2011年06月

2011年06月25日

覚悟



「北本さんは、夢を本当に実現する『覚悟』はありますか?」



6月17日、金曜日。

通算15社目の面接で社長に言われた言葉が、俺の体全体を駆け巡った。



半年ほど遡って、2010年12月。
まだ俺が大人の事情で会社を休んでいた頃、
俺は既に登録していた「リクナビNEXT」経由で
転職支援サービス最大手リクルートエージェント社(以下、RA社)に登録した。

会社復帰直後の12月15日。
東京駅近くにあるRA社へ赴き、CA(キャリアアドバイザー)との面談を行った。
面談では、転職理由や志望業界・職種の話、
今後の動き方や現在RA社が所有している求人情報の話があった。

俺の転職活動が始まった。


会社に復帰してもしばらくは勤務制限があり、
12月中は午前中勤務、1月前半は15時半まで勤務、
その後も最終的に4月いっぱいまで定時退社が義務付けられており、
退社後の空いた時間を使って説明会や企業面接、
CAとのやり取り等を行った。

復帰後のチームは以前と比べて残業のほとんど無いチームの為、
5月以降も面接等に向かうのは難しい事ではなかった。
説明会や面接はおよそ週2回くらいのペースだった。
面接の為にシフトを変えた事もあった。
面接後に会社の飲み会に行くと、「なんでネクタイしてんの?」と
つっこまれたこともあった。(普段は内勤でノーネクタイの為)
「セミナーだった」と言って誤魔化した。

また俺は次第に、転職活動自体が「楽しい」と思うようにもなっていた。
これまで内勤だったせいか、面接先企業の人事部や役員、社長から
業界の話を聞いたり、自分やうちの会社(部署)にはない考え方を
知ったり、読書なんかより数倍刺激になる体験をしている気がした。


俺が転職をしようと思った理由は、主に二つある。
一つは、会社にぶら下がって生きていきたくなかったから。
会社に頼らなくても生きていける力を身に付けたかったから。
その為には、様々なスキルや経験を積むこと。
様々な経験を積み、より多くの人や会社から必要とされ、
重宝される人材になること。
特に営業職での経験は、折衝力というか、コミュニケーション能力が
非常に身に付く職種だと思っている。
コミュニケーション能力は全ての仕事にである。
だって「人と仕事をしない仕事」なんてものは皆無だから。

だから、営業(特に法人)の経験をしたくて、営業職の求人に応募した。
今の会社でももちろん営業職はあるが、今の会社の業況から考えると、
営業への異動・増員は期待できなかった(あくまで主観ではあるが)。
何十年先に経験できるかわからない、体力が衰えてきてからでは遅い、
そう考えて20代のうちに転職をして経験を積んでいきたかった。

何だかコミュニケーション能力の無さを会社のせいにしているように
聞こえるが、「環境」よりも「時間」を重視しているから「転職」という
選択肢が出てきた。


転職をしたかった二つ目の理由は、会社に嫌気がさしたからだ。
誰しも、会社に対して何らかの不満を持っている事だろう。
俺が持っていた不満というのは、「人を尊重しない人」が多い事だ。
もちろん全ての人がそうではないし、他部署に勤務した事がない為、
自部署での経験に基づいた話である。
何かにつけて人をバカにしたり、あげ足をとったり、怒鳴ったり、
人格を否定するような言葉を発したり、仕事ができない=ダメ人間扱いしたり、
できたことを褒めるどころか失敗だけ取り上げたり、自分よりも立場が上
(心理的なものも含む)の人には「良い人」でいるくせに自分よりも気が弱い人
や部下には威張ったりする人がいる。
周りから「仕事ができない」と言われていても、「優しいな」とか、
一緒にいて楽しいだっているのに。
会社に入って本当にカルチャーショックを受けた。
(世間にはこれとは比べ物にならないような所があるかもしれないが)

他部署の雰囲気は正直わからないが、自部署の上司や先輩方はこれまで
他部署での経験を経て今の部署にいるのであり、恐らく上で挙げたような
指導・教育・扱いを受けてきたからこそ「これが正である」と思いこんで、
それが「会社の常識」だと思って、今度は自分がそれを実践しているのだろう。

