December 2006

December 28, 2006

フレデリック・バジール トワレ(身繕い)

Frdric_bazilleフレデリック・バジール「バジールのアトリエ、ラ・コンダミヌ通り」 のディティール(部分)です。

夭折の画家、バジールの作品数は少ないものの、その才能が際立つものが、いくつかありますが、集団肖像画とされる「バジールのアトリエ、ラ・コンダミヌ通り」 は、当時の画壇(印象派を中心に)や文壇での交遊録が見て取れますが、このアトリエに描かれている作品も、誰のどの作品かを、探求する楽しみがあります。

残念ながら、印象派の作品は、どれも似た題材と構図が多く、はっきりと確信できたのが、このソファーの後ろにある作品です。

これは、バジール自身の作品で、「トワレ」です。ご存知の、Eau de Toilette の トワレ。

 

フランス語の Eau は水、TOILETTEは身支度、身だしなみ、身繕いを意味します。香水とは、そういう意味ですね。そのトワレが、邦題で、「身繕い、あるいは化粧」となっているバジールの作品。


Toilette

La Toilette 1870 Musee Fabre

褐色が美しいメイドは、女主人のミュールに手をかけています。白人の女性は、キモノ柄にみえるジャパニーズローブのような羽織ものを手にしているようですが、交流のあったホイッスラーの影響でしょうか。(笑)

女主人が、メイドの肩に手を回している様子が、「アトリエ」の作品ですね。

bazilleviewvillage

さて、この作品「La vue de village  村の眺め(1868)」もバジーレです。同じ「アトリエ」の中心に、バジールが、マネとモネに、自作を披露している部分が描かれています。その作品です。

のちほど紹介いたします、「Die Verwandlung」から、全体像をご覧になってください。

故郷のモンペリエとその近郊メリクにひろがるカステルノーの村が左上。そして左下のドレスの裾が、決め手でした。

もう一枚、「アトリエ」で気になるバジールの作品と思われるのは、左上の壁に掛かる、後ろ向きに魚を獲る網を持った男性。


「Badende 投げ網の漁師(邦題)」ですね。

ご紹介のフレデリック・バジール「バジールのアトリエ、ラ・コンダミヌ通り」(集団肖像画)ほか、「ファステンバーグ のアトリエ」、「ヴィスコンティ通りのアトリエ」と、バジールの描いた画家のアトリエをご覧いただけるのが、「Die Verwandlung」からです。どうぞ、ご覧になってください。

また、バジールと親しくしていたアンリ・ファンタン=ラトゥールも、画壇や文壇の集団肖像画を描いています。写実的画風で印象派的な画風。作品は、「バティニョールのアトリエ」、「コーナーの一角(文壇の人々)」、「ドラクロワへのオマージュ」、「ピアノを囲んで」の4枚です。3枚は「RE+nessance」からどうぞ。

バジールの描いたルノワール、ルノワールが描いたバジールの肖像画は、「Magnum masse」からどうぞ。

ファンタン・ラトゥール、バジールの集団肖像画に描かれた音楽家エドモンド・メートルの肖像画は「ルノワール作 肖像画 エドモンド・メートル」にどうぞ。

さて、いま神戸市立博物館で開催中の「オルセー美術館展 -芸術家たちの楽園-」では、バジールのアトリエと、バティニョールのアトリエを鑑賞することができます。 年始の1月2日から開館されます。お正月にいかがですか。東京展は、東京都美術館で、1月27日から開催されます。新年の「身繕い」は済みましたか?どうぞ、良いお年を。



December 23, 2006

ホイッスラー、ジェームズ・アボット・マクニール

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バラ色と銀色:ミセス ウィブリーの肖像画 1894年
(ホィブリー夫人の肖像画) by ホイッスラー

黒いバックグラウンドに限られたパレットの色。わずかに茶の色彩を残す床は、もっとも白い、女性の肌と対照的。

ドレスに流れる黒いレースは、夫人のばら色の帽子とドレスを強調するとともに、彼女の個性と美を象徴しています。

「美が生み出すのは感情を観念に昇華させる歓びである」と語る作家ジョセファン・ペラダンは、官能の享楽と美を享受する審美主義とも唯美主義ともいわれる「耽美主義」を、そう評しています。

ホイッスラーに憧憬していた画家には、世紀末美術のオーブリー・ビアズリーがいました。酷評されたビアズリーが、ホイッスラーを揶揄する諷刺画を描くことがありました(後に和解)。このころアールヌーヴォーも主流のひとつ。ウィリアム・モリスからはじまった英国アールヌーヴォーを象徴するものに、オーソドックスな書物も挙げられます。これはホイッスラーの挿絵を使わずに、ビアズリーの洗練された挿絵や装丁が、その様式を代表していきます。こうしてビアズリーは、オスカー・ワイルドの装丁なども手がけていきます。

