May 2006

May 31, 2006

Yves Saint-Laurent Rive Gauche

2004-05年秋冬で、トム・フォードはイヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュから消えました。ピノー・プランタン・ルドゥート社との葛藤。

高田賢三もKENZOから去って随分と立ちました。そしてサンローランも、自分のブランドを去って行った一人です。

「ファッション業界が芸術性より商業的に支配されているのに愛想が尽きた。」

イヴ・マチュー・サンローランは、彼のデザインについてディオール社との葛藤があり、1966年、プレタポルテ"イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュ"のブティックをパリ6区にオープン。画家モンドリアンからのインスピレーションから「モンドリアン・ルック」が誕生したのです。

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Mario Sorrenti, Yves Saint Laurent Rive Gauche, 1998

1998年。サンローラン健在の時代の広告宣伝は、マリオ・ソレンティ の名画のパロディです。

11の名画は、サンローランの世界を表現するカルチャーそのものでした。この写真はエドゥアール・マネ の「オランピア」(1863年)のパロディ。

アレクサンドル・ デュマの 「 椿姫 」 の娼婦の名前も、オランピア。このオランピアとは当時の娼婦によく使われた名前。

草上の朝食でもモデルだったヴィクトリーヌ・ムーラン。

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ちょっとゴシップ
美しいヴィーナスとの一夜はマーキュリーとの生活を意味することがあったとありますが、これはヴィーナス病と水銀を示しているそう。ヴィーナスから生まれた言葉には、ヴィーナス帯、ヴィーナス丘、ヴィーナス病(性病)アフロディジア、アフロディジアックなどがあります。とても意味深ですね。マネもヴィクトリーヌ・ムーランとの関係を示すかのようにヴィーナス病に侵されたらしい。(某サイトさまの引用。とても芸術的なサイトで、この部分だけを参考にしております。)

処女の喪失を表す右の片足の脱げたサンダルに、尾をあげる黒猫は性欲を象徴。近代のヴィーナスと呼ばれる所以は、ティツィアーノの「ウルビノのヴィーナス」のオマージュでしょうか。

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こちらがティツィアーノの「ウルビノ(ウルビーノ)のヴィーナス」(1538年)。マネのオランピアより、300年ほどまえの作品なんですね。師ジョルジョーネの眠れるヴィーナスが神話だとすると人話のヴィーナスというところでしょうか。

印象派時代と「古さ」は変わらない気がします。

マネは、スキャンダラスな「オランピア」に、ザカリー・アストリュック(Zacharie Astruc )の長編詩「La fille des îles」の最初の部分といわれている一節を、作品「オランピア」に添えています。

夢に驚き目覚めたオランピア
軟らかな響きの言葉をかける黒人は、春を抱えている
それは、愛の夜の奴隷 甘美な昼下がりに 花を贈る
炎を秘めた威厳のある少女に

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Quand, lasse de songer, Olympia s'éveille,
Le printemps entre au bras du doux messager noir;
C'est l'esclave, à la nuit amoureuse pareille,
Qui veut fêter le jour délicieux à voir,
L'auguste jeune fille en qui la flamme veille.

(日本語訳は、すこし装飾しています。原文に忠実ではありません。)

追記
ザガリー・アストリュックは、マネのオランピアの擁護した批評家でもありますね。そのマネとアストリュックが、アンリ・ファンタン=ラトゥールの集団肖像画に描かれています。

キャンバスにむかうマネと、その横の椅子に座るアストリュック。ルノワールたちも描かれています。画像にカーソルをあてると、順番がわかります。

こちらから。
「バティニョールのアトリエ」 1870年 アンリ・ファンタン=ラトゥール
Un atelier aux Batignolles 1870  Henri Fantin-Latour ( 1836-1904)

横たわるヴィーナスには原語と邦訳の間にあります1510-1511年(1501年とも)製作のジョルジョーネ(Giorgione)の眠れるヴィーナス(Venus dormida)のように、神話画としての作品も多いですね。

