ウェヌス Venus

February 15, 2011

Rubens ルーベンスのヴィーナス

alei がルーベンスの作品記事をアップ。

わたしもいくつか記事にルーベンスの作品を引用していましたが、ルーベンスの描く女性や作品自体に、あまり関心を持っておりませんでした。

ところが、いつも目にするポスターやリプロダクションの画像をそのものだと思っていた私は、このルーベンスの本物に近い筆致を知って、あらためて見直しました。

マリー・ド・メディシスの生涯
ルーベンス アルテ・ピナコテーク

これがオリジナルに近いルーベンスなんだと知ると、私の鑑賞の仕方まで変化。

rubens

ピーテル・パウル・ルーベンス(Peter Paul Rubens)
left:Venus with Cupid and Mirror
right:The Toilet of Venus, c.1613 

こちらは、過去記事「鏡のヴィーナス The Rokeby Venus」で使用したものです。

Thyssen-Bornemisza Museum Venus and Cupid-2

この記事を書くにあたり、「ヴィーナスと鏡をもつクピド」(ティッセン・ボルネミッサ美術館)は、カラーのものをアップ。「ヴィーナスの化粧」(リヒテンシュタイン美術館)は以前と同じ作品画像です。こちらの2枚はクリックしていただくと大きくなります。

次の作品は、過去記事「パリスの審判 三女神黄金の林檎を争うこと」で使用した作品です。


Peter Paul Rubens  The Judgement of Paris ルーベンス パリスの審判  

Jugement-7

ピーテル・パウル・ルーベンス 1638-39年 プラド美術館

Jugement-9

ピーテル・パウル・ルーベンス 1605年 プラド美術館

Jugement-5

ピーテル・パウル・ルーベンス 1625年 ロンドン・ナショナル・ギャラリー

R G Woodman after a picture by Peter Paul Rubens

R. G. ウッドマンのエッチングにピーテル・パウル・ルーベンス

Jugement-3

ピーテル・パウル・ルーベンス 1632年 ロンドン・ナショナル・ギャラリー

The judgement of Paris-2

ルーベンスの助手 「パリスの審判」(ロンドン・ナショナル・ギャラリー)の最初の原画の模写
ドレスデン美術館 アルテ・マイスター絵画館所蔵(Staatl.Kunstsammlungen,Alte Meister, Dresden, Germany)


この記事で新しくご紹介するルーベンスの「パリスの審判」は、ウィーン美術アカデミーが所蔵する、オイルスケッチのような作品です。

Akademie der Bildenden Kunste, Wien

ピーテル・パウル・ルーベンス 1606年 ウィーン美術アカデミー

このパリスの審判のきっかけとなったのはペーレウス(ペレウス)とテティスの結婚に招かれなかった女神エリスが、「最も美しい女神へ」と、黄金の林檎を投げ入れたことで、三女神が争うことになるのですよね。

ルーベンスはその作品「ペーレウス(ペレウス)とテティスの結婚」(シカゴ美術館)も描いていたんですね。

The Wedding of Peleus and Thetis, 1636

The Wedding of Peleus and Thetis, 1636
The Art Institute of Chicago

この作品はオイルスケッチですが、このスケッチを完成させたのがヨルーダンスだと言われています。その所蔵先が不明なので今回は画像を掲載いたしません。

ヨルーダンスは、ルーベンスがフェリペ4世に依頼されていた「アンドロメダ」を完成させずに死去。そのあとヨルーダンスが完成させて納めています。

記事 「ルーベンスのアンドロメダ

またよい作品画像を発見したときに更新したいと思います。

lifecarrer33gearkawase at 18:56|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)

May 17, 2010

エドワード・バーン=ジョーンズ ヴィーナス賛歌  Laus Veneris by Edward Burne-Jones

Laus Veneris (1869), Laing Art Gallery,British Pre-Raphaelite artist Edward Burne-Jones


Laus Veneris (1869), Laing Art Gallery,British Pre-Raphaelite artist Edward Burne-Jones


