April 2010

April 24, 2010

モダンヌ・オフィーリア ランボーのオフェリア

Margaret_MacDonald_-_Ophelia_1908

オフィーリア 1908 by マーガレット・マクドナルド


Ophelia_FrancesMacNair

オフィーリア by フランセス・マックネイア 


アルチュール・ランボー 中原中也 訳 「オフェリア」

    1

星眠る暗く静かな浪の上、
蒼白のオフェリア漂ふ、大百合か、
漂ふ、いともゆるやかに長き面に横たはり。
近くの森では鳴つてます鹿遂詰めし合図の笛。

以来千年以上です 真白の真白の妖怪の
哀しい哀しいオフェリアが、其処な流れを過ぎてから。
以来千年以上です その恋ゆゑの狂ひ女が
そのロマンスを夕風に、呟いてから。

風は彼女の胸を撫で、水にしづかにゆらめける
彼女の大きいかほぎぬを花冠のやうにひろげます。
柳は慄へてその肩に熱い涙を落とします。
夢みる大きな額の上に蘆が傾きかかります。

傷つけられた睡蓮たちは彼女を囲繞き溜息します。
彼女は時々覚まします、睡つてゐる榛の
中の何かの塒をば、すると小さな羽ばたきが
そこから逃れて出てゆきます。
不思議な一つの歌声が金の星から堕ちてきます。

    2

雪の如くも美しい、おゝ蒼ざめたオフェリアよ、
さうだ、おまへは死んだのだ、暗い流れに運ばれて!
それといふのもノルヱーの高い山から吹く風が
おまへの耳にひそひそと酷い自由を吹込んだため。

それといふのもおまへの髪毛に、押寄せた風の一吹が、
おまへの夢みる心には、ただならぬ音とも聞こえたがため、
それといふのも樹の嘆かひに、夜毎の闇の吐く溜息に、
おまへの心は天地の声を、聞き落すこともなかつたゆゑに。

それといふのも潮の音が、さても巨いな残喘のごと、
情けにあつい子供のやうな、おまへの胸を痛めたがため。
それといふのも四月の朝に、美々しい一人の蒼ざめた騎手、
哀れな狂者がおまへの膝に、黙つて坐りにやつて来たため。

何たる夢想ぞ、狂ひし女よ、天国、愛恋、自由とや、おゝ!
おまへは雪の火に於るがごと、彼に心も打靡かせた。
おまへの見事な幻想はおまへの誓ひを責めさいなんだ。
――そして無残な無限の奴は、おまへの瞳を震駭させた。

     3

さて 詩人 奴が云ふことに、星の光をたよりにて、
嘗ておまへの摘んだ花を、夜毎おまへは探しに来ると。
又彼は云ふ、流れの上に、長い面に横たはり、
眞っ白白のオフェリアが、大きな百合かと漂つてゐたと。


2001-Gregory_Crewdson

オフィーリア グレゴリ−・クリュードソン

グレゴリー・クリュードソンは中流階級の日常生活に潜む夢と不安を表現することもひとつのテーマらしいです。

洗練されていて、アニー・リーボヴィッツのような過剰さがなく、嫌味がない作品が多いです。

ただしセットや小道具まで凝るところはアニー・リーボヴィッツそっくり。

ビデオで流れる一コマを止めたようなストーリー性があって、映画のワンシーンも想像してしまう。

この作品は「オフィーリア」

床が川のようで、横たわる女性は水の精。花冠を用意いたしましょうか?

オフィーリア 
アーサー・ヒューズ/ジョン・エヴァレット・ミレイ
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス/フランシス・ダンビー
サー・ジョゼフ・ノエル・ペイトン/ヨゼフ・クロンハイム
リチャード・ウェストール/ジェームズ・パーカー
ジョルジュ・ジュール=ヴィクトール・クレラン
コンスタンチン・エグロビッチ マコフスキー
マドレーヌ・ルメール/ベンジャミン・ウエスト他
※王妃の言葉はこちらから

詩は有声の絵、絵画は無声の詩 ハムレットから
ハムレットはぜひご覧ください。

ミレイ 「オフィーリア」の音楽
ジャレッド・ジョスリンの「夢見るオフィーリア」、ジョセフ・ステラの「オフィーリア」に、音楽はミレイのオフィーリアのための「トリスティア」、ポール・バーネル「オフィーリアの最後の歌」を紹介。

オフィーリア 水の精 花の女神
オフィーリア・コンプレックス、オフェリア幻想、女神フローラ像に及んでいます。アンリ・ジェルベクス、そしてアーサー・プリンス・スペアのオフィーリアは必見!

