アルフォンス・ミュシャ Mucha

September 25, 2006

ミュシャ 装飾資料集 から

Alphonse Mucha. (Alfons Mucha 1888 - 1939)
1902年、リブレール・サントラル・デ・ボザール社から、72点のポートフォリオ(習作)として装飾美術のテキスト「Documents décoratifs Study for Plate (装飾資料集)」の図案集です。

KAFKAでご紹介している「Interior and furniture design  室内装飾と家具の下絵」の2年あとに出版されました。

日本でも、尾形光琳酒井抱一神坂雪佳など、琳派の流れをくむ、それぞれの図案集がありますが、いずれもミュシャ同様に、絵画だけではなく、装飾インテリア、着物の意匠などまで、幅広いデザインの貴重な資料が出版され続けています。ミュシャと同じ時代を生きた神坂雪佳は、パリ万博で、それほどアールヌーヴォーに魅了されませんでした。なぜなら日本文化がそこにあると感じたからだそうです。浅井忠は、たいへん刺激を受け、日本もアールヌーヴォーの作品を次々と作成していきます。そして、グラフィックデザイナーの領域を広げた竹久夢二杉浦非水らが、ミュシャのように、商業世界で名声をあげます。

Mu_04 ミュシャの装飾資料集は、左上が図38で、それぞれ番号を持っています。芥子、フーシャ、アカンサスなどの植物などが、デッサン、パネルから小物に至るまで装飾化していくプロセスと、完成された図柄で構成されています。ポスター化されたリトグラフで購入することもできますが、古書などのアンティークとして、オークションに出品されてもいます。つまり、たいへん貴重だということです。

ミュシャは、はじめこそアールヌーヴォーの寵児として一世風靡をはたしましたが、商業界という世界で、自分を画家としての価値を見出せずに、アメリカへ渡り、その後作品にも変化が見えますが、晩年にかけて、チェコのために無償で仕事を引き受けたり、さらに「スラヴ叙事詩」の大作を仕上げたのです。

それがプラハ時代です。結果は、ミュシャにとって「画家」という地位を築くことができました。ただ、その認識が時代が隔てたのかもしれません。

ミュシャ展でも作品リストにありました、1896年 Lance Parfum Rodo Bottle(スプレー式香水〈ロド〉の香水瓶とケース)、1899年、Moët & Chandon: Dry Imperial(モエ.・エ・シャンドン:ドライ・アンペリアルのポスター)、Necklace(ネックレス)、美術工芸品「LaNature」は、各リンク先からご覧いただけます。

mucha


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lifecarrer33gearkawase at 08:38|この記事のURLComments(2)TrackBack(10)