バーン・ジョーンズの「ヴィーナス賛歌」です。まずはディティールからご覧ください。ヴィーナスと書かれたところに少女がいます。お花でしょうか。包み持っていますね。 そしてその下には少女たち(少年にもみえます)が、手にそのお花のようなハートを差し出しています。 そしてクピド。そしてプシュケと思われるような少女。ここではヴィーナスの過ぎた日々が描かれているのでしょうか。

Laus Veneris (1869), Laing Art Gallery,British Pre-Raphaelite artist Edward Burne-Jones


Laus Veneris (1869), Laing Art Gallery,British Pre-Raphaelite artist Edward Burne-Jones


エドワード・バーン=ジョーンズは、一枚の作品にいくつものシーンを重ねて描くことをすることがあります。「天地創造の6日間」の5枚のシーンもいくつもの物語を重ねています。このヴィーナスが座る壁には、もしかするとパリスの審判での勝利の凱旋、嫉妬するほど美しいプシュケ、そうした物語が描かれているのでしょうか。それとも・・・。

Laus Veneris (1869), Laing Art Gallery,British Pre-Raphaelite artist Edward Burne-Jones


この作品画像に合うまでは、エドワード・バーン=ジョーンズの描く大作が理解できませんでした。

ところが大きくしかも色質が美しいものに出会って驚きました。この壁面には数羽の白い鳩(ウェヌスの象徴)が、古代庭園のなかを飛び去ろうとしているようです。クピドの矢はその鳩を狙っている。

Laus Veneris (1869), Laing Art Gallery,British Pre-Raphaelite artist Edward Burne-Jones

alei と sai から「エドワード・バーン=ジョーンズの面白さはポスターや一般美術書、ネットではわからないよ」といわれて、 美術書を借りてきました。

一番興味を惹かれたのがこの「ヴィーナス賛歌」です。ヴィーナスが描かれている壁面には、こんな美しい場面が描かれていたのを知ったからです。

そのあといろんなサイトやポスターなどをみても、大きくみることもできませんし、色質が違います。ヴィーナス賛歌のどこがいいんだろうってずっと思っていました。

Laus Veneris (1869), Laing Art Gallery,British Pre-Raphaelite artist Edward Burne-Jones

ロセッティの親友でもあったアルジャーノン・チャールズ・スウィンバーン(Algernon Charles Swinburne, 1837年– 1909年)の詩に騎士タンホイザーとの官能の世界に引きずりこんだホーゼルハーグのヴィーナス(Venus in Horselberg)がこの作品に描かれています。

この作品が描かれる30年ほど前に、リヒャルト・ワーグナーが作曲した「タンホイザー」でも、ヴィーナスは悪徳の女神として官能的なファム・ファタルでした。

スウィンバーンの「ヴィーナス讃歌」(Laus Veneris)は1866年。リヒャルト・ワーグナーはそれよりもはやく1843年から1845年にかけて作曲し上演しています。


Laus Veneris by Edward Burne-Jones_kafka

エドワード・バーン=ジョーンズ ヴィーナス賛歌 1869年 レイング美術館
Laus Veneris by Edward Burne-Jones Laing Art Gallery

Laus Veneris (1869), Laing Art Gallery,British Pre-Raphaelite artist Edward Burne-Jones
 

↑ 左下の隅をよくご覧くださいな。騎士が五人。4人の女性がいます。季節の女神ホーラたち、あるいはホーラの一人に三美神でしょうか。

wikiからの引用
スウィンバーンは1883年にエドワード・バーン=ジョーンズにこう書き送っている。「私はある形式ですべての韻律を使ったささやかな歌(songs)、いえ小歌(songlets)の新しい本を書き……ちょうど出版したところです。その本の献呈をミス・ロセッティも受諾してくれました。私はあなたとジョージー(バーン・ジョーンズの妻)が、100ある9行詩の中にお気に入りのものを見つけられることを望みます。」

「ヴィーナス賛歌」はそれ以前のもののようですね。エドワード・バーン=ジョーンズはスウィンバーンの退廃的なヴィーナス像をほかの作品にも描いています。モリスの「地上の楽園」にある挿絵「ヴィーナスの丘」もそうでしょう。

Laus Veneris (1869), Laing Art Gallery,British Pre-Raphaelite artist Edward Burne-Jones


Laus Veneris (1869), Laing Art Gallery,British Pre-Raphaelite artist Edward Burne-Jones