ルドン オフィーリア

ミレイ オフィーリア 
花の名前のほかに背景にひそむもの、オフィーリアの口ずさむ詩とともにご紹介。ミレイ展での花の名とは違うものがあります。

シェイクスピア「ハムレット」から 愛しのオフィーリア
オフィーリアの台詞、そしてオフィーリアの登場場面にわけて作品を紹介。トーマス・フランク・ディクシーの祈祷書を持つオフィーリア、花輪をもつオフィーリア、ウィルヘルム・トラウツショルドの柳とオフィーリアなどが鑑賞できます。


April 19, 2010

パリスの審判 三女神黄金の林檎を争うこと

Die Drei Gottinnen Athena Hera Aphrodite by Franz von Stuck (1863–1928)

フランツ・フォン・シュトックの描いた三女神。

「パリスの審判」は、古代から中世、ルネサンス、ロココ、世紀末までずっと描かれてきた題材です。ほとんどの皆様が文学などからご存知だと思いますが、今日はそのお話しを記事にしたいと思います。

ところで、ルーカス・クラナッハ、ルーベンスはこの題材で何枚も描いていますが、皆さんのお好きな「パリスの審判」はどれなのでしょうか?

ルーカス・クラナッハの7枚の「パリスの審判」はこちら。
記事「ルーカス・クラナッハ 七つのパリスの審判

ロココのヴァトーの「パリスの審判はこちら。
これまで見た中で、オリジナルにもっとも近い配色です。
記事「愛と美の女神アプロディーテー ヴィーナスの誕生

Niklaus Manuel Deutsch

パリスの審判 1517-18 ニクラウス・マニュエル 大英博物館?

Niklaus Manuel Deutsch

パリスの審判 1520年 ニクラウス・マニュエル バーゼル市立美術館

大英博物館?の「パリスの審判」はパロディかと思ったくらいなんですが・・・。バーゼル市立美術館の二クラウス・マニュエルの「パリスの審判」のほうが馴染みあるんです。

さてヘルメス(メリクリウス)の案内でパリスの前にたった、三女神。羊飼いの杖、黄金の林檎をもつパリスに、クピド(エロス)にヴィーナス(ウェヌス)。

メデューサの盾はアテナ、孔雀はヘラと人物がわかるように描かれているものもありますが、ヘルメス(メリクリウス)が描かれていない場合もありますね。

またエリニュスの女神で「止まない者」アレクトーが描かれている作品もありますが、「アエネイス」へ続く不穏な予告をしているのでしょう。

Francesco Bartolozzi after a picture by Angelica Kauffman

エッチングはフランチェスコ・バルトロッツィ、色はアンゲリカ・カウフマン。

さて、三女神は大神ゼウスの妻で結婚と母性、貞節を司るヘーラー、その義理の娘(イーリアス説)で美と愛の女神アフロディテ、そして処女神アテナです。

美の審判はパリス。因縁のあるトロイアの一族。イーリオスをつくったイーロスの子孫トロース。神の酒をつぐヘーベのかわりに、彼の子ガニュメーデスを鷲でさらったゼウス。王位はイーロス2世が継ぎます。

本家、分家と繁栄し、そしてのちにアフロディテがゼウスによってアンキセスを愛し、子アイネイアースを生むことになりますが、彼らはこの子孫です。

パリスの祖父にあたる代に、ヘラクレスがイーリオスのために城壁をつくるなどをしますが、約束のトロイの駿馬を王が渡さず、ヘラクレスはイーリオスを攻め落とします。

神々と因縁のある家系ですね。

William Blake

ウィリアム・ブレイクの「パリスの審判」(1811年)

こうしたことをゼウスは周知していたにもかかわらず、トロイアの一族パリスを審判に選んだわけです。

パリスは神々に似た姿の美しさでしたが、母のプリアモスの不吉な夢のために山に捨てられ、牝熊に育てられ、イーデーの山で羊を牧していたのでした。

伝承では、女神ヘーラーは銀の縫い取りをした純白の軽羅に清楚かつ犯しがたい品位を示し、アテナイは輝かしい金銀の武具にオリーヴの香油を漂わせ、アフロディーテはカリテス(三美神)やホーラたち(季節の女神)が春の花々を縫取りした衣を纏っていたとあります。

