エキシビジョン

December 03, 2006

蝶のめまい フェリア・ミュジカ

Feria Musicaベルギーのヌーヴォー・シルク(サーカス)で、有名な「フェリア・ミュジカ(Feria Musica)」の公演が、来年札幌でも開催されるようです。「蝶のめまい Le vertige du papillon 」という作品です。

さなぎから羽化した蝶の短い一生。あざやかな自然界を謳歌し、花から花へ飛び移り、地上に落ちるその時が、命が果てるとき。演出はファトゥー・トラオレ。ミュージカルとシルクの芸術性高いステージです。

ヌーヴォー・シルク2007 「蝶のめまい」

このヌーヴォー・シルク(Nouveau Cirque)の代表的な国が、フランス・カナダ・ベルギーです。

新しいシルク(サーカス)の潮流は、それまでファミリーのみの「家業」であったのですが、伝統的なサーカス芸術の低迷に、フランスは、国立シルクアートセンター(Centre National des Arts du Cirque)、通称国立サーカス学校を設立し、ひろく門戸を開放しました。かなり狭き門の入学に、日本人もいます。

 フランスのヌーヴォー・シルクの団体(引用:在日フランス大使館
シルク・バロック / レ・ザール・ソ/ レ・ヌーヴォー・ネ / アノマリ/ オール・レ・ミュール
ル・シルク・プリュム / エル・テアトロ・シレンシオ /ゴッシュ/レ・コルポルトゥール
ラ・カンパニー・ジェローム・トマ /シルク・イシ (Cirque Ici)/ アルカオス

Le cirque Marc Chagallフランスの伝統的なサーカス芸術は、ベルエポック期に特に人気を呼んでいます。

さらに芸術家は、こぞってサーカスを題材に用います。スーラー、ルノワール、ルオー、ロートレック、ドガ、シャガール、ピカソなど。

絵はマルク・シャガールのサーカス。

シャガールはサーカスのリトグラフ(モノクロを含め)、30点以上を作品にしています。

シャガール曰く

「このサーカスという言葉には魔力が秘められている。古代から伝わる踊りにおいて、人間や人間の微笑み、足や腕のしぐさが偉大な芸術に一変するのだ。サーカスは最も悲しいドラマのように私には思われる。何世紀にもわたって、それは人々の娯楽や喜びを探し求めた者の、このうえもない鋭い叫びであった」 【引用】

パリだけではなく、サーカスは、裏社会の象徴。当時の階級においては、「はみ出した」人々の芸術です。売り飛ばされてきた人々。あるいはユダヤ人村のサーカス、旅から旅へのサーカス。一箇所にはとどまらない、放浪、流浪の旅芸人。最も悲しいドラマとは、シャガールの記憶に何がとどまっているのでしょうか。

いま、もっとも華やかで、ラスベガスで輝いている、カナダのシルク。

ギー・ラリベルテ(Guy Laliberte)が1984年に設立したエンターテイメントカンパニーとしてシルク・ド・ソレイユ(Cirque du Soleil)が誕生。オペラとロックをはじめとする音楽、演劇、美術は、身体機能を前面に押し出した「技術」のシルク。

フランスは芸術性、カナダは身体機能の技術、ベルギーは、この中間に位置しています。



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November 08, 2006

ノーベルバンケット(ノーベル賞晩餐会)のフラワーアレンジ

ノーベルバンケット 花パーティーは、ある1シーンであり、テーブルウェアー、料理に飲み物、そして音楽やダンスや工芸品、デザインから、招かれる方々のファッション、マナーや会話、社交術までも含まれます。

そこにも欠かせないものが、装飾用の花です。

こうした、王室とともに過ごす晩餐会には、デコレーターが活躍します。花を装飾するからといって、花だけの知識があればよいわけではありません。ノーベル用のテーブルウェアーとの相性、距離、そのボリューム、さらに9月にすでに決定されているメニューから、食事のスタイルやマナーを計り、ノーベル特有のセッティングの基本も心得ておかなければなりません。

1992年、ノーベル財団はノーベル賞90周年を記念して、ノーベル宴席用食器一式の製作をオーダーしました。皆さんもすでにご存知だと思います。では、ノーベル宴席用の家具はというと、「イケア」です。スウェーデンのデザインの文化、特性は、過剰なものを好まず、外観のデザインを重視します。こうした実用美の芸術という「デザイン」の歴史的背景に、スウェーデンの工芸のレベルの高さと特有さが伺えます。