さて一番左はしに描かれている女性が手にしているものがわかりません。椅子の下には孔雀の羽、そして左隅には古楽器の笛でしょうか。孔雀はヘーラーを象徴するのですが、高貴な女性を示すこともありますね。 一人だけ後ろ向きの女性、膝になにか持っています。彼女たちのアトリビュート。

Laus Veneris (1869), Laing Art Gallery,British Pre-Raphaelite artist Edward Burne-Jones


Laus Veneris (1869), Laing Art Gallery,British Pre-Raphaelite artist Edward Burne-Jones

スウィンバーンの「ヴィーナス讃歌」 (ラウス・ヴェネリス)も、ワグナーの「タンホイザー」も、もともとは15世紀につくられた「タンホイザー伝説」がもとになっています。

スウィンバーンのヴィーナス賛歌は読んでいませんが、ワグナーの歌劇では、タンホイザー伝説の最後とは違い、タンホイザーは二度目のヴェーヌスの洞窟に足を運ぼうとしてヴォルフラムに引き止められます。そのときタンホイザーの愛に殉死したエリーザベトの葬列が通るのです。

ヴェーヌスベルク(ヴィーナスの洞窟)は、つぎの愛欲を求めるものがくるまで、愛欲の女神ヴェーヌス捜し求める者がくるまで、その入り口は消滅してしまうのでした。

Laus Veneris (1869),

エロス(クピド)とウェヌスが描かれています。もしかすると「ヴィーナスの誕生」のシーンかもしれません。

プラトンの饗宴でも、ニ柱のヴィーナス(ウェヌス)とエロス(クピド)が語られています。天上と地上のヴィーナス。地上のヴィーナスは世俗のヴィーナスで性愛を象徴しています。エロスもそのニ柱のものだと。

こちらが天上のヴィーナスで、右側の矢をもつエロスとドレスを着たヴィーナスが地上のヴィーナスを象徴しているとしてもいいかもしれません。

kafka

タンホイザーは去ってしまった。退廃的なヴィーナス。薔薇が一輪足元にこぼれています。

愛、情熱を示す薔薇の花。膝には輝く王冠。その王冠をはずしてヴィーナスは髪に手をかけています。つぎのタンホイザーがくるまで、そう時間はかからなさそう。

それとも、いままさに窓から熱いまなざしをおくっているのがタンホイザーでしょうか。

これはタンホイザーがこれから来る場面なのかもしれませんね。

最後にヴィーナスの作品記事にリンクした一覧をご紹介。同じものを掲載していませんので、それぞれ見ごたえがあります。画像も色質のよいものです。

エドワード・バーン=ジョーンズ ヴィーナス(Veneris by Edward Burne-Jones) 関連記事

エドワード・バーン=ジョーンズ  ヴィーナス巡り
エドワード・バーン=ジョーンズ ヴィーナスの誕生
エドワード・バーン=ジョーンズ ウェヌス・エピタラミア(祝婚歌のウェヌス)

XAI
エドワード・バーン=ジョーンズ シリーズ「薔薇物語」
たくさんの作品記事にリンクさせています。年代別になっています。

続きを読む

lifecarrer33gearkawase at 19:40|この記事のURLComments(2)TrackBack(3)

May 09, 2010

アエネーイスから アイネイアースと母ヴィーナス

Vénus demande à Vulcain des armes pour Énée

「アイネイアスのためにウルカヌスに武器を注文するヴィーナス」

フランソワ・ブーシェが描いたこの作品。ウェルギリウスの「アイネーイス」の場面です。

ブーシェというと、女性や天使、官能的なロココ調を思い浮かべてしまいますが、社会的な風俗画やこうした神話も多いですよね。

この場面は何人もの画家が描いているシーンで、ブーシェと同じフランスの画家シャルル=ジョゼフ・ナトワール (Charles-Joseph Natoire)もブーシェを手本にしたような作品を残しています。

トロイア戦争のあとの物語が、詩人ウェルギリウス(前70年–前19年)のアイネーイスです。この作品はホメーロスの「イーリアス」、「オデュッセイア」をもとに書かれました。

ウェヌス(ヴィーナス)は夫の鍛冶神ウエルカヌス(ヘパイストス)に、アンキセス(アンキーセース)との子のアイネイアスに武器をつくってほしいと頼んでいるところ。

ウェヌスとマルスとの不貞を見られる前のことでしょうか?

