zibunwokitaeru-sugasanこれからの君たちは真の意味で一人前となる。一人前だから放っておかれる。しかし放っておいたら人間は堕落する。ではどうするか。それは「自分で自分を構う=自分を放っておかない」ことに尽きる。

慣れに身を任せて経験と勘のみで安穏と業務にあたっていてはいけない。そのような状態なら自分自身にお構いなしと言わざるを得ない。惰性速度の延長で業務処理をしていくならば、それはアクセルもブレーキも踏まず、ハンドルも握らずに車の運転をするようなものである。これからは構ってもらえないわけだから、自分自身を律し続け、更なるレベルアップの方向で自らが課題を創出し続け、日々新たに意を決し、断じて行っていかなくてはならないのだ。もう一人前なのだから、もう充分大人なのだから。

ちょっと待て。今回最後の年次教育を経てやっと一人前か。なにせ7年だ。現場ではもうとっくに一人前として扱われているのではないだろうか。そうだとすれば早晩、現場ではなにも言われなくなってきているのかも知れない。ならば、危機はもうすぐそこにあると言える。君たちの周りに潜んでいるのだ。そしてその危機は、君たちが君たち自身を構っているか否かで、形を変えて現実のものとなり君たち自身に襲い掛かってきたりする。時に君たち自身をじわじわと蝕むように、或いは時にそれは大事件となって猛威を振るうのだ。

ナポレオン・ボナパルトは言っている。「あなたがいつか出会う災いは、あなたがおろそかにした時間の報いだ」と。これからは誰も構ってくれない。よほど悪いことをしていない限り、多少時間をおろそかにしている程度では指摘も叱責もされない。しかし指摘や叱責をされていないからと言って、即ち正しいことをしているとは限らない。暗に許容されているだけ、相手にしてみれば苦々しく思っているだけというケースもある。そこのところをわかっておいて欲しい。構ってくれないということは、ある意味自分の正当性の担保が揺らぐということであり、その分自分を強く律しなければならないということなのだ。



 


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