働きながらの育児。それだけでも何か大変なことのように思われる今、妻、母、社長業をこなす女性企業家が元気です!

misawa-san今回は、医療と介護の現場でPRをサポートする会社「株式会社ハッピーキャスト」の社長、三澤万里子さんにお話をうかがいました。仕事と育児、それぞれ別物として両立させるのではなく、二つのことが人生の中で調和するよう、周囲の協力を得やすい環境を作ったり、決意をすぐに行動で示したりすることが大事なのだと実感させられるインタビューとなりました。

※後半では、ワークライフバランスを保ちやすい仕事として注目を浴びている医療事務について教えていただきます。


前編 「妻、母、そして社長業が調和する、その秘訣とは?」

――三澤さんはお子さまを出産されてから起業をされていますが、子育てをしながらキャリアアップ、しかも社長業に挑戦するというのは想像するに大変だと思うのですが、迷いなどは無かったのでしょうか?

私の父はエクステリアの会社を経営、また弟も服飾のセレクトショップを経営していたので、「経営」は私にとってとても身近なことで、小さいころから「いつかは起業する」という想いもあり、子どもがいるから、社長業だから、という迷いはありませんでした。

また、阪神淡路大震災で被災した体験から、「精いっぱい仕事をして社会に貢献したい、いつまでも輝きつづけたい」と強く思ったというのがあります。震災は、結婚をして夫の転勤を機に神戸へ移り住んですぐの出来事でしたが、人の生死について考え、人間には寿命があることを実感させられる重要な体験だったと思っています。生き延びた1人として、精いっぱい仕事をし、社会に貢献し、いつまでも輝き続けるためには、子育ても仕事も、私にとって二者択一ではなく、どちらも必要です。


――震災後、東京に戻られて再就職、そして第二子を妊娠・出産されるなど、環境が変わっても、育児も仕事も精力的に行われていらっしゃいます。医療関係のお仕事をしようと思ったのは、2人目のお子さまをご出産のときだったそうですね。

震災後は、大阪の大手通信会社で法人営業の仕事に就いた後、第一子を出産。東京に戻り娘が2歳になったのを機に信託銀行に再就職し、リテール営業に従事しました。この頃は、育児と仕事を両立するために毎日必死でしたので2人目は考えていなかったのですが、6年後に第二子を授かりました。娘が「妹がほしい、妹がほしい」といつも言っていたので、その願いがかなったのかもしれませんね。

医療関連の仕事をしようと思ったのは、まさに第二子出産のとき。2人目ということもあり周りを見る余裕があったので、助産師さんや看護師さんの献身的な仕事ぶりに感動して、「残りの人生を、医療を通して人の命にかかわる仕事をしたい」と強く思ったのがきっかけです。そして、家族の協力もあり、出産後4ヶ月で医療系人材会社に転職しました。


――ご家族の協力というのは具体的にどのようなものなのでしょうか。

“モチベーション”を維持するための精神的な支え(協力)と、“時間”という物理的な協力の2つに大きく分けられます。

私の場合になりますけれども、1.私がやりたいことへの理解をしてもらう(就職活動開始の理由・その目的やゴール等)、2.家事の具体的分担・役割を決める(炊事・洗濯・清掃・買い物・ゴミ出し)、3.育児の具体的分担・役割を決める(保育園の送迎・病気時や病後時の対応)、という形で、家族に協力をしてもらっています。

会社を作ってからもですが、どうしても外せない大事な仕事が入った日に子どもが熱を出して・・・というような状況では、夫、母はもちろん、民間や公的なベビーシッターさんの力を借りて乗り切りました。


――ご主人のご協力はその中でもやはり大きいものだと思いますが、夫婦間でコミュニケーションを円滑にするために工夫されていることなどありましたらお聞かせください。

大学時代からの長い付き合いですし、お互いの生き方を理解した上で、付き合い・結婚をしているので、よく理解してくれていると思います。具体的に言うと、夫には毎朝の保育園への送りと週1回のお迎えや、土・日の家事(買い物・料理・トイレ掃除)などをお願いしていました。