晩餐では、花の香りや色に気を配り、ホール、授与式、舞踏会、控え室など、そのシーンにふさわしい装飾が施されます。知る限りでは、2005年にも、スウェーデン人デコレーターのスウェーデン人デコレーター Gunnar Kaj(グンナール・カイ)氏が、全てを手がけました。グンナール・カイは、NOBELBLOMMOR(ノーベル ブロムモア)として、高い評価を得ています。また、受賞式の花の装飾、コンサートホールの壮大な階段の装飾は Hässelby Blommor ヘッセル ブロムモア(Blommor 花、花屋 →ブロムモアでいいのかな?)というフラワーショップのフローリストのヘレン・マグヌセン。

ノーベルバンケット

左側のテーブルには、ローストランドやオレフォルスのノーベルシリーズのディナーセットに、花と蜀台が装飾されます。花と果実のアレンジメント。

その隣が、アルフレッド・ノーベルの彫像。遺言によってノーベル賞を設立したダイナマイトの発明者ですが、1999年のこの彫像は、イタリアのサンレモにあるリビエラの花で装飾されています。

隣の花のオブジェも同じ99年。晩餐会のストックホルム市庁舎のホールですが、インゲラ・ウォール&ジム・グランドストームによって装飾されています。

一番右側は、2004年の晩餐会。1万3000にもおよぶ、薔薇、カーネーション、胡蝶蘭、美しい芝草で、ノーベルの彫像からスコンサートホールをぐるりと装飾しています。グンナール・カイの装飾。花はすべてサンレモから。

この最も権威ある学術文化賞は、ノーベルの遺言によりますが、生涯独身で過ごした億万長者です。晩年をフランスとイタリアで過ごし、1896年12月10日、イタリア のサンレモでその生涯を終えました。その所以で、ノーベル賞の晩餐会は、ノーベルの誕生日に開催され、花はすべてイタリアのサンレモから届くのです。亡くなって5年後に、はじめてノーベル賞が授与されたのでした。



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October 24, 2006

サロン・デュ・ショコラのチョコレートドレス

000028日が今年の開催の初日となるパリのショコラの祭典、「サロン・デュ・ショコラ パリ 2006」では、毎年恒例のチョコレートファッションショーがあります。

サロン・デュ・ショコラは、パリ・ニューヨーク・東京・北京・モスクワで開催されています。

このドレスは、サロン・デュ・ショコラ 北京 2005 のファッションショーです。

 

Jeanpaul_hevin_and_serge_cajfinger_surro

このドレスは、パリ2005でのJean-Paul Hévin(ジャンポール・エヴァン)のショコラドレス。デザインは、あのPAULE KA(ポール・カ)です。

デザイナーのSerge Cajfinger(セルジュ・キャシュファンジェ)はヘプバーン、グレース・ケリー、ジャッキー・ケネディをイメージ。

「ポール・カのスタイルとは頭の先から爪先までシック」という決め文句は、その女性像に所以がありそうです。

 

Modèle porté par Viktor Lazlo

パリ2005でも注目されたヴィクトリアンスタイル。
 Lucie Saint-Clair(ルシエ・セント-クレール)のデザインです。2006年1月の「サロン・デュ・ショコラ 東京」でも、展示されていたと思います。

デザイナーは、Jean Boggio (ジャン・ボッジョ)です。美しい細工のチョコレートは、あの「ラ・メゾン・デュ・ショコラ」です。

パリ2005ファッションショーはこちら


Salon_du_chocolat_3

2005北京でのドレスです。北京に関しては、デザイナーとメーカーが不明ですので、わかり次第追記します。

こちらも最初のドレス同様に、チョコレーとがメインになります。パリでは、ベルト、リボン、帽子、装飾に多く使われていましたが、北京はチョコレートを主役に、ショコラドレスが続いたようです。

そのほかニューヨーク2005の作品はこちらからご覧いただけます。


サロン・ド・ショコラでは、セミナー、プチ美術館のほか、チョコレートオブジェで、チョコレートの細工を競います。彫刻、あるいはマイセンのフィギュアのような芸術性の高いチョコレートアート。28日のパリ 2006が楽しみですね。



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May 24, 2006

「武満徹|Visions in Time展」

yume

エミー賞受賞作「夢窓−−庭との語らい」(1992)は、アメリカの映像作家ジャン・ユンカーマンの日本庭園についての記録映画。

監督 :  John Junkerman 製作 :  ローラ・T・シュナイダー 
製作総指揮 :  Paul P. Johnson  / 村山利夫 
脚本 :  ポール・グリーリ  撮影 :  フォスター・ワイリー 
音楽 :  武満徹 タケミツトオル 編集 :  William A. Anderson 字幕 :  なし 