Ce document est rattaché

ブーシェの「アイネイアス(アイネイアース)のために造った武器をウェヌスへ贈るウルカヌス」

ウェヌス(ヴィーナス)にさっそくウエルカヌス(ヘパイスト)はアイネイアースのための武器を渡します。

ウェヌス(ヴィーナス)はパリスの審判で、唯一の美を勝ち取った「愛と美の女神アフロディーテ」ですが、このパリスの審判がトロイア戦争を起こしたきっかけとなったのです。

アフロディーテとトロイア王族のアンキーセースの子アイネイアースは、トロイア陥落後、祖国復興のためにイタリアへと旅立ちます。

このブーシェの2点はほかに同じテーマのものがあり、「神々の愛」という連作タペストリーの下絵として描かれたものです。たしかルイ16世コレクションだったと思います。

この「アエネーイス」で、もっとも悲劇だと感じるのはカルタゴの王女ディドー(ディド)。カルタゴの建国神話に基づく伝記とは異なりますが、剣あるいは炎に身を投じる最期。

どちらの物語にしても、悲劇の女王です。

800px-Heinrich_Friedrich

ハインリッヒ ・フリードリヒ・フューガー(Heinrich Friedrich Fuger)が描いたこの「ディド」。剣ではなく炎に身を投じる姿を描いたのでしょうか。それとも苦悩の中の王女ディドなのでしょうか。

アイネイアースの母ウェヌス(ヴィーナス)は、クピド(エロス)にディドへ愛の矢を打ち込ませます。

アイネイアースの身を守るためにはディドが彼を愛することだと考えた愚かな母ウェヌス(ヴィーナス)。

ユーピテル(大神ゼウス)の神託はイタリア半島にアイネイアースを出向かせることになっていたのにかかわらず。

ヘルメス(メリクリウス)は、神託を促しにアイネイアースの元に訪ねてきます。

アイネイアースは決意を固めイタリア半島へ、そしてディドは命を絶ったのです。

アフロディーテがクピド(エロス)の愛の矢を使わせて、命を断たせた若い女性たちの一人となったのですね。

ve09443

エラルート・デ・ライレッセ(Gerard de Lairesse)の「ウルカヌスの武器をアイネアスに贈るウェヌス」です。

ディドの呪いをよそに、美しいウェヌス。作品のディティールです。全体像は下記から。

巫女シビラの導きによって冥界に入ったアイネイアースは亡き父アンキセスと会い、ローマの英雄となることを告げられます。

ラティウムではアルデアの王トゥルヌスの婚約者だったラウィーニアとアイネイアースと婚約することになるのです。

この地こそ、新しいトロイアの国。

そして戦わなければならないのはトゥルヌス。激しい戦いで多くの人々が命を落とします。

唯一の美でパリスの審判が起こした戦争は、トロイア、そしてこのラティウムですが、大神ゼウスの仕組んだことでもあったんですね。

Weapons_to_Aeneas

人間が多くなり間引きをしなければならなくなった。

トロイアのパリスに美の審判をさせて戦争を引き起こし間引きをしたのです。

神々に踊らされた人間たち。

ウルカヌスの武器をここでアイネイアースは使うことになるのです。

トゥルヌスとアエネアースとの一騎打ちでトゥルヌスを倒しますが、アエネアースはどうなったのでしょう。

トロイアの勝利はおさめたものの、アエネアースの最期はウェヌスによって身を浄められて神となったとされるものと、「アエネーイス」のようにラウィーニアと国を治めたという伝承があります。

どちらにしても亡き父アンキセスの予言のとおりにローマの英雄になったことにちがいはありません。

lifecarrer33gearkawase at 21:23|この記事のURLComments(0)TrackBack(1)

April 19, 2010

パリスの審判 三女神黄金の林檎を争うこと

Die Drei Gottinnen Athena Hera Aphrodite by Franz von Stuck (1863–1928)

フランツ・フォン・シュトックの描いた三女神。

「パリスの審判」は、古代から中世、ルネサンス、ロココ、世紀末までずっと描かれてきた題材です。ほとんどの皆様が文学などからご存知だと思いますが、今日はそのお話しを記事にしたいと思います。

ところで、ルーカス・クラナッハ、ルーベンスはこの題材で何枚も描いていますが、皆さんのお好きな「パリスの審判」はどれなのでしょうか?