Alexandre Cabanel

アレクサンドル・カバネル(Alexandre Cabanel.)のヴィーナス誕生(1863年)も綺麗ですが、まだまだ作品はあります。

La Bacanal

こちらはヴィーナスがデザートのように描かれた作品です。 アンソニー・ヴァン・ダイク(Anthony van Dyck, 1599- 1641)がジョヴァンニ・バッティスタ・グァリーニ作「忠実な羊飼い」(ポンパドゥール夫人の肖像画にも描かれている書物)の「アマリッリとミルティッロ」は、このヴィーナスが描かれたティツィアーノ「アンドロス島の人々」(1523-24)をもとに描いているそうです。

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こちらも同じところに横たわっています。こちらは「神々の祝祭」(1514-29)でフェラーラ公爵アルフォンソ・デステの書斎に「アンドロス島の人々」とともに飾られ、まったく同じような構図。ベリーニの作品ですが、連作としてティツィアーノが加筆しています。

「アンドロス島の人々」はぜひヴァン・ダイクと見比べてください。remove 記事「ジョヴァンニ・バッティスタ・グァリーニ忠実な羊飼い」からどうぞ。

Venus

このアンドロス島の人々、神々の祝祭、そしてこのヴィーナスの奉献が連作です。もとはラファエロが「バッカスの勝利」というギリシャ・ローマ神話を一連に作品化していくのですがラファエロの死とともにティツィアーノが引き継ぎます。

ティツィアーノは「レオポルト・ウィルヘルム大公」にも神話の連作を描いていたようです。

マリオ・ソレンティのサンローランから16世紀までにたどり着きましたが、つねに絵画作品は模倣、オマージュ、パロディとして次の時代の巨匠であったり同時代の画家たちであったり、見比べて楽しむことができますね。

20世紀にはピカソやポール・デルヴォー(Paul Delvaux)もオランピアや眠れるヴィーナスを描いています。

ThePublicVoice

 

delvaux

ポール・デルヴォーの上の作品はタイトルはヴィーナスやオランピアとは直接関係ありませんが、アンドロス島の人々のように、立っている3人はたがいに声をだしてお話しをしているようですが、一人別世界です。タイトルは「声」だったでしょうか?

下の作品は「眠れるヴィーナス」です。

paul delvaux

これは最初のポール・デルヴォーの連作でしょうか?続きを読む

May 28, 2006

VOGUE 1948

e8f5aecb.jpg 1946年、パリ・モンテーニュ街30番地にオートクチュールメゾンをオープンさせたクリスチャン・ディオールは41歳でした。翌年、コロル・ライン、エイト・ラインをパリコレクションで発表。48年に「ジグザグ・ライン」、50年に「パーティカル・ライン」、51年に「オーバル・ライン」、52年に「シニュアス・ライン」、53年に「チューリップ・ライン」、54年に「Hライン」、55年に「Aライン」、56年に「アロー・ライン」と続きます。

このVOGUEは、1948年3月号の表紙。モデルは「ニュールック」に身を包んでいます。

編集者は、Audrey Withers、カバーはClifford Coffinでした。

第二次世界大戦の終戦から間もない時代に、贅沢な華やかな服飾を纏えたのは、どうのような女性たちだったのでしょう。

ディオールの死後、21歳でイヴ・サンローランが主任デザイナーに。60年にはマルク・ボアン、89年にジャンフランコ・フェレ、96年より、ジョン・ガリアーノがデザイナーに就任。現在「LVMH」グループです。

DIOR VOGUE ※学生の皆さん、そろそろ試験です。

追記:第二次世界対戦の終戦間もない時代のファッションについて

水平線

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May 24, 2006

「武満徹|Visions in Time展」

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エミー賞受賞作「夢窓−−庭との語らい」(1992)は、アメリカの映像作家ジャン・ユンカーマンの日本庭園についての記録映画。

