まだ夏の残暑が残る9月下旬。



「この暑さはもしかしたら東京オリンピックのせいかもな。」



卓球雑誌を毎月発行している某会社の中年のオジサン風の編集者が、冗談交じりに話した。



この年、オリンピックが東京で開催された。



最初の方こそ、スタジアムの建設費用による問題やエンブレムが盗作ではないかといったいざこざがあった。

しかし、競技を振り返れば最高のドラマの連続とも言える日本人選手の活躍、感動が、日本人の心の熱を暑くした。



そして、その中でも、人々はこう口にする。



「卓球がどの競技よりも一番だった。」






「本当、やっと卓球がこの国で本当の一番になるかと思うと、この仕事をやっててよかったと思うよ。」



そんな一人言のようなことを言ってる最中、若者の編集者が来た。



「そうですね。それも、去年の世界選手権の活躍があったからこそ、全面的にアピールできたのが大きかったのもありますし。」


「そうか。全ては、彼から始まったのか。」



突然、その編集者の机に置いていたスマートフォンから音楽が流れる。

少し大きめの音だった音楽に周囲の何人かの他の編集者が目を向け、スマートフォンの待ち主である編集者が小さく会釈して電話に出た。



「はい、私です。
はい、分かりました。すぐに行きます。」



電話を切った後、音量が小さくなるように設定してから胸の内ポケットにしまって立ち上がる。



「話をすればだ。もう全員来たようだ。」



二人は目的の場所に向かいながら、一人の男のことを話した。



「でも、やっぱり本当に信じられませんよね。個人の戦績を見てもずば抜けて優れてるという訳でもないですし、中学生以前の記録は全く見つかりませんし。」


「それは、このあと分かることだ」






会議室のような部屋へ二人が入ると、そこにはジャージを着た男四人、女四人の計八人が最初から座っていた。

全員の目は二人の編集者へ真っ直ぐ向けられ、それはまさに一流アスリートの目だった。



「今日はお忙しい中、時間を取っていただきありがとうございます。編集部の味田村(みたむら)です。」

「芳村(よしむら)です」



「「「「お願いします。」」」」

選手の全員がお辞儀をしながら答える。



「それでは、まず、誰からいこうかな」



そんな中、間髪入れずに選手達が一人の男に目を向け促し始める。



「そこは日上(ひかみ)しかいないだろ。」

「燃(もゆ)が一番だね」



「えー、困るなー。
緊張してるのに。」



自分以外全員の七人からいっせいに目をつけられた日上燃。その見た目は子供のような無邪気な笑顔と仕草が見られる。



「実はね、私達も君がどんな選手なのかずっと気になってたんだ。
なんせ、君は今回がこういうインタビューを受けるのは初めてだろうから。」



短い髪をかきながら日上は困った顔をした。その仕草も子供のようだ。



「いいだろ、燃。どうせ回ってくるんだ。
それに、編集者さんだけじゃなく、ここにいるほとんどは燃のことをちゃんと知らないしな。」



一人の男性選手が燃に優しく語りかけた。



「んー、しょうがないなー。
ショウが言うなら。」



燃を説得した男に芳村は心の中で関心した。

(天峰翔竜(あまみねしょうりゅう)、日本のエースにしてキャプテン的存在でチームを引っ張ったと聞く。)



「それじゃあ、いいかな日上選手。
まず、日上選手はいつから卓球を始めたのか。」


「噂だと、中学生までは中国にいたとか、もしくは家庭の事情で名前が変わったなんてのがあるけど。」


「へー、あはは、そんな噂があるんですか。」



子供のように日上が笑う。



「全然違いますよ、それ。
だって僕、高校から卓球始めたんですから。」



笑顔で答える燃とは対照的に、二人の編集者は大きく驚いた。



「ちょっと待って、中学生からの間違いでしょ。
中学生から始めたけど無名のまま中学では終わって、高校3年でやっと…」


「いえ、燃は高校からですよ。断言します。」



芳村が少しパニックになって話したのを翔竜が途中で遮り、部屋がシーンとした。



「聞かせてくれるかな。日上選手の高校時代を。」



「はい。あれは、だいたい十年前くらいかなー」