自分の常識が周りや世間の常識と同じだと思ったら終わりだと思う。
誰もが経験があると思うが、自分が生まれてから親に教わったり生活の流れ
として何気なくやっていた行為が、他の人(あるいは他の家庭)から見れば
「なんでそんな事するの!?」って言われるような行為だったり。
親に言われたり教わった事は、子供は何の疑いもなく当たり前の事として
受け入れる。(その後の学校生活や友達付き合いで違いに気づくこともある)
それと同じく、上司や先輩の方は年齢や経験量や仕事の出来は若手社員に
比べて上を行っているから、先輩は教える立場、若手は教わる立場になり、
先輩から教わった事(教え方も含めて)が会社の常識だと思ってしまう。
そして若手は年次を重ねて上司になったり後輩ができると、自分が昔
教わってきた事をリピートする。
それが何十年も繰り返され、今や「会社の常識」となっているのだと思う。

その為、俺が感じた事は自部署だけでなく会社全体の、
いわゆる「社風」なんじゃないかと思った。
そんな社風は、俺には受け入れられなかった。
ましてや自分も「社風」に毒されてしまうんじゃないかと恐れた。

人を怒鳴ったからといって、その人が仕事を上手くできるようにはなれない。
人の人格を否定したからといって、その人の業績は絶対に上がらない。
言った本人のストレスと、言われた人のモチベーションが下がる。
ある人は言う、「俺はこういう風にきつく言われて育ってきたんだ」と。
それはきつく言われたから育ったんじゃない。
きつく言われた以上に、周りで支えてくれた人がいたから
倒れずに育っていけたんだ。
きつく言われた以上に、「俺は絶対○○になるんだ!」という強い意志や
希望があったから諦めずに育っていけたんだ。
きつく言ったりなんかせず、失敗に対して前向きにアドバイスしたり、
励ましてあげればどんなに成長できるだろう。

もちろん、人が成長するにはその人本人の行動が不可欠であり、
最も大きな要因になるのだと思う。
しかしながら、一方で周り人の影響が大きいのも確かだと思う。
俺にはWESAで多くの先輩や同輩、そして後輩から励まされたり、
助けてもらった事で立ち直った事がある。
本当に尊敬できる人がたくさんいた。
俺にはサッカー部の連中と他愛もない話をしたり、遊んでいるだけで
元気を取り戻した事がある。
本当にいつまでも一緒にバカな事して遊んでいたい奴ばかりだ。

人を活かすのは、やはり人なんだと思う。
俺は「人を活かす人」になりたい。
そう思って、転職活動では人事コンサルや人材紹介・育成の会社で、
営業職に応募していった。
「人を活かす仕事、人がやりがいや希望を持って仕事ができるよう
サポートする仕事をしていきたい」と思った。


そんな思いで転職活動を始め、会社復帰後のチームでも仕事していた。
休職前と比べるとフロアの雰囲気は静かで、
隣の席の上司はコワモテで関西弁の人だが、気さくで面白い人だ。
その周りには更に上の上司たちが並び、俺の席は囲まれている。
しかしその上司たちも気さくで、お互いボケたり突っ込んだりしている。
5月はその上司たちとよくミーティングをしていたが、とても勉強になり、
「この人たちは上司だ」という意識をあまり持たず、同僚のような気持ちで、
お互い意見を言い合える前向きな議論ができた。
今後もしばらくは一緒に取り組んでいく事になっている。

他のチームメンバーも個性的ではあるが優しい人たちだった。
チーム内では俺が一番年下だったが、しょーもない冗談を言い合ったり、
楽しい雰囲気で仕事ができるのは助かっている。

また、6月からは2〜3年目の若手社員のみで構成されるプロジェクトチームが
発足する事になった。(前半組と後半組に分かれ、6月からは後半組が発足)
同じ3年目総合職の根本は「どういう風にやっていこうか」なんて相談を
してきたこともあった。


だが、俺は転職活動をやめなかった。
今の仕事も楽しいなとも思ったけど、やめなかった。
一度転職すると決心したから、やめようとは思わなかった。
でも、「転職したら今の仕事も中途半端に終わっちゃうんだなぁ」とも思った。
「同僚たちとも疎遠になっちゃうのかなぁ」とも思った。



