生きていることが辛いなら

いっそ小さく死ねばいい

恋人と親は悲しむが

三日と経てば元通り

気がつきゃみんな年取って

同じとこに行くのだから

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森山直太朗は「生きてることが辛いなら」という曲で、
このように歌っている。

また、amazarashi(バンド)は、
「暗いとこからやってきて 暗いとこへと帰って行くだけ」
と歌い、村上春樹は死について「入口と出口」と表現している。

とてもしっくりくる。

人間は「死」に抗うすべはなく、
早かれ遅かれ、最後に「死」が待っている。


小学生の時、僕はハムスターを飼っていた。
当時とてもかわいがっていた。ごはんを与えすぎて
太らせていたことを覚えている。

ある日、家に帰るとハムスターは死んでいた。
見た目はただ寝ているようにしか見えなかったが
実際にハムスターに触れた瞬間、死を悟った。
熱がなく、冷めていたから。

僕は号泣し、その日リアルな「死」を知った。

また大学生の時は、父方の父母の死を目の当たりにした。
また、東日本大震災も起こり、友人の友人がたくさん死んでいた。
このような経験の中で、「身近な人間の死」を味わった。

昔、学校で「○秒に1人が今も死んでいるんだ。だから命は尊い。」と
言われた。
ニュースは、事故で誰々が亡くなっただの誰が殺しただの報道している。
そんな死よりもリアルな死だ。

「死」は日常の影に潜み、虎視眈々と
僕らのスキを狙っていることが分かった。

数日前、電通の若い社員が自殺したことをニュースで知った。
僕と同じ年ぐらいの女性社員。

国内の広告会社の中で頂点に立つ電通。
そんな会社に入れたなら将来有望だとみんなが思うだろう。
でも、女性は電通という会社を内包した”社会”に殺された。

もしこの女性のように会社に追い込まれている友人がいれば、
なんとしてでも自殺を引きとめたい。
僕が家族や友人に救われたように。

辛いなら会社を辞めれば良い。
別に数か月で辞めても良い。
悩んでいるなら、信頼できる人に相談してほしい。
どうか、抱え込まないでほしい。
壊れてしまったら取り返しがつかなくなるから。
自分のことは自分が一番知ってるはずだから
どうか、自分を大切にしてほしい。

最終的に死ぬことは決まっていても、
どうか悔いのない死を迎えてほしい。