1-08.自分を鍛えるために仕事をせよ / 第1章.就活前に考える
 

では、どう目的を設定すべきなのか? それは、おじさんがとやかく言うことではないのだが、採用・人事・社員教育の仕事に携わって三十年の経験からくる私見として申し上げると、「食うことを前提とした自己研鑽」と位置付けるのがよいようだ。つまり「自分を高め、鍛えるために仕事をする」と考えることだ。

但し、食うことは常に前提としておかねばならない。重要なのは「前提」と「目的」をはっきりと区別しておくことである。
       
冷静に考えてみよう。事業縮小・店舗撤退・事業売却・会社売却・貸し渋りに貸しはがし・ベア〇・残業カット・賞与カット・減給・リストラ・終身雇用制崩壊・年金制度崩壊・退職金制廃止論(※2004年当時の暗い話題の数々)・・・加えて、沖縄の基地問題と日米安保衰弱化不安・日中及び日韓関係の緊張・シーレーンにおける緊張と原油高騰・中東に端を発した過激テロと原油高騰・中国やアフリカに端を発するパンでミックの脅威・直面する少子高齢化による深刻な労働力不足と地方経済の崩壊と外国人労働者の過剰流入不安・激甚災害の多発・異常犯罪の多発・・・ おいおい、出てくる出てくる。まさに世情不安用語は雨後のタケノコ状態。

そして事実、破産する企業は後を絶たない。さらに日本という国自体も倒産寸前と言われても仕方がない状況だ。
       
目を覚ませ! 若者諸君。君たちを守ってくれるものは何もない。君たちが「オギャー」と生まれてこのかた、そして、この先一生、苦しいときも、悲しいときも、嬉しいときも、楽しいときも、片時も君のそばから離れることなく、ずっと責任を持ってそばにいてくれるのは、君自身をおいて他にはいないのである。当たり前だ。

つまり、確実に自分を救えるのは自分自身しかいないということだ。自分自身を鍛えておかなくては、いつどこで、どうなるとも知れない混沌としたこの時代、とてもじゃないが胸を張って生きてはいけない。君の幸せは、君自身に委ねられているのだ。
 
自らの幸せを他者に依存するのは、生きることの放棄であり、甘えであり、あらゆる紛争の根源となる。どんなに君のご両親が優しく、面倒見のいい善良な人々であろうとも、どんなに君の恋人が君のことを愛してくれていようとも、それらの人々がいついかなる場合も一緒にいてくれ、且つなんとかしてくれるなんてことは物理的に不可能だ。

万一、それらの人々と離れ離れになったとしたら、いわんや、自分より先に黄泉路に旅立ってしまったなら、君は君の幸せを放棄しなければならなくなる。それは、人生を放棄することに等しい。
      
働くとは、生きることを前提とした自己研鑽である。仕事を通して自分を磨け。自分を鍛えるために仕事をせよ。そのことで金が稼げるのならラッキーじゃないか。

就職とはそのための門を叩くことなのである。自分を鍛えるステージを探せ。おじさんたちは、先に修業をはじめながら、君たちが道場の門を叩くのを待っている。



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