6月17日、金曜日。

この日も定時で退社し、南船橋から大崎へ向かう。
用意してきたネクタイを電車の中で結ぶ。
面接までまだ時間があったので、近くのサンマルクカフェで志望動機等の
確認や企業HPのコピーを読んでいた。
この日の面接は社長が担当するとの事だったので、若干緊張していた。

面接開始10分前くらいにオフィスに到着。
アンケートを渡され、「転職理由」や将来の夢などの質問項目があった。
「将来の夢」には「人がやりがいや希望、楽しさを持って仕事ができるよう
サポートする仕事・ビジネスをして、一人でも多くそのような人を増やし、
世の中を変えていきたい」と記入した。
しばらくすると、社長が現れた。
30代前半くらいの若い方だった。
挨拶の後、アンケートと用意してきた履歴書・職務経歴書に目を通す。
一通り読んだ後、社長は俺にこう言った。


社長「北本さんは、夢を本当に実現する『覚悟』はありますか?」


『覚悟』という言葉が、俺の体全体を駆け巡った。
そして、その言葉を聞いて戸惑っている自分に気付いた。


俺「もちろん目指していくつもりですが…『覚悟』とはどのような意味で
  おっしゃっているのですか?」


社長「北本さんの夢はとても素晴らしいものですし、私どもの理念とも
    非常に近いと思います。しかし、これを実現するには事業や会社を
    立ち上げて、何十年かかるかも分からない。経営者になれば
    会社倒産のリスクがあったり、結婚だってなかなかできない。
    給料だって、経営者は稼いでいるように見えますが、成功している
    のはほんの一部で、私は会社が苦しいときには年収3万にした
    事もありました。税金対策で。またもちろん友達とも遊べない。
    今までできたことができなくなたり、一般のサラリーマンができる
    ような事はほとんどできなくなる。それでも、他の全てをなげうって
   でも、夢を絶対に実現させる『覚悟』は北本さんにはありますか?」



「他の全てをなげうってでも」、「他の全て」を考えた時、
フラッシュバックのように色々なものが頭をよぎった。
今進めている仕事の事、俺を部下ではなく同僚のように話をしてくれる上司、
優しく接してくれているチームの人達、そして仲の良い同期との思い出・記憶。
これらは全て俺の迷いだった。
「なくなったら嫌だな」と本当は心のどこかで思っていたものだった。

俺はしばらく言葉を発せなかった。
それと同時に、俺には夢を絶対に実現させる『覚悟』も、転職する『覚悟』も
なかった、あるいは不十分だった事を悟った。
そう悟らざるを得なかった。
そして俺はようやく口を開く事ができた。


俺「面接のお時間を頂いているのに大変申し訳ありませんが、
  私はまだ『覚悟』ができていないみたいです。もし本当に
  転職する『覚悟』、御社に入社する『覚悟』ができた暁に、
  改めて応募させてください。」



『覚悟』ができていない段階で転職をしても、後悔をしたり、
新たな職場で別の不満が発生してしまい、また転職を考えるだろう。
『覚悟』ができていれば、不満の解消よりも「夢の実現」に重きを置くはず。
そんな『覚悟』がないまま転職活動をしていた自分に対してショックを受けた。

でもその反面、自分に対して安心したところもあった。
俺は本当に「人」が好きなんだな、という事が確認できたからだ。


そして、面接の場で転職する『覚悟』ができていないと悟った俺は、
それと同時に、今の仕事を全うする『覚悟』、
今の環境で絶対に成長していく『覚悟』、
自分の夢を実現する為に、今の環境から変えていく『覚悟』
を心に決めた。

転職はあくまで生きていく上での選択肢の一つ。
入社して3年たった時や何か目標を達成した時に、
自分が今後どのように生きていくかという『覚悟』を改めて問いただす事にした。


面接から数日後、俺はRA社に転職支援サービスを終了したい旨を伝えた。
リクナビNEXTから応募して選考中だった企業にも、辞退の旨を伝えた。



『覚悟』とは………………犠牲の心ではないッ!