DREAM WINDOW 夢窓−−庭との語らい(1992)
監督 :  John Junkeerman  プロデューサー :  Laura T. Schneider 
脚本 :  Peter Grilli  撮影 :  Foster Wiley 
作曲 :  武満徹 タケミツトオル 編集 :  William A Anderson 
スクリプター :  Paul B Jonson  / 村山利夫  / John W Hiller 
題字 :  勅使河原宏

インタヴューに答えているのは、詩人や作曲家、建築家、舞台デザイナー、映画監督、旅館の主人、住職たちで、そのなかに「世界のTAKEMITU」である武満徹さんはキャストのひとりでもあり、音楽を担当もしています。

タイトルの「夢窓」は禅寺庭園の完成者・夢窓疎石からとられ、同名の作品を作曲した武満によって命名されたといいます。ユーロスペースの特集上映「追悼上映 武満徹の仕事-音楽の希望、映画の夢-」の1本として劇場公開されました。

この作品を含むタケミツ・ゴールデン・シネマ・ウィークは、「武満徹 ─ Visions in Time」にて、ゴールデン・ウィークに集中上映会がおこなわれました。

song武満徹:SONGS アーティスト大竹伸朗の1984年から2000年までに制作した作品と武満徹作曲の楽譜とのコラボレーション作品集。


もしかすると、武満徹さんの音楽だけを聴いていると理解できなかったのかもしれません。

「見ることは聴くこと、聴くことは見ること」だったでしょうか。武満徹さんの音楽の姿勢です。文章、楽譜、写真、オマージュ、コラボレーションなどから多彩で多様な音と線と色が見えてきます。

ピアノが買えなく、手書きの「紙ピアノの鍵盤」を折りたたんで持ち歩いたと聞きます。音楽学校や音楽大学を出ず、独学です。何もないまま、何も揃わないまま、「音楽家」になろうという「決心」だけでした。これが「なりたいな」ではなく「なろう」です。

ピアノの音が聞こえると訪ねて弾かせていただいたというお話がありますが、知らぬ他人の暖かさも、才能を育てた一環なのでしょう。

Visions in Time大江健三郎著の「話して考える」と「書いて考える」では、「elaboration」の語源の説明があります。じつは2001年に大江健三郎氏講演「武満徹のエラボレーション」で、武満氏の縁というもののとらえ方による「周縁」を述べています。circumference としての「周縁」ではないかと語っていますが、「武満徹|Visions in Time展」で、まさに図形楽譜という不思議な円の楽譜に、武満さんの「縁づける」を感じたわけです。(←個人の解釈)

「言葉と交渉をもつと、私のなかに他者があらわれ、私の考えは緩やかにだがひとつの方向性をもった運動として収斂されて行く」
公式カタログ「武満徹―Visions in Time」での武満さんの言葉です。

それはさまざまな形や容で武満氏を「縁づける」方向性へと導いたのでしょうか。

展覧会のおもなセクション
実験工房」での作品、影響を受けた瀧口修造の作品なども展示。御代田の森のなかででは、仕事場の様子が再現されています。
美術家との交感では、オディロン・ルドン「閉じた眼」やミロ、クレーなど武満作品に関係の深い美術家達の作品とジャスパー・ジョーンズ、堂本尚郎、大竹伸朗など親交のあった画家達の作品の空間があります。武満徹のセクションには「鳥は星形の庭に降りる」のためのスケッチブックなど、武満自身の絵、プロデューサーとして関わった映画のポスターや台本、「Music Today」などのポスターや資料、そして自筆の楽譜やスケッチの数々が展示されています。

新潮社から出版されている「音、沈黙とはかりあえるほどに」には、『或る朝、なんの前触れもなしに一台のスピネットピアノが私たちの家に運ばれて来た。それが、未だ面識のない黛敏郎氏から送られて来たものだと知ったときに・・・』と綴られたそのピアノなどの楽器の展示から愛用品が展示されています。

そして最後の随筆となった「時間の園丁」も展示されていました。



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May 01, 2006

Miyako Ishiuchi

Houseofshiseidoカード資生堂ギャラリー、ハウス オブ シセイドウ でのアールデコ展をみているうちに、1月の「永遠なる薔薇 ― 石内 都の写真と共に」を思い出しました。

「Mother's2000−2005」は、写真家石内都の作品集。

第51回ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館2005出品作「mother’s」のほか、「アパート」「連夜の街」など収録。「連夜の夜」は、赤線跡(元遊廓)を撮影してまとめたもの。

Mother's」は波乱万丈な母という一人の女性が遺したシュミーズ、ガードル、口紅をその人の意志を感じるかのように捉え、石内都は提示して行きます。

母の遺品というには粗末な品々を写真に写し、それで捨てることが出来ると思っていたのに、なかなか思切りが付かず、未だに手元においてある。

肌身にまとう品物達は所有者の意志のひとつのカタチなので、その人がいなくなってしまえば無用の品になるのだから、深く考える必要は何もないのに、どうした訳か母のモノが捨てられない。