監督 :  John Junkerman 製作 :  ローラ・T・シュナイダー 
製作総指揮 :  Paul P. Johnson  / 村山利夫 
脚本 :  ポール・グリーリ  撮影 :  フォスター・ワイリー 
音楽 :  武満徹 タケミツトオル 編集 :  William A. Anderson 字幕 :  なし 

DREAM WINDOW 夢窓−−庭との語らい(1992)
監督 :  John Junkeerman  プロデューサー :  Laura T. Schneider 
脚本 :  Peter Grilli  撮影 :  Foster Wiley 
作曲 :  武満徹 タケミツトオル 編集 :  William A Anderson 
スクリプター :  Paul B Jonson  / 村山利夫  / John W Hiller 
題字 :  勅使河原宏

インタヴューに答えているのは、詩人や作曲家、建築家、舞台デザイナー、映画監督、旅館の主人、住職たちで、そのなかに「世界のTAKEMITU」である武満徹さんはキャストのひとりでもあり、音楽を担当もしています。

タイトルの「夢窓」は禅寺庭園の完成者・夢窓疎石からとられ、同名の作品を作曲した武満によって命名されたといいます。ユーロスペースの特集上映「追悼上映 武満徹の仕事-音楽の希望、映画の夢-」の1本として劇場公開されました。

この作品を含むタケミツ・ゴールデン・シネマ・ウィークは、「武満徹 ─ Visions in Time」にて、ゴールデン・ウィークに集中上映会がおこなわれました。

song武満徹:SONGS アーティスト大竹伸朗の1984年から2000年までに制作した作品と武満徹作曲の楽譜とのコラボレーション作品集。


もしかすると、武満徹さんの音楽だけを聴いていると理解できなかったのかもしれません。

「見ることは聴くこと、聴くことは見ること」だったでしょうか。武満徹さんの音楽の姿勢です。文章、楽譜、写真、オマージュ、コラボレーションなどから多彩で多様な音と線と色が見えてきます。

ピアノが買えなく、手書きの「紙ピアノの鍵盤」を折りたたんで持ち歩いたと聞きます。音楽学校や音楽大学を出ず、独学です。何もないまま、何も揃わないまま、「音楽家」になろうという「決心」だけでした。これが「なりたいな」ではなく「なろう」です。

ピアノの音が聞こえると訪ねて弾かせていただいたというお話がありますが、知らぬ他人の暖かさも、才能を育てた一環なのでしょう。

Visions in Time大江健三郎著の「話して考える」と「書いて考える」では、「elaboration」の語源の説明があります。じつは2001年に大江健三郎氏講演「武満徹のエラボレーション」で、武満氏の縁というもののとらえ方による「周縁」を述べています。circumference としての「周縁」ではないかと語っていますが、「武満徹|Visions in Time展」で、まさに図形楽譜という不思議な円の楽譜に、武満さんの「縁づける」を感じたわけです。(←個人の解釈)

「言葉と交渉をもつと、私のなかに他者があらわれ、私の考えは緩やかにだがひとつの方向性をもった運動として収斂されて行く」
公式カタログ「武満徹―Visions in Time」での武満さんの言葉です。

それはさまざまな形や容で武満氏を「縁づける」方向性へと導いたのでしょうか。

展覧会のおもなセクション
実験工房」での作品、影響を受けた瀧口修造の作品なども展示。御代田の森のなかででは、仕事場の様子が再現されています。
美術家との交感では、オディロン・ルドン「閉じた眼」やミロ、クレーなど武満作品に関係の深い美術家達の作品とジャスパー・ジョーンズ、堂本尚郎、大竹伸朗など親交のあった画家達の作品の空間があります。武満徹のセクションには「鳥は星形の庭に降りる」のためのスケッチブックなど、武満自身の絵、プロデューサーとして関わった映画のポスターや台本、「Music Today」などのポスターや資料、そして自筆の楽譜やスケッチの数々が展示されています。