ルーカス・クラナッハの7枚の「パリスの審判」はこちら。
記事「ルーカス・クラナッハ 七つのパリスの審判

ロココのヴァトーの「パリスの審判はこちら。
これまで見た中で、オリジナルにもっとも近い配色です。
記事「愛と美の女神アプロディーテー ヴィーナスの誕生

Niklaus Manuel Deutsch

パリスの審判 1517-18 ニクラウス・マニュエル 大英博物館?

Niklaus Manuel Deutsch

パリスの審判 1520年 ニクラウス・マニュエル バーゼル市立美術館

大英博物館?の「パリスの審判」はパロディかと思ったくらいなんですが・・・。バーゼル市立美術館の二クラウス・マニュエルの「パリスの審判」のほうが馴染みあるんです。

さてヘルメス(メリクリウス)の案内でパリスの前にたった、三女神。羊飼いの杖、黄金の林檎をもつパリスに、クピド(エロス)にヴィーナス(ウェヌス)。

メデューサの盾はアテナ、孔雀はヘラと人物がわかるように描かれているものもありますが、ヘルメス(メリクリウス)が描かれていない場合もありますね。

またエリニュスの女神で「止まない者」アレクトーが描かれている作品もありますが、「アエネイス」へ続く不穏な予告をしているのでしょう。

Francesco Bartolozzi after a picture by Angelica Kauffman

エッチングはフランチェスコ・バルトロッツィ、色はアンゲリカ・カウフマン。

さて、三女神は大神ゼウスの妻で結婚と母性、貞節を司るヘーラー、その義理の娘(イーリアス説)で美と愛の女神アフロディテ、そして処女神アテナです。

美の審判はパリス。因縁のあるトロイアの一族。イーリオスをつくったイーロスの子孫トロース。神の酒をつぐヘーベのかわりに、彼の子ガニュメーデスを鷲でさらったゼウス。王位はイーロス2世が継ぎます。

本家、分家と繁栄し、そしてのちにアフロディテがゼウスによってアンキセスを愛し、子アイネイアースを生むことになりますが、彼らはこの子孫です。

パリスの祖父にあたる代に、ヘラクレスがイーリオスのために城壁をつくるなどをしますが、約束のトロイの駿馬を王が渡さず、ヘラクレスはイーリオスを攻め落とします。

神々と因縁のある家系ですね。

William Blake

ウィリアム・ブレイクの「パリスの審判」(1811年)

こうしたことをゼウスは周知していたにもかかわらず、トロイアの一族パリスを審判に選んだわけです。

パリスは神々に似た姿の美しさでしたが、母のプリアモスの不吉な夢のために山に捨てられ、牝熊に育てられ、イーデーの山で羊を牧していたのでした。

伝承では、女神ヘーラーは銀の縫い取りをした純白の軽羅に清楚かつ犯しがたい品位を示し、アテナイは輝かしい金銀の武具にオリーヴの香油を漂わせ、アフロディーテはカリテス(三美神)やホーラたち(季節の女神)が春の花々を縫取りした衣を纏っていたとあります。

