恋愛

2005年08月25日

拒食症患者とダイエッター



恋人Sが最近、ダイエットを始めとる。
決してハンパなものではない。
某大学病院の肥満外来に通っているのだ。

彼はもう何度もダイエットをしているので、理論的なことは一応知っている。
さらに医師・栄養士・健康運動指導士の指導を受けて、忠実にやっているのだから、こりゃ間違いなく体重が減る。
すでに10Kg/2ヶ月 くらい落としたんじゃないだろうか。
詳しい数字は聞いていない。

「今日はあれとこれを食べた」
しばしばSは私に報告する。
私はといえば、激励したいのはやまやまなのだが、拒食症なせいか、タベモノの話が時々気持ち悪くなるのだ。
つまり、困った組み合わせの二人なのである…。

片方は食べないようにしている人間、片方は食べなければならない人間。
そんな人間たちが、一緒にゴハンを食べに行くとどうなるか。

ビール一杯は、必ず、必ず、向こうの席に置かれる。
ハーフサイズのラーメンは、必ず、こっちの席に置かれる。
追加を頼むと、たいてい向こうの席に置かれる。
あまりの体格の違いに、
「あれ?おかしいな…記憶違いか…?」
とばかりに、手を迷わせる店員。

私は「食べたい」と思ったときに食べる必要があるので、今までは食事時間はSが合わせてくれていたが、これからはそうもいくまい。
Sが食事節制しているのを前に、自分はカロリー高めの料理をパクつくのも気が引ける。
そして、Sはタベモノを残すのが嫌いなので、今までは私が食べ切れなかった料理を片付けてくれていたのだが、これから彼はその嫌いなことをしなければならない。
私にもSにも、負担がかかるという具合である。

しかし、折角Sが始めたことだし、私もそれを応援したいと思っているので、ここは両者が譲らなければならないところだろう。

そんなSが、今、もっぱら読んでいるのが、あちこちのダイエットブログである。
ターゲットは、正攻法のダイエットをしていて、体重を明らかにしている人のブログ。
マイクロダイエットなんぞに頼っていては、リバウンド必至というのが彼の自論である。
なので、マイクロダイエット派のブログは、参考にも励みにもならないといったところだろう。

一方、私の愛読ブログの一つは、『逆ダイエットブログ』。
病気で体重が減ってしまわれた方が、頑張って体重増加に努めていらっしゃる内容のブログである。
とことん、真逆をいっている、この人間たちの運命やいかに。


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2005年08月16日

筋ジスだった恋人(落日)



※これは3部作になっています。
第1部 : 筋ジスだった恋人(黎明)
第2部 : 筋ジスだった恋人(昼下)



その後、Dは2回肺炎を起こし、入院生活をした。
その影響もあったのか、退院後、彼の人工呼吸器の使用頻度が上がった。
彼自身が多くを語ろうとしない分、余計に彼の動揺が見てとれた。

Dの夢は、エスカレートする一方だった。
私が、彼の住む香川県に行くという話から、住むという話へ。
私は冗談ぽく、でも住む場所はどうするの?などと笑って答えた。

「うちの家の一階…、一つ部屋が空いてるから」

しかし、まったく赤の他人が、知らない人の家に住み続けるわけにはいくまい。
彼の語りには、夢の部分が多すぎた。

「結婚して子どもが欲しい」
彼からその言葉が出た時、私の心はさすがに動揺で凍りついた。
彼は、現実を語っているのではないのだ。
Dにとって私は、恋人ではなく、たった今ここにある寂しさを埋める対象なのだ。
そして、それはもしかしたら、人の意見に揺れる私自身についても同じなのかも知れない。

そのことに気付いてから、私の頭は、どうするんだ、これから…とぐるぐる回り始めた。
これは、私の病気にとってまったく良くないことだった。

理学療法士の先輩Tさんは言った、
「あなたにも彼同様、あなたを治そうと必死の人たちが周りにいるわけでしょ?」
「別れなさい。あなたと彼は、いずれ別々の道を歩むことになるんだから」