新潮社から出版されている「音、沈黙とはかりあえるほどに」には、『或る朝、なんの前触れもなしに一台のスピネットピアノが私たちの家に運ばれて来た。それが、未だ面識のない黛敏郎氏から送られて来たものだと知ったときに・・・』と綴られたそのピアノなどの楽器の展示から愛用品が展示されています。

そして最後の随筆となった「時間の園丁」も展示されていました。



lifecarrer33gearkawase at 15:27|この記事のURLComments(0)TrackBack(5)エキシビジョン 

May 09, 2006

旅の短編集 − TO MANA

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この「旅の短編集」は、ひょんなことから出会うことになりました。

小林直未さんの描いたイラストが好きなんです。
何の迷いもない線が綴る絵物語は、迷いも恐れも知っている人物や情景を描いていくからです。

ある時、みかけない古本屋さんが目に留まりました。
「こんなところに古本屋さんがあったんだなぁ。」と、つい寄り道。初版本などが高値で売られている古本屋さん。
本当の古本屋さんでした。

奥に座る店主らしき白髪の御爺さんが、少し大きすぎる眼鏡が気になるのか、何度もはずしたりかけたりしながら、客のほうには一向に見向きもしません。

水平線
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lifecarrer33gearkawase at 21:39|この記事のURLComments(4)TrackBack(0)文学・読書 

May 04, 2006

ソフィー・ヴォン・ヘラーマの草上の昼食

マネ「草上の昼食」 オマージュ&パロディ

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When He Came... (2001年) by ソフィー・ヴォン・ヘラーマ

Coca-Cola
Manetとj. seward johnson. jr
マネのオマージュ モネの草上の昼食
パロディー 草上の昼食 Bow Wow Wow
Luncheon on the Grass,after Edouard Manet picasso

Sophie von Hellermann のこのアクリル画は、マネの草上の昼食のパロディ。2人の正装した男性が、原画では「裸婦」で登場したと思われる女性をランチにするところ。いや、うしろで水浴びをしていた女性だろうか・・・。

ソフィー・ヴォン・ヘラーマは、とってもやわらかい色彩と線。彼女はロンドンで活躍中の若いドイツ人の芸術家です。



lifecarrer33gearkawase at 00:00|この記事のURLComments(3)TrackBack(2)西洋美術 Western art 

May 01, 2006

Miyako Ishiuchi

Houseofshiseidoカード資生堂ギャラリー、ハウス オブ シセイドウ でのアールデコ展をみているうちに、1月の「永遠なる薔薇 ― 石内 都の写真と共に」を思い出しました。

「Mother's2000−2005」は、写真家石内都の作品集。

第51回ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館2005出品作「mother’s」のほか、「アパート」「連夜の街」など収録。「連夜の夜」は、赤線跡(元遊廓)を撮影してまとめたもの。

Mother's」は波乱万丈な母という一人の女性が遺したシュミーズ、ガードル、口紅をその人の意志を感じるかのように捉え、石内都は提示して行きます。

母の遺品というには粗末な品々を写真に写し、それで捨てることが出来ると思っていたのに、なかなか思切りが付かず、未だに手元においてある。

肌身にまとう品物達は所有者の意志のひとつのカタチなので、その人がいなくなってしまえば無用の品になるのだから、深く考える必要は何もないのに、どうした訳か母のモノが捨てられない。

Shiseidokafkaフッとビデオで撮ってみようと思いたち、同じモノをビデオに収めた。それでどうなるのか今はわからないけれど、写されたモノ達は母の所有物から少しづつ離れ、歳月と共に肌着や、口紅や靴達は別の存在を示しはじめ、もう少し時間がたつと、すっかりMother's ではなくなってしまうかもしれない。人は一生のうちにどのくらい品物を所有し、消費し、遺すのだろうと、我身について考えさせられる。』by石内都 The Third Gallery Aya

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