April 01, 2010

鏡のヴィーナス The Rokeby Venus

C of Vir

聖母戴冠 Coronation of the Virgin 1641-42
ディエゴ・ベラスケス Diego Velázquez

The Toilet of Venus

鏡のヴィーナスRokeby Venus(Venus at her Mirror)1647–51
ディエゴ・ベラスケス

ディエゴ・ベラスケスの聖母(Coronation of the Virgin)とヴィーナス(Rokeby Venus)、そして、アラクネの寓話(織女たち)(Las Hilanderas)は、ベラスケスの愛人がモデルになっています。

焼失、喪失されたベラスケスの「もたれかかるヴィーナス (a reclining Venus)」、「ヴィーナスとアドニス (Venus and Adonis)」、「プシュケとキューピッド (Psyche and Cupid)」とべラスケスには「鏡のヴィーナス」以外の作品のモデルも彼女ではないかと。

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ピーテル・パウル・ルーベンス(Peter Paul Rubens)
left:Venus with Cupid and Mirror
right:The Toilet of Venus, c.1613 

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left:ティツィアーノ Titian , Venus with a Mirror 1555年
right:ヴェロネーゼ Veronese , Venus with a Mirror 1580年頃

ロークビーのヴィーナスと呼ばれる「鏡のヴィーナス」は、紀元前5世紀から都市として形成されていた、ローマ遺跡「チュブルボ・マジュス」に、この鏡をみるヴィーナス、二人の天使が描かれていたモザイクがあるそうです。

とっても古い歴史がある鏡とクピドとヴィーナス。

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ベラスケスの描いた鏡と天使の腕には薔薇色のリボンが垂れ下がっています。このヴィーナスより20年ほど前に描かれたベラスケスの「修道女ヘロニマ・デ・ラ・フェンテ」にもリボンが描かれて、メッセージが書かれていました。

記事「ディエゴ・ベラスケス 二人の聖女」からどうぞ

このベラスケスの「鏡のヴィーナス」は、ゴヤの「裸のマハ La maja desnuda / The Nude maja」(1797-1800)と「着衣のマハ La maja vestida / The Clothed Maja」(1798-1805)と並べて掛けられていたということです。

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ベラスケスの「鏡のヴィーナス」1647年から1651年にかけて、ベラスケスがイタリアに滞在していたときに描かれたもの、とされていますが、マドリードの貴族の財産目録にこの作品があったのが1650年とされているところから、旅行の前に描かれたという説が。

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Philips Galle

フィリップス・ハレ(Philips Galle)

ベラスケスの描いた「鏡を見るヴィーナス」は、もともと身体を起こした構図だったらしいのですが、アントニス・ブロックラントの「ヴィーナスとアドニス」を模したフィリップス・ハレ(Philips Galle)の版画を参考にしたというお話しがあります。

ということは、この鏡のヴィーナスのモデルとされていた、ベラスケスの秘密の恋人(愛人)マルタではなかったことになるのでしょうか。

Venus and Cupid with an Organist


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そのほかにベラスケスの「鏡のヴィーナス」に影響しているといわれている作品がこの3枚です。

ティツィアーノの「ヴィーナスとオルガン奏者とキューピッド」 (Venus and Cupid with an Organist, 1555年頃)

「ヴィーナスとオルガン奏者」(Venus with the Organist 1550年)

「ヴィーナスとキューピッドとライチョウ」 (Venus and Cupid with a Partridge, 1550年)

Venus by Palma Vecchio (ca 1520)

こちらのヴェッキオの「横たわる裸婦 (Reclining Nude)」も影響しているといわれています。たぶんこの1520年の「ヴィーナス」のことだと思うのですが。

このパルマ・イル・ヴェッキオやティツィアーノのコレクションで有名なレオポルド大公の画中画があります。面白いので絵の中から彼らの作品をみてみてください。

記事
ダフィット・テニールス 画廊画「レオポルト・ウィルヘルム大公の画廊」

そして、やはり「ウルビーノのヴィーナス」、ジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」もあげられています。

過去記事「ポール・デルヴォー ローズのリボン」にある画像
ティツィアーノの「ウルビノ(ウルビーノ)のヴィーナス」(1538)
ジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」(1510年)

さて、ベラスケスの第1回目のイタリア旅行は尊敬するルーベンスと出会った翌年の1629年。

マルタがベラスケスの子アントニオを生んだのは1652年前後で、2回目のイタリア旅行のときです。

果たして第1回目のイタリア旅行のときに、ベラスケスとマルタは出会っていたのでしょうか。

Baldung Woman

記事「Memento Mori〜「Danse macabre by アンリ・カザリス」より画像引用

ヴィーナスの鏡。
古代から鏡は魔のもの、神のもの。神器のひとつですね。

ハンス・バルドゥング・グリーンの乙女の手には鏡、そして頭上には砂時計。まさに伝道の書、コヘレトの言葉を思い出します。

The wordis of Ecclesiastes, sone of Dauid, the kyng of Jerusalem.

The vanyte of vanytees, seide Ecclesiastes; the vanyte of vanytees, and alle thingis ben vanite.

エルサレムの王、ダビデの子、コヘレトの言葉
この空しさ。コヘレトが語る。なんという虚しさ、この世のすべてが虚栄なのだ。

ラテン語の「Vanitas Vanitatum」(ヴァニタス・ヴァニタートゥム)は、旧約聖書の「伝道の書(コヘレトの言葉)」のはじめに語られる言葉。諸行無常だということですね。

美しいものの儚さです。砂時計をかかげる死神は朽ち果てていく少女の未来の姿かもしれません。

コヘレトの言葉には・・・
何事にも時があり、下界の物事にはすべて定められた時がある。

なにものも逆らえない終末のとき。その無常を心に留めておかなければならないのでしょう。

鏡のヴィーナスはそう警告しています。

記事 「ジャック・オー・ランタン by ハロウィン/Day of the Dead 死者の日」からメキシコ、イタリア、フランスの諸聖人の日に記事リンクしています。

各記事をお読みになると、きっとヴィーナスの警告の「はかなさ」をあらためて思いだされるでしょう。

「メメント・モリ(死を忘れるな)」、そして「死を恐れるな」とヴィーナスは鏡に唱えているのではないでしょうか。



lifecarrer33gearkawase at 10:30│Comments(0)TrackBack(0)ウェヌス Venus | 西洋美術 Western art

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