この三人は「美」だけを争ったわけではありませんでしたね。賄賂という贈り物をパリスに用意していた三人。

Alessandro Turchi_09

ルネサンス期の画家アレッサンドロ・トルチの「パリスの審判」

女神ヘーラーは世界の支配権を持ってきました。アテナ(アテーナー)はあらゆる戦においての勝利です。

わたしなら女神ヘーラーに黄金の林檎をわたします。

アフロディーテは、世に異なってみめ麗しい美女を与えようと唆しました。

パリスは富や権力、名誉の偉大さを知らず、ただただ美に惹かれてしまった若者だったんですね。美という儚さも知らないで、妻を捨てたのです。

そうしてスパルタの妃ヘレネーを、あのレダと白鳥に化したゼウスの娘ヘレネーをアフロディーテは与えたのです。

神々も二手にわかれ、スパルタ率いるギリシャ軍との戦争がはじまる原因となったのです。

Philippe parrot

 フィリップ・パロットの「パリスの審判」


Peter Paul Rubens  ルーベンス パリスの審判

Rubens, Peter Paul

ピーテル・パウル・ルーベンス 1638-39年

The Judgement of Paris by Rubens, Peter Paul

ピーテル・パウル・ルーベンス

Rubens, Peter Paul

ピーテル・パウル・ルーベンス 1625年

R G Woodman after a picture by Peter Paul Rubens

R. G. ウッドマンのエッチングにピーテル・パウル・ルーベンス

Rubens, Peter Paul

ピーテル・パウル・ルーベンス 1632年


Marcantonio Raimondi, after Raffello Sanzio


Raffaello Santi  Judgement of Paris

 マルカントニオ・ライモンディのエッチング、下絵がラファエロ



Anselm Feuerbach

アンゼルム・フォイエルバッハの「パリスの審判」

ほかにダリなどもありますが、「パリスの審判」はこのへんで。


女神エリスが黄金の林檎を投げ込んだ英雄ペレウスと海の女神テティスの婚宴


Wtewael, Joachim

ヨアヒム・ウテワール


パリスの審判 ウェヌスの贈り物 スパルタ王妃ヘレネー


Francesco_Primaticcio

フランチェスコ・プリマティッチオ ヘレネーの陵辱



ヘレネーに関しては諸説があり、「家庭崩壊」、「不貞」の代名詞にもなるように、拉致ではなく、パリスの神のような美しさに魅了されてついていったというお話もあります。続きを読む

lifecarrer33gearkawase at 19:04|この記事のURLComments(0)TrackBack(1)

April 01, 2010

鏡のヴィーナス The Rokeby Venus

C of Vir

聖母戴冠 Coronation of the Virgin 1641-42
ディエゴ・ベラスケス Diego Velázquez

The Toilet of Venus

鏡のヴィーナスRokeby Venus(Venus at her Mirror)1647–51
ディエゴ・ベラスケス

ディエゴ・ベラスケスの聖母(Coronation of the Virgin)とヴィーナス(Rokeby Venus)、そして、アラクネの寓話(織女たち)(Las Hilanderas)は、ベラスケスの愛人がモデルになっています。

焼失、喪失されたベラスケスの「もたれかかるヴィーナス (a reclining Venus)」、「ヴィーナスとアドニス (Venus and Adonis)」、「プシュケとキューピッド (Psyche and Cupid)」とべラスケスには「鏡のヴィーナス」以外の作品のモデルも彼女ではないかと。

rubens

ピーテル・パウル・ルーベンス(Peter Paul Rubens)
left:Venus with Cupid and Mirror
right:The Toilet of Venus, c.1613 

vi

left:ティツィアーノ Titian , Venus with a Mirror 1555年
right:ヴェロネーゼ Veronese , Venus with a Mirror 1580年頃

ロークビーのヴィーナスと呼ばれる「鏡のヴィーナス」は、紀元前5世紀から都市として形成されていた、ローマ遺跡「チュブルボ・マジュス」に、この鏡をみるヴィーナス、二人の天使が描かれていたモザイクがあるそうです。

とっても古い歴史がある鏡とクピドとヴィーナス。

vi_09


ベラスケスの描いた鏡と天使の腕には薔薇色のリボンが垂れ下がっています。このヴィーナスより20年ほど前に描かれたベラスケスの「修道女ヘロニマ・デ・ラ・フェンテ」にもリボンが描かれて、メッセージが書かれていました。

記事「ディエゴ・ベラスケス 二人の聖女」からどうぞ

このベラスケスの「鏡のヴィーナス」は、ゴヤの「裸のマハ La maja desnuda / The Nude maja」(1797-1800)と「着衣のマハ La maja vestida / The Clothed Maja」(1798-1805)と並べて掛けられていたということです。