私の心は、完全にズタズタになった。
Dは私のそんな心境をちっとも知ろうとしなかった。
いや、知りたくなかったのかも知れない。

結局、私は、先輩Tさんの強い説得力に背中を押される形になった。
私がそれを告げた時、彼は駄々っ子のようにごねにごねた。

「なんで?僕らが上手くいかないなんて、誰が決めたの?」
「人はいつかは誰でも死ぬよ、なんで僕だけ?」

彼は泣いていた、心の叫びだった。
私は、彼を深く傷つけてしまったことに、また自らをも傷つけてしまった。

◇◇◇
その後、何度か、彼からチャットで連絡があった。
彼は、心臓の調子が良くないと言っていた。
以前は、半年に一回くらいだった心臓発作が、この頃は、毎晩のように起こるという。

「もうダメかも」

今までにない言葉だった。
しかし、その直後に、彼はそれを冗談で打ち消した。
私は、彼の底知れぬ孤独感・寂寥感を感じた。
だが、同じことを繰り返すわけにはいかない私には、どうすることも出来なかった。

いつの日か連絡が途絶え、私はその後の彼を見失った。

病気でまったく逆の生き方をしなければならなかった私たち。
そんな孤独な二人が、たまたま出会い、寄り添いあって、叶わぬ夢語りをしていた姿が、思い出すたびとっても哀しい。(了)

<追記> 続きを読む
lifelovepain at 10:21|この記事のURLComments(10)

2005年08月15日

筋ジスだった恋人(昼下)




これまでの話 : 筋ジスだった恋人(黎明)


大阪にやってきたDとご両親に、高級ホテルで対面した。
Dは、気管切開した首を隠すためのスカーフをしていたが、これがなかなかお洒落なのであった。
ご両親は、とても「立派な人たち」だった。

Dのお父さんは、獣医師だった。
お母さんは、見るからに精神病患者の私を、暖かく迎え入れてくれ、
「これ、よかったらいかが?」
などと言いながら、ホテルの備品――素敵なアロマセットを下さるようなお茶目な方なのだった。

彼らは、私たちのために気を利かせて、
「私たちは下の喫茶店にいますから…、なにかあったらこの携帯電話に連絡を」
と携帯電話を私に預け、すみやかに部屋を出て行った。

いきなりDと二人きりにされて、私はびっくりしてしまったが、彼は予想済みといった感じだった。
Dは声が出せないので、二人並んでパソコンで会話した。
しかし、いつもと違うのは、お互いが触れ合っているということだった。

私たちは目でも会話し、笑いあった。
――こんなふうに、きっとこれからも付き合っていけるよ。
一緒にいろんなところへ行こう。

◇◇◇
だが、「親に電話して」と先に言ったのはDだった。
家族にしか許されない医療行為を行う必要が出来たのである。

私はドアの外で待った。
家族にしか許されない…、私は厚い壁を感じた。

医療行為を終えたあと、ご両親と4人で喫茶店でお話をする。
「仲良くしてあげてくださいね」
ご両親の切実な願いを感じた。

私は、Dと相反する病気を持つ自分と、自らの主治医の大反対をプレッシャーに、一体どうしたらいいのかわからなくなってきた。

その後、Dは容態が変化していくことになる。

(続く。)

lifelovepain at 10:00|この記事のURL

2005年08月14日

筋ジスだった恋人(黎明)



進行性筋ジストロフィーという病気をご存知だろうか。
全身の筋肉が萎縮していく文字通り進行性の病だ。

その病気を持っていた彼・Dとは、チャットで知り合った。
彼はいつも、とても寂しがっていた。

私は当時、鬱病で入院中だったので、一日中暇だった。
だから、彼の生活時間に合わせて、ケータイでよくやり取りをした。
(PCは途中で取り上げられてしまったのだ…。)

医師は、私と彼とのそうした付き合いに、断固反対していた。
ネット上での架空恋愛であること、そして相手が進行性の病気であること。
今のあなたに、この大きな荷物は絶対背負えませんよ、と言われた。

また、理学療法士の先輩Tさんからも、やめといた方がいいよ〜とアドバイスされた。
Dには人工呼吸器が入っていて、親指がわずかに動く程度、家族の方々も今必死で手を尽くしているところだから、波風を立てるようなことは感心しないな、と彼は言い切った。