もともと、ホイッスラーの親友であったオスカー・ワイルドは、画家を「絵描き」とみなし、ホイッスラーは、古くからの因縁である、「詩人と画家のそれぞれが技を自慢する比較芸術論」のごとく、ワイルドと対立をするようになります。

1878年に、評論家ジョン・ラスキンとの訴訟事件など、同じ耽美主義で名高い作家や評論家とは、ことごとく溝を深めます。また前年の1877年には、レイモンドの自宅のダイニングに孔雀の間を仕上げます。気に入ったもののレイモンドは失望し、このパトロンはホイッスラーを見限ります。(私の感性に、孔雀の間は、ほど遠い)

Mother and Child on a Couch

寝椅子の上の母と子 ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館

ジャーナリズムは賞賛しましたが、話題性という賞賛です。ホイッスラー自身もこの壁画を「芸術とマネー」と呼びました。

それでも、色彩の画家といわれるホイッスラー(ホイッスラー、ジェームズ・アボット・マクニール)は、耽美主義が重きをおく「色彩」を、見事に独自のパレットで表現しています。耽美主義はジャポニズムへの関心も深く、対立したワイルドの自宅も、ホイッスラーは日本的な室礼を施しています。

1885年には、芸術至上主義(l'art pour l'art)と結びついた、ホイッスラーの「十時の講演」では、耽美的な芸術思潮の「芸術の意味より形式の自律的価値」を提唱しました。ですが、根底には耽美主義(唯美主義)への否定が、ホイッスラーにあったとも言われています。耽美主義とは、芸術の意味の要素である「何を描くか(主題)」ではなく、「どのように描くか」ということで、これが形式の要素となります。

Arrangement_in_pink_and_purple

さて、この作品は、シンシナティ美術館所蔵の「撫子色と紫色の編曲」(1881年)です。この2枚の作品から受ける印象は、モダンであり、具象と抽象の狭間をさまよっているようなと思いました。

撫子色のソファーをご覧ください。なにか形態が曖昧ですよね。対象を抽象化していくさまは、1875年の「黒と金色のノクターン 落ちる花火」で、ラスキンに酷評され、音楽的用語や楽曲のタイトルは不評でした。

音楽のメロディーと同様に、絵は美しさを鑑賞するという信念が、そのタイトルにこだわり続けた証です。晩年、ようやくその作品が認められたということです。

ホイッスラーの作品の中でも、理解しがたいものもありますが、ホイッスラー自身が、見る側が決めるものと言っています。

ジェームズ・マクニール・ホイッスラー(1834-1903) 作品

Note in Red: The Siesta

ノート イン レッド :お昼ね 1884年
テラ・アメリカ美術財団所蔵品

Milly Finch

ミリー・フィンチ 1884年  フリ−ア美術館所蔵

ハーモニーインコーラル&ブルー:ミリーフィンチはこちら



December 16, 2006

マジック フライ ポーラ

Orange_book_and_flowersフリッカーで、Magic Fly Paula(マジック フライ ポーラ)のフォトグラフが、とても興味深い。美術の講師が旅先や訪れた場所、興味を惹いたもの、そして自分で描いた作品を、アップロード。

その1枚・・・「orange book and flowers
・・・imaginary books and other things...



lifecarrer33gearkawase at 18:53|この記事のURLComments(0)TrackBack(2)デザイン/装飾/服飾 

December 07, 2006

ティファニーで朝食を ブラック ・ イブニング ・ ガウン

BreakFastat-Tiffanys Posterローマの休日でデビューしたオードーリ・ヘップバーン。翌年の映画では、イーディス・ヘッドがデザインした「サブリナ・パンツ」が、一世風靡。

オードリーと映画、オードリーとファッションが、時代の風潮となります。

そして60年代。パリのクチュリエ、ユベール・ド・ジバンシーのデザインした黒のドレス。それが「ティファニーで朝食を」のポスターにも描かれ、代表作ともなりました。

 

6日の時事によると、オークションハウス クリスティーズで、この「ブラック ・ イブニング ・ ガウン 」が46万7200ポンド(約1億600万円)で、LVMHグループ仏ジバンシィが落札。下の写真は、ブラック・イブニング・ガウンにあわせ、身につけていたネックレス。

Collection of Deanna Farneti Ceraジバンシーは、あのジャック・ファットに認められ、のちにシャネルと反目しあうスキャパレリの右腕となります。1952年に独立。「ティファニーで朝食を」は、1961年の公開でした。

1926年、シャネルが発表したリトルブラックドレスと重なるのは、私だけでしょうか?