この三人は「美」だけを争ったわけではありませんでしたね。賄賂という贈り物をパリスに用意していた三人。

Alessandro Turchi_09

ルネサンス期の画家アレッサンドロ・トルチの「パリスの審判」

女神ヘーラーは世界の支配権を持ってきました。アテナ(アテーナー)はあらゆる戦においての勝利です。

わたしなら女神ヘーラーに黄金の林檎をわたします。

アフロディーテは、世に異なってみめ麗しい美女を与えようと唆しました。

パリスは富や権力、名誉の偉大さを知らず、ただただ美に惹かれてしまった若者だったんですね。美という儚さも知らないで、妻を捨てたのです。

そうしてスパルタの妃ヘレネーを、あのレダと白鳥に化したゼウスの娘ヘレネーをアフロディーテは与えたのです。

神々も二手にわかれ、スパルタ率いるギリシャ軍との戦争がはじまる原因となったのです。

Philippe parrot

 フィリップ・パロットの「パリスの審判」


Peter Paul Rubens  ルーベンス パリスの審判

Rubens, Peter Paul

ピーテル・パウル・ルーベンス 1638-39年

The Judgement of Paris by Rubens, Peter Paul

ピーテル・パウル・ルーベンス

Rubens, Peter Paul

ピーテル・パウル・ルーベンス 1625年

R G Woodman after a picture by Peter Paul Rubens

R. G. ウッドマンのエッチングにピーテル・パウル・ルーベンス

Rubens, Peter Paul

ピーテル・パウル・ルーベンス 1632年


Marcantonio Raimondi, after Raffello Sanzio


Raffaello Santi  Judgement of Paris

 マルカントニオ・ライモンディのエッチング、下絵がラファエロ



Anselm Feuerbach

アンゼルム・フォイエルバッハの「パリスの審判」

ほかにダリなどもありますが、「パリスの審判」はこのへんで。


女神エリスが黄金の林檎を投げ込んだ英雄ペレウスと海の女神テティスの婚宴


Wtewael, Joachim

ヨアヒム・ウテワール


パリスの審判 ウェヌスの贈り物 スパルタ王妃ヘレネー


Francesco_Primaticcio

フランチェスコ・プリマティッチオ ヘレネーの陵辱



ヘレネーに関しては諸説があり、「家庭崩壊」、「不貞」の代名詞にもなるように、拉致ではなく、パリスの神のような美しさに魅了されてついていったというお話もあります。続きを読む

April 01, 2010

鏡のヴィーナス The Rokeby Venus

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聖母戴冠 Coronation of the Virgin 1641-42
ディエゴ・ベラスケス Diego Velázquez

The Toilet of Venus

鏡のヴィーナスRokeby Venus(Venus at her Mirror)1647–51
ディエゴ・ベラスケス

ディエゴ・ベラスケスの聖母(Coronation of the Virgin)とヴィーナス(Rokeby Venus)、そして、アラクネの寓話(織女たち)(Las Hilanderas)は、ベラスケスの愛人がモデルになっています。

焼失、喪失されたベラスケスの「もたれかかるヴィーナス (a reclining Venus)」、「ヴィーナスとアドニス (Venus and Adonis)」、「プシュケとキューピッド (Psyche and Cupid)」とべラスケスには「鏡のヴィーナス」以外の作品のモデルも彼女ではないかと。

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ピーテル・パウル・ルーベンス(Peter Paul Rubens)
left:Venus with Cupid and Mirror
right:The Toilet of Venus, c.1613 

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left:ティツィアーノ Titian , Venus with a Mirror 1555年
right:ヴェロネーゼ Veronese , Venus with a Mirror 1580年頃

ロークビーのヴィーナスと呼ばれる「鏡のヴィーナス」は、紀元前5世紀から都市として形成されていた、ローマ遺跡「チュブルボ・マジュス」に、この鏡をみるヴィーナス、二人の天使が描かれていたモザイクがあるそうです。

とっても古い歴史がある鏡とクピドとヴィーナス。

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ベラスケスの描いた鏡と天使の腕には薔薇色のリボンが垂れ下がっています。このヴィーナスより20年ほど前に描かれたベラスケスの「修道女ヘロニマ・デ・ラ・フェンテ」にもリボンが描かれて、メッセージが書かれていました。