しかし、二人の間では、
「これを架空にはしない、現実にしよう」
という話になっていて、私が退院すれば、彼の住む香川県へ私が行くことになっていた。

……だが、悲しいかな、私は当時、自分がどれ程ひどい鬱病患者であるか、自覚していなかったのである。
後から聞いた話では、当時の私は、歩くのもトボトボヨロヨロ、目はうつろで、見るからに精神病患者、とてもじゃないが一人にしておけない感じだったという。

◇◇◇
時期が来て退院すると、バラ色の生活が待っていた。
Dとは、毎日、時間の許す限り、ずーーっとライブチャットでしゃべり続けた。
彼は音楽に驚くほど詳しく、どんなジャンルも聴いていた。
私は彼からいろんなことを教えてもらった。
そもそも二人は、音楽的趣味が似ていたのである。

…が…、Dがどんどん香川行きの話を進めるうち、私の心は次第に重くなってきた。

Dは、「頑張って生きよう」としなければならない病気で、事実そうして努めて明るく生きていた。
私は、「頑張ってはいけない」病気で、彼の「一緒に頑張ろう」という言葉に、なぜか心は暗く沈んでいくのであった。

私は、二人の間に、なにか決定的な問題があるような気がした。
まるで、正反対の方向を目指して生きているかのような。
もちろん、そんなことはDには話さなかった。

そんな折、Dは彼の両親と一緒に、私の住む大阪へ遊びに来ることになったのである。

(続く。)

lifelovepain at 12:36|この記事のURLComments(10)

2005年06月12日

忘れられないあの人



不思議な話である。
私には、今でも夢に出てくる過去の男性が二人いるが、うち一人は全く恋人関係になかった人である。

その人の名前はもう覚えていない。Tと呼ばれていた。
私に初めて「告白してきた」人である。

Tの素行は無茶苦茶であった。
高校時代だったが、やんちゃな連中の集まるラグビー部に所属し、その中でもひときわ身体がでかく、無謀ぶりが噂される人物であった。
オカタイ陸上部でマジメに練習する私にとって、どうにも受け付けないタイプだった。

なので、初めて電話で映画に誘われた時は、まず「あなたは誰?」という感じで、全く相手にしなかった。
今考えると、いきなり電話をしてくるあたり、Tもそんなに恋愛術に長けていなかったとみえる。
おそらく、やんちゃだが、女性関係に関してはオクテだったのだろう。

次に、校舎の出口で、面と向かって告白された時には、私はびっくりして、とにかく「逃げよう!」と思い、ごにょごにょ言い訳してその通りにした。
なにか、トンデモナイ災難に遭ったような気分であった。
私も、彼に負けず劣らずのオクテだったのである。

2年生になると、不運?にも、二人は同じクラスになってしまった。
しかしTは一部の女子生徒からそれなりにモテていたようだし、相変わらずの粗暴ぶりに変わりはないので、私は「もう縁が切れたな」と思って安心していた。

すると、二回目の告白があったのである…。
練習後のグラウンドの側に呼び出されて、「やっぱりダメ?」みたいな感じであった。

私は「やっぱりダメ」みたいに答えて、その時もアタアタと逃げた。
当たり前ではないだろうか。
一回目から二回目にかけて、何らかのアプローチをしなければ、返事に変わりがある筈がないではないか。

「あー、コワカッタ」の思いもつかの間、なんと3年生でもまた同じクラスになってしまった。
うげっと思ったが、うちの高校は1学期が終われば、あとはそれぞれ受験勉強に入るので(つまりあまり学校に来なくなる〜)、それほど気にしなかった。
それに私は当時、異常にモテていて(自慢)、一人や二人、気にしていたらキリがなかったのである。

最後の体育祭が終わってまもなく、クラスで飲み会をやった。
私は、ちょっとばかり酔って、いい気分になっていた。
すると、誰かが「T、○○さん(私)と写真撮れば」と言い出した。
周りがはやしたてるので、まいっかという気持ちで、私は彼と二人の写真を撮った。

それが悪かったんだろうか、Tは3回目の告白を、後日してきた。
この時ばかりは、私も「ごめんよぅ」という気持ちで断った。
まさか、そんなに長く気持ちを引きずる人がいるとは思ってもみなかったのである。
人の恋心を汲み取れない私は、とんでもないおバカさんであった。

