれで良かったかもしれない。だがそれが通用する時代はもう終わった。「日本人は死んだ魚のように岸に押し寄せてきた。まるで海岸を埋め尽くす死んだ魚のようだ」(Steve Jobs)という言葉の意味を真剣に考えるべきだ。

ルールを守らない人、ルールを守る人、一体どっちが真面目なのか。

ルールを守っていては、それなりのことしかできない。(ココに書いた)。innovationは、このような組織が得意とする、何かを前提として導き出される演繹的な手法では絶対に生まれてこない。創造とは、現在の前提を破壊するところから生まれる。

本田宗一郎氏や小倉昌男氏は、国や規制の枠組みに屈しなかったからこそ今があることは誰でも知っているだろう。

任天堂の横井軍平氏が、入社当初暇つぶしにおもちゃを作って遊んでいたところ、山内氏に見つかり怒られるかと思ったところ、「それを商品化しろ」と言われてできたのが「マジックハンド」だ。

山内氏が会食に向かう際に、運転手が風邪で休んでいたため、横井氏が代わりに運転手を命ぜられた。彼は断りたいがために、咄嗟に新幹線で電卓を打って遊んでいたサラリーマンの姿を思い出し、「電卓型のゲーム機があれば売れると思うんですけど」と言った。その会食でたまたま液晶競争での不振に悩んでいたシャープの取締役と一緒になった山内氏が、横井氏のアイデアを話した事によって、シャープからの部品提供で「ゲーム&ウオッチ」が開発され、最終的に1287万個を売り上げた。尚、横井氏のもとへシャープの社員がやってきた時、横井氏は「最初は何のことだか分からなかった」という。

彼らにあったものは、ルールや規制のなかでの発想や行動ではない。むしろそれをものともせず、「やりたいことをやる」という情熱であり、使命感である。それは周囲との摩擦さえもエネルギーとするような激しさを持つ反面、まるで子供のような純粋で一途な面も併せ持つ。

ラテン語では元々、「学ぶ」は「遊ぶ」と同じ語源を持つ。
子供は学校で学び、やがて仕事をするようになる。

「大人になるということは、かつての無力な子供だったことをしつこく忘れず、いつかパワーアップして十万馬力の子供になってやる!と決心することと同じです。そして、不完全だった子供が完全な子供になった時、それを大人になったと言い、不完全な子供が中途半端な大人になって平然としている時、それを、人は『年をとった』と呼ぶのです」(橋本治)

「年を取った」人は、変わることはできない。
遊ぶこと、それも「真剣に遊ぶ」こと。私はそれが「大人になる」ということだと思う。
そして、真剣に遊んでいるなかで、やりたいことが見つかり、それをどうしてもやりたい、やらなければと思う。
それが仕事だと思う。

このブログの表紙にある、「実行するまえに緻密な計画を立てなければならない。そりゃそうだ。そして、誰が何をやるかを明確に決めなければならない。そりゃそうだ。だけど・・・それは大した問題じゃない」は、Tom Petersの言葉。

任天堂が花札からふりかけ、タクシー、ラブホテルをやってからDS2をやろうと考えたか?
20世紀を代表する指導者で世界を大きく変えたガンジーや、キング牧師が予算や計画に沿って行動したか?
最初に陸に上がった魚が、いつか言葉や道具の使い方を覚えて、クリスマスの夜に彼女と映画を見てフランス料理を食べてその後ホテルでセックスしようなどと計画していたか?

みんな、「やりたいことをやっただけ」なんじゃないのか?


中国の街角に屋台がたくさん並んでいる。社用車から彼らを冷やかに眺める日本人ビジネスパーソン。

果たして、岸にうちあげられる無数の死骸の一つとなるのは、どっちだ?

おっと、答える前に、それを「国」や「会社」や「組織」のせいにするのは、人生の”ルール違反”なのでそこんとこよろしく。

Panasonicの調達部門海外移転の真の意味

久々に調達ネタ。

私見だが、P社の調達本部の星港(シンガポールというよりロマンチックじゃないですか?)への移転の真の目的は2つあるように思う。

1) 下請法などの悪法をかわす
2) 有能な人材を必要なだけ確保

1)は、バイヤーの皆さんなら詳しい説明は不要でしょう。

どっちも規制が日本企業(ひいては産業、日本国)を弱くするという話です。

日本では終身雇用が事実上社会制度になっていて、ひとり採用することは3億円の設備投資をし、35〜40年かけて償却するようなもの。よって、正社員を採用するのは慎重にならざるを得ない。クビにしようものなら日本中を敵に回すくらいの覚悟が必要。

つまり撤退がしにくいために、思い切った前進が出来ない。戦力の逐次投入は古今東西下策だが、日本企業の動きが鈍い原因はここにある。管理したり操作したりする人間を急に増やせないから、設備投資も思い切ってできない。

アメリカや中国の企業が、何千人リストラするとかいうニュースを聞くと、「日本企業でよかった」と思う人もいるかもしれないが、彼らは採用するときにも思い切って何千人も採用するんです。

アメリカの経済がなぜ「強靭かつ柔軟」かといえば、企業や産業の新陳代謝が活発に行われているから。自動車産業が傾いても、ITだ、金融だ、次々に産業が興ってくる。そして、元気の無い企業や産業が社員をどーんとクビにしてくれるので、新しい企業や産業がそうした人材をどーんと採用し、一気呵成に成長に突き進むことができる。(最近は欧米もjapanification=日本化とか言われていますが、それはむしろ少子高齢化の問題で)。