記事「ディエゴ・ベラスケス 二人の聖女」からどうぞ

このベラスケスの「鏡のヴィーナス」は、ゴヤの「裸のマハ La maja desnuda / The Nude maja」(1797-1800)と「着衣のマハ La maja vestida / The Clothed Maja」(1798-1805)と並べて掛けられていたということです。

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ベラスケスの「鏡のヴィーナス」1647年から1651年にかけて、ベラスケスがイタリアに滞在していたときに描かれたもの、とされていますが、マドリードの貴族の財産目録にこの作品があったのが1650年とされているところから、旅行の前に描かれたという説が。

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Philips Galle

フィリップス・ハレ(Philips Galle)

ベラスケスの描いた「鏡を見るヴィーナス」は、もともと身体を起こした構図だったらしいのですが、アントニス・ブロックラントの「ヴィーナスとアドニス」を模したフィリップス・ハレ(Philips Galle)の版画を参考にしたというお話しがあります。

ということは、この鏡のヴィーナスのモデルとされていた、ベラスケスの秘密の恋人(愛人)マルタではなかったことになるのでしょうか。

Venus and Cupid with an Organist


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Venus-and-CupidWithaPartidgebyTizianoVecellio


そのほかにベラスケスの「鏡のヴィーナス」に影響しているといわれている作品がこの3枚です。

ティツィアーノの「ヴィーナスとオルガン奏者とキューピッド」 (Venus and Cupid with an Organist, 1555年頃)

「ヴィーナスとオルガン奏者」(Venus with the Organist 1550年)

「ヴィーナスとキューピッドとライチョウ」 (Venus and Cupid with a Partridge, 1550年)

Venus by Palma Vecchio (ca 1520)

こちらのヴェッキオの「横たわる裸婦 (Reclining Nude)」も影響しているといわれています。たぶんこの1520年の「ヴィーナス」のことだと思うのですが。

このパルマ・イル・ヴェッキオやティツィアーノのコレクションで有名なレオポルド大公の画中画があります。面白いので絵の中から彼らの作品をみてみてください。

記事
ダフィット・テニールス 画廊画「レオポルト・ウィルヘルム大公の画廊」

そして、やはり「ウルビーノのヴィーナス」、ジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」もあげられています。

過去記事「ポール・デルヴォー ローズのリボン」にある画像
ティツィアーノの「ウルビノ(ウルビーノ)のヴィーナス」(1538)
ジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」(1510年)

さて、ベラスケスの第1回目のイタリア旅行は尊敬するルーベンスと出会った翌年の1629年。

マルタがベラスケスの子アントニオを生んだのは1652年前後で、2回目のイタリア旅行のときです。

果たして第1回目のイタリア旅行のときに、ベラスケスとマルタは出会っていたのでしょうか。

Baldung Woman

記事「Memento Mori〜「Danse macabre by アンリ・カザリス」より画像引用

ヴィーナスの鏡。
古代から鏡は魔のもの、神のもの。神器のひとつですね。

ハンス・バルドゥング・グリーンの乙女の手には鏡、そして頭上には砂時計。まさに伝道の書、コヘレトの言葉を思い出します。

The wordis of Ecclesiastes, sone of Dauid, the kyng of Jerusalem.

The vanyte of vanytees, seide Ecclesiastes; the vanyte of vanytees, and alle thingis ben vanite.

エルサレムの王、ダビデの子、コヘレトの言葉
この空しさ。コヘレトが語る。なんという虚しさ、この世のすべてが虚栄なのだ。

ラテン語の「Vanitas Vanitatum」(ヴァニタス・ヴァニタートゥム)は、旧約聖書の「伝道の書(コヘレトの言葉)」のはじめに語られる言葉。諸行無常だということですね。

美しいものの儚さです。砂時計をかかげる死神は朽ち果てていく少女の未来の姿かもしれません。

コヘレトの言葉には・・・
何事にも時があり、下界の物事にはすべて定められた時がある。

なにものも逆らえない終末のとき。その無常を心に留めておかなければならないのでしょう。

鏡のヴィーナスはそう警告しています。

記事 「ジャック・オー・ランタン by ハロウィン/Day of the Dead 死者の日」からメキシコ、イタリア、フランスの諸聖人の日に記事リンクしています。

各記事をお読みになると、きっとヴィーナスの警告の「はかなさ」をあらためて思いだされるでしょう。

「メメント・モリ(死を忘れるな)」、そして「死を恐れるな」とヴィーナスは鏡に唱えているのではないでしょうか。