(Photo by Denis Finnin © American Museum of Natural History)



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December 03, 2006

蝶のめまい フェリア・ミュジカ

Feria Musicaベルギーのヌーヴォー・シルク(サーカス)で、有名な「フェリア・ミュジカ(Feria Musica)」の公演が、来年札幌でも開催されるようです。「蝶のめまい Le vertige du papillon 」という作品です。

さなぎから羽化した蝶の短い一生。あざやかな自然界を謳歌し、花から花へ飛び移り、地上に落ちるその時が、命が果てるとき。演出はファトゥー・トラオレ。ミュージカルとシルクの芸術性高いステージです。

ヌーヴォー・シルク2007 「蝶のめまい」

このヌーヴォー・シルク(Nouveau Cirque)の代表的な国が、フランス・カナダ・ベルギーです。

新しいシルク(サーカス)の潮流は、それまでファミリーのみの「家業」であったのですが、伝統的なサーカス芸術の低迷に、フランスは、国立シルクアートセンター(Centre National des Arts du Cirque)、通称国立サーカス学校を設立し、ひろく門戸を開放しました。かなり狭き門の入学に、日本人もいます。

 フランスのヌーヴォー・シルクの団体(引用:在日フランス大使館
シルク・バロック / レ・ザール・ソ/ レ・ヌーヴォー・ネ / アノマリ/ オール・レ・ミュール
ル・シルク・プリュム / エル・テアトロ・シレンシオ /ゴッシュ/レ・コルポルトゥール
ラ・カンパニー・ジェローム・トマ /シルク・イシ (Cirque Ici)/ アルカオス

Le cirque Marc Chagallフランスの伝統的なサーカス芸術は、ベルエポック期に特に人気を呼んでいます。

さらに芸術家は、こぞってサーカスを題材に用います。スーラー、ルノワール、ルオー、ロートレック、ドガ、シャガール、ピカソなど。

絵はマルク・シャガールのサーカス。

シャガールはサーカスのリトグラフ(モノクロを含め)、30点以上を作品にしています。

シャガール曰く

「このサーカスという言葉には魔力が秘められている。古代から伝わる踊りにおいて、人間や人間の微笑み、足や腕のしぐさが偉大な芸術に一変するのだ。サーカスは最も悲しいドラマのように私には思われる。何世紀にもわたって、それは人々の娯楽や喜びを探し求めた者の、このうえもない鋭い叫びであった」 【引用】

パリだけではなく、サーカスは、裏社会の象徴。当時の階級においては、「はみ出した」人々の芸術です。売り飛ばされてきた人々。あるいはユダヤ人村のサーカス、旅から旅へのサーカス。一箇所にはとどまらない、放浪、流浪の旅芸人。最も悲しいドラマとは、シャガールの記憶に何がとどまっているのでしょうか。

いま、もっとも華やかで、ラスベガスで輝いている、カナダのシルク。

ギー・ラリベルテ(Guy Laliberte)が1984年に設立したエンターテイメントカンパニーとしてシルク・ド・ソレイユ(Cirque du Soleil)が誕生。オペラとロックをはじめとする音楽、演劇、美術は、身体機能を前面に押し出した「技術」のシルク。

フランスは芸術性、カナダは身体機能の技術、ベルギーは、この中間に位置しています。



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December 01, 2006

ウィリアム・メリット・チェイス の ジャポネズリー

William_merritt_chase WILLIAM MERRITT CHASE

The Paintings in Pastel, Monotypes, Painted Til
Pisano, Ronald G / Baker, D. Frederick / Shelley, Marjorie

クリックされると、表紙の絵画が大きくご覧いただけます。


ウィリアム・メリット・チェイス の作品集です。静物画、スティルライフから、1860〜90年代に流行した服飾様式バスル・スタイルや、風景や室内などから風俗画を多く描いているアメリカの画家ですが、いくつかジャポニズムの作品もあります。

Spring_flowers_peonies_1889この「Spring flowers peonies」は1889年の作品です。たっぷりと活けられた芍薬が、春を告げています。

赤いキモノ、そして背景に描かれた小花は、上の作品集をクリックしていただければおわかりかと思いますが、とても繊細に、可憐に描かれています。

クロスにグリーン系を配色し、赤との対比は、意外に、強烈な対比ではないのですね。ぼんやりする境界線。

赤いキモノといえば、ジョージ・ ヘンドリック・ブライトナーが描いた16歳の少女の「赤いキモノの少女」があります。帽子屋の売り子の少女にキモノを着せて、何枚も描き、似たポーズで、「白いキモノの少女」もあります。本当は、その記事をアップしようと思ったのですが、alei に先を越されてしまいました。(笑)

William_merritt_chase_back

ウィリアム・メリット・チェイスはヌード作品も何枚かあります。

「THE BACK NUDE」
真っ白い肌は、日本人をイエローと呼んだアメリカの象徴にも思えます。

腰まで下げたキモノ。タトゥーでも彫りたくなるような背中。脅されて彫られた刺青のニュースもあり、民族の儀式や習慣ではない限り、人の人生までも変化させるもの。この背中からも、何か切なさのほうが伝わってきます。



lifecarrer33gearkawase at 21:01|この記事のURLComments(0)TrackBack(4)西洋美術 Western art