[「仕事を通じて成長する意味」第8号記事 ]


seityousinakya-sugasan
結論です。私たちの日常では仕事又は仕事関連の時間以外はほとんどありません。人間として生きる本質的な意味を追究し続けるなら、仕事を通して自らを鍛え、成長するしかありません。個人と全体(社会)が表裏一体となって昨日より今日、今日より明日とより良くなり続けることを仕事を通じて行っていくのです。つまり、皆さんが行う個々の業務を通じて職場の同僚、先輩、後輩、職場そのもの、より大きな組織やその集合体である会社、なにより仕事の受け手の一義的な主役であるお客様、そのお客様と会社をひっくるめた社会全体がより良くなっていくよう企図、実践していかなくてはならないということです。それが可能な人だけが、日常における充実感と充足感を堪能できるということです。

そして、更に踏み込むならば、次の事実についても疑う余地はないでしょう。社会全体(世の中)を良くしていこうと思ったら、世の中の真理、世の中を構成している個々の人間の真理を理解していなくてはならないということです。当然です。そのうえで正しく理想し、正しく行動していかなくてはなりません。思いつきと偶然だけで世の中が永続的によくなり続けるわけはないのですから。従って、単なる業務関連の専門知識に留まらず、人間学、哲学を持たなくてはなりません。そうでなければ業務効率を高める工夫はできても、人間そのもの、その集合体である社会全体(世の中)としての成長や成熟は見込めないのです。

☆3.成長の実態」をご講読頂ければ尚理解が早いものと存じますが、成長とは能力限界の拡大です。やり方を教わったからと言って一朝一夕に能力限界の突破は適わないのです。紆余曲折、葛藤があるのです。容易ならざるものなのです。照れくさい、恥ずかしい、カッコ悪い、恐怖、不安、見栄をかなぐり捨て、気づきを得たその瞬間、新たなレベルでやるべきをやる、言うべきを言う、正すべきを正す、改めるべきを改める。しかしながら、だからといってすぐにうまくいくわけではない。トライ&エラーを繰り返しながら小さな驚嘆と小さな歓喜の「できた!」を実現しつつ、しかし気を緩めることなく更なる弛まぬ努力と研鑽でその精度を高め、当たり前のように「できる」ことを実現していく険しい道のりなのです。

業務遂行を題材として、人間学、哲学を追究しながら、昨日よりも今日、今日よりも明日と個人と全体(世の中)の能力限界の拡大を図っていく。目の前の極めて具体性を持ったモノ、コトを通じて、葛藤しながらも人類理念を追究、体現、具現していく。どのような分野だろうとも、このような王道たる成長の道のりを辿る人は、至極当然、人間としても磨かれるのです。

単に業務に慣れるだけではなく、単に専門知識をつけるだけではなく、自分の仕事が周囲にいる人々を通じてどのように社会全体(世の中)をより良くし続けていけるのかについて遠謀深慮、そして理想に向かって大胆不敵に挑戦を繰り返していく先に、人間としての生きる意味に沿った真実の充実感、充足感、達成感があるのです。必ずしも歴史に名を残す必要はありません。規模は小さくても結構。しかしそういう生き方ができ、そういう「あり方」を確固たるものとした人には大きな幸せが訪れるのです。


仕事は生活の糧を得ながら人間性を高めるツールです。そして職場はその道場です。

仕事を通じて成長しましょう。人間として成長し続けましょう。


仕事は仕事。様々な処理、状況対応で忙しい。成長は仕事を離れ、腰を据えてあらためてじっくりと・・・。そうした嗜好の方もお見えでしょう。しかし果たして、そううまくいくでしょうか。仕事が忙しければ忙しいほど、そこから解放されたら、その途端に癒しを求めるのではありませんか。タスクから解放される束の間の時間はゆっくりしようとするのではありませんか。テキトーにやりたくなるのではありませんか。なにせ完全に仕事からオフできる時間は、日常生活の中でほんのわずかなのですから。人情の機微を知りましょう。

ローマは一日にして成らず。まずは一歩を。




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