[「仕事を通じて成長する意味」第6号記事 ]


seityousinakya-sugasan
私たちの日常では、覚醒状態で過ごす時間の実に8割以上が仕事そのものか仕事関連の時間となります。小生に言わせれば9割以上と主張するところでありますが、極論でしょうか。そうした計算がどのようにしてできてきたのか検証してみましょう。

日常を連想してください。

なぜ眠い目をこすって朝早くに起床しなければならないのか。それは仕事に行くため。

なぜボーッとまどろんでいたいのに洗顔し、歯磨きをするのか。仕事に行くため。

なぜ頭を悩ませ心配事を加速させるような文章が躍る新聞に朝っぱらから目を通さなければならないのか。今日の仕事に備えるため。今日の仕事環境は昨日の仕事環境から更なる変化を遂げているから環境の変化を捉えておかねばならないから。

なぜ時間に追われるように慌てて家を出、駅やバス停までせっせと速足を進めなければならないのか。仕事に間に合うようにするため。

なぜ通勤列車やバスで足を踏まれ、もみくちゃにされ、時に体臭、口臭、香水の類に気分を悪くしながらも不安定な足場で踏ん張らないといけないのか。仕事場に辿り着くため。

辿り着いたら辿り着いたで服を着替え、身だしなみを再確認し、乱れのないよう私物をロッカーに仕舞い、バックヤードや執務フロアに落ちているごみを拾い、定位置のズレを正し、机の上を拭き・・・。なぜ。それはいよいよこれから仕事本番の火ぶたが切って落とされるから。

ラジオ体操がある。朝礼が始まる。声を出す。重要事項を唱和する。ミーティングが始まる。なぜ。それは仕事本番に向けて緊張感と意欲を高めるため。

そして仕事が始まる。昨日からの仕掛かり業務を片付ける。電話が鳴る。帳票をつける。レポートをチェックする。資料を確認する。外にでかける。交渉をする。メンテナンスをする。

あっという間に昼がやってくる。昼食をとらねば。なぜ。午後も過酷で長時間の仕事が待っているから。

そして午後の戦いが始まる。一意専心、勇猛果敢。しかし紆余曲折で平身低頭。トライ&エラーで悲喜交々だが切磋琢磨。後に再び不惜身命。時に背水の陣。様々な問題、課題と対峙しながら時々刻々と変わる仕事環境に身悶えしつつもそれに適応しながら・・・まさに仕事は戦いの場。頭を冷やすための一服も必要。なぜ。仕事で混線気味となった思考を解きほぐすため。次なる戦いに備えて気を取り直すため。

仕事が終って同僚や上司と飲みに行くこともある。なぜ。仕事の愚痴を聞いてもらうため。仕事時間では踏み込めないような深い話をしておきたいがため。

杯を重ねる。つまみを頼む。なぜ。もっと深く話がしたいから。今後のより良い仕事のため。気が付けばもう終電間近。帰らねば。なぜ。明日も仕事があるから。

そして家に帰る。シャワーを浴びる。歯を磨く。目覚ましをセットする。眠る。なぜ。なぜ。なぜ。それは今日一日の仕事の汗を洗い流し、疲れを癒し、明日の仕事に備えるため。

ベッドに入る。枕の上に頭はあるが、考えるのは明日の仕事。

そして気が付けば朝。

このように日常、私たちが覚醒している時は、そのほとんどの時間が仕事そのものか仕事に起因又は関係する時間なのです。




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