「 テロリストか 嘘つきか 」
米国での9.11.同時多発テロの余韻冷めやらぬ頃であり、確かに、不特定多数が出入りする大型ホテルであれば不審者や不審な荷物には警戒を怠ってはならないでしょう。しかし、私は、既にこの時1年くらいの期間で5回、15泊以上もしている常連客です。そこまで怪訝そうな顔で慇懃無礼に難癖をつけられる筋合はありません。
面倒臭いスタッフに絡まれたものだと溜息が出そうでしたが、エレベーターホールまであとわずかのところまで来ています。このままブッ千切ろうと心に決め、再びL字台車を押すスピードを速めました。そして、続けます。
「当たり前ですよ。自分の部屋に行くに決まってるじゃないですか」
すると、しわ子は終に本音をぶつけてきました。
「それでしたら、お荷物を私どもの(ホテルの)台車にお積みして、私どもで運ばせて頂きますので」
なるほど。ホテルにはホテルの、立派な外観、内装に相応しい、それなりの台車があるわけです。その台車に載せることなく、酒屋や宅急便の配送スタッフが使用しているような武骨なL字台車に荷物を乗せたまま、しかも、自分勝手にホテル館内をゴロゴロと転がしている私が気に入らなかったようです。格式を考えろと言いたいのでしょう。しかし、私は切り返します。
「いいえ、結構です。自分で運びますから」
すると、しわ子は、眼光鋭く尚厳しい切り替えし。
「お客様。お荷物は私どもの台車で運ばせて頂くように決まっておりますので」
意地になっている模様。しかし、私も負けてはいません。
「ああ、そうですか。でも、ホテルの方に許可を頂いていますから結構ですよ。自分で運びます」
いよいよ、しわ子も辛抱堪らなくなってきたのでしょう。眼を見開いて、エントランスロビーに響き渡るような甲高い声で訴えてきました。
「そんな筈はありません。ホテルのスタッフがそのようなことを申す筈はございません。お客様のお荷物は私どもの台車で運ぶ決まりになっているのですから。誰がそのようなことを申しましたか? 誰にお話をされたのですか?」
まくしたてるようになってきたので、もう付き合っていられません。こちらは客です。客が道理をわきまえて、手続きを踏んで、正当な行為、振る舞いをしているにも拘らず、不審者扱い、嘘つき呼ばわりされ、衆目を集めて説教されるとは、一体、ここはどんなホテルなのか!? どんな教育をしているのか!? 怒りがこみ上げてきました。一喝を入れようとさえ思いましたが、なにせ、でかい声の私です。エコー効果の高い大理石張りのロビーでは、他のお客様の迷惑になるでしょう。なんとか自重しました。
加えて、先を急がねばなりません。何せ、ご接待頂く先様がロビーにお迎えに来て頂くことになっており、時刻が迫っていました。
エレベーターホールまであと20mを切っています。もうすぐだ。もうすぐエレベーターだ。こんな面倒臭いスタッフはマクに限る。そう自分に言い聞かせながら、しわ子の小言を右から左に流しながら進みました。
カテゴリ「SUMA(スーマ)な人々」記事「13.しわ子の乱(4)」へ続く
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