[「仕事を通じて成長する意味」第5号記事 ]


seityousinakya-sugasan
直前記事まで「人間として生きる本質的な意味」を訴えてまいりましたが、更に畳みかけるように理解、得心頂きたいことがあります。

皆さんが仕事を進めるうえで能率を上げたり、効率を高めたり、生産性を向上させたりするだけでは不足なワケ、そしてそれらのために業務知識をつけ、業界展望の見識を高め、来るべきポジションに備えてマネジメントノウハウを知り、その基礎能力を高める・・・それでもまだ不足なワケについて示唆する考え方です。

先ずはおさらいからアンチテーゼ。

紆余曲折しながらも、個人と全体が表裏一体となって、前代より受け継いだ何某かをより良くして次代へと受け渡す。それを連綿と繰り返していくことで進化、発展、繁栄をし続けていく。それが人間として生きることの本質的な意味である。なるほど、そこに異論はない。

そして、そのためには、受け継いだ者たちが少なくとも受け継いだ前代よりも、そして受け継いでいる瞬間、瞬間である今よりも、更により良く成長し続けていかなくてはならないことについても然り。納得。

しかし、だからといって一足飛びに「仕事を通じて成長せよ」と結論するのはちょっと乱暴ではないのか。人生、仕事ばかりではない。プライベートの時間だってある。とりわけ ライフ・ワーク・バランス が声高に叫ばれている今日においては、益々プライベートの活動、私人としての人生が注目される。例えば結婚し、子供を産み、育てること、幸せな家庭を築くことなども重要で、そうした活動からも人間としての成長が大きく期待できるはず。仕事では生産性が強く求められるので、正邪の判断をベースとしながらも、局面ごとでは効率面をより重視する傾向があり、それはそれでうまく折り合いをつけていかなくてはならないのだから、一概に仕事面でばかり成長を期待するのはバランスに欠けるだろう。いかがか。

そう反論して来られる御仁もいらっしゃるのでは。

そうした反論に対する回答にもなります。ご賢察ください。




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