4-17.よい上司の定義[慣れに埋没せず活用 編] / 第4章.就活から就労へ
※4-16.よい上司の定義[真に美しきもの 編]からの続き


真に美しきものの表現者となり、支援を集め、当初一人の力では成し遂げられなかったことを部分的にせよ為し得た新入社員。彼は周囲の人々への感謝を忘れない。「ヒー・ヒー」の状態であったからこそ、周囲の人々が差し伸べてくれた手が、その優しさが身にしみていたのだ。当然、以来、彼の諸先輩に向けられた態度は神妙且つ気遣い溢れるものになっていった。然るに益々可愛がられた。

そして、為し得たその時を見逃さず、褒め、我がことのように感激且つ更に厳しく仕事を要求してきた上司により、彼は輪をかけて一心不乱にそのチャレンジ業務に専従することとなった。結果、一つ、また一つと成功体験を積み上げ、都度普段は厳しい上司に大いに褒められ、感激され、あれよあれよという間に一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎ、三ヶ月目に差し掛かる。その頃には、すでにチャレンジ業務の大半を一人で完結させることができるようになっていた。

人間は慣習の動物である。どんなに難しいことでも、一度できてしまえば、あとはそれを繰り返すことによって慣れてしまう。慣れとはエネルギーの省力化である。あることがらを行うのに百のエネルギーを要していたのが八十の力、六十の力でできるようになっていく・・・それが慣れである。慣れると成果が同じでも要するエネルギーが少なくて済むので余力が生じる。いわゆる余裕が出てくるというやつだ。すると、諸先輩から彼への支援うち、一つまた一つとそれが必要なくなってくる。余裕が出てきたにも関わらず、そのまま手伝ってもらい続けるようでは怠慢極まりないが、しかし、彼は既に諸先輩に対して感謝と尊敬、恩義を感じている。そんな怠惰なことはしない。「先輩。今までありがとうございました。この部分はもう一人で片付けられます」。感謝と礼節を以て順を追って一つずつ支援止めを要請していく。先輩諸氏も彼の成長を認めつつ、喜びと感慨のうちに支援を終了していく。そして、ある日のこと、気がつくともう誰の支援も必要としなくなっていることに気がつく。いつの間にか、彼は成長していたのである。彼はそのチャレンジ業務を当たり前のように一人で遂行していたのだ。新入社員はついに独り立ちしたのである。この時、初めてその業務における彼の成長が確定したこととなる。

人間、慣れに埋没してしまうと、それが業務であれば、慣れ→怠惰→惰性→ミス→事故 とあっという間に転落を辿るものである。もちろん、これはプライベートにおいても同様である。しかし、だからと言って勘違いしてはいけない。決して「慣れ」そのものが「悪」ではない。慣れとはすなわち効率化でもある。効率化が「悪」であるわけがない。従って、こう考えるべきだ。「慣れに埋没してはいけないが、慣れを活用すべきである」と。慣れは成長のプロセスに欠くことのできないファクターである。これに埋没するリスクに注意を怠らず、しかし、うまく活用すべきである。

物語りの新入社員の場合、先ず業務の一部分が「どうにかこうにかなんとかできた」→繰り返した→慣れた→「あたりまえのようにできるようになった」。その業務の他の部分が「どうにかこうにかなんとかできた」→繰り返した→慣れた→「あたりまえのようにできるようになった」。また他の部分が「どうにかこうにか・・・」~を繰り返したわけだ。しかも、そもそも与えられたタスクはでかい。取り組んだ業務そのものが大いなるチャレンジ業務である。部分の一つひとつが「あたりまえのようにできるようになった」としても、それはあくまでも部分的なことであって、都度、「まだまだ山は高い」と気が引き締まる思い。つまり、慣れに埋没して安心、慢心している場合ではなかったのである。こうして厳しい上司によってディレクションされながら、彼は慣れに埋没することなく、慣れを活用して着々と力をつけていったのである。そして、気がつくと、そのチャレンジ業務そのものを一人で当たり前のようにできるようになっていたのである。

既述の「厳しさ五則」の中でも、とりわけ「見逃さない」ことは重要であると述べた。厳しい上司は、厳しいが故に見逃さないものだ。物語りの上司は、先ず新入社員の潜在能力を見逃さなかった。そして、動機づけて大いなるチャレンジ業務に取り組ませるに当たって、もろもろの反応や言動傾向を見逃さなかった。同時に、それらに的確に対応した。また、新入社員がその業務の一部を「どうにかこうにかなんとかできた」その時を見逃さなかった。すかさず大いに褒め、我がことのように喜び、次なるステージへと新入社員を誘った。その後も、一息ついて楽をさせるような方向へは逃がさなかった。まだまだたどたどしい業務遂行であったにも関わらず、これに専従させ且つ歴代新入社員№1という高いハードルを課して、更なる「ヒー・ヒー」状態へと誘った。しかし、「ヒー・ヒー」である間は、支援が集まり続ける。支援を受けながら達成を繰り返していけば周囲との絆はどんどんと強くなっていく。そういう重要なプロセスを経験するタイミングも、その個別具体的なシナリオも見逃さなかった。そして、「できる」度に見逃さずに褒め、我がことのように喜びながら「できた」と「慣れた」を繰り返させた。そんな紆余曲折を経る中で、新入社員のチャレンジ業務の遂行には色々な観点で余裕が生まれ始め、その余裕が、先輩諸氏からの支援を呑み込んでそれを自らの遂行へと変換させ、遂にはチャレンジ業務全てを一人で完結できるようにさせたのである。


重要な点は、部下を「慣れ」に埋没させなかったことだ。細心の注意と観察、判断、決断によって終始「慣れ」を活用しきったのだ。もし新入社員が「どうにかこうにかなんとかできた」段階で、それを良しとしてこれを延々と繰り返させていたなら、新入社員にしてみれば楽だが、しかし間違いなく新入社員は「慣れ」に埋没、堕落していただろう。若いうちの堕落、怠け癖はその後の人生に大きな悪影響を及ぼす。厳しい上司なら、そういう負のシナリオの忍び寄りも見逃さず、これを排除しなければいけない。当然、部下からは一時的に「やっかいな上司だな」といぶかしく思われもしようが、部下に対しての大きな愛があれば、そういった一時的なマイナス感情に支配されることもない。


結果、物語りの新入社員は歴代最速で、その業務における独り立ちを果たしたのであった。そのことが、彼の後のビジネスマン人生を目覚ましく進化させる大きな原動力となったことは言うまでもない。


さて、その新入社員には同性同期の仲間がいた。その仲間は隣の部署で彼の過酷な毎日と、あっという間に差をつけられてしまった現実を目の当たりにしていた。一見して優しい上司についた同期の仲間であったが・・・



「4-18.よい上司の定義[優しい上司についた同期 編]」へ続く


 
 ブログランキング・にほんブログ村へ   yubitate-sugasan BlogRanking 2


▲                        ▲     

「日本ブログ村」と「人気ブログランキング」に参加しています。個別の記事に対してそれぞれ1日1回クリックして頂

けるとうれしいです 。クリック頂くと記事のランキングが上がり、より多くの皆様にお読み頂くチャンスが広がります