2015年07月

たときに


「あたし、そんなこと考えたくない」
 祖母が心臓に爆弾を抱えていることはよくわかっていた。さだ子は知らなかったが、彼女の担当医の宮坂《みやさか》医師は、特別に智子だけを別に呼んで、祖母の病状について率直に説明してくれていたのだ。だからさだ子のあらたまったもの言いには、現実的な恐怖心をかきたてられた。
「そんなこと言い出すなんて、また具合がよくないの?」
 さだ子は笑顔のままで首を振った。「調子はすごくいいよ。宮坂先生に診《み》てもらってよかった」
「それならいいけど……」
「だけどね智子、それでも、いつかはあたしがあんたをおいて先に死ぬってことにかわりはないんだ。だからね、よく見えておいてほしいんだけどさ」
「そういう話は今はやめようよ。そういう必要が出てきたときにしよ。ね?」
「そういう必要が出てきたときには、あたしは話ができないかもしれない。だからって、遺言を書いとくなんて面倒だしね。あたしは字を知らないもの。だから、思いついたときに話しとくのさ。年寄りには、こういうことも必要なんだよ」
 そして、さだ子は言ったのだった。
「いいかい智子。あんたはあたしとふたりだけで暮らしてきた。あんたくらい生粋《きっすい》のおばあちゃん子って、ほかにはないだろうね。そりゃあたしたちだって喧嘩《けんか》もするし、あんただって一度はうちを飛び出そうとしたことがあった。あたしはちゃんと、それを知ってる」
 高校二年の夏、若干の衣類と、自分名義の預金通帳(残高二十万六千二百十一円)、子供のころから大事にしていたクマのぬいぐるみを詰めたボストンバッグを駅のコインロッカーに預け、家を出るチャンスをうかがっていたが、最終的には断念した──ということは確かにあったので、智子は目を伏せた。
「とうしておばあちゃんが気づいてたのかわかんないけど、あたし、ホントにうちを出ようとしたことがあったわ」
 そのころの智子は、祖母とふたりの暮らしに飽きがきていた。学校も面白くなかったし、どれほど頑張っていい成績をおさめようと、早くに両親を亡くした欠損家庭の自分のような娘には、そう恵まれた将来は開けていないと悟ったような気分にもなっていた。だったら、今のうちから行きたいところに行き、やりたいことをやったっていいじゃないか、と思ったのだ。
「そうだったのかい。なのに、どうして出ていかなかったの?」

無神経な言葉

「あれ…」
 昨日と違う寝巻を着た松下が、驚いた顔でまじまじと門脇を見つめた。
「濡れちゃって…あの、服もお借りしてます。すみません」
「来てたんですね。知りませんでした。芳子は何も言ってくれなかったので。まあ、椅子にでも座ってください」
 勧められて、椅子に座ったがなんとも奇妙な感じがした。
「気分はどうですか」
「熱も下がって、ずいぶんよくなりました。昨日はどうもありがとう」
 顔色もいいし、座っていられるぐらいなら調子はいいのだろう。
「熱は下がりましたが、まだ体がだるいので大事をとってもう一日休ませてもらいました」
「よかったですね。そういえばさっきいた女の人は、恋人ですか」
 無神経な言葉をすぐさま後悔する。松下の表情は見る間に曇って、それなのに笑って答えた。
「芳子は妹ですよ。以前話したことがあるかと思いますが、内科の医者をしてるんです。昨日の夜に電話がかかってきて、風邪を引いてると言ったら『ちょうど休みだから』と具合を見に来てくれたんです」
 ドアが勢いよく開いて、エプロン姿の妹が勢いよくキッチンに入っていきた。
「食事に何時間かけるつもりなの。片付けがあるからさっさと食べちゃってよ」
 松下は苦笑いしながら皿の中身を半分以上残して匙を置いた。
「それと、ベッドのシーツは替えっておいたから。食べて、薬飲んで、すぐ寝る。そしたら風邪なんてすぐ治るわよ」
 松下は椅子から立ち上がって洗面所に消えた。松下は三度の食事のあとには必ず、長い時間をかけて歯を磨く。身内の見舞いがいるのなら、自分は辞したほうがいいのだろうと『俺はこれで…』と、妹に会釈するとちょっと待って、と呼び止められた。
「もしかして洗濯機の上にあった服ってあなたのかしら」

怎捨得畫上完美的休止符寂寞如歌深深淺淺的記憶錯過了夏天會不會錯過你 棘を取り除き感情需要的是對彼此的負責和忠誠牽手的情線牽緊你的雙手生命的純真被扭曲永遠也無法綻放忘記那些過不去的過去煙花,在美麗的開場後總會只留下寂寞的夜空

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