Shiseidokafkaフッとビデオで撮ってみようと思いたち、同じモノをビデオに収めた。それでどうなるのか今はわからないけれど、写されたモノ達は母の所有物から少しづつ離れ、歳月と共に肌着や、口紅や靴達は別の存在を示しはじめ、もう少し時間がたつと、すっかりMother's ではなくなってしまうかもしれない。人は一生のうちにどのくらい品物を所有し、消費し、遺すのだろうと、我身について考えさせられる。』by石内都 The Third Gallery Aya

続きはこちらから−Miyako Ishiuchi



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February 13, 2006

HOUSE OF SHISEIDO 『KARAKUSAの森 トード・ボーンチェ、唐草と出会う』展

Tord Boontje トード・ボーンチェ1968年(私よりお若い!) オランダ生まれのTord Boontje(トード・ボーンチェ)を、私はプロダクトデザイナーではなく、インダストリアルデザイナーとして紹介したいですね。日本でもインダストリアルデザイナーを名乗る方々が多くなってきました。インダストリアルデザイナーとは、アメリカで発生し、発展したデザイン概念「インダストリアルデザイン」から生まれました。パッケージも広告も、また生産環境のデザインも入ることになるプロダクトデザイン。

そんな幅広い産業・工業分野のデザイナー  トード・ボーンチェの代表的な唐草と、その唐草を象徴する資生堂とのコラボレーション。

トード・ボーンチェに会いに行き、資生堂の歴史を知って帰るという展覧会でした。

ガーラントハビタ、スワロフスキー、オーセンティックスからも作品を発表していますが、花や植物をモチーフに家具や照明、インテリア、チャイナ、テーブルエッセンス、ステーショナリーなど多様です。

このトード・ボーンチェデザインのランプシェード「Garland・ガーランド」は、彼の名を知らずとも知っているプロダクトのひとつ。

Habitat(ハビタ)のこのガーランドは欲しい!と購入を考えましたが、なんと自分で組み立てなきゃいけない・・・。やめです・・・。

シートからランナー部分を切り抜くところからスタートするんですよ。でも、とっても灯りが美しく、ハンドメイドが得意な方は、つくる価値があると思います。

Tord Boontjeさて、こちらが展覧会1Fでの「ガラスのブランコ」です。
シンデレラの「ガラスの靴」を思い出してしまいます。

美しい光と影。この陰影は、彼のデザインするすべてのプロダクトのエッセンスではないかと思っています。

「美しい花や木、すがすがしい空気だけでなく、森が持っている闇の部分に惹かれる」というトード・ボーンチェ。

2Fでは、アンティル・ドーンの投げかける影の演出に、初期の代表作《トランス・グラス》や、《ミッドサマー・ライト》をはじめとするランプシェードたち。そして洗いものが溜まった台所のシンクをイメージした、ユーモアたっぷりの《テーブル・ストーリーズ》のディスプレイ。

皆が、ロマンティックという言葉を使っておられるため、天邪鬼の私 FOO(ふ〜)は、ロマンティックなんかじゃない。と一言。それは常に光と闇−生と死を感じさせるこの作品群だからです。つまり刹那的で儚いリアルリストだと− by FOO

Tord Boontjeル・プチ・ジャルダン

右の画像は新作「プチ・シャルダン」です。ファイルをアップロードして投稿しましたら、こんな小さくなっちゃいました。(笑)

実際の写真はかなり大きいですよ。別なBlogでご紹介しましょ。

彼の多様なプロダクトは、あのコンランショップから購入できます。
CONRAN SHOP  http://www.conran.ne.jp/

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September 01, 2005

セルジュ・ルタンス

House_of_shiseidoセルジュ・ルタンスは、ポール・ポワレに見出されたアール・デコの寵児エルテが築いた蠱惑的な夢の世界−その個人主義的総合芸術の後継者の一人と言われています。

クリスチャン・ディオールで活躍し、1980年から20年間資生堂のイメージクリエーターをつとめたセルジュ・ルタンス。妖しく繊細で、東洋と西洋、今と昔とが混じり合う美しさ−ちょうど展示の中に山口小夜子さんの写真があり、切れ長の目と長い黒髪で、1970年代に「東洋の神秘」と呼ばれた、日本人スーパーモデルの草分け的存在を示すようです。そんな女性美をメーキャップアーティスト、調香師、イメージクリエイターとして提案し続けてきた40年間。  

 葉のレースを纏う女性  「レース Dentelle」1995

水平線
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