メールや電話も含め、コミュニケーションは、よくとるようにしています。とにかく、自分の思い・考えを含め、伝える→話す→話し合うが重要ですね。これをしないと、双方の温度差が広がり、後で修復に時間がかかります。自分がこう思っているから、相手も同じように思っているだろう・・・というのは大きな間違い。夫婦は最も近い他人、という心構えが前提にあれば、夫婦間のコミュニケーションは大丈夫だと思いますよ。


――そのようなご協力を得られ、医療系人材会社に転職され、いよいよ、起業をされるわけですね。

医療系人材会社では、医療機関に就職したい人と、人材が欲しい医療機関の橋渡しの仕事をしていたのですが、せっかくの良い病院でも十分にその魅力をアピールできていないと感じたのです。そして、医療機関のPR支援を通して出産のときの恩返しをしたいと強く思うようになりました。

ちょうどその頃、医療業界での広告規制が緩和され、医療機関自身のPRについての意識が少しあがってきたという状況だったんです。そのような時代の風もあり、下の子が3歳になったことをきっかけに、女性起業塾に入塾し、独立しました。

――2人目のお子さまが3歳になるまで待たれたというのは何か理由があるのでしょうか。

自分の決意と時代の風というタイミング、そして下の子の年齢といういろいろな要素から判断して、3歳になったときがちょうど良かった、と言ったほうが正しいかもしれません。ただ、やはり、起業となると新しいことに挑戦する日々ですから、家族への負荷を考えると、子どもがある程度成長した3歳を過ぎてから独立・起業する方が、育児や家庭との両立における自身のキャパシティや、周囲からの理解を考えると望ましいと思いました。


――三澤様のお話をうかがっていると、育児と仕事が両立しているというよりも、どちらが無くても成り立たない、つまり「調和した関係」にあるように感じます。自分でスケジュールや働き方を決められる経営という立場のほうが、ワークライフバランスを追求しやすいのでしょうか。実際のところいかがですか?

確かに、決められた就業時間への通勤が無く、子供の病気時はスケジュールを柔軟に対応できるなど、周囲への迷惑が最少限で済む点は、会社員時代と大きく違います。ですが、一方で、自己管理力がとても必要となります。

会社を作った3年前は、まだ子どもたちは3歳と9歳でした。自分が初めて出産をした12年前と現在を比較してみても、仕事と育児を両立させてワークライフバランスを実行しながら働くという環境は、ほとんど進歩していないように思います。今すぐに自分の置かれている環境を思うように変えようと思っても、非常に時間がかかるんですよね。

だけど、自分が動くことはできます。起業という方法もその一つ。自分が働きやすい会社を作るということが、その人にとってワークライフバランスを形にできる方法かもしれません。また、業種を変えたりすることもそうです。ワークライフバランスを保ちやすいということもあり、例えば医療事務という仕事は、転職先として多くの方に選ばれていますよ。


後半に続く >>>



misawa-san02■三澤 万里子さんプロフィール

株式会社ハッピーキャスト代表取締役。医療PRコンサルタント。医療コンシェルジュ。

成城大学卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)にて法人・リテールのコンサルティング営業に従事。出産時に助産師・看護師さんの温かい支援に感銘を受け、医療系人材紹介ビジネスを経験する。多くの医療関係者との出会いを通じて、病院が直面している様々な問題を知り、医療機関専門のPR支援会社を設立。多数の病院・介護施設のPR支援を積極的に行っている。

また、医療従事者が経営やマネジメントについて学ぶ『新・看護管理者マネジメント塾』事務局の運営や無料情報誌「ハッピーキャストPR通信」の定期発行、本の監修や対談など、医療従事者と生活者とのコーディネーターとして多くの医療機関から支持を得ている。

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著者:三澤万里子
販売元:西東社
発売日:2010-04-01
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