好きなことだけ・小玲の電影日記、ときどき舞台、まれに本

映画、芝居、読書が道楽です。 好きなことをいっぱいいっぱい語りたいです♪

感想は基本ネタバレですので、ご注意を!
無断転載はお断りいたします。

見るなりハートを鷲づかみにされた2013-14バージョンから、
タチアナ役のアンナ・ネトレプコ以外
主要キャストががらりとかわった今バージョン。

オネーギン役に予定されていた
ディミトリー・ホヴォロストフスキーが病気降板し、
(1日も早い回復を祈ります)
オネーギンはペーター・マッティに………しかし。

ほかの日には実は、
マリウシュ・クヴィエチェンがオネーギンを演じていたとか。
収録予定日のすぐあとに
ドン・ジョバンニを控えていたため仕方がないとはいえ、
クヴィエチェンのオネーギンにほとんど骨抜きにされた身には
かなりの残念感。

それはさておき。

序曲からもう、全身が火照るようなざわつき方で
「どれだけ好きやねん!」と心中で自分自身に突っ込む始末。

ヴァルモンやグイド・コンティーニと同じく、
オネーギンはわたしの中ですでに
“特別な男”と化していました。

なにはともあれ、オネーギンです。

クヴィエチェンのオネーギンは全身から立ち上る倦怠感に
貴族的な頽廃ムードを醸し出し、
非常にエレガントでかつフェロモンたっぷり、
その色気にすっかり参ってしまったわたしですが(^_^;)

ペーター・マッティはその大きな体を持て余し気味に
常に“居心地の悪さ”を感じているオネーギン、という雰囲気。
演者によって役の性格も変わる、
その面白みを感じました。

アンナちゃんはもう、貫禄つきすぎ。
純朴な田舎娘を演じても華やかオーラたっぷりですが、
オリガ役のエレーナ・マクシモアほか
ロシア出身の歌手たちが口をそろえて
「プーシキンは身にしみついてる」というとおり、
よそものでは体現しきれない“匂い”があって、
手紙の場面やラストシーンは
見ているこちらまで涙してしまうほどの憑依ぶり。

やっぱり、この話好きだなぁ。

ただ、これは昨年マリンスキー劇場の来日公演を見た際にも
感じたことですが、

どうしてオネーギンはタチアナの手紙を返してしまうんだろう?
原作では
「今だに大事にしまっている」とあるのに。

(マリンスキー版ではご丁寧に、タチアナが自分の手紙を破いてる)

わたしはこの短い文に
オネーギンのタチアナへの思いを感じてしまう。
ときおり取り出して、皮肉に笑っていたのだとしてもね。

それはタチアナへの信頼感というか安心感というか、
悪く言えば油断というか、
彼がただ1つ“信じるに足る”と感じていたことの証のような気がする。

彼はやはり、心の底で
タチアナのことをずっと愛していたのだと思う。
そして、タチアナからの彼への愛も変わらぬものと確信していたのだろう。

だから、社交界で再会したタチアナに焦りを感じたのだ。
彼にとって、あの純朴なタチアナだけが最後の砦だったのだから。

そして同時に、彼は絶望を感じていたに違いない。
なぜなら、今から彼女に求婚したところで、
拒絶されることは目に見えているから。

それは彼女が人妻だからということではなく、
彼女が自分ととても似ていたからだ。

そう、オネーギンとタチアナはよく似ている。
だから今さら言い寄ったところで拒否されることはわかっている。
自分がタチアナのあの熱烈な手紙を退けたように。

演出のデボラ・ワーナーは
最後のやり取りでオネーギンが感じている絶望を
よく理解していたと思う。

このオネーギンは素直にタチアナに跪き、
率直に愛を乞う。
演出によってはピストルを取り出して
自殺するぞと脅してみたりするものもあるようだが、
最初から絶望している人間が
そんな愚かなマネをするはずがない。

ピストルで脅しつけるオネーギンに対するタチアナは
本気でビビって、全速力で逃げ出す。
これだと余韻もへったくれもなく、無粋きまわりない。

このタチアナの抑えきれない想いは
禁断の接吻で慎ましく、かつ情熱的にあらわす。
そしてやはり、想いをあとに残しながら、
それでも凛々しく去っていく。
屋内でなく雪の降りしきる屋外に舞台を移したこともOK。

そんなわけで、昨夜から頭の中をずーーーっと、
オネーギンのアリアが鳴り続けています、マル(^_^;)

 

偶然ですが、きっかり6年前の文章でした。



「狩猟家というものには、

 どこかに子供の残酷さがひそんでいるものである」
                (三島由紀夫  角川文庫)


わたしの好きな女優トップ3は、


 ・京マチ子

 ・若尾文子

 ・香川京子


なのだけれど、この「夏子の冒険」を読んでいるあいだ、

若尾文子の声が聞こえてしょうがなかった。


甘くて低くて歯切れのよい、あの声。

美しくて気まぐれで

なにがあっても“わが道をゆく”、

そんな夏子の声はきっとあんな声だと思う。


しかしまぁ、なんとおかしな小説だろう!

特に祖母・母・伯母の3人組の可笑しさったらない。

物語の“黒幕的”秋子といい

ちゃっかり野口とできてしまう不二子といい、

女たちの生き生きした描写が

ものすごく楽しい。


非常下で結ばれた男女は長続きしないというけれど、

物語の結末には、思わず吹き出した。

やっぱり夏子はこうでなきゃあ!


三島由紀夫は

もう少し読み込まなきゃと思っていたところだが、

こーゆーのもたまには悪くないね。




肩の凝らない作品、ということで、
三島由紀夫には珍しい気がしました。





夏子の冒険 (角川文庫)

面白いっス。
 
 


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