みなさまは、日本国内で「犬と猫の殺処分が無くなると困る人たちがいる」事をご存知ですか?。

今回は沖縄県の、その現実について記します。
沖縄の犬たち
沖縄県では、動物愛護事業や狂犬病予防事業などの業務を下請けの民間企業と委託契約を結び、行なわれております。

契約内容はその年度ごとに多少は異なりますが、概ねは以下の通りです。

-------------------------------

『犬捕獲、犬猫の引取り及び負傷動物の収容等業務、特殊設備機器点検業務、愛護動物の管理、抑留犬等の処分及び庁舎内外の清掃業務等委託契約書』(平成25年度から27年度) 
(委託業務の内容)
第1条 甲(沖縄県)は、狂犬病予防法(昭和25年法律第247号)及び動物の愛護及び管理に関する法律(昭和48年法律第105号)に基づいて、甲(沖縄県)が行う次に掲げる業務を委託し、乙(ミヤギ産業)はこれを受託するものとする。
 
(1)野犬及び違法犬の捕獲(甲と早朝及び深夜の合同捕獲を含む。)
(2)負傷した犬猫の保護収容及び救助を必要とする、犬猫の確認
(3)前各号の犬猫の動物愛護管理センターへの収集運搬
(4)犬及び猫の引取り時における犬房等への収容に関すること
(5)抑留犬の返還及び犬・猫等の譲渡時に犬房等からの出し入れに関すること
(6)抑留犬、収容猫の管理及び処分に関すること
(7)特殊設備の点検及び維持管理に関すること
(8)動物愛護管理センター庁舎内外の清掃に関すること
(9)一時抑留所(北部・中部福祉保険所に設置)の清掃及び維持管理に関すること
(10)燃料タンクの管理等、危険物取扱いに関すること
(11)その他、これに付帯する業務又は甲の指示する業務(犬、猫の死体収容等)

----------------------------------

過去5年間の契約料金は以下の通りです。

平成21年度                  13,114,000円
平成22年度                                  55,910,000円
平成23年度                                  55,593,000円
平成24年度                                  55,862,000円 
平成25年度,26年度,27年度の3年契約 156,969,000円

※次の費用については、沖縄県が負担。
(1)安楽死に要する炭酸ガス料金
(2)焼却に要する燃料費
(3)電気および水道使用料
(4)犬、猫の飼料費
(5)その他、沖縄県が認める経費
---------------------------------- 

このような巨額な税金を「殺処分」とその周辺の業務に使用しなければならないような行政運営で良いのでしょうか?。

沖縄県民の方は、このような税金の使用使途で納得されていらっしゃるのでしょうか?。

税金は、「世の中を良くする為に」使うべきではないでしょうか?。

 

この業務を請け負っている「ミヤギ産業」は従業員総数11名の会社で、社長を含む従業員全員が沖縄県動物愛護管理センターに出向し、その業務を行なっています。

ミヤギ産業では、沖縄県とのこれらの契約以外の事業や業務を行っていない為、殺処分や捕獲、清掃など沖縄県動物愛護管理センター関係の仕事がなくなると従業員の方々は仕事を失うのです。

このような運営形態をとっているのは、沖縄県だけではありません。

捕獲や飼育、殺処分を中心としたこれらの業務は、全国、複数の動物愛護センターなどで下請け業者に委託する事で運営されているのです。

通常、契約が、このような大きな金額になる場合、また公共団体が行なう事業としても、「競争入札制度」が採用されるのが一般的です。しかし沖縄県では「入札」ではなく「随意契約」で行なわれています。

競争入札とした場合、発注側が指定する条件をみたし、法的な入札条件を満たしてさえいれば、どの業者も入札に参加する事ができるのです。とうぜん、県外の業者でも入札に参加できます。

競争入札によって落札されれば、国民や県民の税金で運営している「行政機関」として、適性かつ安価で事業を発注する事ができるのです。

随意契約は、それとは違い、業者に直接依頼することによって契約されます。

LIAが沖縄県に対して行なった「
なぜ、競争入札ではなく、随意契約で行なっているのか?」という質問に対して、沖縄県は「県内に専門知識とそれにまつわる技術を有している企業が他に無い為」と回答しています。

国と地方公共団体とでは適用される法令や事務の範囲が違うため、完全には一致しませんが、国および地方公共団体が行う契約は入札によることが原則です(会計法第29条の3第1項、地方自治法第234条第2項)。随意契約は法令の規定によって認められた場合にのみ行うことが出来るとされています。

さらに、随意契約とする場合は、なるべく見積書を徴すること、また、なるべく二つ以上の者(2つの業者)から見積書を徴することとされています(予算決算及び会計令第99条の6、都道府県・市町村の規則等)。

沖縄県のこのあり方、みなさんは、どう感じますか?。


今回、国内で殺処分数が最も多い県の一つである「沖縄県」のあり方について取材してゆく中で、「ミヤギ産業」の社長様はLIAの取材に対して、とても丁寧にご対応いただき、また、質問にもきちんとお答えくださいましたことに感謝申し上げます。

ここで一つ、記しておきたいのは、「だれかだけが間違っているのではなく、日本の世の中全体が間違っているということ」なのです。それはつまり、「私たちを含め、全ての日本人が間違っている」ということなのです。

「殺処分」に関る仕事で生活をされていらっしゃる方がいる世の中を作り出してしまったのは、狂犬病予防法の運用の方法や、その根本的な考え方に問題があるという事ではないでしょうか?。