例えば自動車メーカーのバイヤーをクビになったとしよう。それでも、同じ場所で、今度はITや金融関係のバイヤーになればいいのです。しかも普通は共稼ぎなので、どちらか一人がクビになっても路頭に迷うことはない。

日本企業は「就社」だから、世界のどこでも紙切れ一枚で転勤しなければならないうえに、どんな仕事をするかもまったくわからないが、彼らは「就職」だから、自分が住みたい場所に住んで、気に入った勤務先を選べばいい。家族はいつも一緒だし、お父さんは地域の野球やフットボールのクラブのコーチをやったり、ボランティアをしたりもできる。アメリカの地域コミニュティの活動が活発な理由もそこにあろう。会社も散らばっている、というか散らばることができる。マイクロソフトだってシアトルです。

日本の終身雇用も、流動性の高いアメリカや中国の雇用も、どちらも社会の安定装置という面があるが、激動の時代にはどっちが合っているかは明らかですよね。

日本企業の言う、「雇用を守る」というのは、「自分の会社に既にいる人の雇用だけを守る」という意味。あのアップルだって、今でこそ多くの社員を雇用しているが、かつては大リストラをしている。でも、退く時は退くからこそ、前に出るときに前に出られる。日本企業は、退くに退けない、出るに出られないがゆえに、本当だったらこの会社に入れたかもしれない別の人の雇用を失わせているかもしれない。

攻めるべきときに攻めず、退くときに退かないことで、長期的には雇用を増やせない。これって、経済学のモデルで、「家計が貯蓄を増やすと、その家計だけで見ると問題はないが、全ての家計が同じような行動を取ると経済全体の金回りが悪くなり、企業活動の停滞を招きひいては家計にもダメージを与える」、といういわゆる「合成の誤謬」と同じ論理。

Panasonicの調達部門は、こうした足かせから逃れて、アジアで優秀な人員を必要な時期に必要なだけ活用するだろう。つまり、海外で優秀な人材を必要な時期に必要なだけ「調達する」ことができるのだ。調達部や物流部というのは、製造に最も近い管理部門とも言える。製造は既に日本から出ていった。いよいよ管理部門の海外流出が始まっていくだろう。

優秀な人材が必要なだけ揃えば、成果はついてくる。退きときに退き、出るときに出ることで、事業が発展すれば、さらに多くの人材を雇うこともできるだろう。
残念なのは、それが日本に住む日本人ではないところだが。

私も、海外でいいメンバ「だけ」を雇う→成果が出る→さらにいいメンバ(だけ)を加える→もっと成果が出る、ということをやって勤務先に問題提起してきたのですが・・
「役者が揃う」という言葉がありますが、「人」こそが、最も重要な調達品目である、ということです。そしてそれは日本では残念ながら不可能→だからIPOなんです。・・あ、言ってしまった。

好久不見

Los Angeles の Pasadenaにある、Huntington Garden。ここは映画「SAYURI」の舞台になった日本庭園もあり、それでいて人がどっと押し寄せるのでもない、地元に溶け込んだ落ち着いた場所だ。

去年の秋、上海行きが決まったころに、一人ここを歩いた。
これからの道のりを思えば、これまでの道のりを思う。

「あのさぁ」

ふと、彼女の気配がして、話しかけようとした。

でもそれは、隣のrose gardenから吹いてきた風が、ぼくを包んだだけ。
無数のおもいでが点滅するようにフラッシュバックしたかと思うと、ひとつのおもいでがじっと目の前に広がる。
見えているのに、そこにあるのに、触れない。
でもたしかにそこに彼女がいた。

別れは受け身でしかあり得ないと思う。
自分で進んで選んだ(と感じる)道だって、それが強い意志であればあるほど、深い理由があるだろう。
意志が強ければ強いほど、それを生み出す深い「理由」が、生きようとする者のこれからの道を規定してしまう。
彼女を失いどう生きていったらいいのかわからなかったぼくは、生きていればまたどうにかなるかもなどと思い、とにかく生きようと決めたのだが、生きるために一歩一歩踏み出せば、その分彼女と遠ざかっていくだけのことだった。

http://www.tudou.com/programs/view/TJG1HF2n8XU/
(陈奕迅・好久不見)

このビデオクリップの最初の数秒、彼が着替えている。

あの日から、ぼくは毎朝着替え、優秀なバイヤーを演じ、よき夫、よき父を演じ、よき友を演じ、、
ただ真剣に演じてきたし、これからもそうしていくだろう。演じるというと聞こえが悪いが、自らあろうと思い描く姿を演じるのであれば決して悪いことだとは思わない。真剣に演じればそれは本物よりも本物らしい。そしてチャップリンもイッセー尾形もそうだけど、真剣に演じれば演じるほど可笑しい。なるほど人生は滑稽だ。

踊ったりおどけたりする彼からは、彼の気持ちははかり知れない。
ただ最後に、ほんの一瞬こちらを向いてほほ笑むときを除いて。


ただもう一度会いたい。彼女の姿をみかけたら、軽く手を挙げて、

「好久不見」

とだけ、言いたい。


そのときにぼくはどんな顔をするだろう。
多分、考えたとおりの顔はできないだろう。考える必要もないだろう。
もしかしたら、彼が映像の最後に見せたような顔なのかもしれない。でも、ぼくはそんな表情をすることはこれから先、一度もないだろう。

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