――卒業して、大人になってから、偶然、彼の写真を見つける。
文化祭で、何気なく撮った写真の後ろにもTが写っているものがある。
そして、「あれ?Tって、こんなにいい男だったっけか?」とふと思う。

私は、当時知らなかったのだ、彼のよさを。朴訥な男の魅力を。
子どもだったがゆえ、泥だらけのラグビー服と、でかい身体が怖かったのだ。
それを見抜いていた女子生徒たちの一人になれなかった私。
何もわからない未熟な少女を追いかけていたTの青い心と、後になって気付いた私の愚かさ。
すべてが、切ない青春の一コマってやつである。

だが、今、Tが夢に出てくるのは、決して彼に未練があるからではない。
おそらく彼の姿が私の中で、夕焼けのグラウンドや、一緒に過ごした仲間たちとセットになっているのだと思う。
私は、失ってしまった青春を、まだ追っているのだ。

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lifelovepain at 11:21|この記事のURLComments(29)TrackBack(0)

2005年03月22日

ふ〜じこちゃんがいない

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…フィギュアが勝手に増えていくのだ…。
私のマンションの飾り棚の上で。
 
ある日ふと見たら、常夏の島が新たに加わっていた。
その横で、前からいるフラダンサー3人娘が踊っている。
ミニカーなんて何台あることか。
ルパン三世はワルサーP38を構えているが、肝心のふ〜じこちゃ〜んがいない。
 
「ふじこ、持って来てよ」
私は恋人Sに言った。
そう、これらはすべてSのいたずらなのだ。
ジュースを買った時についてくるオマケを、こっそり私の部屋に並べておくのである。
「ふじこはもう終わった」
「え〜〜!!」
ふ〜じこちゃ〜んがいないルパン三世なんて…、
ボンドガールのいない007みたいなものじゃないか。
 
「知らん間に増えてたら面白いやろ?」
そりゃ面白いけど…この統一性のなさ…、
第一、私の部屋のインテリアはどうなるのだ?
 
Sは今、ヤフーオークションに手を染めている。
「フィギュアも全部揃ってたら、結構高値で売れるねんで」
Sの目がキラーンと輝いたような気がした。
私の部屋が一時倉庫になるのだろうか。
…恐ろしい、実に恐ろしいことなのである。
 
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2005年03月13日

風呂場でわしも考えた。

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恋人Sと一緒に風呂に入ると、アルキメデスの法則を思い出さずにはいられない。
つまり、彼は100kgの巨漢であり、風呂から上がると、一気に水位が下降するのだ。
 
「このさー、浴槽の一番上から今の水位の距離×浴槽の幅×浴槽の長さが、Sの体の体積ってわけだよね」
「……(体を洗いながらにっこり)」
「別に体積を知ったところで、ダイエットの役には立たないんだけどさー」
「…体脂肪率の測定に、人を水槽に沈めるのがあるよね」
Sは結構ダイエット関係には詳しい。
「あー、あれ、どれだけ息を止めていられるかによって、測定誤差が出るのよねえ。本当の数値を知りたければ、解剖するしかないよ」
 
およそ色気のない会話である。しかも私はなぜ、こんなに人が嫌がるようなことを言ってのけるのか。Sの寛大さに脱帽である。
 
因みに、愛知大だったか愛知医大だったかで、現役時代の小錦をこの方法で体脂肪測定したところ、まったくの正常値だったそうな。脂肪もあるかわりに、筋肉もあったんですな。さもなくば、現役プロスポーツマンを名乗る資格はない。プロ野球選手もプロゴルファーも、しばしば「こいつ…、こんなに太っててプロとして許されるのか?」みたいな人がいるけれど、多分体脂肪率を測ったら正常値なんだろう(希望的観測)。
 
サテ、私はといえば、今体重が38kgで、風呂から出ようが入ろうが、あまり感慨はない。
浴槽に満ち満ちたお湯に「ざっぱーーーん!」と浸かり、どうどうと熱い湯を溢れかえさせ、「あ〜、ええ風呂や!!」というのをやってみたいものである。
 
 
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