ningentenanda-sugasan 2さて話は変わる。昨今の日本人の精神年齢は、昔のそれと比べてかなり若年齢化してきていると言われるが、しかし流石に30歳を手前にして、君たちは人間としても一人前の筈。そこで職業人、組織人としてかくあるべしと考える傍ら、同時に人間とはいかにあるべきかについても思索してみて欲しい。それも君たちが次のステップに進む準備の一つだ。

人間とはいったいなんだろうか。ここに一つの答えを紹介しよう。

「人間」を普通の単語として読むと「ニンゲン」となる。この場合は生き物としての人間個人を指す。しかし全く同じ漢字二文字を異なる読み方で読むと「ジンカン」となる。この場合は世の中、そう社会全体を指すことになる。同じ漢字の組み合わせなのに読み方が変わると一個人であったり、社会全体であったりする。これはおもしろい。つまり、ことほど左様に人間とは社会的な生き物であり、個人と社会全体とは切っても切り離せないものであるということだ。

最近では人間個人を過度に尊重する傾向があるが、そのせいで「私の自由だ」「俺の勝手だ」と宣い他者、周囲はお構いなしという輩が増殖中だ。これは「ニンゲン」と「ジンカン」の乖離だ。本来の人類のあり方ではない。だからこういう人がいると、理由もなく寒々しい心持になる。「ニンゲン」と「ジンカン」がこのまま乖離を進めて行けば、近い将来犯罪発生率はどんどんと高まり、一方で検挙率はどんどんと下がっていくだろう。もうすでにそういう兆候がある。「ニンゲン」が「ジンカン」に対してお構いなしの傍若無人の振る舞いをするならば、「ジンカン」は荒れるのだ。荒れた「ジンカン」の中で生まれ育つ次代を担う「ニンゲン」は、もちろん乗じて利己主義となり、更なる掛け算で「ジンカン」は倍々と大きく荒れていくのだ。これではいけない。



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