『覚悟』とは!!暗闇の荒野に!!進むべき道を切り開く事だッ!


by ジョルノ・ジョバァーナ




今日の一曲
SURFACE/その先にあるもの







libero_revolution at 17:42|PermalinkComments(5) プライベート 

2011年06月23日

ハピネス

6/18(土)

大学サークルの先輩である不破さん木下さんの結婚二次会に出席

3つ上の先輩であり、長い期間一緒に過ごしてきたというわけではないものの、
合宿を手伝って頂いたり、ディスカッション大会前に指導して頂いたり、
色々とお世話になっている先輩である。

そんな先輩方にプレゼントをしようというきだちゃんのナイス発案のもと、
WESA57代ディスカッションスタッフはパーティが始まる2時間半前に
新宿に集結したッ


━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
ムナゲリオン
第5代
Ribra Open Discussion Meeting
実行委員長


赤嶺

スタンド名:ムナゲリオン(暴走モード)

能力:胸毛をチラつかせる事ができる

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よーじや
第57代 早稲田大学英語部

ディスカッション活動スタッフ

ゆりちゃん

スタンド名:ヨージヤ・アブラトリガミ

能力:会話中時を止める事ができる

好きな英単語:sorry

━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
リアルアンパンマン
第57代 早稲田大学英語部

会計



きだちゃん


スタンド名:ゆうたろう


能力:自分の鼻を紅く染め上げる事ができる


━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─


ディスカッション活動渉外のまいまい(女子プロレス志望)は
今回は欠席でした。

新宿高島屋に集まったのはいいが、何をプレゼントしようか悩む

ワインなどのように人によって好みが分かれるようなものは避け、
黒いバスローブ(不破さん用)とピンクのバスローブ(木下さん用)を購入。

本当は「YES/NO バスローブ」があればよかったんだが、
そんな都合の良いものはなかったので普通のものに。


買い物が終わると、ゆりちゃんがお腹がすいたというので、
駅近くのレストランで軽食

そこで皆それぞれ近況を話す。

高校教師(英語科)であるゆりちゃんは持ち前(天性)のキャラクターで
生徒たちと仲良くやっているのかと思いきや、
生徒が言う事を聞かなくてしょっちゅうキレているらしい


丈助



   つまり、





   こんな生徒は…






          

オラオラ







   こうなってしまうのだッ









やれやれだぜ


   時を止めるどころか、




   生徒たちに




  オラオラしていたとはッ






そんな話をしていると、パーティーの開始時間が近づいてきた
俺たちはタクシーを捕まえて大学近くのリーガロイヤルホテル東京へ向かう
開始ギリギリに到着し、受付を済ませる。
会場内に入ると、久々にお会いする先輩方や新郎新婦の有人等が大勢いた。
ざっと見渡したところ、俺らが一番年下のようだった


不破さん結婚パーティ
やがてパーティが始まり、
新郎新婦が登場。

当然だが、
二人はとても輝いていた

そしてケーキカットや
ファーストバイトも行う



その後もイベントがあり、歌手(志望?)の男女が歌を歌ったり、
ビンゴ大会ではきだちゃんがペアグラスをゲットした
ゆりちゃんはビンゴの紙を失くしていた

1コ上の先輩である家村さん(笠井君の彼女の会社の同期)と
トモハルさんは1ヶ月前から考えたというエンタテ(ネタ)を披露。
マニア受けを狙ったネタは健在だった。

また、WESAのディススタが51代(ゆうやさん、さいりょうさん)から
57代まで来ていたので集合写真を撮ったり、
先輩方と懐かしい話に花を咲かせたり、楽しいひと時だった。
やがてパーティもお開きになり、
不破夫妻にバスローブを手渡す

その後は聖地・高田馬場に移動し、WESAのみで三次会
家村さんと俺が下衆な話で盛り上がっていると、
その話にさいりょうさんが出馬
(51代ディスネゴ、永田町勤務兼池袋セ○○ラ物産勤務)
わざわざメガネを外し
下衆な話を選挙中の政治家の如く力説してくださった
目の前には「こいつらほんとしょーもねーな」という顔のきだちゃんと
トモハルさんがいた(ほんとは加わりたかったのに)

やがて終電が近づいてきたので帰ろうとした時、さいりょうさんが
「今日は楽しい話をありがとう
と、熱い握手をしてくださった。
この人は将来大物になると確信しました。

なにはともあれ、久々にWESAの先輩方と話す事ができたし、
なにより不破さん、木下さん、本当におめでとうございます


不破夫婦with57th




結婚したさが30あがった



今日の一曲
B'z/ハピネス





libero_revolution at 02:34|PermalinkComments(0) 学校 
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北本 裕也(↑中2)

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