それは、一企業や、一行政の問題ではなく、世の中全体の問題であり、全国民の責任なのだと思います。
また、これは、「生きようとして生まれ、生活している、全てのどうぶつに対して同様のことが言えます。」
そういう意味で屠殺も殺処分も同じです。

基本的に、全ての国民が税金を支払っており、その税収で国家公務員や政治家が国民に雇われ、法律を作り、多くの事を決めたり運営しているからです。


LIAは、人間以外の生物の為の団体ですので人間の都合によって人間以外の生き物を「殺す」「殺処分する」ということ自体を認めませんし、こういう商売をして生活している事自体を認めません。しかし、そういう事に関って生活している人が、どういう経緯でその仕事をするようになったのか?、どういう生き方をされてきて、その仕事にたどり着いたのか?、そういった部分まではわかりません。またその仕事について、どういう気持ちで取り組んでいるのかも計り知れません。

全ての人にそれぞれの事情があり、悩みがあり、しがらみがあると思います。そういう大前提があるのは誰でも平等です。しかし、それでも仕事は誰にでも自由に選べるものですし、住む場所を決めるのも自分自身なのです。
本当に嫌だったら続けられません。辛く苦しい事しかない状態で続けていたら精神が破綻するでしょう。特に日本では、やる気になれば仕事は沢山あります。「条件」だとか「待遇」だとか言い出せばきりが無いと思います。ですから、公務員であれ、民間人であれ、その人がその仕事を行なっていながら、「生活の為だから「しかたがない」」などとしているとすれば、それは、すべて言い訳に聞こえます。

LIAでは屠殺を行う人も、殺処分を行う人も、狩猟を行う人も、畜産を行う人も、酪農を行う人も、漁業を行う人も、それらを幇助する人も認めません。それらで生活している人がいる事実は認めますが、それらで生活している人の人間性と精神性を認めません。

LIAのメンバーたちは、どうぶつも魚介類もどうぶつ性の副産物も食べませんので。

みなさんはどうですか?。

消費者としてどうぶつの肉や魚を食べていますか?。

食べているということは、殺すことに賛成なのですね?。

知らない人が知らない場所で知らないどうぶつを殺しているから、切り刻まれて肉の破片になっているのを見ても、見て見ぬ不利が出来るのですか?。

殺されるのを見た事ないから、気にしないで食べれるのですか?。

どうぶつの肉を食べながら「どうぶつ愛護」ですか?。

魚を食べながら「環境保護」ですか?。

人間が魚を食べる為に、2048年には、海の魚介類が枯渇すると言われています。

魚介類が枯渇するという事は、食べものを人間に奪われた海で暮らすどうぶつ達も絶滅するという事です。

「感謝していただく」とか言い訳をしながら食べ続けますか?。

どうぶつは殺されて、肉片になって皿の上に置かれています。スーパーに並べられています。

「感謝して食べる」という、あなたの気持ちは、そのどうぶつが生きていたときに伝えましたか?。

苦痛と恐怖の中で殺され、肉片になってしまったどうぶつに、どうやって「感謝」を伝えるのですか?。

ということは、「ごめんね。ごめんね」と言いながら、犬や猫を愛護センターや保健所に連れて行く人も認めますか?。

彼らは一応、「謝罪の気持ち」を伝えています。

殺処分を行う人が「ごめんね」とか「申し訳ない」という気持ちを持って殺処分をしていたら問題ありませんか?。

「生活のために殺処分している」ということで「感謝」して殺していたら、問題ありませんか?。

もしも食べる為に殺す事は良いのであれば、犬や猫も殺処分した後に食べれば良いのですよね?


「どうぶつや魚介類やどうぶつ性副産物」を食べなくても人間は生きてゆけます。健康上も全く問題ありません。むしろ食べないほうが健康な身体になることが医学的にも証明されています。

「皮製品や毛皮製品」も使わなくても生きてゆけます。

全ては人間の、あなたの「欲」でしかありません。

身勝手でしかありません。

「引っ越すから」とか、「結婚するから」とか、「彼氏や彼女と別れたくないから」とか、「歳をとって面倒が見れなくなったから」とか、「仕事の都合で」とか、「アレルギーが出たから」とか、そういう「いいわけ」をして「殺処分してください」という人を認めますか?。

全ての人に、それぞれの事情があります。

「事情があれば」、「感謝があれば」殺しても良いのですか?。

人間の感情の問題ですか?。

食肉にしろ、漁業にしろ、殺処分にしろ、釣りにしろ、狩猟にしろ、殺される生きものに、あなたの感情は反映されて、それを受け入れてくれるのですか?。

全ての生きものに生きる権利があるのではありませんか?。

差別や戦争がいけないのは、命は平等であるべきだからではないのですか?。

各県市町村の長が「殺処分しない」と決めれば殺処分は行なわれなくなるのです。

「殺処分しなさい」という法律はありません。

あなたはどうしますか?。

あなたが食べる為に殺されます。

あなたが身に付ける為に殺されます。

あなたが無責任に放棄する為に殺されます。

殺す事に加担し続けますか?。

全てが現実に日本で起きている出来事です。

誰かの責任ではありません。

世の中を変えるには、まずは自分から。

もちろん、私たちも含めて。

全ての問題は繋がっています。根本的な解決がなく、1つの問題だけが解決するなどありえません。