P00742


733bc85874

ベラスケスの「鏡のヴィーナス」1647年から1651年にかけて、ベラスケスがイタリアに滞在していたときに描かれたもの、とされていますが、マドリードの貴族の財産目録にこの作品があったのが1650年とされているところから、旅行の前に描かれたという説が。

vi_09


Philips Galle

フィリップス・ハレ(Philips Galle)

ベラスケスの描いた「鏡を見るヴィーナス」は、もともと身体を起こした構図だったらしいのですが、アントニス・ブロックラントの「ヴィーナスとアドニス」を模したフィリップス・ハレ(Philips Galle)の版画を参考にしたというお話しがあります。

ということは、この鏡のヴィーナスのモデルとされていた、ベラスケスの秘密の恋人(愛人)マルタではなかったことになるのでしょうか。

Venus and Cupid with an Organist


P00420


Venus-and-CupidWithaPartidgebyTizianoVecellio


そのほかにベラスケスの「鏡のヴィーナス」に影響しているといわれている作品がこの3枚です。

ティツィアーノの「ヴィーナスとオルガン奏者とキューピッド」 (Venus and Cupid with an Organist, 1555年頃)

「ヴィーナスとオルガン奏者」(Venus with the Organist 1550年)

「ヴィーナスとキューピッドとライチョウ」 (Venus and Cupid with a Partridge, 1550年)

Venus by Palma Vecchio (ca 1520)

こちらのヴェッキオの「横たわる裸婦 (Reclining Nude)」も影響しているといわれています。たぶんこの1520年の「ヴィーナス」のことだと思うのですが。

このパルマ・イル・ヴェッキオやティツィアーノのコレクションで有名なレオポルド大公の画中画があります。面白いので絵の中から彼らの作品をみてみてください。

記事
ダフィット・テニールス 画廊画「レオポルト・ウィルヘルム大公の画廊」

そして、やはり「ウルビーノのヴィーナス」、ジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」もあげられています。

過去記事「ポール・デルヴォー ローズのリボン」にある画像
ティツィアーノの「ウルビノ(ウルビーノ)のヴィーナス」(1538)
ジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」(1510年)

さて、ベラスケスの第1回目のイタリア旅行は尊敬するルーベンスと出会った翌年の1629年。

マルタがベラスケスの子アントニオを生んだのは1652年前後で、2回目のイタリア旅行のときです。

果たして第1回目のイタリア旅行のときに、ベラスケスとマルタは出会っていたのでしょうか。

Baldung Woman

記事「Memento Mori〜「Danse macabre by アンリ・カザリス」より画像引用

ヴィーナスの鏡。
古代から鏡は魔のもの、神のもの。神器のひとつですね。

ハンス・バルドゥング・グリーンの乙女の手には鏡、そして頭上には砂時計。まさに伝道の書、コヘレトの言葉を思い出します。

The wordis of Ecclesiastes, sone of Dauid, the kyng of Jerusalem.

The vanyte of vanytees, seide Ecclesiastes; the vanyte of vanytees, and alle thingis ben vanite.

エルサレムの王、ダビデの子、コヘレトの言葉
この空しさ。コヘレトが語る。なんという虚しさ、この世のすべてが虚栄なのだ。

ラテン語の「Vanitas Vanitatum」(ヴァニタス・ヴァニタートゥム)は、旧約聖書の「伝道の書(コヘレトの言葉)」のはじめに語られる言葉。諸行無常だということですね。

美しいものの儚さです。砂時計をかかげる死神は朽ち果てていく少女の未来の姿かもしれません。

コヘレトの言葉には・・・
何事にも時があり、下界の物事にはすべて定められた時がある。

なにものも逆らえない終末のとき。その無常を心に留めておかなければならないのでしょう。

鏡のヴィーナスはそう警告しています。

記事 「ジャック・オー・ランタン by ハロウィン/Day of the Dead 死者の日」からメキシコ、イタリア、フランスの諸聖人の日に記事リンクしています。

各記事をお読みになると、きっとヴィーナスの警告の「はかなさ」をあらためて思いだされるでしょう。

「メメント・モリ(死を忘れるな)」、そして「死を恐れるな」とヴィーナスは鏡に唱えているのではないでしょうか。



lifecarrer33gearkawase at 10:30|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)

