2017.01.12 年賀状の思い出、07
 ある人の話です。ある方から歴史ある年賀状自分歴史を聞きました。
 子どもの頃から。小学5年生頃に年賀状が一通きたことがあります。干支は牛だったかと。小学6年生のときには、クラスの友人4-5人に年賀状だしたことがあります。中学に入ってからは、クラスの友にやはり4-5にんほどだったかと。高校に入ってからは、中学時代の友人に数枚出したってところです。
 大学および大学α時代に入っても、極々親しいか頼みってところでした。枚数にして十数枚ってところでしょう。
 ところが、社会人になってからは急に増えました。300枚くらいです。社会人後半になってもかわらず。郷里時代の1-2年前には、500枚にも達しました。もうこうなると、宛名書きだけで徹夜でした。
 郷里時代には、かなり絞っても200枚くらいだったか。そのうち、送り先を絞り込んでシルバー時代には50枚を切って、かなり楽になりました。今は最大でも40枚です。
 話を少し変えて、年賀状でいつも思うのは何を書こうか、いつも思案していました。最初から絵や文字が印刷してあるのを使ったこともあります。郷里時代からはスケッチをするようになって、年賀状の絵を描くために、時折スケッチをしていました。そうなっても、どの絵にしようかと選ぶのがけっこう大変でした。絵が決まると一気に年賀状印刷です。当時はプリントゴッコの全盛時代。これを購入してやはり徹夜して印刷していました。
 シルバー時代になってからは、パソコンですべて処理しています。宛名ももちろん自動で出力して。しかし、ここ2年、宛名がうまく出力できなくなったので手書きにしています。
 そんな年賀状はっそうでしたが、多少の合理化として一部の送り先を一昨年と昨年はe-メイルで済ませました。今年はe-メイルはやめてFBで自分ページに新春の記事を書いて年賀にいたしました。 
 以上が年賀状のマイ歴史です。

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