July 11, 2009

クリムト 彫刻の寓意 Allegory of sculpture Gustav Klimt

Skigge Und Eingelstudie Fur Die Allegorie Der Skulptu

Skigge Und Eingelstudie Fur Die Allegorie Der Skulptu
彫刻のための寓意 1890年

563549970_e7b29b2650_o

Allegory of sculpture 1889
彫刻のための寓意(最終素描)

Allegory of Sculpture_1897

Allegory of sculpture 1889
彫刻のための寓意(習作)

クリムト(Gustav Klimt)の彫刻のアレグロリー(完成ドローイング)は、左手に禁断の木の果実をもつイヴ(エヴァ)です。足下には女性の頭部。頭と身体は別々のもの。頭で考えることと、身体が感じることの違いを強調しているかのよう。

愚案な愛、幸福からの堕落でしょうか。表情はデカダンス。虚無的でうつろな精神。失楽園の憂きを暗示しているのでしょうか。

彫刻のアレグロリー(習作)は、金彩がポイントに使われている黒チョークのモノクローム。

耽美的なポーズの女性はモローのサロメを思い出しますが、この作品からは「ルネッサンス」の印象が強く感じます。「ウィーン・ルネサンス」ですね。

背景にはクリムトの絵画の要素のひとつである「ギリシア陶器画」から展開されているように、竪琴をもつ人物などが平面的な文様で描かれています。

tragedy

 Allegory tragedy  1897
寓意画 悲劇(最終素描)

Junius

Allegory of Junius 1896
ユニウス(6月)のアレゴリー

悲劇で手にしているのは仮面でしょうか?不実と偽りを象徴していると感じます。

ユニウスは6月。月の寓意をあらわしているのでしょうか。占星術のサインと12か月にまつわる寓意が描かれているものに、トゥーラとコッサのフレスコ画があります。6月の寓意はマーキュリーの勝利です。神の使いマーキュリーは幸福の訪れを意味しているのでしょうか。愛の勝利を。

Gustav Klimt_Silhouette

この作品ですが、ウィーン工房の出版物に関するもののためのものでしょうか。邦題は「シルエット」で機Ν兇箸覆蠅泙后

ユーゲントシュティールらしいモチーフに、なんとなくジャポニズムを感じさせます。髪型と服装のシルエットが着物の雰囲気を漂わせ、芸鼓を想像させます。寓意とは関連しないものと思われますが、クリムトのアール・ヌーヴォーが面白いと思われ掲載しました。

さて、クリムトのAllegory(アレゴリー)は、彫刻のアレゴリー、油彩や水彩画によるアレゴリーもありますが、次にご紹介する作品もクリムトのアレゴリーに属すると思います。

329px-Klimt_-_Musik

MUSIC      Gustav Klimt

この作品に見覚えありますよね。あの油彩「MUSIC 機廖1895)の左側の構図と似ています。

追記:「グスタフ・クリムト ピアニストJ・ペンバウアーの肖像」の記事を拝見させていただきました。この楽器、「キターラ」というんですね。この人物はアポロンなんでしょうか。

Calendar Page January For Ver Sacrum Magazin

Januar (1月)

この作品は、さきのユニウスのアレゴリーと同じように「月」がテーマです。つまり「カレンダー」なんですね。

この時代はドイツのイラスト文芸誌「ユーゲント」(Jugend)が1896年に創刊。その2年後にクリムトを会長とするウィーン分離派の機関誌「ヴェル・サクルム」(Ver Sacrum)が1898年に創刊されました。この「Ver Sacrum(聖なる春)」に掲載されたものです。

クリムトの黄金の時代と比べると、面白いですよね。とくに下記リンクから、寓話やタオミナール劇場の記事からは、古典的な描き方のものを拝見できます。

グスタフ・クリムトの記事

クリムト 寓話

クリムト タオミナール劇場装飾

クリムト 愛( Liebe リーベ)

kAFKA  ヌーダ・ヴェリタスー裸の真実

クリムト THE BEETHOVEN FRIEZE Kiss for the World

「ヨーゼフ・ホフマンとクリムト」ストックレー・フリーズ(Stoclet Fries)



lifecarrer33gearkawase at 22:37|この記事のURLComments(0)TrackBack(2)